漫画読み過ぎて悪役令嬢に転生したけど乙女ゲームは未経験です ノブリージュ学園には毎年ヒロインが出現します

番外編一 ヒロインの奮闘

２ ミニゲームで資金稼ぎ

　あたしは、礼拝堂へ行った。ここの司祭は美形だけど、とりあえず攻略キャラではない。

　チュートリアルキャラクターなのだ。ゲームの最初に、進め方や必要な知識なんかを教えてくれる。
　そのほか、ミニゲームで金を稼がせてくれるという、まさに救世主的存在。

　「おや、アメリ＝デュモンド嬢。最近、熱心に礼拝していますね」

　銀髪巻き毛に青緑の瞳をした美青年が、早速やってきた。何か既視感デジャヴ。ゲームの記憶かな。
　最初にここへ来た時には、何故かサンドリーヌがいて、思わず『悪役令嬢』って口走ってしまったなあ。
　ははは。

　「何かお手伝いできることがありましたら、お声がけください」

　頑張って無邪気な顔を作り、定番のセリフを言う。乙女ゲーだとすぐにミニゲーム画面に切り替わるのだけど、現実には色々やりとりが必要なのよね。面倒だけど、バイトと思えば楽な方だわ。

　「そうですねえ。貴族の令嬢方にお願いするのは、申し訳ないような仕事しかなくて」

　困ったように顎あごに手を当てる司祭。ドレスを仕立てる金を稼ぐため、あたしは結構な頻度で礼拝堂からむしり取っていた。

　まさか、やり過ぎて司祭の資金が底をついたとか？
　ゲームでゲットできる金貨がどこから調達されるか気にしないように、ここでのバイト報酬が誰の懐から出ているか、あたしは知らない。

　仕事の内容は、ミニゲームを連想させるものも多かったわ。
　ウサギを捕まえるとか、鳥の巣を壊さないように移動するとか、廃棄本を売り捌さばくとか‥‥これはミニゲームでもなかったわね。

　どの仕事も、ゲームと違って汚れるし、疲れるし、面倒臭かった。

　でも学園生活を送りながら金を稼ぐには、それが一番確実なのよ。それに、外で普通に働くよりも実入りがいい。
　ゲームの設定通り、実家は経営難で、学園入学前から、あたしは身分を隠して働いていたの。本当に、苦労しているんだから。

　「どんな仕事です？」
　「葡萄ぶどうの木についた、毛虫をとる作業なんですけれど‥‥できますか？」

　どうやら、金の問題じゃなくて、本当に仕事の内容が申し訳なかったみたいね。ほっとしたわ。教会って、お金持ちね。

　もちろん、仕事を受けたわよ。

　長いトングみたいな道具で毛虫を挟み、集めたら燃やす。バチバチと、意外によく燃えたわ。なんでこんなに毛虫がいるのかわからないけれど。

　こんなに増殖する前に、ちゃんと消毒して欲しいわ。食われた葉っぱが痛々しいじゃないの。葡萄不作になるわよ。

　美形司祭が同情からかお礼を奮発してくれたみたいで、思ったより早く資金も貯まった。あとは、ドレスを仕立てるだけ。

　どの攻略キャラにするか。やっぱり好感度高そうなシャルルよね。年末パーティでどんな衣装を着てくるか、デザインはばっちり覚えているし。

　で、汗水垂らして稼いだあり金全部はたいて仕立屋に、シャルルとお揃いになるデザインのドレスを注文した。
　もし攻略キャラがドレスをプレゼントしてくれたら、余った方は売ればいいもんね。

　ところが、よ。

　いつまで経ってもドレスが仕上がってこない。

　催促すると、『今、やっているところです』って、蕎麦屋の出前かっ！

　なけなしの金注ぎ込んでいるだけに、今からキャンセルして他の店に頼む余裕はない。時間的にも。

　おまけに攻略キャラからプレゼントが来る気配もなく、エスコートを志願される様子もない‥‥。
　あ、モブキャラ男子からはたくさんお願いされたのよ。数え切れないぐらい。

　誰か一人でもキープしておけばよかったかしら。でも所詮しょせんモブだし。金も地位も期待薄なのだ。

　まあ、ドレスは自前で用意すれば済むとして、エスコート役は一人じゃどうにもならないわな。ダメもとで、攻略キャラに頼んでみるか。
　クレマン先生、リュシアン、と断られて、ディディエに頼んでみたら、オッケーもらえたよ。とりあえず良かった。

　「僕、婚約者いるから、今回限りのエスコートになりますけど、いいですか？」

　なんて、頬を染めながら答える姿が可愛い。え、今何て？

　「婚約者いたっ、いました？」
　「はい、ついこの間婚約しました。ロタリンギアの人なので、ノブリージュ学園には在籍していません」

　「そ、それは、お、おめでとうございます」
　「ありがとう」

　はああああっ？　ワンコ系年下攻略キャラに婚約者、いないでしょ。

　死ぬ直前の走馬灯かってぐらい、脳内でゲーム再生する。ないない、ないってば。いや、ちょっと待て。

　『ヤンデレ！　ノブリージュ学園』だ。

　そう。『ラブきゅん！　ノブリージュ学園』の続編。と言うより、スピンオフになるかな。
　だってこれ、十八禁ヤンデレ乙女ゲームだったからね。

　『ラブきゅん！』開始一年後の学園を舞台にした恋愛ゲームで、攻略キャラが全員ヤパイという、前作ファンを裏切りまくりの鬼畜展開。

　そのせいか、第一作より売れなかったんだよね。あたしは当然、全ルート制覇したわよ。

　他にもツッコミどころはあって‥‥いやいや、今その話じゃなくって、『ヤンデレ！』にも『ラブきゅん！』の主要キャラクターが、申し訳程度にちょろっと登場していたんだった。

　ただし、全員結婚しているか、婚約者がいる設定で、その相手はシルエットでしか表示されない。

　『ラブきゅん！』でプレイヤーが誰を攻略していても、気にならないように一応の配慮をしたって感じ。
　『ヤンデレ！』プレイする人は気にしないと思うよ、と運営に進言したかったわ。誰に対するサービスなのか、意味不明。

　そこでのディディエには、確かにシルエットのみの婚約者がいたわ。あれか。

　このまま年を跨またぐと、そっちの世界も絡むんだろうか。下手にゲームの記憶があるだけに、こんがらがっちゃいそう。

　まず、ジャンルの違うゲームを同じ世界で展開するなら、互いに邪魔しないよう、時間をずらすべきでしょ。少なくとも一つのゲームが終わる前に、次のゲームぶち込んじゃダメよ。

　そこのところ、このゲームの運営は‥‥長くなるからやめよう。
　確かに、『ヤンデレ！』ゲームしている時は、それぞれのキャラクターは、互いに直接ゲーム展開に絡まなかったけど。


　ともかく、エスコート役は確保したわ。

　そこでまた悲劇が、あたしを襲う。

　何と、仕立屋がドレス作りに失敗したのだ。信じられん。王子も御用達の店だってのに。
　平身低頭して、支払金に大分上乗せした額を返金してきたので、うっかり許してしまった。ダメじゃん、あたし。

　せっかくディディエをエスコート役にゲットしたのに、参加できない。

　サンドリーヌのドレスを、こっそりちょろまかしてくれないかな。
　あの悪役令嬢だったら、袖を通さないままクローゼットの肥やしになっている衣装の一着や二着あるでしょ。慰謝料込みの返金を使って、新たに仕立てるとしても、圧倒的に時間がない。

　「何を悩んでいる？」
　「ド、ドレスがダメになっちゃったんですぅ」

　声をかけてきてくれたのは、シャルル王子だった。そう言えば、ゲームでは悪役令嬢の取り巻きにドレスを破かれた時に、こんな場面があったわ。
　原因は違うけど、結果シナリオ通りと言えばその通りではある。

　ここは正直に事情を話すと、何と、ドレスをプレゼントしてくれた。ええっと、もしかして、シャルルってば、元々あたしに贈るつもりで用意してくれた？

　攻略上手く進んでいるってこと？
　ひょっとして、エスコートもしたいとか？

　「王子には、姉様がおられるじゃないですか。僕がアメリ嬢をエスコートするんですよ」

　ディディエが割り込んできた。おおっと、こっちも攻略順調みたい。ふふふ。災い転じて服となすって感じだわ。福じゃなくて服。


　シャルルにもらったピンクのドレスで、ディディエにエスコートしてもらって、パーティには無事出席できたわ。
　王子とはダンスも踊れたし、イベント的には成功ね。 

　次のイベントは、生徒会選挙だ。

　あたし、アメリ＝デュモンドが攻略対象達に推薦されて、書記になるイベントよ。

　実際にはちょっとメンバーが入れ替わっていて、推薦人がシャルル王子と宰相の息子ディディエ＝ヴェルマンドワ、王子の近侍で公爵家のバスチアン＝ブロワ、その婚約者にして公爵家令嬢のドリアーヌ＝シャトノワ、男爵家だけれど裕福なエマ＝デュポンという組み合わせになったけれど、十分有力な後ろ盾よね。

　ドリアーヌは悪役令嬢の取り巻きなのに、婚約者に頼まれて渋々推薦人に名を連ねたらしい。内心がどうでも、推薦人として名前を出したことが大事。

　ところがところが、ここでもおかしなことになった。

　エヴァ＝クルタヴェル侯爵令嬢が書記に立候補したのだ。

　あんた、誰やねん。

　と思わず前世で喋ったこともないエセ関西弁が出てしまうくらい、驚いた。
　多分、多分だけど、あんたは副会長候補で選挙に出たんじゃないのか？　ゲームではシルエット紹介されていた、名前もないモブ令嬢。縦ロールっぽい影だった。今のあんたと同じ。

　しげしげと顔を観察してみれば、ダークブロンドの縦ロールといい、上がり気味の目尻といい、サンドリーヌほどではなくても、悪役令嬢に認定できる外見だ。それであたしの対立候補になった？
　これぞシナリオの修正力かしらね。

　まあ、シャルルが選挙対策必須のお茶会費用を出してくれたし、ディディエも手伝ってくれて、攻略キャラの好感度が上がった感じなのはよかったわ。
　ついでに、有権者の好感触もゲット。

　演説会では緊張したわよ。投票になっちゃったから、落選するかもだし。でも、頑張ってちゃんと演説の準備もして、シナリオ通り、書記になったわ。

　どうせシナリオ通りに勝つ、なんて油断はしない。今だって、色々違うところが出てきているんだから。

　今度の生徒会本部に攻略キャラはいないんだけれど、これが三年目への布石になるのよ。
　シャルル王子は代表委員だから、生徒会にいる分だけ、会う機会は増える計算ね。