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第三章 卒業生

5 直接対決

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 私は大弓を持ち出した。こんな武器を準備していたら、殺意満々と見られても致し方ない。
 一応、自陣営には、使わない方向の作戦も知らせていた。

 集団戦は、前世でいう運動会の騎馬戦だ。あちらでは素手で鉢巻はちまきを取るところを、こちらでは武器で人を狩る。
 競技場の広さの関係で、本物の馬を使わないだけである。

 指揮官は、とりでに見立てた簡易なやぐらの上に陣取る。周囲を弓隊が取り囲む。更にやり隊が続き、前衛ぜんえいは剣士たちだ。

 アメリたちも、布陣ふじんは似たようなものだ。おっと、あちらも大弓を用意していた。
 では、遠慮なく撃とうか。

 戦闘が始まった。

 両陣営から前衛が走り出て、あちこちから剣戟けんげきの音が立ち上る。
 背後から槍隊が助けに入り、更にその後ろから弓隊が敵方に矢を撃ち込む。

 彼らは、かぶとから足の甲までフル装備だ。たてについては、剣と槍を持つ生徒が、持つかどうか自分で判断している。
 陣形によっては、強制的に持たせる場合もあるけれど、今回私はその策を取らなかった。

 他方、指揮官の私はかんむりのせいで、フルフェイスの兜を被れない。
 面貌めんぼうという、フェイスガードタイプの兜をつけている。特注で、顔を全面隠せるタイプだ。

 アメリの方は、両頬と額を覆う普通のタイプ。私が弓を失敗して鼻にでも当たったら、刃を削ってあるとはいえ、かなりまずいことになる。

 やっぱり、殺意があるのかしら、私?

 そこは、考えないことにしよう。

 刃といえば、私とアメリがやや遅れて合流するまでの間に、双方で武器の刃を確認したところ、白組の槍と矢が幾つか本物だったそうだ。

 事前の準備段階では、私を含めた複数人で、模擬戦用であることを確認していた。
 その後に、すり替えられたことになる。

 当然、それらは元に戻された。出場者の中に協力者が潜り込んでいて、再び交換されないことを祈ろう。

 ヒロイン自身忙しいのに、あちこちで色々なをこなしている。

 これを全部、アメリ一人でしたとは思えない。命令に逆らえない侍女だけでなく、生徒か教師か、複数の協力者がいなければ難しい。

 犯人を探そうにも、生徒会本部には首謀者しゅぼうしゃ本人がいる。
 風紀委員会委員長のクロヴィスは、攻略対象ではなさそうだが、モブキャラに犯人をあぶり出せるか、微妙なところだ。


 今は、目の前の戦に集中せねば。

 最終的には、指揮官の冠を落とせば勝ちである。
 総合得点で逆転を狙うには、勝敗がつくまでに前衛の兵士を沢山狩って、得点を稼ぐことが肝要かんようだ。
 彼らは武器を落とすか、ひざをついたり倒れたりしたら、負けである。

 アメリの紅組は、この集団戦に至るまでに、クロヴィスのような強い生徒を、あらかた他競技へ出してしまっている。
 こちらは、王子とディディエを温存した。その分、白組が有利な筈だ。
 こうして砦の上から俯瞰ふかんしても、自陣が押しているように見える。特に私が指示を出さずとも、各自の判断に任せて大丈夫そうだった。

 シャルル王子は、前衛に出て剣を振るっていた。ヒロインのチート設定がなければ首席を取れる実力である。
 プラチナブロンドの巻き毛をなびかせ、ガンガン敵をぎ倒していく。
 ゲーム上の見せ場になりそうなくらい、迫力のある動きだった。

 ディディエは後衛で弓隊に属している。慎重に狙いを定め、確実にダメージを与えている。こちらも凛々しい姿だった。

 私は矢を取り出した。

 実を言えば、弓より剣、剣より体術の方が得意である。この一戦のため、密かに練習したのだ。
 腕力も鍛えた。短期間で思いのほか成功し、ドレスの腕周りがキツくなって、何着かサイズ直しをする羽目になった。
 処刑や牢死を逃れれば、鍛えた筋肉は生き延びるのに役立つだろう。知識と筋肉は裏切らない。

 まず、敵の後衛こうえいねらう。こちらの猛攻もうこうで、敵の前衛は削られ、少ない人数で陣地をカバーするため、必然的に兵士間がまばらとなる。

 動き回る味方、そして敵にも当たらないよう、とある弓兵のぎりぎり手前、足元を狙って矢をつがえる。
 クロスボウと違って、腕力が物を言う。ギギギと弓のしなる音を耳に、限界までつるを引き、矢を放った。

 ひゅうっ。
 一陣の風と共に飛び去った矢は、狙った弓兵の足元の地面に突き刺さった。

 「ひっ」

 と言ったかどうか。喧騒けんそうの中、この距離では聞こえなかったが、そんな感じで大仰おおぎょうなほどに驚いたその生徒は、弓を落としてしまった。

 失格である。周囲の弓兵に動揺が広がるのが、砦からありありと見て取れる。乱れた陣地を目指し、すかさず突き進む白組。

 アメリも大弓を取り出した。もしかしたら、もうかも。
 私は次の矢をつがえる。先にやらねば、こちらが負ける。

 落ち着いて。何も考えない。ただ的の中心に意識を集中する。

 周囲の音が消えた。見えるのは、遠くで光る冠のみ。限界まで腕を引き、手を離した。

 矢はゆっくりとを描きながら、目指した一点へ向かっていく。目で放たれた矢を追いつつも、私は手探りで次の矢を用意した。

 ばりっ。
 矢が落ちた。矢同士が空中でぶつかったのだ。私は同じ的へと二の矢を放つ。

 アメリが慌てて矢をつがえるのが、やけに間伸びして見えた。殺気が立ち上るのが、見えた気がした。
 私は大弓を下ろすとともに、前を見据えたまま、盾に空の手を伸ばした。

 盾を構える前に、アメリの頭から冠が後方へ飛ばされた。ピンクブロンドの髪が、炎のように乱れた。
 アメリが崩れ落ちるのと、かろうじて顔面に構えた私の盾に矢が当たるのとは、ほぼ同時だった。


 親睦武道会は、結果として我が白組が惜敗せきはいした。

 私がアメリの冠を落とした方法が、相手に怪我をさせる危険が大き過ぎる、として減点されたためである。
 実際、アメリの頭頂部の髪がいくらか抜けたとか。見た感じ、禿げてはいなかったが。

 「皆様、力及ばず申し訳ありませんでした」

 「謝ることはない。実戦なら褒賞ものだ」

 「姉様、格好良かったよ。あんな危ない目にうなら、鎧を着ていて良かった」

 チームの皆に謝って回った時、シャルル王子やディディエが率先してかばってくれたこともあって、私を責める生徒はいなかった。

 たまたま私が先んじただけで、アメリも同じ方法を使おうとしていたことが、出場者には明らかだったせいもある。

 最初の矢が落ちたのは、彼女が私の頭を狙い撃ちした矢とぶつかったためだ。しかも、紅組の放った矢の中には、本物が数本混じっていた。

 深刻な怪我人が出なかったのは、奇跡である。それらは全て的を外したものだった。

 クロヴィスが確認漏れだと言って、ひどく申し訳なさそうにしていた。彼一人で全部をチェックした訳ではないし、一人で全部を見るのは物理的に不可能だった。

 そういう事情で、今年の親睦武道会は、上下の親睦は図れたものの、紅組と白組の間に若干のわだかまりを残して終わった。
 王子が会長の時に足を引っ張ったのが、婚約者である私。これも、断罪に数え上げられるのだろうか。


 ドレス破損事件の犯人は、一向捕まらなかった。ジュリーをおびき出した侍女も、不明である。

 新入生付きから最上級生、教師付きに至るまで侍女の面通しをさせたにも関わらず、該当する人物が見つからなかったのだ。学園に雇われる下女も同様であった。
 髪色や長さは、当然ながら、カツラで変装していただろう。顔立ちも、化粧で変えていたかもしれない。

 外部からの侵入者説も出てきた。私は、学園の生徒と睨んでいるが、彼らの面通しまではしていない。
 女子生徒なら、寮でジュリーと会う可能性は高い。彼女も気をつけて見ているそうだが、今のところ、似た生徒はいない。

 クロヴィスは現在、生徒のアリバイを地道に調べているようだ。その仕事ぶりからは、彼が協力者とも思えなかった。

 武器交換事件の犯人もわからず、『乙女の学園恋物語』も出てこない。
 去年のように有耶無耶うやむやになってしまうかもしれないが、今は待つしか手がなかった。


 アメリの攻略は、進んでいるのだろうか。

 親睦武道会でヒロイン側の勝利に終わったのは、乙女ゲームのシナリオ通りだ。
 このイベントは、成功だろう。

 通常なら、イベントが成功すれば、攻略キャラの好感度が上がる。
 今回、シャルル王子とディディエの好感度が上がったようには見えなかった。ヒロインの敵チームに組み込まれたせいだろうか。

 相変わらず王子は、困惑するほどスキンシップに距離を縮めてくるし、弟は声変わりも済んで十五歳にもなるのに、甘えてくる。
 二人共、アメリとはむしろ距離ができたように感じられる。リュシアンに至っては、辺境に行ったきりで、完全に圏外だ。

 となると、クレマン先生の様子を確認すべきだろう。

 エマ=デュポンとの仲を邪魔しないよう、今年度は彼女に任せきりにしていた。

 先生は研究バカというか、浮世離れした貴族らしからぬ距離感の持ち主だ。
 他の攻略キャラよりは前世の私と年齢が近いのと、外見が王子よりも好みなので、話していると私の方も、つい気安くなりがちだ。

 そこを、エマに誤解されたくなかった。
 しかし、アメリに攻略されたら、元も子もない。

 「ああ、ヴェルマンドワ嬢。久しぶり。てっきり、お見限りかと思ったよ」

 研究室を訪ねると、嬉しそうに微笑まれた。艶やかな黒髪に白皙はくせきの肌が、薄暗い室内で光を放つようだ。白衣姿も決まっている。

 「最上級生になりクラスが変わった上に代表委員長を仰せつかりまして、慣れぬ生活に忙殺されておりました。こちらは、変わらないようですね」

 「うん。僕はこの環境が気に入っている。課題で困ることがあったら、気軽に聞きにおいで。実技系以外なら、地理でも語学でも手伝えると思うよ」

 「ありがとうございます。最近、エマ様とは如何ですか」

 放っておくと距離を詰められるので、強引に話をエマに持っていく。

 「エマもよく来ているよ。ついクロエの話になってしまうのだけれど。君となら、エマも勉強に集中できるだろう」

 以前は、エマ嬢と呼んでいた気がする。二人の距離が近付いているようだ。

 「いいえ、遠慮しておきます。二人のお邪魔したくないし」

 エマに誤解されたら、情報も取れない。

 「そういえば、エマ様はデュモンド嬢とクラスが分かれてからも、一緒にこちらへ来られますの?」

 「デュモンド嬢‥‥。エマとは別に、最近薬草に興味を持ったとかで、時々質問に来ているなあ。武道会では、彼女も君も災難だったねえ」

 クレマン先生が話題に出すほど、ドレス破損が大きい事件になっている。風紀委員会だけでなく、学園側でも調査をしているのだ。

 アメリは先生攻略を諦めていないようだが、好感度の上がり具合は話していても見えてこない。そろそろ帰ろう。

 「災難と言えば、焼却炉にカツラを放り込んだ者がいてね。臭くて参ったよ」
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