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第四章 セリアンスロップ共和国

4 ニテオ王の二度死剣

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  寝場所として、俺たちは作業場へ入れてもらった。土間である。
 屋内で寝られるだけでも、ありがたい。

 エサムの鎧は仕上がっていた。普段は器などを作っているようだ。棚にいくつかそれらしき物が置いてあった。

 壁には、ハンマーなどの道具が、ずらりとかかっている。作業台や炉、水槽もある。各自で隙間を見つけて、ばらばらに寝るしかなさそうである。
 川の字で寝るよりも、安眠できそうだ。

 「狭くて悪いな」
 「いいえ。山道で寝るより、ずっと快適です」

 皆の気持ちを、クレアが代弁した。

 メイシァンは、シャオピーを寝かしつけに、小屋へ戻っている。ガインが何か手を動かしたかと思うと、壁の一部が開いて中から鎧が現れた。
 ランプの灯りに照らされたそれは、金属の鈍さを持ちつつも、自ら紫色の光を発しているように見えた。

 「おお、美しい。こんな色は見たことがない」

 エサムが水槽につまずきそうになりながら、走り寄った。みんなで近寄る。

 鎧自体は、ほぼ無装飾である。それだけに仕事のレベルが如実に出る。ガインの腕は確かだった。
 ただし、ヘルメットと上半身しかなかった。

 「下半身もあったら完璧だな」

 感心しきりのエサム。何なら試着したいと思っている。生憎あいにくサイズは人間用だ。

 「完成したら、上から色をつける」
 「えっ、勿体無い」
 「これを持っていると知られたら、俺は牢屋入りだ」

 ガインの言葉に、皆、息を呑む。

 「紫土しどという金属がある。土のような形で地中にあって、これを特定の温度で焼いて作った武器は、不死者に死を与える、と伝えられる」

 「では、蝙蝠人にも有効ということですね」

 クレアが反応した。急に関心が高まったように、鎧の周辺を眺め出した。脇に剣でも落ちていないか、探しているようだ。

 「そう。土のままでも、ゾンビやを寄せ付けない力がある。だから家の周りには、紫土を埋めてある。この辺には昔から、少しだが紫土の地層があった。メイシァンの曽祖父は剣を作って、レクルキスの冒険者に進呈した、と聞いた」

 「ああ、それは『ニテオ王の冒険』ですね」

 魔法学院の本を読み尽くした、グリリが言った。多分子ども向けの本だろう。俺も読んだ筈だが覚えていない。ちなみに、ニテオは現王の祖父に当たる。

 「あ、確かに、起き上がった死体も二度死ぬ、とかいう二度死剣にどしけんが出てきたな。あの話結構怖かった」

 エサムが懐かしそうに言う。クレアやマイアは聞き覚えがないようだ。メジャーな話じゃないのか。

 「当時は別の名前を名乗っていたようだが、きっとそうだろう。で、他の土地でも紫土から作られた剣が出回るようになって、共和国が成立する前の時代には、随分と蝙蝠人が殺された」

 「それで、紫土を国が管理するようになった?」

 「そうだ。大陸のおもだった産地は押さえられ、立入禁止となった。ここに埋まっていることは知られていないし、知られたくない」

 マイアの言葉をガインが肯定する。

 「何故、そんな極秘情報を私たちに教えたのですか」

 俺は言った。最悪、全員殺害される、ということも可能性としてはある。ただ、今に至るまで、全く危機感を覚えない。

 「俺は、希少な素材で鎧を作るのが、生き甲斐だ」

 ガインは隠し扉を閉じた。壁が元通りになると、扉は跡形あとかたもなく消えた。

 「これが仕上がったら、次はマドゥヤに行く。あそこには、竜のうろこと呼ばれる素材があるそうだ。それで鎧を作りたい」

 視界の端で、マイアが微かに身震いした。必ずしも竜人の鱗を指すとは限らないが、竜人には嫌悪感を催す名前ではある。

 「メイシァンさんとお子さんは、どうなさるのですか」

 とクレア。ワイラ母娘を置き去りにした過去を知るだけに、俺もその点は気に懸る。

 「一緒に行くと言っている。メイシァンは一応マドゥヤ語もできるからな。ただ、同じわに人のあんたならわかるだろうが、あいつは水から長く離れることができない」

 ガインに目を向けられたマイアは、もう立ち直っていた。色々な意味で、のふりをしていて良かった。

 「彼女の祖先は、マドゥヤからここまで無事に旅してきたのだから、何とかなるでしょう」

 自信たっぷりに言い放った。ガインの瞳に光が灯る。

 「そうだな。そうなると、あれは持ち歩けないから、この辺りに隠しておくことになる。お前らが間に合えば、譲ってやろう」

 「それはありがたい」

 エサムが両手を擦り合わせる。着るつもりだ。

 「俺が精魂せいこん傾けて仕上げた品だ。最大限有効に使って欲しい。共和国の者に渡せば、壊される。レクルキスの人間なら、大事に扱うと思った。装備から、お前たちが信頼できる筋だとわかったし」

 ガインは、俺が再び質問しようとするのを、手を上げて遮った。

 「それに、お前たちは娘の消息を教えてくれた。ありがとう」


 ガインが去ってから、各自寝場所を探した。予想通り、小屋の中でばらばらになる。

 「明日はシャワーを浴びられるといいな」
 「私も、シャワー浴びたい」

 マイアとクレアの意見は、夕飯から一致している。俺も入りたいが、口には出さない。
 風呂なし生活二泊目である。川で水浴びするには、寒い夜だった。この先もっと気温が下がるなら、防寒具を手に入れないと、野宿で凍死する。

 「さっきの話で」

 ランプを消そうと壁際に立つグリリが言う。

 「マドゥヤ国に、鎧が渡る可能性もある」

 「ワイラに着てもらいたいんじゃないか」

 俺は言った。エサムが、残念そうな、しかし納得の顔で頷く。サイズの問題だろう。

 「ワイラの名前を忘れていたように見えた。トリスには理解できないだろうが、彼は家族より仕事が大事なのでは?」

 「いやあ。あれは、今の女に対する見栄だろ。それこそ、女には理解できない。あ、グリリは男か」

 エサムが断定した。グリリは返答に困っている。皆にどこまで説明したか記憶を辿っているのだろう。俺の記憶では、猫の時は雌になると話しただけで、細かいことは説明していないように思う。とすると、エサムの見解は間違いとまでは言えない。

 「私は、ガインさんを信じようと思いま、思う」

 クレアが言った。

 「鎧に不死者避けの効力があるとしたら、私たちが今、鎧を貰い受けても、首都で活動するには邪魔になる。私たちは戦をしに来たのではなく、平和的に国交を結ぶために来たのでs」

 「賛成」

 マイアが軽く拍手した。グリリはちょっと頭を下げた。

 「確かに。では、灯りを消そう。おやすみなさい」
 「おう、おやすみ」
 「おやすみなさい」
 「はい、おやすみ」
 「おやすみ」


 翌朝、ガイン一家に礼を言って、出発した。山道まで戻る道を教えてもらい、斜面を降りた時よりも楽に進めた。
 山を抜けたところで、俺たちは自然と足を止めた。
 目の前にあるのは、なだらかな丘陵、すなわち上り坂であった。

 「また山登りとなると、今夜も野宿かしら」

 マイアの声に、クレアの顔が曇る。

 「近くに町があるかもしれない」

 グリリの言う通り、俺たちが降りてきた山を避けるように、左右から人影がぽつぽつ現れては、丘陵へ向かって進んでいく。

 「時間が心配なら、食べながら歩いたっていいんだぞ」

 とエサム。クレアが、えっ、と声を出して口に手を当てた。この調子では、歩き食べなどしたら、却って時間がかかりそうである。

 「ついでだから、ここで座って簡単に食べて、すぐ出発しよう」

 俺の提案が受け入れられ、皆で道端に座って弁当を食べた。メイシァンが人数分作ってくれたのだ。
 昨日の鹿肉を焼き、小さいナンを袋開きにして中に詰め込んだピタパンみたいな品である。
 野外で調理したものが食べられるのは、ありがたい。

 また例の秘伝の調味料で甘めの焼き味噌風に味付けしてあった。秘伝がマドゥヤ帝国仕込みならば、一度訪れてみたい。
 ラーメンや餃子、麻婆豆腐、青椒肉絲、に似た料理があるかもしれない。無性に中華料理が食べたくなった。

 食べ終えるとすぐに出発した。
 ここから見る限り、丘陵までの道はなだらかで、遠くまで見渡せる代わりに隠れるところもない。もし夜にゾンビやほねほねが襲ってきたら、やり過ごすことができないということだ。

 不安要素はもう一つ、天候にあった。
 空に雲が多い。しかも、灰色。天気は下り坂である。夜の気温の下がり方からして、雨に濡れるのは具合が悪い。下手をすると命に関わる。加えて、雨雲で暗くなれば、アンデッドが出てくる可能性もある。予感を裏書きするように、周囲の人影が減ってきた。自然、急ぎ足になる。

 どうにか丘陵の頂上まで上り詰めることができた。見下ろす先には、期待通り町があった。そして雨雲も迫ってきていた。
 既に、ガイン一家の住む山が、雲に覆われていた。空はすっかり灰色である。

 「急げ。じきに日が暮れる」

 エサムが先頭に立って歩き出した。俺たちも後に続いた。
 分岐道が徐々に集まり、広くなる。
 横から追い越す馬車は、御者が馬に鞭をくれて走らせている。馬に乗った旅人も、早駆けである。

 町に向かう道が一本になった頃には、背後から迫るのは雨雲だけになった。前方には、柵で囲われた町の入り口がある。

 雨が降ってきた。頭に肩に当たる粒が重い。服を突き抜けると錯覚するほど、重みがある。そして、確実に体温を奪っていく。
 風はなくとも、早足で歩くから前面直撃だ。暗さと雨で前を見るのが辛い。

 漸く柵に手がかかった。
 門は閉まっていた。内側は畑で、ずっと奥に、町の灯りで照らされた内側の柵が見える。
 雨が降る前には見えた門番の人影も、今はどこかへ消えていた。目の前にあるかんぬきは、外から手の届かない箇所にある。

 「来たぞ」

 エサムが俺たちの背後を指した。
 闇に慣れた目で輪郭を見極めると同時に、雨音に紛れていた聞き覚えのある不吉な声が、はっきりと聞き分けられた。

 「ゾンビ。届くかしら」

 マイアが稲妻を出した。
 先頭の一体が、炎を上げて倒れた。その明かりで、次々やってくる奴らの仲間たちが照らし出された。山で遭った数より多く見えた。

 俺も稲妻を発して一体倒す。こんなちまちまと戦っても、いずれ圧倒される。時間稼ぎだが、水で押し流そうか。ただ、見通しもなく時間を稼ぐのは無意味である。

 「クレア。これ開けられるよね」

 グリリが閂を指した。

 「開けていいんですかっ」

 俺も思い出した。その魔法は、鍵を差し込むタイプの入れ物や扉にしか使えないと思っていた。閂でも効き目があるなら、俺やマイアでも開けられる。しかし、今は二人ともゾンビを遠ざけるのに手一杯だ。

 「やってみろ、クレア」

 端を警戒しつつ、エサムもけしかける。クレアが躊躇っているのは、可能かどうかよりも、勝手に門を開けていいのかどうか、という観点のようだった。

 迷う間にも、ゾンビの攻撃ラインがじりじり迫ってくる。エサムと反対側の端を警戒していたグリリが、ゾンビに向かって何か言った。

 ゾンビの一体が、くるりと向きを変えて仲間を襲い始めた。ゾンビに命令したのだ。そんなこともできるのか、闇魔法。

 マイアが素早く見て取って、そのおかしな行動をとるゾンビを避けて攻撃する。俺も彼女にならった。

 「別のが来る。急げクレア!」
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