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第一章 新入生
12 司祭が捨てた名前
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翌日、昼に食堂へ足を踏み入れた途端、ローズブロンドが視界に入った。
反射的に、身を翻してしまった。
人の流れに逆らって、空いている方へ空いている方へと進んで行くと、気付いた時には、寮から離れた方角へ出ていた。
寮へ戻るには、また人混みを掻き分けねばならない。
昼食抜きで午後の授業を乗り越えられるだろうか。
食事に執着がある私は、悩みながらも寮へ戻る気力もなく、足に任せて歩き続けた。
微かに食べ物の匂いがした。
空腹過ぎて幻覚を生み出したか。考えるより先に足が出る。
匂いは徐々にはっきりしてきた。ブイヨンみたいな匂い。口中に涎が溜まる。
我ながら、ハエみたいだ。引き寄せられて着いた先は、礼拝堂だった。
何故に礼拝堂から食べ物の匂い?
そういえば、司祭を食堂で見かけたことない‥‥そもそも私が、人気の少ない時間しか行かないのだ。会わないのは当然か。
匂いは、礼拝堂裏手の方から漂ってくる。
落ちる思考力。理性は本能にねじ伏せられた。だめだ。空腹に負けた。
「おやおや。ヴェルマンドワのご令嬢ではありませんか」
ノックに応えたのは、当然ステファノ司祭である。
いざ顔を合わせると、言葉が見つからない。司祭の美しい笑顔を呆然と眺める。
「サンドリーヌ様?」
司祭の背後から女性の声がして、見知った顔が出てきた。
ドリアーヌ=シャトノワであった。更に、その後ろからクレマン=モンパンシエ先生が顔を覗かせた。
何人出てくるんだろう?
しかし、そこで終わりだった。
「あの、いい匂いを辿って、吸い寄せられました」
空腹で、言い訳が思いつかない。
ぷぷっ、とクレマン先生が吹き出した。
「相変わらず面白いね、君」
「クレマン失礼だぞ。ヴェルマンドワ嬢、よろしければ、ご一緒に昼食をいかがですか?」
ステファノ司祭が先生を嗜め、気を利かせて招待してくれた。ありがたくお受けする。
中はさほど広くなかった。せいぜい二人で囲む程度の大きさの食卓に、三人分のスープとパンが出ている。
それでも司祭は、私の分の椅子と食事を用意してくれた。
もう、テーブルぎっちぎちである。いやはや申し訳ない。だが空腹には勝てない。
「ありがとうございます」
席に着いて、早速いただく。
うわあ、美味しい!
具は野菜ばかりだが、スープは牛骨出汁も入っている。丁寧な下拵えで素材の旨さを引き出す味。シンプルかつ美味しい。
下品にならないよう気をつけながら、食べ進める。
お腹がある程度落ち着くと、周囲の状況に目が行った。
「ドリアーヌ様は、よくこちらでお食事なさるのですか?」
「ごく稀に、ですわ。兄の修養に差し支えない範囲で」
「お兄様?」
目の前の三人を見比べる。
黒髪のクレマン先生、銀髪のドリアーヌ、銀髪のステファノ司祭。
ドリアーヌと司祭の瞳は、同じ青緑であった。
「司祭様が、ドリアーヌ様の?」
「はい。ナタナエルお兄様です」
「ドリアーヌ。その名前は、もう捨てたのだ」
ブーリ教で信仰の道に入ると、独自の名を与えられる。仏教における僧名と同じだろう。俗世との縁を断つ意味があるとか。
縁切れてないですね、全然。
ともかく、司祭はシャトノワ公爵家の出ということだ。
貴族は親戚も姻戚も複雑に絡み合っていて、覚えるのが大変である。そして覚えておかないと、身を滅ぼしかねない。
「そうそう。ちょうど、サンドリーヌ様に関わることで、相談をしておりましたの」
ドリアーヌは、兄から説教が始まる気配を察し、話題を切り替えた。いきなり矛先を向けられ、私はパンを急ぎスープで流し込む。
「例の、あの方のことですわ」
問い返すのも野暮だろう。アメリ=デュモンド男爵令嬢のことだ。
「王子や騎士団長のご子息、宰相のご子息、と身分違いの方ばかり選んでなりふり構わず近付く令嬢です。モンパンシエ先生の元へも足繁く通われるとか。先生も、周囲から誤解されないようご注意なさらないと、あらぬ醜聞に巻き込まれますわよ」
「エマが?」
誰それ?
私だけでなく、ドリアーヌも目が点になっている。
ちなみに、家門の格差で生徒から軽んじられないよう、教師はファーストネームで呼ぶ習わしの筈だが、ドリアーヌは家名で呼んだ。
「ドリアーヌが心配するのは、デュポン嬢ではなく、デュモンド嬢のことでしょう」
ステファノ司祭が、諭すように訂正する。
デュ違い。エマ=デュポン?
知らない。クレマン先生は、記憶を辿るように宙を見据えていたが、おもむろに頷いた。
「ああ。いつもエマと一緒に来ている生徒のことかな。入学時試験で首席を取った?」
「はい。その彼女です」
「いつも質問を持ってくるんだけれど、首席の割には、内容が要領を得ないんだよね。エマの親友なのかな? 日頃から、一緒にいるのを見かけるよ。僕の部屋へ来るのは、彼女の付き添いと思っていた」
だからエマって誰。
「あの、エマ=デュポン様とは、どのような方ですの?」
「デュポン家はその昔、現在の王家が王位に就く際、多大な貢献を行い、男爵位を授かりました。男爵家の中でも由緒ある家系です」
ドリアーヌが解説してくれた。相変わらず優秀な子。その情報も必要だけれど、今知りたいのはそこじゃないんだな。
「エマは、僕の婚約者だった、クロエの妹だ」
先生が寂しそうに言った。シャトノワ兄妹の顔を見るまでもなく、私はハッとした。
「すみません。辛い記憶を思い出させてしまって」
この美青年が独身を貫く理由。その昔、婚約者を病で亡くしてしまったという、その伝説に関係しているとは。
ヒロインが噛んでいる時点で、気付くべきだった。
乙女ゲー的には、先生が元婚約者の妹と結ばれるのがプレイヤーとしてのバッドエンドで、ヒロインと結ばれるのがハッピーエンドだろう。
すると、主人公は親友を裏切って攻略対象を落とすのか。人間としてどうなんだ、それ?
親友が攻略対象に恋愛感情を持っていない、という可能性もあるけれど。先生の方は、彼女に特別な感情を持っていそうだよね。
「いいや。クロエの話ができて、僕はむしろ嬉しいくらいだ。エマとも、いつも彼女の思い出を話している」
それはそれで、妹さんには重いかもしれない。でも自分から出向いているのだから、いいのか?
エマは、姉の婚約者が好きで、通っているかもしれない。シナリオを知らないことが、もどかしい。
「それよりサンドリーヌ様」
ドリアーヌが、バッサリ話を断ち切った。
もしかして、クレマン先生は放っておくと、延々クロエさんとやらの思い出話を続けるのかも。
それを止めるべく私が犠牲に差し出されたなら、とんだとばっちりである。
「以前、王子のご意向で婚約が解消されるかもしれないと仰いましたけれど、現在の婚約者はサンドリーヌ様です。あの非常識な女性と関わらないのは致し方ないとしても、王子の振る舞いに瑕疵があれば、これを注意して正しく導くのが、婚約者としての役目と存じます」
「ド、ドリアーヌ。ヴェルマンドワ嬢に対して失礼な口を利くな」
ステファノ司祭が動揺している。クレマン先生は、状況が理解できない様子である。
「出過ぎた事とは、承知しております」
ドリアーヌは引かなかった。
いやあ、本当にこの子が王子の婚約者であるべきだったなあ。前世だったら息子の嫁に‥‥と親目線で眺める。
「ドリアーヌ様。衷心よりのご忠告、ありがたく受け止めます」
まずは、この場を収めるために、怒っていないことを表明した。
司祭も先生も、それで安堵したようだ。ドリアーヌの主張は常識的だし、彼女の思っているのとは違う方向ではあるが、目指すところは一緒。
つまり、シャルル王子が私と婚約解消して、アメリと婚約すれば問題は解決する。王子の結婚相手が異なるだけである。彼女の発言に怒る理由はない。
「王子には、先日もそれとなくお話ししてみたのですが、ご理解いただけなかったようですね。また近々機会を作りたいと思います。参考までに、一体どのような事があったのか、詳しく教えていただけませんか? クラスが違いますと、普段の状況が全く把握できませんの」
穏やかな表情を作って尋ねる。
そこでドリアーヌが、はたと気付いたようだった。クラスの違う私が、王子の芳しからぬ振る舞いを知る機会がない、ということを。
王子が自ら話す筈もないし。最近は互いに忙しく、ドリアーヌからの報告も途絶えがちだった。
いやあ、頼んでないし、聞こうとも思っていなかったけれどね。
「大変失礼致しました。サンドリーヌ様のお立場に思い及ばす、知らぬまま一方的な物言いを。どうかお許しくださいませ」
さりげなく織り込んだ、私も注意はしている、という弁解にも気付いたようだ。
基本的には賢い子なのよね。しかし謝罪の台詞だけ聞いていると、私が随分意地悪したみたいだ。確かに悪役令嬢だけれど。
「謝る必要はございませんわ。私の身を案じてくださってのお言葉ですもの」
心から言った。表情も上手く作れていれば良いが。
ドリアーヌから聞いたところによると、アメリは相変わらず攻略対象と思われる人々に隙あらば擦り寄る感じで、特に王子と一緒にいることが多いということだった。
彼女が心配するのは、年末パーティに王子がアメリをエスコートする事態だった。それはすなわち、私のパートナーがいなくなる、ということである。
前世で読み漁った漫画の場面が、次々と浮かぶ。どれも、この世界ではない。
共通するのは、婚約者が悪役令嬢のエスコートを放棄する、イコール断罪の開始という点である。
重大問題である。多分、ドリアーヌが心配する以上に。
「そうなっても、私にはディディエがいるから、心配要りませんわ」
虚勢を張った。この人たちに相談しても、迷惑をかけるだけだ。ヒロインと悪役令嬢、パーティと来たら、断罪イベントは欠かせない。
「そういう問題では、ないと思います」
ドリアーヌはまだ言いたいことが沢山ありそうだったが、先ほどの失言もあって、口を噤む方を選んだ。
反射的に、身を翻してしまった。
人の流れに逆らって、空いている方へ空いている方へと進んで行くと、気付いた時には、寮から離れた方角へ出ていた。
寮へ戻るには、また人混みを掻き分けねばならない。
昼食抜きで午後の授業を乗り越えられるだろうか。
食事に執着がある私は、悩みながらも寮へ戻る気力もなく、足に任せて歩き続けた。
微かに食べ物の匂いがした。
空腹過ぎて幻覚を生み出したか。考えるより先に足が出る。
匂いは徐々にはっきりしてきた。ブイヨンみたいな匂い。口中に涎が溜まる。
我ながら、ハエみたいだ。引き寄せられて着いた先は、礼拝堂だった。
何故に礼拝堂から食べ物の匂い?
そういえば、司祭を食堂で見かけたことない‥‥そもそも私が、人気の少ない時間しか行かないのだ。会わないのは当然か。
匂いは、礼拝堂裏手の方から漂ってくる。
落ちる思考力。理性は本能にねじ伏せられた。だめだ。空腹に負けた。
「おやおや。ヴェルマンドワのご令嬢ではありませんか」
ノックに応えたのは、当然ステファノ司祭である。
いざ顔を合わせると、言葉が見つからない。司祭の美しい笑顔を呆然と眺める。
「サンドリーヌ様?」
司祭の背後から女性の声がして、見知った顔が出てきた。
ドリアーヌ=シャトノワであった。更に、その後ろからクレマン=モンパンシエ先生が顔を覗かせた。
何人出てくるんだろう?
しかし、そこで終わりだった。
「あの、いい匂いを辿って、吸い寄せられました」
空腹で、言い訳が思いつかない。
ぷぷっ、とクレマン先生が吹き出した。
「相変わらず面白いね、君」
「クレマン失礼だぞ。ヴェルマンドワ嬢、よろしければ、ご一緒に昼食をいかがですか?」
ステファノ司祭が先生を嗜め、気を利かせて招待してくれた。ありがたくお受けする。
中はさほど広くなかった。せいぜい二人で囲む程度の大きさの食卓に、三人分のスープとパンが出ている。
それでも司祭は、私の分の椅子と食事を用意してくれた。
もう、テーブルぎっちぎちである。いやはや申し訳ない。だが空腹には勝てない。
「ありがとうございます」
席に着いて、早速いただく。
うわあ、美味しい!
具は野菜ばかりだが、スープは牛骨出汁も入っている。丁寧な下拵えで素材の旨さを引き出す味。シンプルかつ美味しい。
下品にならないよう気をつけながら、食べ進める。
お腹がある程度落ち着くと、周囲の状況に目が行った。
「ドリアーヌ様は、よくこちらでお食事なさるのですか?」
「ごく稀に、ですわ。兄の修養に差し支えない範囲で」
「お兄様?」
目の前の三人を見比べる。
黒髪のクレマン先生、銀髪のドリアーヌ、銀髪のステファノ司祭。
ドリアーヌと司祭の瞳は、同じ青緑であった。
「司祭様が、ドリアーヌ様の?」
「はい。ナタナエルお兄様です」
「ドリアーヌ。その名前は、もう捨てたのだ」
ブーリ教で信仰の道に入ると、独自の名を与えられる。仏教における僧名と同じだろう。俗世との縁を断つ意味があるとか。
縁切れてないですね、全然。
ともかく、司祭はシャトノワ公爵家の出ということだ。
貴族は親戚も姻戚も複雑に絡み合っていて、覚えるのが大変である。そして覚えておかないと、身を滅ぼしかねない。
「そうそう。ちょうど、サンドリーヌ様に関わることで、相談をしておりましたの」
ドリアーヌは、兄から説教が始まる気配を察し、話題を切り替えた。いきなり矛先を向けられ、私はパンを急ぎスープで流し込む。
「例の、あの方のことですわ」
問い返すのも野暮だろう。アメリ=デュモンド男爵令嬢のことだ。
「王子や騎士団長のご子息、宰相のご子息、と身分違いの方ばかり選んでなりふり構わず近付く令嬢です。モンパンシエ先生の元へも足繁く通われるとか。先生も、周囲から誤解されないようご注意なさらないと、あらぬ醜聞に巻き込まれますわよ」
「エマが?」
誰それ?
私だけでなく、ドリアーヌも目が点になっている。
ちなみに、家門の格差で生徒から軽んじられないよう、教師はファーストネームで呼ぶ習わしの筈だが、ドリアーヌは家名で呼んだ。
「ドリアーヌが心配するのは、デュポン嬢ではなく、デュモンド嬢のことでしょう」
ステファノ司祭が、諭すように訂正する。
デュ違い。エマ=デュポン?
知らない。クレマン先生は、記憶を辿るように宙を見据えていたが、おもむろに頷いた。
「ああ。いつもエマと一緒に来ている生徒のことかな。入学時試験で首席を取った?」
「はい。その彼女です」
「いつも質問を持ってくるんだけれど、首席の割には、内容が要領を得ないんだよね。エマの親友なのかな? 日頃から、一緒にいるのを見かけるよ。僕の部屋へ来るのは、彼女の付き添いと思っていた」
だからエマって誰。
「あの、エマ=デュポン様とは、どのような方ですの?」
「デュポン家はその昔、現在の王家が王位に就く際、多大な貢献を行い、男爵位を授かりました。男爵家の中でも由緒ある家系です」
ドリアーヌが解説してくれた。相変わらず優秀な子。その情報も必要だけれど、今知りたいのはそこじゃないんだな。
「エマは、僕の婚約者だった、クロエの妹だ」
先生が寂しそうに言った。シャトノワ兄妹の顔を見るまでもなく、私はハッとした。
「すみません。辛い記憶を思い出させてしまって」
この美青年が独身を貫く理由。その昔、婚約者を病で亡くしてしまったという、その伝説に関係しているとは。
ヒロインが噛んでいる時点で、気付くべきだった。
乙女ゲー的には、先生が元婚約者の妹と結ばれるのがプレイヤーとしてのバッドエンドで、ヒロインと結ばれるのがハッピーエンドだろう。
すると、主人公は親友を裏切って攻略対象を落とすのか。人間としてどうなんだ、それ?
親友が攻略対象に恋愛感情を持っていない、という可能性もあるけれど。先生の方は、彼女に特別な感情を持っていそうだよね。
「いいや。クロエの話ができて、僕はむしろ嬉しいくらいだ。エマとも、いつも彼女の思い出を話している」
それはそれで、妹さんには重いかもしれない。でも自分から出向いているのだから、いいのか?
エマは、姉の婚約者が好きで、通っているかもしれない。シナリオを知らないことが、もどかしい。
「それよりサンドリーヌ様」
ドリアーヌが、バッサリ話を断ち切った。
もしかして、クレマン先生は放っておくと、延々クロエさんとやらの思い出話を続けるのかも。
それを止めるべく私が犠牲に差し出されたなら、とんだとばっちりである。
「以前、王子のご意向で婚約が解消されるかもしれないと仰いましたけれど、現在の婚約者はサンドリーヌ様です。あの非常識な女性と関わらないのは致し方ないとしても、王子の振る舞いに瑕疵があれば、これを注意して正しく導くのが、婚約者としての役目と存じます」
「ド、ドリアーヌ。ヴェルマンドワ嬢に対して失礼な口を利くな」
ステファノ司祭が動揺している。クレマン先生は、状況が理解できない様子である。
「出過ぎた事とは、承知しております」
ドリアーヌは引かなかった。
いやあ、本当にこの子が王子の婚約者であるべきだったなあ。前世だったら息子の嫁に‥‥と親目線で眺める。
「ドリアーヌ様。衷心よりのご忠告、ありがたく受け止めます」
まずは、この場を収めるために、怒っていないことを表明した。
司祭も先生も、それで安堵したようだ。ドリアーヌの主張は常識的だし、彼女の思っているのとは違う方向ではあるが、目指すところは一緒。
つまり、シャルル王子が私と婚約解消して、アメリと婚約すれば問題は解決する。王子の結婚相手が異なるだけである。彼女の発言に怒る理由はない。
「王子には、先日もそれとなくお話ししてみたのですが、ご理解いただけなかったようですね。また近々機会を作りたいと思います。参考までに、一体どのような事があったのか、詳しく教えていただけませんか? クラスが違いますと、普段の状況が全く把握できませんの」
穏やかな表情を作って尋ねる。
そこでドリアーヌが、はたと気付いたようだった。クラスの違う私が、王子の芳しからぬ振る舞いを知る機会がない、ということを。
王子が自ら話す筈もないし。最近は互いに忙しく、ドリアーヌからの報告も途絶えがちだった。
いやあ、頼んでないし、聞こうとも思っていなかったけれどね。
「大変失礼致しました。サンドリーヌ様のお立場に思い及ばす、知らぬまま一方的な物言いを。どうかお許しくださいませ」
さりげなく織り込んだ、私も注意はしている、という弁解にも気付いたようだ。
基本的には賢い子なのよね。しかし謝罪の台詞だけ聞いていると、私が随分意地悪したみたいだ。確かに悪役令嬢だけれど。
「謝る必要はございませんわ。私の身を案じてくださってのお言葉ですもの」
心から言った。表情も上手く作れていれば良いが。
ドリアーヌから聞いたところによると、アメリは相変わらず攻略対象と思われる人々に隙あらば擦り寄る感じで、特に王子と一緒にいることが多いということだった。
彼女が心配するのは、年末パーティに王子がアメリをエスコートする事態だった。それはすなわち、私のパートナーがいなくなる、ということである。
前世で読み漁った漫画の場面が、次々と浮かぶ。どれも、この世界ではない。
共通するのは、婚約者が悪役令嬢のエスコートを放棄する、イコール断罪の開始という点である。
重大問題である。多分、ドリアーヌが心配する以上に。
「そうなっても、私にはディディエがいるから、心配要りませんわ」
虚勢を張った。この人たちに相談しても、迷惑をかけるだけだ。ヒロインと悪役令嬢、パーティと来たら、断罪イベントは欠かせない。
「そういう問題では、ないと思います」
ドリアーヌはまだ言いたいことが沢山ありそうだったが、先ほどの失言もあって、口を噤む方を選んだ。
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