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第四章 セリアンスロップ共和国

2 鎧職人のガイン

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 朝の光で自然と目覚めた。昨夜は気にならなかった川の音が、今はうるさい。
 目の前には、クレアの濃い碧の双眸そうぼうがあった。

 「おはようござ」
 「おはよう」

 無防備な様子に、寝起きからどぎまぎさせられる。
 しかし、マイアやエサムが起きてきたこともあり、それ以上何も起こらない。

 「グリリは、どこにいるの?」

 朝食中、マイアの言葉で、一同、彼の不在に気づく。
 無言で俺に説明を求められるが、俺だって知らない。

 食後に探そうということになって、とりあえず食べ終えると、本人が来た。鎧を着ていない。

 「鎧、どうした?」

 真っ先にエサムが訊く。

 「鎧職人の家があって、洗浄してくれるって言うから、預けてきた」
 「こんな山の中に?」

 とマイア。俺も同感だった。

 「エサムも直すところあったら、頼むといい」

 グリリには屈託がない。顔も髪もゾンビ肉から解放されて、こざっぱりしている。
 シャワーでも借りたのかもしれない。だとすると、悪い人ではないのだろう。

 ゾンビナイトを潜り抜けた後の野宿で、風呂の誘惑に判断力が鈍っている気もするが、怪しげなグリリに風呂を振舞ってくれる人が、悪い人の筈はない。

 「行ってみる?」

 軽く聞いたつもりだったが、つい言葉に力が入った。

 「どうせ、グリリの鎧取りに行くんだろ。行くさ」

 エサムが応じ、皆で訪れることになった。
 彼は鎧職人と聞いた時から、気を引かれていた。昨夜のスケルトンとの戦いで、何箇所か鎧が凹んでいた。

 案内された先は、大きな木の陰に建つ山小屋だった。倉庫やかまも備えている。上から見てもすぐに見分けられないよう、計算して配置されていた。

 五歳くらいの男の子が、一人で遊んでいた。俺たちの姿を認めるや否や、両手を上げて走り寄ってくる。飛びついた先は、俺だった。反射的に、抱き上げて高く持ち上げる。

 「きゃははっ」
 「シャオピー!」

 女性の声に、身をよじる男の子。顔をそちらへ向けてやるついでに、俺も声の主を見た。

 ドワーフかと思った。かなりがっしりとした体格で、背も高い。明るい茶色の髪を引っ詰め、両手を腰に当てて仁王立ちする姿は、威圧感があった。
 その眼が爬虫類と同じなら尚更だ。しかし、服装は村の女性が着るような、布製のものである。

 「メイシァンさん、彼らはわたくしの仲間です。みんな、彼女が鎧職人の奥さんのメイシァンさん」
 「あらやだ、奥さんなんて、照れるわ」

 ぽっと頬を染め、両手を当てる彼女。さっきまでの威圧感が嘘のように、可愛らしくなる。人間でいうと二十二、三歳ぐらいだろうか。

 シャオピーと呼ばれた男の子は、彼女の息子であった。
 満面の笑みで気付かなかったが、瞳から顔立ちから彼女にそっくりである。すなわち、爬虫類の瞳。

 俺が地面に降ろしてやると、彼女の元へまっしぐらに駆けていった。

 「奥さん、この鎧の修理もお願いできるかね。もちろん修理代は払う」

 エサムが近付いて、スケルトンに凹まされた傷を見せつけた。
 ドワーフ戦士と並んで見ると、メイシァンの方が細く柔らかみがあるとわかる。

 「うふ。大丈夫だと思う。あの人のところへ案内するね」

 彼女は嬉しそうに笑い、シャオピーを抱き上げ先に立った。


 着いた先は作業場で、またもやドワーフっぽい体格の髭面男が、グリリの鎧を拭き上げていた。
 それでも、エサムと比べると線が細い。気配に応じてこちらを見た瞳は、人間と同じ形だった。
 メイシァンより大分年上である。俺より十も上だろうか。

 「ガイン、こっちの鎧も直して欲しいんだって」
 「見せてみろ」
 「パパ。ぼく、パパよりおおきくなったよ」

 母親に抱き上げられたシャオピーが、嬉しげに報告する。

 「うん。大きくなったな」

 父親は頷きながらも、視線はエサムの鎧に当てている。手は、拭き上げ作業を止めない。

 エサムの方も、直してもらえることになった。
 当然、脱げ、と言われたので、俺とグリリで脱がせた。

 その間にグリリの鎧はきれいさっぱり元通りに仕上がり、彼は自腹でメイシァンに支払いをした。クレアは財布を出し損ねた。

 修理に丸一日かかるという。作業の邪魔になるので、ぞろぞろと作業場を出た。
 一足先に出ていたメイシァン親子は、洗濯物を干していた。

 「手伝いましょうか」

 グリリが申し出たので、彼女が驚く。中身が女と知らないからか。
 俺も手伝えるが、きっと、シャオピーの遊び相手をした方が、喜ばれる。

 残り三人は、どちらもできないだろうから。

 案の定、エサムは体を鍛え始めるし、マイアはその辺の枝を拾って魚釣り、クレアはお祈りを始めた。

 「わーい、あそぼ!」
 「シャオピー、お兄ちゃんでしょ」
 「おじちゃんで、大丈夫です」

 母親の許しをもらった息子は、大喜びで飛び跳ねた。

 前の世界に残した娘を思い出して、胸の奥がきゅっと痛む。あの頃は、仕事が忙しくて娘たちともろくに遊んであげられなかった。
 たまに遊んだ時のことは鮮明に覚えている。やっぱり顔中で笑って、きらきらしていた。元の世界に残った俺の本体が、遊んでくれていればいいが。

 作業場からはトンテンカン、と金属を叩く音がする。

 小屋の周囲は河原のようになっていて、草も刈ってあり、子供が走り回っても川に落ちさえしなければ安全だ。谷川の流れも緩やかで、メイシァンの声がよく通る。

 「そうなの。先祖はマドゥヤから来て、代々この山で木を切ったり、土を焼いたりして暮らしてきたの」
 「ふふ。ガインはドワーフの里にいたけど、人間よ」

 頭の中で何かがチカチカする。

 「つっかまえた!」

 シャオピーが突進してきて、押し倒された。

 「うわあ、やられた~」
 「じゃあ、もういっかい」

 子どもの気力と体力は、どこの世界も一緒のようだ。

 「すっごーい! おさかなだ」

 すぐ気が変わるのも、共通である。徐々に遠くへ去っていたマイアが、土ゴーレムに大量の魚を運ばせて戻ってきたのだ。
 ゴーレムはマイアの半分ぐらいの大きさで、ちょこちょこと動きが可愛い。

 「いいなあ。これ、ぼくもほしい」

 側に寄り、しげしげと見つめるシャオピーを自然に無視し、マイアはメイシァンの方へ行った。
 洗濯物を干し終えた彼女は、振り向いて目を丸くする。

 「ゴーレム使えるなんて、凄い。わたし、鉱物探知しか出来なくて」

 「それは立派な才能よ。これ、よかったら食べてくださる? 獲り過ぎてしまったわ」

 「じゃあ、お昼一緒に食べましょうよ。食べきれない分は干物にするわ」

 「支度手伝います」

 これはグリリである。そして彼は、俺を手招きした。

 「トリス、魚さばけるでしょう。干物にするのを手伝ってもらえますか」

 「グリリは?」

 「わたくし、料理不得手です。多分、三枚に下ろしたことないと思います」

 子持ちで料理できないとは、どういう生活だったのか。働いていて、料理する暇がなかったとか。

 「お、魚捌くのか。やるぞ」

 筋トレに励んでいたエサムがやってきた。短剣を手にして、やる気十分である。クレアは手伝いたくとも、どうしていいかわからない体である。呼ぶと近寄ってきた。

 「じゃあ、そこの殿方二人は魚開いて。グリリさんはシャオピーと開いた魚を洗う。マイアさんとクレアさんは、わたしと一緒に来て。干し場と塩水を用意するから」

 テキパキと指示するメイシァン。役目を与えられたシャオピーも、張り切っている。

 魚を持ったままだと、マイアの土ゴーレムが、別の仕事にかかれない。
 俺が氷の台みたいな物を作って、魚を置くことにした。

 学院にいる間に、水の上位魔法である雪と氷を扱えるようになったのだ。川があるから、材料には事欠かない。メイシァンたちだけでなく、エサムやクレアも驚いている。
 そうだった。普通の人間は、光か闇魔法しか使えないのだった。

 「すげえな、おい」

 屋外のことで、まな板もない。とりあえず全部開きにすることにして、氷の台をまな板がわりに、早速捌き始めた。
 マスに似た魚、こいに似た魚、イワナに似た魚、と種類が色々である。鮎に似た魚だけは、捌くのを止めた。内臓が旨いのに、勿体無い。

 「つめたーい」

 俺たちが捌いた魚を、グリリとシャオピーが川で内臓を洗い落とす。
 氷の上に載っていた魚は、凍りかけである。内臓を落とした魚は、次の工程に移るまでの間、再び氷の台に戻ってくるのであった。

 そのうち、塩水を満たしたタライが来て、開きの魚が沈められた。鮎もどきはそこには入らず、後で塩まみれになる予定である。
 干し場も組み立て、並行して昼食の用意も始まる。

 バーベキューである。石を組んで火を起こした上に、鉄板が載る。
 芋や葉っぱの野菜は、メイシァンとグリリが、小屋の方で切ってくれた。獣脂のかけらを鉄板に塗りつけ、芋類を焼く。
 味付けは、秘伝のタレとかいう、茶色い液体である。

 醤油に近い匂いがする。猛烈に食欲が刺激される。鮎もどきは塩をまぶして鉄板の下で串焼きにする。

 芋を焼く合間に、エサムと俺とシャオピーが、塩水から開きを引き上げ、干し場に並べた。
 木々の間から覗く空は、青い。干物日和である。

 小さめの魚は、焼けた芋を寄せて、鉄板の端に並べた。野菜も投入する。クレアがかごから器を取り出し、メイシァンが焼き上がった分から盛り付ける。

 野菜と鮎を食べている間に、開いた魚の焼ける匂いが立ち上り始めた。匂いに釣られたように、ガインが出てきた。

 「俺の鎧、修理順調ですか」
 「ああ」

 ガインは瞬く間に鮎と野菜を平らげ、開きの方に目をやった。

 「さっきの鎧といい、あんたの鎧といい、貴族が使うような特上物だ。お前らただの冒険者じゃないな。レクルキスから何しに来た?」

 場が凍った。俺たちの視線は、グリリに集中する。彼はフォークを握ったまま、手を振った。
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