前世ストーカー(自称俺推し)が俺を好きすぎて女を放棄したので、真面目に生きがいを探します

在江

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第三章 暗黒大陸

3 妻そっくり

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 朝、学院での最後の礼拝を終えた。マイア教授や俺の出立についても、オルガンについても引き継ぎも告知もなく、いつも通りだった。
 他の学院生の後から出ようとすると、プラハトに呼び止められた。

 「トリス。支度ができたら、事務棟の正面入口で待ちなさい」
 「はい」

 さしたる支度もなく、荷物を持って事務棟へ行くと、ネイサンが待ち構えていて、身分証を返却させられた。

 「戻ってきたら、再発行します」

 そこには、鎧を着込んだグリリもいた。
 ユガフ教授に譲られた鎧は、つや消しの渋い色柄で、体を無駄に大きく見せるよりも、動きを妨げないよう工夫して作られた、高価そうな品だった。

 腰にはいた長剣の鞘も、実用的ながら美しい仕上げが施されている。
 グリリとユガフは体格が似ているとはいえ、あつらえたようにぴったりし過ぎていた。もしかしたら、今回の旅は随分前から計画されていて、教授たちが準備を整えていたのかもしれない。

 最後にマイア教授が、キナイ学院長と連れ立ってきた。続いて、ぞろぞろぞろぞろと、人頭馬身の男と女たちが連なって来た。
 学院長室は広いが、これだけの馬身が入ったら、さぞ狭かったろう。女性の馬人は初めて見た。もちろん全員、上半身には服を着ている。

 「マイアちゃん、会えて嬉しかったわ」
 「向こうで嫌なことがあったら、いつでも帰って来ていいのよ」
 「病気や怪我に気をつけて、元気でいてね」

 まるで孫を見送る親戚の集まりである。マイアは笑顔で頷きながら、一人一人を抱擁していた。いつもとは違って、柔らかい表情だ。

 「五十年ぶりかしら。キナイが呼び出したのね」

 いつの間にか、プラハトが来ていた。こちらは豪華な司祭の正装である。

 「彼女は、彼らと鳥人に育てられたのよ。親代わりってところね」

 俺の疑問を読み取って、説明を付け加えてくれた。

 「さあさあ叔母様方。王宮からの迎えをお待たせしておりますし、その辺で」

 キナイが、いつまでも続きそうな会話を切り上げさせた。


 王宮からの迎えは馬車だった。
 荷物を車蓋の上に乗せ、四人で中へ乗り込んだ。この世界へ来て、馬車に乗ったのは初めてである。

 車体の印象からして、貴賓きひん用ではなさそうだ。それでも王家の紋章はついているし、内側は布張りで、座席もクッションになっている。
 素人目にも高級仕様とわかる。ただ、俺の隣は鎧着用のグリリで、若干じゃっかん狭く感じた。

 少し高い位置から見る景色は、いつもと違っている。
 実際、普段は徒歩だから、通る道が違うのだ。馬車は、幅の広い道を選んで進んでいた。前にも後ろにも馬車がいて、横を見れば反対方向へ進む馬車が通る。

 首都が、これほど馬車が行き交うところとは、考えもしなかった。

 馬車が通る道の両脇には、歩行者用の道がきちんと区分されている。そこも、少なからぬ通行人が行き来していた。
 立ち止まって、店を覗き込む人もいる。王家の紋章入り馬車は珍しいのか、指を差す人もいた。こちらを見る通行人を見るともなしに眺めていると、見覚えのある顔に行きあたった。

 「シーニャでしたね」

 同じ辺りを見ていたグリリが言う。馬車はあっという間に通り過ぎた。勝手に窓も開けられない。声もかけられなかった。

 五年ぶりだった。記憶にあるより背も髪も伸びて、ふっくらとしていたが、ひとめで見分けられた。
 冒険者の鎧ではなく、街に住む女性の格好だった。ケーオと結婚して家庭に入ったのだろうか。たまたま冒険者の仕事が休みだったのだろうか。

 「ともあれ、無事に生きていて何よりです」
 「そうだな」

 暗黒大陸から戻ることができたら、鍛冶屋ギルドにケーオかワイラを訪ねてみよう。


 王宮の入り口で荷物を強制的に預かられ、ボディチェックを受け、前後を衛兵に挟まれてから、中へ入ることを許された。

 その先が、結構長かった。魔法学院も敷地が広い。王宮は更に広かった。

 廊下も曲がる度におもむきを変えるし、庭もいくつもあるようで、どこをどの方向に歩いているのかわからない。途中見かけた警備兵らしき鎧武者よろいむしゃは、馬に乗っていた。来客も馬車で移動させたらいいのに、と思った。
 俺たち、来客ではないのかもしれない。

 案内された先は、一応広間のようだった。
 公式の謁見えっけん室にしてはこじんまりとした空間である。調度品の色柄などから、内輪の雰囲気を感じさせた。それでも正面には玉座が据えてあるし、控えの者もいる。

 先客がいた。

 一人は、髭面ひげづらのドワーフ戦士である。こちらをジロリと睨むように一瞥いちべつすると、再び正面を向いた。
 もう一人は女性の神官で、真っ直ぐな黒髪を背中まで垂らしている。こちらに気付いて軽く膝を曲げると、やはり正面を向いた。

 「こちらでお待ちください」

 先導した衛兵から、部屋に控えていた近衛兵に案内が変わり、立ち位置を指定された。
 先客二人の後ろの列に並べられる。最初、一人だけ正装のプラハト教授の扱いに戸惑っていたが、彼がグリリの付き添いと説明したので、結局マイア教授が中心になった。

 俺たちが並び終えるのを見計らったように、お偉方えらがたが入室した。

 片方は武人で、おそらく武術将軍だろう。ドワーフ戦士が敬礼していた。
 他方も武人で通りそうな体格と威厳を兼ね備えていたものの、いでたちは貴族。濃い碧眼へきがんに合わせた衣装がっている。
 宰相か大臣か、およそその辺りであろう。

 彼らは玉座の左右並びに、距離を置いて立った。

 「王のお出まし」

 部屋の何処かに侍っていた呼び出し係の声で、武術将軍と貴族が礼の姿勢をとり、ドワーフ戦士と神官がひざまずいた。プラハトも優雅に膝を折る。俺とグリリも真似をした。マイアはとうに跪いて首を垂れていた。
 衣ずれの音と硬い靴音が近付き、正面で止まった。

 「おもてを上げよ」

 威厳のある声に、自然と頭を上げた。

 玉座に王冠を頂いた男が座っていた。
 現レクルキス国の王クラールである。声で聞いた感じよりも若く見えた。
 確か四十歳だが、三十そこそこの外見である。豊かな黒褐色の巻毛が、彫りの深い顔を縁取り、堂々たる体格に玉座はふさわしかった。

 視界の端に映った何かに気を引かれた。吸い寄せられた先にいたのは、妻だった。

 否、妻の筈はない。

 王冠を頂き、王の隣に設けられた妃の座に収まっているのは、クラール王の正妃、コーシャである。

 マドゥヤ系と称される、前の世界ではオリエント系に見られる顔立ちをしている。隣接するマドゥヤ帝国皇帝の第三王女として生まれ、レクルキス国に嫁いだ。

 目が離せなかった。王妃に相応ふさわしいドレスを身にまとった彼女は、結婚式での妻を思い起こさせた。
 既に五人の子持ちで、三十歳になる筈なのに、若い娘のようなしなやかさを保っている。同時に、国民の母にも擬せられる包容力を感じさせた。それは、この世界に来る前の妻の姿でもある。

 不意に視界が揺れ、床が近付いた。

 「非礼である。が高い」

 グリリの声で我に返った。首も痛いが視線も痛い。逆らう気はなかった。むしろ、無理に引き剥がしでもしなければ、延々と見つめ続けていた。グリリにも通じたのか、頭を押さえつけていた手が消えた。

 「構わぬ。初めての登城、珍しきことども多かろう」

 クラール王の言葉に、場の緊張が明らかに緩んだ。
 相当に非礼だった訳である。妻そっくりな王妃の眼前で、首を落とされる危険もあった。彼女に、そんな死に様を見せたくない。
 俺はもう頭を上げず、視線を下に落とし続けた。もう一度目を上げたら、自制心が保てない。

 部屋の中では、俺に構わず話が進んでいた。招集された五人は自己紹介、ただし俺の分はプラハトが代わってくれた。
 ドワーフ戦士は、エサムという王宮直属の騎士だった。小隊長を務めていたという。
 そして神官は、クレアと名乗った。外見に違わず、神殿に勤めていた。

 王命については、貴族が説明した。彼はシルウェ=クルーガー宰相だった。レクルキス国に二人いる宰相の一人で、由緒ゆいしょある大貴族である。

 彼の立ち位置は、王妃から遠い側にある。俺は、顔をそちらへ向けた。これで、少しは誤魔化せただろうか。

 「神官クレア、武装部隊第三小隊長エサム、魔法学院教授マイア、同研究生トリス、同グリリ。以上五名の者を暗黒大陸へ派遣する。なお、神官クレアを、臨時レクルキス国公使に任命する」

 目的は、国交樹立の地ならしである。正式な国交がないとは言え、海を挟んだ隣国。民レベルでは細々と交流が続いていた。

 別の隣国マドゥヤ帝国は、暗黒大陸とも国交を結んでいるということである。
 ドラゴン襲撃に遭ってから六十年を経過した今、レクルキス国だけがいつまでも被害に拘り、外交に背を向けるのは、国の威信を下げると王は考えたようだ。

 しかし、長年国交を絶っていたため、とっかかりがない。正式に使者を送る前に、下調べ、可能ならば事務レベルで打ち合わせをしたいというところだった。王宮側で独自に調べた事柄は、臨時公使のクレアに授けてあるという。

 「エサムは武術に優れているだけでなく、全体を見通す能力に長けているそうだな。期待している」
 「ありがたきお言葉」

 クラール王から直々に褒められて、ドワーフ騎士は声を震わせた。

 「クレアは大学を首席で卒業したと聞く。学んだ幅広い知識を、今回の任務に生かすがよい」
 「心得ました」

 神官は淡々と返答した。

 「マイアは初めての里帰りとな。故郷に留まるもよし、レクルキスへ戻るもよし。いずれにしても、両国の架け橋となるよう望む」
 「承知いたしました」

 王の言葉を聞いて、キナイ学院長が叔母たちを呼び出した訳を悟った。

 「トリスとグリリは、勇者ショウと同じニッポンからの転生者だそうだな。無事を祈る」
 「ありがたき言葉にございます」

 俺が再び頭を垂れていたせいか、二人まとめて話しかけられたので、グリリが応えた。

 「妃からも、二人に一言あるそうだ」

 顔を上げそうになるのを、堪えた。

 「『魚二本足』をご存知?」
 「存じません」

 というアリの声と、プラハト教授が咳き込む音が、同時に聞こえた。

 「失礼。喉の調子が」
 「プラハトも久しいが、変わらぬな」
 「王もご息災で、何よりです」

 そこで謁見えっけんの時間は終わり、王と王妃が退室した。
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