9 / 68
第一章 レクルキス王国
9 ダンジョンをクリアする
しおりを挟む
翌朝、支度を終えて四人で入り口へ降りると、グリリがいた。しゃがんで黒猫を撫でている。
「毛玉いた」
「グリリさーん!」
グリリは立ち上がって手を挙げた。その隙に、黒猫は逃げていった。
「おはようございます。今日は、違うダンジョンに行くのでしたね。よろしくお願いします」
「いや。予定が変わって、昨日と同じダンジョンに行くことになった。いいか?」
茶番を承知で、改めて説明する。グリリも、初めて聞くような顔で聞いていた。
「いいですよ。では、早速行きましょうか」
「毛玉に言っておかなくていいのか」
ワイラが気遣う。人に勝手な呼び名をつけるこの女ドワーフのミックスは、猫に名前の片鱗も残さなかった。グリエルとはぐれる心配をするところを見ると、悪気はないようだ。
「多分、大丈夫」
本人目の前にいるし。あれはグリエルではない、とわざわざ教えるつもりもない。
それより、何故都合よく黒猫がいたのか、グリリに教えてもらいたいくらいだ。
「まあ、猫だしな。行こうか」
ケーオが締めて、一同出発した。
シーニャは、道中ずっとグリリに張り付いていた。昨日は緊張と疲れでろくに口も利かなかったのが、嘘みたいによく喋る。
「グリリさん、結婚していますか」
いきなり本当に質問した。二人の前を歩く俺は、聞き耳を立てた。
「はい。子どももいます」
うわ。家庭持ちの中年女がストーカーの挙げ句、相手、の一部を召喚し、増殖して転生させたのか。
俺は鳥肌を立てた。とりあえず前世は忘れて、ダンジョンクリアに専念しよう。
グリリの前世など知る由もないシーニャは、次々質問の矢を放つ。
「奥さんとお子さんはどうしていますか」
「遠い故郷で暮らしています」
「目を片方どうしたのですか」
「思わぬことで失くしてしまいました」
「どうして旅をしているんですか」
「目的があります」
「どんな?」
「秘密です」
「そうですか。ええっと。今日は一緒に行ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
俺にしたみたいに、ぐいぐい迫らないのは何でだろう。慇懃無礼に拒否感でも醸し出しているのだろうか。
いやに、あっさりとシーニャが引き下がって、肩透かしを喰らった気分である。
昨日と同様、ゴブゴブダンジョンの入り口で冒険者登録の確認をして、再挑戦である。
グリリは俺の知らない間に、自分の木札を作っていた。昨日会った時には、すでに登録していたのかもしれない。これも聞いてみたいが、今は聞けない。
ダンジョンの中は、昨日の今日で、変わり映えしなかった。
今日はワイラがたいまつを持って先頭に立ち、しんがりにグリリがついた。こちらもたいまつを持っている。
昨日と同じ分かれ道まで来た。ワイラが立ち止まる。
「今日は、右へ行こうか」
一同賛成した。右の通路は長く、曲がり角が多かった。
傾斜も不規則で、曲がり角に着く度に登ったり下ったりしているようだった。ようやく辿り着いた先は、昨日戦った部屋とは比べものにならないくらいの、小部屋だった。
「行き止まりなの?」
「どうだろう」
ワイラが両刃の斧の平らな部分で、あちこち壁を叩く。
俺も見回してみた。来た道以外、出入り口はなさそうに見える。
「インターセプト」
グリリが近づいて耳元で囁いた。盗聴という意味だが、屋敷に忍び込んだならともかく、人気のないダンジョンで盗聴というのもイメージが湧かない。
ともかく、壁の向こうから聞こえる音がないか、耳を澄ませてみた。
「あれ。何か、下の方から聞こえるような」
「お、ここの石だけ不自然に出ている」
「本当だ。ワイラ目がいいね。押してみたら、引っ込むんじゃないかなあ」
「おい、シーニャ」
ほぼ同時だった。ケーオが止める間もなく、シーニャがワイラの見つけた石を蹴りつけ、床が落ちた。
「フロート!」
グリリが叫ぶ。囁いている余裕がなかったんだろう。俺もさすがに意味を理解した。
全員が、羽毛みたいに、ゆっくり降りていく様を、思い浮かべた。落下速度が落ちた。
録画のスロー再生のように、全員無事に床へ降り立った。
「グリリさん、魔法使った?」
シーニャが聞く。耳敏い。あれだけ叫べば、聞こえるか。
「わたくしではありません」
「ええと。そしたら、トリス?」
「え、いや私は」
バレるのはまずい、とグリエルに言われていたことを思い出す。どう切り抜けるか。
「お前ら、初心者だろう。そこから落ちてくるのは、久々に見たわ」
聞き慣れない、耳障りな声がして、俺は言い訳せずに済んだ。
土埃が収まった向こうには、大型のゴブリンと、それを取り囲む結構な数のゴブリンが勢揃いしていた。
喋ったのは、大型のゴブリンらしい。頭に光る輪を載せ、大きな椅子に腰掛けている。壁に点々と掲げられたたいまつの光が反射して、輪も椅子もきらきらと輝いた。
いかにもダンジョンのボス、に見えた。
「ホブゴブリンか」
ワイラが両刃斧を構える。シーニャも剣を握り直す。ケーオはパチンコを取り出した。賢明だ。昨日街で買った胸当ても装着しているが、接近戦は避けた方がいいだろう。
「下がって、魔法で援護してください。少しぐらい使える、ということにしておきましょう」
グリリが小声で言って、前へ移動した。今日は剣で戦う気らしい。
奴の実力のほどを、俺は知らない。
昨日の感じだと、魔法援護なしでは、こちらの全滅確定だろう。俺、責任重大である。
「ちなみに、俺たちに宝物を恵んでくれて、外まで送り届けてくれるっていう選択肢は、ない?」
ケーオが言う。ゴブリンの言葉がわかるのが俺だけではなくてよかった。それとも、みんなゴブリンとは話が通じるのか?
ホブゴブリンは、大きな鼻でふごっと笑った。
「面白いことを言ってくれるじゃねえか。気に入った。お前たちには特別に、名誉の戦死という栄誉を与えてやろう」
言葉は通じても、話は通じなかった。
ホブゴブリンが、さっと短い腕を上げたのを合図に、周囲のゴブリンが動き出す。手に手に得物を持って、こちらへ突進だ。
「ええっと、ファイアウォール」
頭の中で想像するだけでいい、と言われていたが、ついつい口に出してしまう。ついでに手も。すると、周囲のたいまつから炎がずるずると伸びてきて、ゴブリンの集団の前に壁を作った。
「うわ、すげえ。やるじゃん、トリス」
後ろに下がっていたケーオが言う。さすがにバレるな、これは。
シーニャとワイラも、突然現れた炎に驚く。
取りこぼしたゴブリンが向かって来た。こちらの様子を見る余裕もなく、敵に対峙する。
戦闘モードに入る。
そして俺の作った炎の壁は、数十センチ程度の高さで、厚みも大してなかったらしく、気合いの入ったゴブリン、または、ホブゴブリンに脅されたゴブリンは、次々と踏み越えてくるのであった。
しかも、段々下火になっていく炎。この分だと、同じ魔法をもう一度かけても、効果は薄そうだ。
次は何をすべきか。グリリを見る。
彼、本当は彼女だが、は戦っていた。俺が作った炎の壁を越えて、ゴブリンたちを薙ぎ倒している。
意外にも、このパーティで一番戦闘力が高い。しかし、魔法を教える余裕まではない。
そういえば、前にグリエルにかけた魔法は何と言ったっけ。
「ばくさつ?」
ぐぶっ。グリリが血を吐いて、後ろへ吹っ飛んだ。
「あ、や」
やばい。やってしまった。
「チッ。ホブゴブ野郎、魔法使えんのかな。斬られた感じじゃねえよな」
ケーオがパチンコで石を飛ばしながら、舌打ちする。
俺は焦る。グリリに爆殺をかけたのは俺だから。わざとではない。
考えただけで発動する、というのは不便だ。
治さないと。グリリが今死んだら、俺たち全員死ぬ。しかし、治療は手で触らないとダメだったな、確か。
「バリア」
自信はないまま、グリリの周りにドームをイメージしてみた。倒れたグリリに近づこうとしたゴブリンが、跳ね返された。
良かった。
グリリは、なかなか起き上がらない。グリエルの時は、ぷすぷすと焦げただけで済んだのに、人型になると弱くなるようだ。
シーニャたちの方は、ゴブリンの数に押され気味だ。ケーオはさっきから、シーニャの相手に石つぶてをぶつけている。
彼の援護があってあれでは、先は長くない。石だって数に限りがある。やはり俺が行って、グリリを治療しなければ。
グリリがよろよろと起き上がる。震える腕を伸ばして、前方を指す。玉座に居座るホブゴブリンだ。腕がぱたっと落ちる。俺は理解した。
「ボム」
ばしゅっ。
ホブゴブリンが破裂した。玉座がひっくり返り、王冠が高く飛んだ。シーニャもワイラもケーオも、ゴブリンたちさえも、一瞬動きを止めた。
その間を、無数の肉片が飛び散った。
「ピギィィィィィィッ!!」
ゴブリン同士が戦い始めた。呆然とする俺たち。
「グリリさーん」
シーニャが動いた。ゴブリンは仲間しか目に入らないみたいに、彼女を避けた。
俺も慌てて行く。治療魔法は使うところを見せても大丈夫なのだろうか。ふと不安になる。
着いたのはシーニャが一番だったが、バリアに跳ね返された。まだ効果が続いていた。
彼女は戸惑った顔でバリアに触ろうとする。俺は急いで解除した。
「グリリ、大丈夫か」
抱き起こすふりをして、胸に手を当て、治れ治れと念じる。
ホブゴブリンの死に方を見ると、ボム、つまり爆殺は、内部から破壊する魔法のようだった。
一方グリリは、破裂していない。どこに傷があるのかよくわからず、適当に手を当てるしかなかった。血を吐いていた口を塞げばいいのかもしれないが、側から見たら殺しているようにしか見えまい。
幸い俺の念は効いたようで、程なくグリリは目を開けた。
「あ、これはどうも」
血を吐いていた人間とは思えぬ速さで横回転し、俺の腕から抜けた勢いで上体を起こす。
「みっともないところをお見せしました」
「グリリ。そんなに動いて大丈夫か」
立ち上がろうとして、ふらつくのを見て、ケーオが心配する。グリリは無理矢理微笑んだ。
「大丈夫です。ゴブリンたちは、どうなりましたか」
言われてあたりを見渡す。グリリの治療に気を取られて、すっかり忘れていた。
あれほどいたゴブリンたちは、いつの間にかみんな倒れていた。相打ちらしい。その屍を避けながら、ワイラがやってきた。両手に光る物を持っている。
「これでクリアだろう。あと、金になりそうだから、削ってきた」
ホブゴブリンが頭に乗せていた王冠と、玉座の一部だった。金の飾り彫刻に、大振りの宝玉がいくつか嵌め込まれている。
「おおっ。目の付け所がいいな、ワイラ」
「他にも、換金できそうな品があるか、探してみましょう」
グリリが言った。武器鎧は数が多すぎて持つ気がしないので、よほどの業物と見える物以外は無視して、持ち物漁り隊と宝物庫捜索隊に分かれた。三人はお宝部屋探しに夢中だ。
俺はグリリにくっついて、彼が探り出した小銭や宝玉、怪しげな小瓶などを袋へ入れる役に就いた。
「お前が、ゴブリンを同士討ちさせたんだろう」
「毛玉いた」
「グリリさーん!」
グリリは立ち上がって手を挙げた。その隙に、黒猫は逃げていった。
「おはようございます。今日は、違うダンジョンに行くのでしたね。よろしくお願いします」
「いや。予定が変わって、昨日と同じダンジョンに行くことになった。いいか?」
茶番を承知で、改めて説明する。グリリも、初めて聞くような顔で聞いていた。
「いいですよ。では、早速行きましょうか」
「毛玉に言っておかなくていいのか」
ワイラが気遣う。人に勝手な呼び名をつけるこの女ドワーフのミックスは、猫に名前の片鱗も残さなかった。グリエルとはぐれる心配をするところを見ると、悪気はないようだ。
「多分、大丈夫」
本人目の前にいるし。あれはグリエルではない、とわざわざ教えるつもりもない。
それより、何故都合よく黒猫がいたのか、グリリに教えてもらいたいくらいだ。
「まあ、猫だしな。行こうか」
ケーオが締めて、一同出発した。
シーニャは、道中ずっとグリリに張り付いていた。昨日は緊張と疲れでろくに口も利かなかったのが、嘘みたいによく喋る。
「グリリさん、結婚していますか」
いきなり本当に質問した。二人の前を歩く俺は、聞き耳を立てた。
「はい。子どももいます」
うわ。家庭持ちの中年女がストーカーの挙げ句、相手、の一部を召喚し、増殖して転生させたのか。
俺は鳥肌を立てた。とりあえず前世は忘れて、ダンジョンクリアに専念しよう。
グリリの前世など知る由もないシーニャは、次々質問の矢を放つ。
「奥さんとお子さんはどうしていますか」
「遠い故郷で暮らしています」
「目を片方どうしたのですか」
「思わぬことで失くしてしまいました」
「どうして旅をしているんですか」
「目的があります」
「どんな?」
「秘密です」
「そうですか。ええっと。今日は一緒に行ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
俺にしたみたいに、ぐいぐい迫らないのは何でだろう。慇懃無礼に拒否感でも醸し出しているのだろうか。
いやに、あっさりとシーニャが引き下がって、肩透かしを喰らった気分である。
昨日と同様、ゴブゴブダンジョンの入り口で冒険者登録の確認をして、再挑戦である。
グリリは俺の知らない間に、自分の木札を作っていた。昨日会った時には、すでに登録していたのかもしれない。これも聞いてみたいが、今は聞けない。
ダンジョンの中は、昨日の今日で、変わり映えしなかった。
今日はワイラがたいまつを持って先頭に立ち、しんがりにグリリがついた。こちらもたいまつを持っている。
昨日と同じ分かれ道まで来た。ワイラが立ち止まる。
「今日は、右へ行こうか」
一同賛成した。右の通路は長く、曲がり角が多かった。
傾斜も不規則で、曲がり角に着く度に登ったり下ったりしているようだった。ようやく辿り着いた先は、昨日戦った部屋とは比べものにならないくらいの、小部屋だった。
「行き止まりなの?」
「どうだろう」
ワイラが両刃の斧の平らな部分で、あちこち壁を叩く。
俺も見回してみた。来た道以外、出入り口はなさそうに見える。
「インターセプト」
グリリが近づいて耳元で囁いた。盗聴という意味だが、屋敷に忍び込んだならともかく、人気のないダンジョンで盗聴というのもイメージが湧かない。
ともかく、壁の向こうから聞こえる音がないか、耳を澄ませてみた。
「あれ。何か、下の方から聞こえるような」
「お、ここの石だけ不自然に出ている」
「本当だ。ワイラ目がいいね。押してみたら、引っ込むんじゃないかなあ」
「おい、シーニャ」
ほぼ同時だった。ケーオが止める間もなく、シーニャがワイラの見つけた石を蹴りつけ、床が落ちた。
「フロート!」
グリリが叫ぶ。囁いている余裕がなかったんだろう。俺もさすがに意味を理解した。
全員が、羽毛みたいに、ゆっくり降りていく様を、思い浮かべた。落下速度が落ちた。
録画のスロー再生のように、全員無事に床へ降り立った。
「グリリさん、魔法使った?」
シーニャが聞く。耳敏い。あれだけ叫べば、聞こえるか。
「わたくしではありません」
「ええと。そしたら、トリス?」
「え、いや私は」
バレるのはまずい、とグリエルに言われていたことを思い出す。どう切り抜けるか。
「お前ら、初心者だろう。そこから落ちてくるのは、久々に見たわ」
聞き慣れない、耳障りな声がして、俺は言い訳せずに済んだ。
土埃が収まった向こうには、大型のゴブリンと、それを取り囲む結構な数のゴブリンが勢揃いしていた。
喋ったのは、大型のゴブリンらしい。頭に光る輪を載せ、大きな椅子に腰掛けている。壁に点々と掲げられたたいまつの光が反射して、輪も椅子もきらきらと輝いた。
いかにもダンジョンのボス、に見えた。
「ホブゴブリンか」
ワイラが両刃斧を構える。シーニャも剣を握り直す。ケーオはパチンコを取り出した。賢明だ。昨日街で買った胸当ても装着しているが、接近戦は避けた方がいいだろう。
「下がって、魔法で援護してください。少しぐらい使える、ということにしておきましょう」
グリリが小声で言って、前へ移動した。今日は剣で戦う気らしい。
奴の実力のほどを、俺は知らない。
昨日の感じだと、魔法援護なしでは、こちらの全滅確定だろう。俺、責任重大である。
「ちなみに、俺たちに宝物を恵んでくれて、外まで送り届けてくれるっていう選択肢は、ない?」
ケーオが言う。ゴブリンの言葉がわかるのが俺だけではなくてよかった。それとも、みんなゴブリンとは話が通じるのか?
ホブゴブリンは、大きな鼻でふごっと笑った。
「面白いことを言ってくれるじゃねえか。気に入った。お前たちには特別に、名誉の戦死という栄誉を与えてやろう」
言葉は通じても、話は通じなかった。
ホブゴブリンが、さっと短い腕を上げたのを合図に、周囲のゴブリンが動き出す。手に手に得物を持って、こちらへ突進だ。
「ええっと、ファイアウォール」
頭の中で想像するだけでいい、と言われていたが、ついつい口に出してしまう。ついでに手も。すると、周囲のたいまつから炎がずるずると伸びてきて、ゴブリンの集団の前に壁を作った。
「うわ、すげえ。やるじゃん、トリス」
後ろに下がっていたケーオが言う。さすがにバレるな、これは。
シーニャとワイラも、突然現れた炎に驚く。
取りこぼしたゴブリンが向かって来た。こちらの様子を見る余裕もなく、敵に対峙する。
戦闘モードに入る。
そして俺の作った炎の壁は、数十センチ程度の高さで、厚みも大してなかったらしく、気合いの入ったゴブリン、または、ホブゴブリンに脅されたゴブリンは、次々と踏み越えてくるのであった。
しかも、段々下火になっていく炎。この分だと、同じ魔法をもう一度かけても、効果は薄そうだ。
次は何をすべきか。グリリを見る。
彼、本当は彼女だが、は戦っていた。俺が作った炎の壁を越えて、ゴブリンたちを薙ぎ倒している。
意外にも、このパーティで一番戦闘力が高い。しかし、魔法を教える余裕まではない。
そういえば、前にグリエルにかけた魔法は何と言ったっけ。
「ばくさつ?」
ぐぶっ。グリリが血を吐いて、後ろへ吹っ飛んだ。
「あ、や」
やばい。やってしまった。
「チッ。ホブゴブ野郎、魔法使えんのかな。斬られた感じじゃねえよな」
ケーオがパチンコで石を飛ばしながら、舌打ちする。
俺は焦る。グリリに爆殺をかけたのは俺だから。わざとではない。
考えただけで発動する、というのは不便だ。
治さないと。グリリが今死んだら、俺たち全員死ぬ。しかし、治療は手で触らないとダメだったな、確か。
「バリア」
自信はないまま、グリリの周りにドームをイメージしてみた。倒れたグリリに近づこうとしたゴブリンが、跳ね返された。
良かった。
グリリは、なかなか起き上がらない。グリエルの時は、ぷすぷすと焦げただけで済んだのに、人型になると弱くなるようだ。
シーニャたちの方は、ゴブリンの数に押され気味だ。ケーオはさっきから、シーニャの相手に石つぶてをぶつけている。
彼の援護があってあれでは、先は長くない。石だって数に限りがある。やはり俺が行って、グリリを治療しなければ。
グリリがよろよろと起き上がる。震える腕を伸ばして、前方を指す。玉座に居座るホブゴブリンだ。腕がぱたっと落ちる。俺は理解した。
「ボム」
ばしゅっ。
ホブゴブリンが破裂した。玉座がひっくり返り、王冠が高く飛んだ。シーニャもワイラもケーオも、ゴブリンたちさえも、一瞬動きを止めた。
その間を、無数の肉片が飛び散った。
「ピギィィィィィィッ!!」
ゴブリン同士が戦い始めた。呆然とする俺たち。
「グリリさーん」
シーニャが動いた。ゴブリンは仲間しか目に入らないみたいに、彼女を避けた。
俺も慌てて行く。治療魔法は使うところを見せても大丈夫なのだろうか。ふと不安になる。
着いたのはシーニャが一番だったが、バリアに跳ね返された。まだ効果が続いていた。
彼女は戸惑った顔でバリアに触ろうとする。俺は急いで解除した。
「グリリ、大丈夫か」
抱き起こすふりをして、胸に手を当て、治れ治れと念じる。
ホブゴブリンの死に方を見ると、ボム、つまり爆殺は、内部から破壊する魔法のようだった。
一方グリリは、破裂していない。どこに傷があるのかよくわからず、適当に手を当てるしかなかった。血を吐いていた口を塞げばいいのかもしれないが、側から見たら殺しているようにしか見えまい。
幸い俺の念は効いたようで、程なくグリリは目を開けた。
「あ、これはどうも」
血を吐いていた人間とは思えぬ速さで横回転し、俺の腕から抜けた勢いで上体を起こす。
「みっともないところをお見せしました」
「グリリ。そんなに動いて大丈夫か」
立ち上がろうとして、ふらつくのを見て、ケーオが心配する。グリリは無理矢理微笑んだ。
「大丈夫です。ゴブリンたちは、どうなりましたか」
言われてあたりを見渡す。グリリの治療に気を取られて、すっかり忘れていた。
あれほどいたゴブリンたちは、いつの間にかみんな倒れていた。相打ちらしい。その屍を避けながら、ワイラがやってきた。両手に光る物を持っている。
「これでクリアだろう。あと、金になりそうだから、削ってきた」
ホブゴブリンが頭に乗せていた王冠と、玉座の一部だった。金の飾り彫刻に、大振りの宝玉がいくつか嵌め込まれている。
「おおっ。目の付け所がいいな、ワイラ」
「他にも、換金できそうな品があるか、探してみましょう」
グリリが言った。武器鎧は数が多すぎて持つ気がしないので、よほどの業物と見える物以外は無視して、持ち物漁り隊と宝物庫捜索隊に分かれた。三人はお宝部屋探しに夢中だ。
俺はグリリにくっついて、彼が探り出した小銭や宝玉、怪しげな小瓶などを袋へ入れる役に就いた。
「お前が、ゴブリンを同士討ちさせたんだろう」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
19
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる