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第三章 暗黒大陸

7 ここでも噂が

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 昼食後、船長の部屋へ集合がかけられた。グリエルはグリリとして、鎧を着て出席した。

 船酔いというより寝過ぎのせいだろう。ぼんやりとした様子である。

 前回と同様、クレアとマイアがベッド、俺とグリリが椅子、エサムが戸口に立って、船長も自分の肘掛け椅子に腰掛けた。

 「今回は、エサム小隊長の発案でお呼びしました」

 最初にクレアが口を開くと、すぐにエサムが引き取った。

 「用件は二つ。一つ目は、丁寧語や敬称は要らん。今は小隊長じゃないし、戦闘中にそんな話し方していたら、勝機を逃す」

 「ごもっとも。私も気になっていたの。特に、そこの二人」

 マイアが見たのは俺たち椅子組だ。グリリの体が強張る。眠かったとしても、今ので完全に目覚めたろう。

 「お言葉ですが、マイア教授」

 グリリが、やや引き気味に見返す。指摘した側から、教授と呼ばれ、マイアの眉が上がる。

 「前回、暗黒大陸では教授を立てていこう、と決まった筈です」

 「わかっているわ。エサムが言っているのは、戦闘中。余計な事に気を取られないよう、普段から慣れておきなさい、ということ。暗黒大陸の住民の前では、決まり通りでいい」

 「了解」

 詰まり気味に返事をするグリリ。了解、と言いそうになるのを、どうにか堪えた。

 俺は、クレアを見た。つられた訳でもあるまいが、グリリとエサム、マイアと船長までも、彼女に顔を向けた。
 クレアは初めて言葉を発した時から、丁寧語しか口にしたことがないように見えた。周りも同じように思っていると見える。
 期せずして全員の視線を集めたクレアは、顔を赤くした。

 「私もクレアでいいです」
 「まあ、無理しなさんな」

 エサムが言う。いいのか? しかし、異論は出ない。俺も、口に出して反対する気になれなかった。彼女はもう、それでいい。

 「それで二つ目だが、戦闘における各自の役割を確認しておきたい。具体的には、戦闘能力だな。明かせる範囲で構わない。ちなみに俺は、近接戦闘専門だ。前も言ったが、魔法は使えないと思ってくれ」

 「私は魔法専門。火風土光魔法が使える。竜の姿にもなれるけれど、大きくて目立つから、通常は使わない」

 マイアが言った。竜人と聞いた時から竜になれると知識で知ってはいたものの、本人から告白されると改めて驚きを感じる。
 エサムたちは、別の点で驚いていた。

 「さすがは竜人ですな。四種類も使えるとは」

 ヤースム船長が感に堪えたように言うので、五種類使える俺は落ち着かない気分になる。

 「あら、トリスはもっとできるわ。闇魔法以外全部使える。弓矢も得意。でしょう?」

 マイアが代わって明かしてくれた。俺は感嘆の眼差しの中で、頷くことしかできない。グリリが、目玉やら何やらと引き換えに、暗黒神からもぎ取った能力である。扱い方は、ほぼ魔法学院で教わった。
 自慢できるようなものでもない。

 「わたくしは、近接戦闘が得意で」

 グリリは、丁寧語を使いかけて堪えたため、中途半端な説明になった。闇魔法の件は、伏せておくと見える。部外者の船長を意識したか。

 マイアも敢えて暴露しなかった。残るはクレアのみ。

 「私は光魔法が専門で、回復や防御が得意でs」
 「うん、わかった」

 言い終わる前に、エサムがさえぎった。

 「では、俺とアリが前に出て、マイアとトリスが後方から援護、クレアが防御や回復を担う、というのが基本な。敵の配置によって、陣形は変わる。気をつけて、戦況をよく観察するように」

 そこで解散となった。


 三日目になると、単調な海の景色にも、変化があった。遠くに、青く島影が見える。

 「暗黒大陸が見えてきた」
 「あれは違うと思います」

 俺は船上での動きに慣れるため、司厨士しちゅうしから貰った木の棒で、グリリと軽く打ち合いをしていた。

 木の棒は、元は調理器具の柄だったらしく、端に釘穴があった。本物の武器を振り回すのには、未だ躊躇ためらいがある。
 グリリが俺に付き合うのは、船酔い防止が目的であった。

 そこへ、ヤースム船長が出てきた。俺は棒を下ろして話しかけた。

 「船長。あそこに見えるのは、暗黒大陸ですか」
 「いいえ。あれは、ケバンニャ島ですね。他にも大陸の沿岸には大小の島があって、海賊の拠点になっています」

 さらりと不穏な情報をもたらす。船長の言葉に合わせたように、空の雲行きも怪しくなってきた。

 「降りますかね」
 「夜に、降るかもしれません」

 風が冷えてきた。気温が下がっている。俺たちは、船室へ戻ることにした。

 「そう言えば、ピニャ助教授に会わなかったな」
 『話だけつけて、帰ったみたいですよ』

 とグリエル。部屋へ戻ると、鎧を脱いで本体に戻っていた。

 一度、鎧を着るところを見せてもらった。どことなく侵略する宇宙人みたいで、気持ち悪かった。

 人間になってから着ると、時間がかかり過ぎるそうだ。
 西洋中世に存在したプレートアーマーは、一人で着ることが不可能だ、とジェムト講師から聞いたことがある。

 彼は前世からの趣味で、中世の武器や防具に詳しかった。

 ここは中世とは違う世界ではあるが、色々似た点が多い。
 エサムは、鎧の着脱をどうしているのだろう。

 それよりピニャである。

 「また描いているかな」
 『プラハト教授とザインに頼みましたから、希望を持ちましょう』

 ザインはピニャに逆らえなさそうだし、教授は学院の財政の方が大事そうに見えた。

 『何故ここでピニャ助教授を思い出したのですか』
 「ええと‥‥ああ。人魚を見てない、と思って」

 『たまに、海面から頭を出して、先導していますよ。水中の守りですから、見る機会は少ないでしょうね』

 「へええ。この世界で、水中から攻撃されることってあるのかな」
 『魚雷や潜水艦はないですが、サメや未知の生物は、いるかもしれませんね』

 ばたばたと天井を打つ音がした。舷窓げんそうを見るまでもなく、雨が降ってきたと知れる。
 グリリが本体でいる間、大抵の場合、窓をカーテンで覆っていた。

 「晴れているうちに、釣りしておきたかった」
 『明日晴れたら、船長に聞いてみましょう』

 雨の中、わざわざ甲板に出る気はしない。船も揺れが大きく、海に落ちる危険が増す。

 グリエルはまたぞろ船酔いしてきた。魔法で治療する。ひと眠りすると言うので、船室を出た。

 「トリス」

 マイアが船室から顔を出し、手招きしていた。エサムの部屋を訪ねようとしていた俺は、招きに応じて女性二人の部屋へ入った。

 俺たちの部屋と違い、ベッドが平行に置かれていた。その分広いし、匂いも違う。
 クレアがベッドに腰掛けていて、挨拶代わりに頷いた。また既視感を覚える。

 「グリリは船酔い? 意外な弱点ね」

 マイアが自分のベッドと思しき場所に座り、隣を指定する。言われた通りに座る。二人との距離が近くて緊張する。

 「クララを覚えている? 寮長をしていた子」
 「はい」
 「今は彼女、王宮に仕えているそうよ。クレアは、神殿の大学の先輩に当たるの」

 話の行方ゆくえが見えない。

 「あら、そんなに緊張しないで。親睦を深める雑談よ。部屋の中に結界を張っているから、外には漏れないわ。安心して、何でも話して」

 マイアが面白そうに笑う。俺はばくと悪い予感がした。

 「あの、グリリさんとトリスさんは、日本からの転生者とうかがって」

 「クレア。言葉遣い」

 「はい。グリリとトリスは、日本から転生してきたというのは、本当で」

 指摘を受けたクレアが、たどたどしく言い直す。

 俺は明らかに彼女よりも年上である。この世界でも、年長者を敬う風はあった。

 箱入り娘のような彼女に、俺から敬語を使われない以上に、俺に敬語を使わず話すことは、なかなかの苦行ではなかろうか。

 「本当で、だよ」

 釣られて俺もおかしな言葉遣いになる。面白がっているのは、マイアだけである。

 「日本とは、どんなところで」
 「難しい質問だなあ」

 突然、何でも話していい、と言われても、別世界の住人が理解できる範囲で、日本の独自性を説明できるか、心もとない。

 この世界には、転生者が大勢いるようだ。伝説の勇者ショウも日本からの転生者だし、俺が知るだけでも、香港とドイツからの転生者が存在する。

 彼らは、俺がいた世界について意外と詳しいかもしれなかった。
 適当なことを言って、それはドイツと一緒だ、仲間同士で争って国を分けたのか、とか思われるのは、何となく面白くない。文化が違ったら争っていい、という訳ではないが。

 「新鮮な魚を生で食べる。鶏の生卵も」
 「ええっ」

 言ってから、かたより過ぎな情報だった、と気づく。前の世界でも、鳥の卵を生で食すのは、かなりの奇食と聞いた覚えがある。
 クレアもマイアも相当驚いたようで、異世界の人を見るような目をしている。実際、異世界から来たのだが。

 「ほとんどの人が字を読めるから、看板や案内板は文字だけが書かれていることが多い。本が沢山作られていて、庶民でも買える本にも色々な種類がある。記録だけでなく、自分で占いができる本や物語の本も、子ども向けから大人向けまで揃っている。漫画、じゃなくて、絵物語も安く買える。でも置き場所がない人のために、貸し出す店もあちこちにある」

 焦って思い出した知識で、印象修正を試みる。昨今ではジェムトの技術で、この世界にも本が出回りつつあるが、まだまだ前の世界ほどではない。

 もっとも、本が安いのは日本だけではないし、最近では紙の本より電子書籍が隆盛だが、その辺りまで説明すると話が広がり過ぎる。

 幸い、クレアは本の方に興味を持ったようだった。表情が明るくなる。

 「絵物語と言えば、近頃王宮の侍女たちの間で流行っている本がある、とクララさんから聞いて、見せてもらったことがあって」

 嫌な予感がする。

 「トリスとグリリにそっくりな人が描かれてい、た」

 語尾を濁したのは、敬語抜きで話そうとしたせいである。その証拠に、クレアの表情には屈託がない。
 マイアが笑いを堪えきれずに横を向き、くくっと声を漏らした。

 「何冊ぐらい読んだの?」

 「いえ。クララさんの後輩に似ている、ということで一ページだけ見せてもらって、が大きくて、半分くらい隠れてい、たので」

 俺はほっとした。クララ元寮長は、箱入り娘のクレアに配慮してくれたのだ。

 それにしても、クララがを持っていたとは、驚きだ。
 彼女の趣味なのか、流行を把握したいがためなのか、はたまた俺たちに似たキャラが登場すると聞いたせいなのか。

 頁の半分も隠すようなしおりの下に、何が描かれていたのかも、気になる。


 他にも、湯船に浸かるお風呂や温泉の話、サマスの競馬の起源の話など、差し障りのなさそうな話題をいくつか上げた。競馬の起源はイギリスの方だけど、サマスパミホマレのホマレは日本語由来だ。

 クレアも大分敬語抜きで話せるようになったところで、マイアが扉の方を見た。
 手を挙げた途端、ノックの音が響いた。結界を外したのだ。

 促されて俺がドアを開ける。エサムがいた。

 「おお、こっちにいたのか。夕食だそうだ」
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