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第三章 卒業生

1 戦う決意

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 最上級生になって、私はアメリ=デュモンドに『ラブきゅん! ノブリージュ学園』を攻略させないため、裏から手を回して、同じクラスに入れてもらった。

 本当は、実力で入りたかった。
 この世界のカラクリを知ったのが年度途中だったこともあって、覚悟を決めた時には、少しばかり遅かったのだ。

 ただ、二年目の最終成績は、元々どっちのクラスに組み込まれても、おかしくなかったらしい。
 お茶会や食堂を避け気味だったから、いくらテストが良くても、上位クラス安全圏、とはいかないだろう。

 その点を含め、私がえて下位クラスで勉学に励んでいる、と考えた先生方がいて、本人がようやく自信をつけた、と喜んでクラス替えに同意してくれた。

 とは、父上の話である。ありがたや。

 私、サンドリーヌ=ヴェルマンドワのオツムも、ここ二年間の勉強漬けで、大分鍛えられたことは確かだ。
 あと一年間、どうにか持ち堪えられれば、堂々と実力で卒業できる。

 でも、今年ばかりは勉強だけ、という訳にもいかない。

 ディディエの婚約者である、ロザモンド=ラインフェルデンから、この世界が乙女ゲーム『ラブきゅん! ノブリージュ学園』と同じで、私が悪役令嬢、アメリがヒロインと知らされた。

 ちなみに彼女自身はゲームに登場しない。モブというか、モブですらない、というか、ある意味自由な立場に見える。

 この世界が乙女ゲーム的であることは、前世で異世界漫画を読みまくった経験から薄々うすうす感じていた。

 問題はこのゲーム、何かと悪役令嬢が破滅する。ではない。命を落とすのだ。しかも、ロクな死に方をしない。

 対してヒロインは、たとえ攻略が完全に失敗しても、そこそこ幸せな結末を迎える。
 悪役令嬢役になってしまった私からみて、不公平この上ない。

 ロザモンドは親切にも、ロタリンギアへ帰国する前に、ゲーム内容を、細かく伝授でんじゅしてくれた。

 情報が多すぎて、恋愛小説に偽装した、攻略本に仕立てた。メモでは追いつかない量なのだ。暗記は授業で手一杯。

 私が破滅を回避するためには、ヒロインの攻略を邪魔するしかない。
 彼女を邪魔するのではなく、攻略を邪魔する。ここを間違えると、断罪まっしぐらである。

 これも面倒臭いには違いないが、命がかかっている。止むを得ない。

 面倒なのは、婚約者のシャルル王子と弟のディディエだ。

 弟とは仲良く、王子にはそつなく、常識的に振る舞っていただけなのに、やたらなつかれている。

 クラスが同じになったことで、嫌でも一緒にいる時間が増えるのに比例し、過度かどなスキンシップがますます増えた。
 時々、取り合いされている感もある。

 風紀を乱すとか、授業に集中しろとか、文句を言われるのが当然の場面である。
 誰か止めて欲しいのに、先生方を含め、クラスメートが微笑ましく見守っているのだ。

 一方は王子で婚約者同士、他方は家族だから、だろうか。

 それにしたって、おかしいと思う。

 私たち三人の間に割り込んでくるのは、アメリだけである。

 このゲームのヒロイン。
 彼女の介入が、ありがたく思えて、結構な割合で、ゆずってしまっている。こんな時は、彼女がまともに見える。

 シャルル王子もディディエも、彼女が話しかけてくる時には、割と素直に応じる。これが噂のヒロイン特権だ。

 私のゲーム的立場を考えても、譲るのが正解だと思うのだが。
 ここで抵抗したら、いじめたことになりそうな気がする。

 アメリの攻略ロードマップを教えてくれたロザモンドに、意見を聞きたいところである。

 彼女はアメリ推しだったようだが、自分が断罪されてまで推す気はないだろう。
 攻略キャラの婚約者といえば、悪役令嬢。ゲームに登場しなくても、そうなる可能性は大いにある。
 悪役令嬢といえば断罪。そして、このゲームの断罪は、生死がかかっている。

 ディディエもロザモンドを気に入っているようだ。
 そうなれば姉として、二人の仲を取り持たねば、という責任感は、ある。


 「もう、サンドリーヌ様は優しすぎますわ。どうせ、あの人たちは、放課後にも生徒会室で一緒になるのですから、教室にいる時ぐらい、婚約者を優先したっていいではありませんか」

 ドリアーヌが聞こえよがしに文句を言う。アメリは知らんぷりだ。王子と弟は、多分耳に入っていない。

 「生徒会の仕事は大変でしょう。少しでも早く仕事を進めて、お休みになれる時間を取っていただけた方が、シャルル様のお体によろしいかと思って」

 「それはそうですけれども」

 私に気を遣ってほこを収めるドリアーヌも生徒会役員である。忙しさは同じ筈。

 ドリアーヌを始め、家格の高い令嬢を中心に、アメリをうとんじる動きがある。確かに、婚約者のいる異性とばかり親しくするのは、貴族社会でなくとも淫乱とくさされるだろう。

 ただ、婚約者の私が黙認しているのだ。もう少し穏やかになっても良さそうなのに、一向に攻撃が止まないのは、どうしたことだ。

 ゲームの強制力で、悪役に変わってしまうのだろうか。

 誰かが悪役を背負わねばならないとしても、私の代わりに彼女らが断罪されたら、寝覚ねざめが悪すぎる。

 だから、気がつけばなるべく、顔を潰さない程度に、彼女たちを注意することにしている。

 もともと個人的には、王子に婚約破棄されても構わなかったのだけれど、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』の結末をロザモンドから聞いて、考えを変えた。

 アメリが王子を攻略すると、婚約成功でも失敗でも、私は死ぬ。しかも、処刑か強盗殺人かの二択。

 無理。そんな死に方は、嫌だ。

 私の理想では、アメリがディディエを攻略して失敗するか、全員攻略いわゆる逆ハーレム状態を目指して成功まではいかないけど友情エンドになるのがいい。

 その場合、私は修道院送りか国外追放になる。
 ヒロインが協力してくれれば、一番良かったのだが。

 生徒会選挙で落選した時、動揺したアメリが私の部屋まで来たことがあった。
 ロザモンドが転生者と勘付いて、揺さぶりをかけるつもりだったらしい。

 私は自分が転生者であることを、ロザモンドを含め誰にも話しておらず、また、誰にも気付かれていない筈である。
 ここは、前世で結婚して子供まで持った経験値が生きている、と思いたい。

 アメリも、自分から打ち明けるつもりはなさそうだった。

 それはそうだ。

 彼女にとって、私は敵役だから。
 乙女ゲームのヒロインといっても、攻略キャラは相談相手にならないだろう。孤独な戦いには違いない。

 気になったのは、転生者らしい彼女が、今生きているこの世界をも、ゲームとしてとらえているように思えたことだった。

 そうでなければ、婚約者のいる生徒を、誘惑する必要がない。
 その結果、同じ学園に通う生徒を死に至らしめる可能性についても、何とも思っていないようだった。

 同じクラスとなって、日常的にその言動に接すると、この世界の同年代と比べて、幼い感じも受ける。

 ロザモンドと同様、彼女もまた前世で若くして亡くなったのだろう。

 アメリが転生者かつゲームの攻略者でなかったら、婚約者のいる異性との略奪婚など目指さず、今の身の丈に合った結婚相手を探したり、純粋に勉強を頑張って卒業後の進路に活かしたりして、自由にこの世界を生きられたのではないか。

 それとも、この生活が楽しいのだろうか?

 いずれにしても、敵役の私が言ったところで、説得力はなさそうだ。
 だから、私も手持ちの武器を駆使くしして、ヒロインに対抗する。


 ロザモンドのお陰で、リュシアンルートの攻略は絶たれた。
 逆ハーレムは成立しない。

 この間起きる予定だった生徒会イベントを潰したことで、アメリもリュシアンに手が出せなくなったことを知った筈。
 出発直前を狙って、馬車の修理を提言したのは、私だ。

 次にアメリがどう動くか。

 クレマン先生は元々隠しキャラだ。攻略が難しい、とロザモンドから聞いていた。

 一緒にいる時間が長い、シャルル王子かディディエに絞られるだろう、という予測はついていた。
 しかし、ヒロインはクレマン先生の方も、諦めていないらしい。
 このまま友情エンドに持ち込めたら、と期待がつのる。あまり当てにはしていない。


 生徒会方面の情報は、シャルル王子やディディエの他に、ドリアーヌからも貰える。

 クレマン先生関係は、エマ=デュポンが情報をもたらしてくれる。私が代表委員会の委員長になり、クラスが変わった彼女は、副委員長になった。

 エマはゲーム上、アメリの親友という設定だ。『ラブきゅん! ノブリージュ学園』では、アメリがクレマン先生の攻略を失敗すると、エマが先生の婚約者となる。

 彼女は二年目まで、アメリと同じクラスだった。目立つほど成績が下がった風でもないから、恐らく私にも責任の一端はある。

 彼女もまた、そう思っても不思議はないのに、むしろアメリと離れられて、ほっとしている様子だった。
 口には出さないけれど、クレマン先生を好いていて、アメリに奪われるのではないかと心配していたようだ。

 クラスが別々になった今は、それぞれで会いに行っているらしいのだが、少なくともクレマン先生は、エマを不安にさせるような態度をとっていない、ということになる。

 そういう訳で、私が側にいない間のアメリの動向は、大体把握できていると思う。
 だが、神の如く全てを知ることはできない。

 去年、アメリは大金を稼いだ。一部は、礼拝堂にいるステファノ司祭に頼まれた仕事で得たものだ。

 そして大部分の金は、学園に隠されていた宝石を見つけることで得たようである。

 前世で『ラブきゅん! ノブリージュ学園』を隅々までプレイし倒した、と自負するロザモンドも、この隠しイベントについては、全く知らなかった。

 ヒロインの転生者は、私たちよりも多くの情報を握っている。ガチゲーマーという奴だ。

 ただでさえ乙女ゲームのヒロインは、シナリオや設定上有利な条件を持っているのに、その上向こうの方がこの世界をよく知っている。

 普通に考えて、悪役令嬢とモブ令嬢に、勝ち目はない。

 それでも、私たちは生きた人間で、予定された未来を回避したいから、抵抗する。

 この世界はゲームじゃない。
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