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第一章 レクルキス王国

9 ダンジョンをクリアする

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 翌朝、支度を終えて四人で入り口へ降りると、グリリがいた。しゃがんで黒猫を撫でている。

 「毛玉いた」
 「グリリさーん!」

 グリリは立ち上がって手を挙げた。その隙に、黒猫は逃げていった。

 「おはようございます。今日は、違うダンジョンに行くのでしたね。よろしくお願いします」
 「いや。予定が変わって、昨日と同じダンジョンに行くことになった。いいか?」

 茶番を承知で、改めて説明する。グリリも、初めて聞くような顔で聞いていた。

 「いいですよ。では、早速行きましょうか」
 「毛玉に言っておかなくていいのか」

 ワイラが気遣う。人に勝手な呼び名をつけるこの女ドワーフのミックスは、猫に名前の片鱗へんりんも残さなかった。グリエルとはぐれる心配をするところを見ると、悪気はないようだ。

 「多分、大丈夫」

 本人目の前にいるし。あれはグリエルではない、とわざわざ教えるつもりもない。
 それより、何故都合よく黒猫がいたのか、グリリに教えてもらいたいくらいだ。

 「まあ、猫だしな。行こうか」

 ケーオが締めて、一同出発した。

 シーニャは、道中ずっとグリリに張り付いていた。昨日は緊張と疲れでろくに口も利かなかったのが、嘘みたいによく喋る。

 「グリリさん、結婚していますか」

 いきなり本当に質問した。二人の前を歩く俺は、聞き耳を立てた。

 「はい。子どももいます」

 うわ。家庭持ちの中年女がストーカーの挙げ句、相手、の一部を召喚し、増殖して転生させたのか。
 俺は鳥肌を立てた。とりあえず前世は忘れて、ダンジョンクリアに専念せんねんしよう。

 グリリの前世など知るよしもないシーニャは、次々質問の矢を放つ。

 「奥さんとお子さんはどうしていますか」
 「遠い故郷で暮らしています」

 「目を片方どうしたのですか」
 「思わぬことで失くしてしまいました」

 「どうして旅をしているんですか」
 「目的があります」

 「どんな?」
 「秘密です」

 「そうですか。ええっと。今日は一緒に行ってくれて、ありがとう」
 「どういたしまして」

 俺にしたみたいに、ぐいぐい迫らないのは何でだろう。慇懃無礼いんぎんぶれいに拒否感でもかもし出しているのだろうか。
 いやに、あっさりとシーニャが引き下がって、肩透かしを喰らった気分である。


 昨日と同様、ゴブゴブダンジョンの入り口で冒険者登録の確認をして、再挑戦である。
 グリリは俺の知らない間に、自分の木札を作っていた。昨日会った時には、すでに登録していたのかもしれない。これも聞いてみたいが、今は聞けない。

 ダンジョンの中は、昨日の今日で、変わり映えしなかった。
 今日はワイラがたいまつを持って先頭に立ち、しんがりにグリリがついた。こちらもたいまつを持っている。
 昨日と同じ分かれ道まで来た。ワイラが立ち止まる。

 「今日は、右へ行こうか」

 一同賛成した。右の通路は長く、曲がり角が多かった。
 傾斜も不規則で、曲がり角に着く度に登ったり下ったりしているようだった。ようやく辿り着いた先は、昨日戦った部屋とは比べものにならないくらいの、小部屋だった。

 「行き止まりなの?」
 「どうだろう」

 ワイラが両刃の斧の平らな部分で、あちこち壁を叩く。
 俺も見回してみた。来た道以外、出入り口はなさそうに見える。

 「インターセプト」

 グリリが近づいて耳元でささやいた。盗聴という意味だが、屋敷に忍び込んだならともかく、人気のないダンジョンで盗聴というのもイメージがかない。
 ともかく、壁の向こうから聞こえる音がないか、耳を澄ませてみた。

 「あれ。何か、下の方から聞こえるような」

 「お、ここの石だけ不自然に出ている」
 「本当だ。ワイラ目がいいね。押してみたら、引っ込むんじゃないかなあ」
 「おい、シーニャ」

 ほぼ同時だった。ケーオが止める間もなく、シーニャがワイラの見つけた石を蹴りつけ、床が落ちた。

 「フロート!」

 グリリが叫ぶ。囁いている余裕がなかったんだろう。俺もさすがに意味を理解した。

 全員が、羽毛みたいに、ゆっくり降りていく様を、思い浮かべた。落下速度が落ちた。
 録画のスロー再生のように、全員無事に床へ降り立った。

 「グリリさん、魔法使った?」

 シーニャが聞く。耳敏みみさとい。あれだけ叫べば、聞こえるか。

 「わたくしではありません」
 「ええと。そしたら、トリス?」
 「え、いや私は」

 バレるのはまずい、とグリエルに言われていたことを思い出す。どう切り抜けるか。

 「お前ら、初心者だろう。そこから落ちてくるのは、久々に見たわ」

 聞き慣れない、耳障みみざわりな声がして、俺は言い訳せずに済んだ。

 土埃つちぼこりが収まった向こうには、大型のゴブリンと、それを取り囲む結構な数のゴブリンが勢揃せいぞろいしていた。
 喋ったのは、大型のゴブリンらしい。頭に光る輪を載せ、大きな椅子に腰掛けている。壁に点々と掲げられたたいまつの光が反射して、輪も椅子もきらきらと輝いた。

 いかにもダンジョンのボス、に見えた。

 「ホブゴブリンか」

 ワイラが両刃斧を構える。シーニャも剣を握り直す。ケーオはパチンコを取り出した。賢明だ。昨日街で買った胸当ても装着しているが、接近戦は避けた方がいいだろう。

 「下がって、魔法で援護してください。少しぐらい使える、ということにしておきましょう」

 グリリが小声で言って、前へ移動した。今日は剣で戦う気らしい。
 奴の実力のほどを、俺は知らない。

 昨日の感じだと、魔法援護なしでは、こちらの全滅確定だろう。俺、責任重大である。

 「ちなみに、俺たちに宝物を恵んでくれて、外まで送り届けてくれるっていう選択肢は、ない?」

 ケーオが言う。ゴブリンの言葉がわかるのが俺だけではなくてよかった。それとも、みんなゴブリンとは話が通じるのか?
 ホブゴブリンは、大きな鼻でふごっと笑った。

 「面白いことを言ってくれるじゃねえか。気に入った。お前たちには特別に、名誉の戦死という栄誉を与えてやろう」

 言葉は通じても、話は通じなかった。
 ホブゴブリンが、さっと短い腕を上げたのを合図に、周囲のゴブリンが動き出す。手に手に得物を持って、こちらへ突進だ。

 「ええっと、ファイアウォール」

 頭の中で想像するだけでいい、と言われていたが、ついつい口に出してしまう。ついでに手も。すると、周囲のたいまつから炎がずるずると伸びてきて、ゴブリンの集団の前に壁を作った。

 「うわ、すげえ。やるじゃん、トリス」

 後ろに下がっていたケーオが言う。さすがにバレるな、これは。
 シーニャとワイラも、突然現れた炎に驚く。
 取りこぼしたゴブリンが向かって来た。こちらの様子を見る余裕もなく、敵に対峙たいじする。

 戦闘モードに入る。
 そして俺の作った炎の壁は、数十センチ程度の高さで、厚みも大してなかったらしく、気合いの入ったゴブリン、または、ホブゴブリンに脅されたゴブリンは、次々と踏み越えてくるのであった。

 しかも、段々下火になっていく炎。この分だと、同じ魔法をもう一度かけても、効果は薄そうだ。

 次は何をすべきか。グリリを見る。
 彼、本当は彼女だが、は戦っていた。俺が作った炎の壁を越えて、ゴブリンたちをぎ倒している。

 意外にも、このパーティで一番戦闘力が高い。しかし、魔法を教える余裕まではない。
 そういえば、前にグリエルにかけた魔法は何と言ったっけ。

 「ばくさつ?」

 ぐぶっ。グリリが血を吐いて、後ろへ吹っ飛んだ。

 「あ、や」

 やばい。やってしまった。

 「チッ。ホブゴブ野郎、魔法使えんのかな。斬られた感じじゃねえよな」

 ケーオがパチンコで石を飛ばしながら、舌打ちする。
 俺は焦る。グリリに爆殺をかけたのは俺だから。わざとではない。

 考えただけで発動する、というのは不便だ。
 治さないと。グリリが今死んだら、俺たち全員死ぬ。しかし、治療は手で触らないとダメだったな、確か。

 「バリア」

 自信はないまま、グリリの周りにドームをイメージしてみた。倒れたグリリに近づこうとしたゴブリンが、跳ね返された。

 良かった。
 グリリは、なかなか起き上がらない。グリエルの時は、ぷすぷすと焦げただけで済んだのに、人型になると弱くなるようだ。
 シーニャたちの方は、ゴブリンの数に押され気味だ。ケーオはさっきから、シーニャの相手に石つぶてをぶつけている。
 彼の援護があってあれでは、先は長くない。石だって数に限りがある。やはり俺が行って、グリリを治療しなければ。

 グリリがよろよろと起き上がる。震える腕を伸ばして、前方を指す。玉座に居座るホブゴブリンだ。腕がぱたっと落ちる。俺は理解した。

 「ボム」

 ばしゅっ。

 ホブゴブリンが破裂した。玉座がひっくり返り、王冠が高く飛んだ。シーニャもワイラもケーオも、ゴブリンたちさえも、一瞬動きを止めた。
 その間を、無数の肉片が飛び散った。

 「ピギィィィィィィッ!!」

 ゴブリン同士が戦い始めた。呆然とする俺たち。

 「グリリさーん」

 シーニャが動いた。ゴブリンは仲間しか目に入らないみたいに、彼女を避けた。

 俺も慌てて行く。治療魔法は使うところを見せても大丈夫なのだろうか。ふと不安になる。
 着いたのはシーニャが一番だったが、バリアに跳ね返された。まだ効果が続いていた。
 彼女は戸惑った顔でバリアに触ろうとする。俺は急いで解除した。

 「グリリ、大丈夫か」

 抱き起こすふりをして、胸に手を当て、治れ治れと念じる。
 ホブゴブリンの死に方を見ると、ボム、つまり爆殺は、内部から破壊する魔法のようだった。
 一方グリリは、破裂していない。どこに傷があるのかよくわからず、適当に手を当てるしかなかった。血を吐いていた口をふさげばいいのかもしれないが、側から見たら殺しているようにしか見えまい。

 幸い俺の念は効いたようで、程なくグリリは目を開けた。

 「あ、これはどうも」

 血を吐いていた人間とは思えぬ速さで横回転し、俺の腕から抜けた勢いで上体を起こす。

 「みっともないところをお見せしました」
 「グリリ。そんなに動いて大丈夫か」

 立ち上がろうとして、ふらつくのを見て、ケーオが心配する。グリリは無理矢理微笑んだ。

 「大丈夫です。ゴブリンたちは、どうなりましたか」

 言われてあたりを見渡す。グリリの治療に気を取られて、すっかり忘れていた。
 あれほどいたゴブリンたちは、いつの間にかみんな倒れていた。相打ちらしい。そのしかばねを避けながら、ワイラがやってきた。両手に光る物を持っている。

 「これでクリアだろう。あと、金になりそうだから、削ってきた」

 ホブゴブリンが頭に乗せていた王冠と、玉座の一部だった。金の飾り彫刻に、大振りの宝玉がいくつかめ込まれている。

 「おおっ。目の付け所がいいな、ワイラ」
 「他にも、換金できそうな品があるか、探してみましょう」

 グリリが言った。武器鎧は数が多すぎて持つ気がしないので、よほどの業物わざものと見える物以外は無視して、持ち物あさり隊と宝物庫捜索隊に分かれた。三人はお宝部屋探しに夢中だ。

 俺はグリリにくっついて、彼が探り出した小銭や宝玉、怪しげな小瓶などを袋へ入れる役に就いた。

 「お前が、ゴブリンを同士討ちさせたんだろう」
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