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第三章 卒業生

8 デレデレ

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 私は提案した。要するにじゃんけんである。

 ただし、前世日本と違ってこの世界、グーチョキパーの他に、井戸という手がある。石が鋏、鋏が葉、葉が石に勝つのは日本と一緒、井戸は、石と鋏に勝つが、葉には負けるという。
 今もって私には、理屈がわからない。

 幼い頃、乳母か誰かに教わって以来、ひたすらリュシアンやディディエとの実践で覚えた。前世の記憶を思い出す前だから、弟に意地悪していたような気がする。
 ごめんね、可愛い弟よ。

 「えっ。くじの方が良くなくない?」

 アメリが何故かあせった様子である。彼女も転生者だ。
 もしかしたら、この世界のじゃんけんが身についていないのかもしれない。

 「くじでは、準備に手間がかかりますわ」

 ドリアーヌがもっともな理由を挙げて、反対する。
 紐とか紙の準備を指しているのだろう。あみだくじなら地面に書いてすぐできるが、多分、あれは日本のくじだ。名前が阿弥陀だし。
 それに、あみだは数学が得意な人なら、横棒の数と位置で結果を操作できる。

 「では、石剣紙だな」

 シャルル王子が別の言い方で、じゃんけんに決めた。そちらの方が正式名称なのかしら。どちらの言い方でも皆には通じている。

 「石剣葉紙鋏っ」

 各自で言い慣れた単語を掛け声で出したため、微妙にずれる。王子と私が井戸、アメリが鋏、ドリアーヌとディディエが石、の手を出した。

 「ではデュモンド嬢をどちらが引き受けるか、勝負しましょう」

 ドリアーヌが早口で言う。アメリに引っ掻き回されないよう先手を打ったか。
 勢いに押されて、そのまま再戦へなだれ込む。
 私は鋏、ドリアーヌが葉を出した。

 「え、と。負けた方が前はん‥‥」

 「勝った方が、私と一緒に見張りをするのね。よろしく、シャルル王子。と、それにサンドリーヌ、様」

 ディディエが遠慮がちに言いかけたのをさえぎるアメリ。確かに、勝者敗者どちらがアメリを引き取るのか、決めていなかった。

 彼女を除く私たちの暗黙の了解は、きっと負けた方だったと思う。しかし、一旦宣言されたものを敢えてひっくり返すほど強固な了解ではない。

 こうして前半はシャルル王子、アメリ、私と従僕たち総勢六人、後半はディディエとドリアーヌとその従僕四人と決した。
 食後、鍋やら食器やらを近くの川まで運んで洗う。暗くて危ない、とドリアーヌがついてきてくれた。

 「もうお休みになってもいい時間ですのに。ありがとう、助かりますわ」

 「人手があった方が、短い時間で済みますからね。敵に不意打ちを喰らわないため、必要なことをしているだけですわ」

 あの方は来られませんでしたが、とドリアーヌが呟く。アメリのことだ。
 攻略キャラの間にヒロインを残すのは、私も心配だった。

 ジュリーに加え、ドリアーヌ付きのたくましい従僕も一緒に洗ってくれたので、十人分の洗い物もすぐに終わる。

 川には他の生徒のグループも来ていた。焚き火の距離から推測すると、川岸に基地を作った生徒たちもいるようだ。

 事前にどのグループがどこに拠点を置くか、という指示は先生方から受けているけれど、地図と方位磁針だけだと多少のずれは出る。

 正直なところ、全部のグループの位置までは、把握していなかった。
 せめてゲーム攻略の観点からも、エマニュエルと親しげなアランと、主要キャラであるエマの位置は覚えておくべきだった。
 今更ながら後悔する。見張りの時間に余裕があれば、確認しよう。


 戻った時、ディディエはすでにテントへ引き上げていた。
 焚き火のそばには、シャルル王子とアメリしかいなかった。

 一応、バスチアンとアメリの付き人が、背後に立っている。しかしアメリは、バスチアンの冷ややかな視線を物ともせず、王子に寄り添っていた。

 王子は私の姿に、慌ててアメリを引きがそうとするものの、よろいで動きが固く、失敗した。
 ちなみにアメリは、鎧を脱いでいる。

 「ドリアーヌ様、片付けを手伝ってくださり、ありがとうございました。後はこちらでしますから、どうぞお休みください」

 「お気遣いありがとうございます、サンドリーヌ様。それでは、後ほど」

 「殿下。私は少し、寝所の方の警備を確認して参ります」

 「わかった」

 ドリアーヌと一緒に、バスチアンがテントの方へ去る。ドリアーヌの臨時従僕もついていく。

 ディディエが寝ているからと、トビも爆睡する訳にはいかない。これからお付きの者同士、交代でテントの方を警戒するのだろう。

 ダメな召使いは、一緒になって眠るという。それが先生に見つかると、主人のとがとして、成績が減点されるのだ。
 だから学園の審査以前に、臨時で雇う者の素性や働きは、家の方で厳しく調べる。

 バスチアンも事情はよく知っているけれど、やはり婚約者が心配なのだろう。
 単に、久々に一緒の時を過ごせて盛り上がっているのかもしれない。

 いずれにしても、相思相愛で何より。乙女ゲーのヒロインとはいえ、横から出てきた破天荒な令嬢にふらつく王子とは大違いである。

 そういうシナリオだからね、しょうがない。わかってはいるけれど、こちとら命がかかっている。
 恋愛感情はさておき、面白くない。

 食器や鍋を片付けて、焚き火のそばへ戻る。火が弱まっているのに、並んで動かない王子とヒロイン。

 怒りメーターの数値を上げる映像が、脳内に再生される。目の前の二人が、前世の光景と二重映しになって見えた。
 前世でこういう経験をした覚えがあった。私だけが、彼らの食い散らかしを片付けたり忙しく働いたりして、他の人は、のんびり弛緩しかんしている。

 生まれ変わっても、前世と同じ嫌な経験を繰り返すのは、逃れられない運命なのだろうか。
 私はどうして死んだのだろう? やっぱり、思い出さない方が良さそうだ。

 目の前の仕事から片付ける。昼のうちに集めておいたたきぎを、焚き火に追加した。やや乱暴になったと見えて、パッと火の粉が舞う。

 「きゃっ」
 「大丈夫か。サンドリーヌ、もっと慎重にせよ」
 「はい、承知しました」

 あ、だめ。また怒りポイントが貯まる。もしかして、ゲームの強制力ですか。
 私が毒を用意しなかったから、他の方法でイベント成立させようとしている? 冷静にならなければ。

 私は、鎧の腕の部分と手甲を装着し、かぶとを被った。親睦武道会で着た、あれである。
 今日の兜は頭頂部もカバーして、フルフェイス仕様。視界が狭まって不安にもなるが、冷静にもなれるかも。競走馬みたいに。

 「デュモンド嬢も、鎧を着てはいかがですか。奇襲があったら、怪我をしますよ」

 「今日は大丈夫。シャルル王子も腕ぐらい外された方が、体を休められるわ」

 「今は見張りの時間だ。休む必要はない」

 「夜は長いのに。でも、私と楽しくお話していれば、あっという間、とおっしゃりたいのね。もう、王子ったらツンデレなんだから」

 「つんでれ‥‥?」

 ツンデレ。その言葉はこの世界に存在しない。
 私は言葉の意味を知っている。今でも王子は、アメリに十分デレデレである。
 ツンの要素が、一体どこに?

 もし王子が、私のいないところでもヒロインとデレデレしていたら、と想像し、また怒りが湧いた。

 アメリの言う通り、シナリオで夜間襲撃は起こらない。
 毒を飲ませるのに失敗して焦った悪役令嬢が、翌日の演習で、どさくさに紛れてヒロインを襲うのだ。

 そこまでやったら、処刑されるのも無理はない。自分事ながら、納得する。
 だから、私は間違っても攻撃しないよう、アメリの鎧姿を覚えておきたかった。
 着てくれないのは、困る。

 私は立ち上がって、手回り品から今回の演習資料を引き出した。周囲の暗がりを警戒しながら、火の側まで戻る。焚き火の明かりでも読み難く、面貌めんぼうを上げた。


 司令本部、というのが先生方の拠点だ。
 でもそこだけだと、先生の目を盗んで悪さをする生徒がいるとかで、地図にも載せない見張りポイントがいくつかあるらしい。
 私たちの指定された野営地は、本部から割合近い位置にあった。次期国王の身の安全も考慮しているに違いない。

 それならアメリをグループから外せばいいのに、とはアメリの正体を知る私だから言えるのだ。

 彼女は、学園歴代でもトップクラスの成績を誇る。
 先生方から、王子の側近候補としてもくされていても、おかしくない。

 ただ、同じクラスで授業中の様子を観察すると、本当にそこまで優秀だろうか、と疑問を抱くことがしばしばあった。
  『ラブきゅん! ノブリージュ学園』の攻略選択肢まで完璧に覚えていたら、試験の成績だけは満点を取れる仕組み、ということも考えられた。
 普段からガリ勉でもないのに、試験でトップを張る意外さも、彼女の人気を押し上げている。


 生徒の名前を拾うのは、面倒な作業だった。サバイバルで使うマグライトが欲しい。代わりを求めて薪で真似をすると、紙が燃えてしまう。
 紙の角度を変えたり、離したり近付けたり、老眼のような動きをしながら、目を休めるために時々周囲を見回す。

 バスチアンが、静かに戻ってきていた。結構長い間不在だった気がする。
 その前では、シャルル王子とアメリが私の目をはばからず、またゼロ距離で座っている。

 ふと、バスチアンと目があった。いいんですか、と深い色の瞳から、無言の問いかけ。
 私は、放っておけ、とジェスチャーで伝えた。いくら盛り上がったって、この場で体の関係までは結ばないだろう。

 最後のパーティで婚約破棄されても驚かない。ただ、死にたくないだけである。

 アランの名前を見つけた。私たちのテントからも本部からも、離れた位置にいた。これなら、たとえアメリに操られて近付いてきても、動きがわかるし、仮に攻撃されても後から目撃証言を取ることができそうだ。

 エマの位置も確認できた。彼女は、私たちのテントからは遠いが、本部に近い場所に野営を指定されていた。
 クレマン先生の配慮かも、と思うと、頬が緩んだ。

 ついでに、今後の予定も確認する。夜間に奇襲がなかった場合、などといちいち書いてはいないが、翌朝食後に戦闘演習が行われ、片付け、講評、撤収という流れとなる。
 朝は忙しいから、パンと干し肉か。飲み物用に、お湯だけ確保して紅茶を淹れよう。

 資料を読み終えて、戻しに行く。ついでに周囲を警戒する。
 遠くから、同じく夜営をする生徒の気配が微かに伝わる他は、静かな夜だった。
 夜に晴天、というのも変だが、雲のほとんどない空には、星が全天にまたたいている。

 前世では、光害で天体観測もままならない場所に住んでいた。満天の星空を見上げるだけで、心が洗われる心地がする。

 焚き火の側へ戻ろうと向きを変えた瞬間、目の端で嫌な場面を捉えた。

 アメリが、シャルル王子の唇に指先を当てている。動揺で、足元がジャリッと嫌な音を立てた。
 ハッとした二人が、並列に戻る。

 王子はせ始めた。アメリがその背中をさするのを、バスチアンが押し退けて、背中を軽く叩き出した。
 私は、火から下ろしておいた白湯さゆ入り缶と、手近なカップを持って、王子の元へ駆け寄った。
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