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第一章 レクルキス王国
6 明るい案内人
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先ほどから、受付の辺りをうろうろしていた男が、声をかけてきた。
革鎧を着て、腰に短めの剣を下げた、冒険者風のなりである。見た目三十歳ぐらい。
外国の観光地で寄ってくるガイドを思わせる。懇意の土産屋などに案内して、双方から金をもらう、あれだ。
「わたしはイゲルド。あなた方のような不慣れな人々を、案内する仕事をしております。ここで私を雇ってくだされば、ドラゴンダンジョンに入っても、無事に戻れますよ」
「うわ、ほんと?」
「もちろんですとも」
「じゃ」
「待て」
俺はシーニャを遮った。彼女は俺の顔を見て口をつぐんだ。ここに入る前の諍いを思い出したらしい。俺、そんなに怖かったか?
「イゲルドさん。ガイドの求職をなさるなら、ギルドを通してください」
ちょうど俺たち三人の真ん中で、声がした。思わずグリエルを見返る。ぶんぶんと首を横に振りながら、片手で後方を指した。
冒険者受付の女性が、首の辺りで何かを握ってこちらを見ていた。イゲルドの表情が崩れた。
「嫌だなあ、ヘイリーさん。ガイドじゃなくて、パーティを組もうというお誘いをしているんですよ。ね? こちら、二人だけでドラゴンダンジョン行こうなんて言っているから」
「確かに初心者向きではありません」
とヘイリー。声は、俺の前から聞こえる。これも魔法なのだろう。
「しかし、その方達には、他に仲間がおられます。それに、イゲルドさんがパーティーに加わっても、ドラゴンダンジョンに潜ることは、お勧めできません」
「だから、入り口だけ、ちょろっと見学して帰るだけなら、大丈夫でしょ」
「え、そうなの? いやだ詐欺みたい」
シーニャが反応した。イゲルドの顔がひきつる。俺はわざと慇懃な姿勢を取った。
「イゲルドさん。いずれにせよ、私たちだけでは決められないので、またの機会にお願いします」
「ああ。またな」
イゲルドはそそくさと出て行った。
「ヘイリーさん、ありがとうございました」
それから俺は、遠くにいる彼女に頭を下げた。
「いいのよ、仕事のうちだから」
彼女は手を振って、他の客の相手をし始めた。
「シーニャ。ダンジョンへ行きたいなら、一番簡単なところから入る。そうでなければ、私は君たちと別れて先に行く。どうする?」
「わかった。簡単な方にする」
俺はほっとした。一人旅の方が気楽ではあるものの、一応シーニャの親から世話を頼まれた体になっている。
ここで別れるのは、無責任というものだ。
「そうしたら、ケーオたちが来るまでの間、あれを見てみよう」
指したのは、入り口を挟んで地図と反対側にある壁で、掲示板に字がたくさん書いてあった。仕事の依頼らしかった。
黒板に、チョークで書いた感じに似ている。目立つのは用心棒で、一回払いと月払いに分かれている上、金額も様々だった。羊飼い募集というのもある。そして、ここでも作物の収穫という募集があった。
「ダンジョンで稼ぐのが難しかったら、こういうところで働いてもいいな。私にも出来そう、だ?」
振り向くと、シーニャがいない。そういえば彼女、字が読めなそうだった。退屈だったろう。
『あちらにいますよ』
グリエルが教えてくれた方を見る。
冒険者のグループが、毛の生えた動物の死体を並べていた。ギルドの担当らしき男性が、並べる端から死体を確認しつつ、手持ちの石板に何やら書きこんでいる。
『買取査定ですね』
『そうらしいな』
「おう、トリス。いいところで会ったな。今、強力な助っ人と知り合ってな」
ケーオとワイラが入ってきた。その後ろからついてきた男と目が合う。
「イゲルド」
「トリスも知っているんだ。イゲルド有名人なんだな」
「ふへへ」
イゲルドが照れ笑いする。全く悪びれる様子もない。
「先に言わせてもらう。ドラゴンダンジョンに行くというなら、私はここで君たちと別れる」
ケーオの目が泳ぐ。
「えっ。だ、大丈夫、一番近くの、何ていう名前だっけ、イゲルド?」
「ゴブゴブダンジョン」
「そうそう、ゴブゴブダンジョンにとりあえず行くから。なあ、ワイラ?」
「あ? うん。あたし何でもいい。お父さんいないって分かったから、この街に用ない」
「シーニャもそれでいいだろ?」
「うん。わたしもそのつもりだったから」
ドラゴンに瞬殺される道から逸れたことに、満足すべきなんだろう。俺はイゲルドに向き直った。
「見ての通り、素人集団で、手近なダンジョンに潜っても、きっと儲からない。金も、ここに泊まれるかどうかぐらいしか持ち合わせない。あなたにとってメリットは少ないと思う。どこで儲ける?」
イゲルドは真面目な顔になった。
「どんなに簡単なダンジョンでも、一人で行くのは無謀です。一緒に行ってくれさえすれば、わたしはわたしで適当に稼ぎます。もちろん、敵に襲撃されれば、倒すために協力します。わたしが獲った物を、わたしの取り分としてもらえれば、他の要求はしません」
何か裏があるような気もするが、素人の悲しさ、これ以上追求の糸口が掴めない。
視界の端で、受付のヘイリーがこちらに注目しているのが、見えた。声を飛ばせるなら、耳を飛ばすこともできるだろう。
イゲルドも、ヘイリーの視線を意識しているように見える。ここに出入りできなくなれば、彼も困るだろう。
「分かった。宿はどうしている?」
「ご心配なく。自分の部屋に帰ります」
こうしてなし崩し的に、イゲルドもパーティに加わった。明朝待ち合わせを約して別れ、ケーオとワイラを冒険者登録に連れて行った。
朝、イゲルド引率でダンジョンに向かう。
周囲に三々五々、冒険者のグループが同じ方へ歩いていく。道は踏み固められ、草もほとんど生えていない。
危険なダンジョンというより、遊園地のアトラクションに出かける雰囲気だった。
「あそこです」
イゲルドが指差す方を見て、ずっこけそうになった。
看板と小屋、管理人らしき人がいる。近くへ寄ると、看板にはダンジョンの名称や由来、注意事項などが書いてあった。
「観光地かっ」
「なにそれ」
ワイラが聞き咎める。
「いや。何でもない」
何でも、この通称ゴブゴブダンジョンは、古代王国時代に作られた代物で、宝はあらかた取り尽くされ、空いた空間にゴブリンが大繁殖していることからそのように呼びならわされている、ということだ。
俺が看板を読んでいる間にも、他の冒険者たちが入っていく。ギルドに登録していないと、入場料を取られる仕組みのようだ。俺たちも行ってみた。イゲルドは常連らしく、管理人が笑顔になった。
「ああイゲルドさん。こっちに来るの、珍しいね。あと、ギルド四名、と。使い魔は冒険者登録していないと入れません」
グリエルが止められた。
「ペットです」
「ペットは不可です。不法投棄が多くて、色々問題が発生しているんですよ」
「捨てません」
「皆さん、そうおっしゃいます」
『先に入ってください。私はここで待つことにして』
『ほんと?』
「にゃ」
思いがけず、グリエルと離れられることになった。
解放感、と思いきや、残りのメンバーでダンジョンに入らねばならない状況を思い出し、不安が募る。
『フォローできるよう、何か考えます』
『頼む』
軽く屈辱を感じる。しかし、今はこうするしかない。俺はみんなに聞こえるように言った。
「じゃあ、グリエルはここで留守番していてくれ」
「毛玉逃げないのか」
「大丈夫! トリリンと猫ちゃんは話が通じるんだから」
「へえ。猫なのにすごいな」
この世界の猫も、前の世界と同じ性質のようである。それなら、グリエルが普通の猫と違うことに気づいても良さそうなものだ。
ダンジョンに入る前に振り返ると、早くもグリエルが遠ざかっていく姿が見えてしまった。
「まあ、猫だからしょうがないよな」
同じく振り返ったケーオに慰められた。いや、猫じゃないんだ。とは言えなかった。
革鎧を着て、腰に短めの剣を下げた、冒険者風のなりである。見た目三十歳ぐらい。
外国の観光地で寄ってくるガイドを思わせる。懇意の土産屋などに案内して、双方から金をもらう、あれだ。
「わたしはイゲルド。あなた方のような不慣れな人々を、案内する仕事をしております。ここで私を雇ってくだされば、ドラゴンダンジョンに入っても、無事に戻れますよ」
「うわ、ほんと?」
「もちろんですとも」
「じゃ」
「待て」
俺はシーニャを遮った。彼女は俺の顔を見て口をつぐんだ。ここに入る前の諍いを思い出したらしい。俺、そんなに怖かったか?
「イゲルドさん。ガイドの求職をなさるなら、ギルドを通してください」
ちょうど俺たち三人の真ん中で、声がした。思わずグリエルを見返る。ぶんぶんと首を横に振りながら、片手で後方を指した。
冒険者受付の女性が、首の辺りで何かを握ってこちらを見ていた。イゲルドの表情が崩れた。
「嫌だなあ、ヘイリーさん。ガイドじゃなくて、パーティを組もうというお誘いをしているんですよ。ね? こちら、二人だけでドラゴンダンジョン行こうなんて言っているから」
「確かに初心者向きではありません」
とヘイリー。声は、俺の前から聞こえる。これも魔法なのだろう。
「しかし、その方達には、他に仲間がおられます。それに、イゲルドさんがパーティーに加わっても、ドラゴンダンジョンに潜ることは、お勧めできません」
「だから、入り口だけ、ちょろっと見学して帰るだけなら、大丈夫でしょ」
「え、そうなの? いやだ詐欺みたい」
シーニャが反応した。イゲルドの顔がひきつる。俺はわざと慇懃な姿勢を取った。
「イゲルドさん。いずれにせよ、私たちだけでは決められないので、またの機会にお願いします」
「ああ。またな」
イゲルドはそそくさと出て行った。
「ヘイリーさん、ありがとうございました」
それから俺は、遠くにいる彼女に頭を下げた。
「いいのよ、仕事のうちだから」
彼女は手を振って、他の客の相手をし始めた。
「シーニャ。ダンジョンへ行きたいなら、一番簡単なところから入る。そうでなければ、私は君たちと別れて先に行く。どうする?」
「わかった。簡単な方にする」
俺はほっとした。一人旅の方が気楽ではあるものの、一応シーニャの親から世話を頼まれた体になっている。
ここで別れるのは、無責任というものだ。
「そうしたら、ケーオたちが来るまでの間、あれを見てみよう」
指したのは、入り口を挟んで地図と反対側にある壁で、掲示板に字がたくさん書いてあった。仕事の依頼らしかった。
黒板に、チョークで書いた感じに似ている。目立つのは用心棒で、一回払いと月払いに分かれている上、金額も様々だった。羊飼い募集というのもある。そして、ここでも作物の収穫という募集があった。
「ダンジョンで稼ぐのが難しかったら、こういうところで働いてもいいな。私にも出来そう、だ?」
振り向くと、シーニャがいない。そういえば彼女、字が読めなそうだった。退屈だったろう。
『あちらにいますよ』
グリエルが教えてくれた方を見る。
冒険者のグループが、毛の生えた動物の死体を並べていた。ギルドの担当らしき男性が、並べる端から死体を確認しつつ、手持ちの石板に何やら書きこんでいる。
『買取査定ですね』
『そうらしいな』
「おう、トリス。いいところで会ったな。今、強力な助っ人と知り合ってな」
ケーオとワイラが入ってきた。その後ろからついてきた男と目が合う。
「イゲルド」
「トリスも知っているんだ。イゲルド有名人なんだな」
「ふへへ」
イゲルドが照れ笑いする。全く悪びれる様子もない。
「先に言わせてもらう。ドラゴンダンジョンに行くというなら、私はここで君たちと別れる」
ケーオの目が泳ぐ。
「えっ。だ、大丈夫、一番近くの、何ていう名前だっけ、イゲルド?」
「ゴブゴブダンジョン」
「そうそう、ゴブゴブダンジョンにとりあえず行くから。なあ、ワイラ?」
「あ? うん。あたし何でもいい。お父さんいないって分かったから、この街に用ない」
「シーニャもそれでいいだろ?」
「うん。わたしもそのつもりだったから」
ドラゴンに瞬殺される道から逸れたことに、満足すべきなんだろう。俺はイゲルドに向き直った。
「見ての通り、素人集団で、手近なダンジョンに潜っても、きっと儲からない。金も、ここに泊まれるかどうかぐらいしか持ち合わせない。あなたにとってメリットは少ないと思う。どこで儲ける?」
イゲルドは真面目な顔になった。
「どんなに簡単なダンジョンでも、一人で行くのは無謀です。一緒に行ってくれさえすれば、わたしはわたしで適当に稼ぎます。もちろん、敵に襲撃されれば、倒すために協力します。わたしが獲った物を、わたしの取り分としてもらえれば、他の要求はしません」
何か裏があるような気もするが、素人の悲しさ、これ以上追求の糸口が掴めない。
視界の端で、受付のヘイリーがこちらに注目しているのが、見えた。声を飛ばせるなら、耳を飛ばすこともできるだろう。
イゲルドも、ヘイリーの視線を意識しているように見える。ここに出入りできなくなれば、彼も困るだろう。
「分かった。宿はどうしている?」
「ご心配なく。自分の部屋に帰ります」
こうしてなし崩し的に、イゲルドもパーティに加わった。明朝待ち合わせを約して別れ、ケーオとワイラを冒険者登録に連れて行った。
朝、イゲルド引率でダンジョンに向かう。
周囲に三々五々、冒険者のグループが同じ方へ歩いていく。道は踏み固められ、草もほとんど生えていない。
危険なダンジョンというより、遊園地のアトラクションに出かける雰囲気だった。
「あそこです」
イゲルドが指差す方を見て、ずっこけそうになった。
看板と小屋、管理人らしき人がいる。近くへ寄ると、看板にはダンジョンの名称や由来、注意事項などが書いてあった。
「観光地かっ」
「なにそれ」
ワイラが聞き咎める。
「いや。何でもない」
何でも、この通称ゴブゴブダンジョンは、古代王国時代に作られた代物で、宝はあらかた取り尽くされ、空いた空間にゴブリンが大繁殖していることからそのように呼びならわされている、ということだ。
俺が看板を読んでいる間にも、他の冒険者たちが入っていく。ギルドに登録していないと、入場料を取られる仕組みのようだ。俺たちも行ってみた。イゲルドは常連らしく、管理人が笑顔になった。
「ああイゲルドさん。こっちに来るの、珍しいね。あと、ギルド四名、と。使い魔は冒険者登録していないと入れません」
グリエルが止められた。
「ペットです」
「ペットは不可です。不法投棄が多くて、色々問題が発生しているんですよ」
「捨てません」
「皆さん、そうおっしゃいます」
『先に入ってください。私はここで待つことにして』
『ほんと?』
「にゃ」
思いがけず、グリエルと離れられることになった。
解放感、と思いきや、残りのメンバーでダンジョンに入らねばならない状況を思い出し、不安が募る。
『フォローできるよう、何か考えます』
『頼む』
軽く屈辱を感じる。しかし、今はこうするしかない。俺はみんなに聞こえるように言った。
「じゃあ、グリエルはここで留守番していてくれ」
「毛玉逃げないのか」
「大丈夫! トリリンと猫ちゃんは話が通じるんだから」
「へえ。猫なのにすごいな」
この世界の猫も、前の世界と同じ性質のようである。それなら、グリエルが普通の猫と違うことに気づいても良さそうなものだ。
ダンジョンに入る前に振り返ると、早くもグリエルが遠ざかっていく姿が見えてしまった。
「まあ、猫だからしょうがないよな」
同じく振り返ったケーオに慰められた。いや、猫じゃないんだ。とは言えなかった。
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