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第二章 留学生

4 悪役令嬢に尋問された

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 そのまま、寮のサンドリーヌの部屋まで拉致らちされた。
 侍女にヘルミーネへの伝言をたくすことを許され、悪役令嬢と差し向かいの椅子に座らされる。

 「夕食を食べ損ねてしまったわね。軽い物しかないけれど、どうぞ召し上がれ」

 と、てずから紅茶を注ぎ、バゲットにチーズやパテを載せたカナッペと、干し果物を用意する。干したらみたいな物もある。
 部屋に食料を常備しているみたいだ。昼休みに食堂で姿を見ないのは、このせいか。

 「話すのが先でもいいわよ。私もいただくわね」

 固まるわたしの前で、優雅にカップを持ち上げるサンドリーヌ。紅茶とチーズの香りが嗅覚を刺激する。

 話せと言われても、何をどう話したものか。

 空腹に負けたわたしの手が、カナッペへ伸びる。悪役令嬢と向かい合い、しばし無言で咀嚼そしゃくする。

 「それで、『悪役令嬢』とは、どういう意味なのかしら?」

 紅茶で喉をうるおそうとしたわたしは、むせるところだった。ゲームキャラの悪役令嬢に悪役令嬢と発言させると、結構な破壊力がある。

 「確かに私は、幼い頃、随分と手酷てひど悪戯いたずらばかりしていたけれど、学園に入ってからは、これでも真面目に過ごしているのよ。それなのに、入学後に知り合った人たちから、悪役などと呼ばれる理由を知りたいの」

 空っぽの胃に食べ物が入り、わたしの頭がちょっと冷静になった。

 「あの、サンドリーヌ様が『悪役令嬢』という言葉を聞いたのは、二度目と仰いましたね。最初に聞いたのは、どなたからか、教えていただけますか? もしかしたら、それを知っていた方が、説明をしやすいかもしれません」

 「私の質問に質問で返すとは、なかなか‥‥」

 い、命知らずでしたかねー。冷や汗。

 「まあいいでしょう。ご存じかしら? 生徒会の書記を務めるアメリ=デュモンド男爵令嬢よ」

 「アメリちゃ、じゃなくてデュモンド様、ですか」

 そりゃ間違いなく、転生者じゃないですか。異世界転生でヒロインなんて、羨ましい!
 誰ルートを狙っているのかな。ワクワクする。一度、話してみたい。
 もしかしたら、破滅に巻き込まれなくて済むかもしれない。

 「お嬢様。ただいま戻りました」

 サンドリーヌの侍女の声がして、ヘルミーネを連れて入ってきた。ヘルミーネは恐縮して、手土産持参である。

 サンドリーヌはびを兼ねた挨拶を聞き流しつつ手土産を受け取ると、中身を半分テーブルの上に乗せ、残りを侍女に渡した。

 手土産はロタリンギアから持ち込んだ、保存が効く菓子であった。急な客人や贈り物へのお礼として用意したものだったが、まさか、こんな形で役に立つとは思わなかった。

 「お前たちも、その辺で食事を取りなさい」
 「かしこまりました」

 命じられた侍女は、部屋の家具を動かし、わたしたちから離れた場所へ、手早く二人分の席を作った。
 ヘルミーネに席を勧め、彼女が遠慮し、侍女同士で軽く揉めている。

 「どうぞ。お客様ですし、子爵家のご出自しゅつじと伺っております」
 「確かに。ですが、お詫びに参りました身で、侍女の身分ですし、そのようなことは‥‥」

 サンドリーヌが咳払せきばらいをした。一同、そろってびくりと身をすくませた。

 「ジュリー、食事を始めなさい。ロザモンド様。そろそろ始めてもらえないかしら?」
 「は、はい」

 もう、時間稼ぎはできない。
 既に家族や侍女に話しているので、前世の記憶持ち、という話をすること自体に抵抗はない。全員、わたしの妄想だと思っている節があるけれど。

 家族ですら理解しているとは言い難い話を、サンドリーヌが信じてくれるかどうか。

 「わたしには、生まれる前の記憶があります」

 圧力に負け、食事を始めようとしていたヘルミーネが、悲壮な顔でわたしを見た。


 わたしは、サンドリーヌに完敗した。あんな厳しい顔で鋭く質問されたら、洗いざらい吐きますって。

 わたしが異世界からの転生者であること、アメリちゃんも転生者の可能性が高いこと、この世界が、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』というゲームにとても似ていること、でもちょっと違うところもある、ということを白状させられた。

 乙女ゲーの説明から始めたつもりが、パソコンやお母さんの話までする羽目になり、三年間に及ぶイベント全部を解説するのは、ちょっと無理だった。もう、一年過ぎちゃったし。

 主人公がアメリちゃんで、攻略対象がシャルル王子を含めて四人いること、ヒロインが攻略対象と結ばれることがゲームの目的だ、という最低限の説明はした。

 もちろん、『悪役令嬢』の役回りも話した。
 サンドリーヌは、わたしの話をすぐに信じた。のみならず、ヘルミーネ並みに理解した。

 予想外だった。外国にいたわたしが、知るはずのない知識を披露したこと、去年一年間で起きた出来事を考え合わせて、思い当たる節があったとしか思えない。
 馬鹿なのに努力もせず、ヴェルマンドワ宰相の権力を使って、無理矢理王子と婚約した設定のサンドリーヌにしては、上出来だった。

 そのサンドリーヌが知りたがったのは、アメリちゃんがシャルル王子やディディエくんと結婚することになった時、自分がどうなるか、だった。この疑問が浮かぶだけでも、彼女がわたしの話を理解したことがわかるというものだ。

 正直に答えるのは、辛かった。乙女ゲームは悪役令嬢に容赦ようしゃない。
 いつもヒロインでプレイというか、それしか選べないんだけれど、悪役令嬢の運命なんて全然気にしていなかったわ。

 もちろん、知っていますとも。

 まず、アメリちゃんがシャルル王子を攻略しようとした場合。
 アメリちゃんと王子が結婚するハッピーエンドになると、サンドリーヌは家名剥奪かめいはくだつの上、牢屋へ入れられた後、公開処刑される。当然、その前に婚約破棄される。

 クラスメートに意地悪したで処刑って、と今なら引く。
 しかも、アメリちゃんが王子と結婚できなかったバッドエンドでも、やっぱり家名は剥奪され、国外追放されるのだ。更に、追放される途上で強盗に殺される。

 アメリちゃんがディディエルートを選択すると、ハッピーエンドでは家名剥奪の上、国外追放されるけれど、途中で強盗には殺されない。国外で野垂れ死ぬ。バッドエンドでは、辺境にある修道院へ送られる。そして生活が合わなくて病死する。
 王子ルートに比べると、生存期間が多少長い。

 聞かれなかったけれど、ヒロインが攻略対象全員と仲良くなる逆ハーレムルートというのもあって、そこでのハッピーエンドでは、サンドリーヌは牢屋で衰弱して死んでしまう。

 逆ハーのバッドエンドは、主人公が誰とも結ばれなかった場合。
 好感度が高めに終われば友情エンドで、悪役令嬢は国外追放後、騙されて娼婦として売られてしまう。
 ヒロインが誰一人として好感度すら上げられなかった場合のみ、悪役令嬢は王子と結婚できるのだ。
 ただし、結婚生活に暗雲がただよう感じがほのめかされている。

 ここが、サンドリーヌにとっては、一番の長生きルートね。

 全てのエンドをコンプリートするべく、前世のわたしは散々プレイした。
 気を抜くと、すぐに好感度が上がる。一回だけ到達した全敗バッドエンドは、まぐれ当たりで、正確に何をやったか覚えていない。

 付け加えると、ヒロインがリュシアンやクレマン先生を攻略しても、サンドリーヌは死んだり不幸になったりするのである。
 ここまで来ると、ゲームをプレイしていた時に、全く疑問を持たなかった自分が不思議だわ。

 「気になる点がいくつかある。まず、彼女がリュシアン=アルトワと結婚した場合、元々の婚約者だったフロランス=ポワチエ嬢がどうなるか?」

 あの元気なフロランスか。
 彼女はサンドリーヌと違って、ヒロインがリュシアンと仲良くなっても、意地悪はしなかったな。リュシアンの前では元気に振る舞って、陰で泣いているスチルがあった気がする。
 そうしてリュシアンに振られた後は、どうしたっけ?

 「領地へ戻って、自ら領主になりました」
 「そう。無事なら良かった。クレマン先生の方は、誰かいたかしら?」

 死んだ婚約者の妹、エマ=デュポンがいる。ヒロインの親友でもあった彼女は、素直にハッピーエンドを祝福していたわ。
 バッドエンドでは、彼女がクレマン先生と結婚するのよね。ここの関係も現実だと気になるわ。

 サンドリーヌは、他の婚約者たちが断罪処刑されないと知って、安心していた。それが普通の感覚でもあるけれど、ゲームのイメージがあったから、マイナスからの上昇率が高すぎて、良い人に見えてしまう。
 ゲームでも、フロランスやエマに意地悪した描写はなかったけれどね。

 主人公に対してだけ、悪役ってことかしら?
 それにしても、あの威圧感はやっぱり怖かった。

 「さあ、時間がないから早く答えてね。貴女が知っているゲームでは、ディディエに婚約者はいなかった。では、これから彼女が弟と結婚を目指した場合、断罪されるのは、やっぱり私かしら? それとも、貴女なのかしら?」

 それは密かにわたしが心配していたことで、そして本当にどうなるのか、予想がつかない。

 「アメリちゃ‥‥ヒロインにたくさん意地悪した人が、断罪されるのではないでしょうか。側にいるだけで意地悪したことになるかもしれません」

 強制イベントというのがある。ヒロインにとっては良くても、立場を変えると悲劇だ。

 「なるほど。私はクラスが違うし、貴女は学年が違う。なるべく近づかないようにすることはできるでしょう。新たに誰かが悪役になるかもしれないわ。どの結末でも、主人公は不幸な目にはわないのよね?」

 「遭いません」

 とりあえず答えてから、気が付く。

 「サンドリーヌ様は、デュモンド様たちとご一緒のクラスではないのですか?」

 「去年も今年も違うクラスよ。食事の時間も惜しんで勉強しているのだけれど、なかなか追いつけないわねえ。今日も予定していた勉強ができなかったわ」

 「ご、ごめんなさい」

 「いいのよ。代わりに重要な知識を得られたもの。次に、何か事件が起きる時には、前もって教えてね」

 「はい~っ!」

 わかっちゃいたけれど、この人には逆らえない。

 「最後に肝心な質問。貴女は、ディディエと結婚を望んでいるの?」
 「‥‥はい」

 一瞬間が空いたのは、一番推しがヴェルマンドワ宰相、攻略キャラではクレマン先生が推しだから。
 でも、既婚の宰相とは結婚できないし、先生と結婚したいとまでは思わない。

 ディディエくんのことは好きだ。いい夫婦になれるよう、努力するつもり。

 「本当に?」

 サンドリーヌの厳しい目が注がれる。わたしは首振り人形の如く、首を何度も縦に振った。

 「本当です」
 「わかった。では、そのつもりで対処します」

 解放された時には、力が抜けてその場へ座り込みそうになった。
 何か色々気になることがあったと思うんだけれど、どうでも良くなった。
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