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20 闘技大会

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 予選はもう一回行われた。出場者をおよそ四分の一に減らし、本選に入った。

 トーナメント制である。その場でくじ引きをして決めた相手と戦う。残ったのは十四人。エイリークもそのうちの一人だ。

 本戦も、第一戦は一斉に行われた。どの組み合わせも見応えのある戦いで、ともすればエイリークから目を離してしまう。今回は魔法合戦の組がなく、それぞれ武器をたずさえての戦いだ。

 エイリークの相手は、小柄でほっそりとした美少女剣士である。やたらひらひらとした衣装に身を包み、びた剣も、身の丈に合った細身の物だ。遠目に見てもわかる美貌もあって、アイドルのコスプレみたいだった。
 あの荒くれ者集団から、どうやって勝ち残ってきたものか。

 「ねえ、あそこの黒っぽい髪の人のところ、面白そうね」

 「おう。あそこの女の子がどう戦うか、見ものだな」

 男女二人連れも注目する。エイリークたちの組を見てしまうのは、その組み合わせもさることながら、戦い方が妙に間延びして目立つせいだ。ひらひらした衣装も、ズレたテンポに輪をかける。
 俺でさえも、つい他へ目移りしてしまう。もっと、集中して観察したい。

 気を引き締めて見続けるうち、奇妙な点に気がついた。
 美少女剣士が攻撃を休む時、必ずエイリークに何か話しかけている。エイリークの方は、全く応じる様子がない。もしかして、魔法をかけている?

 魔法防御をかけておいて、本当に良かった。

 見た目は何の変化もないが、段々と美少女剣士が疲れて苛立った様子をあらわにし出したことで、俺の対抗策が効いていると確信した。

 純粋に体力勝負ならエイリークが有利だ。最後は剣ごとねじ伏せて、勝利を確定した。
 その頃には、観客の多くが美少女を応援する感じだったから、俺は殊更ことさらエイリークに声援を送った。

 前世を考えても、彼は、か弱く見せかけた女に、ほだされて負けるようなタイプでは、なかった。


 七人残った。ここでまたくじ引きをして、組み合わせを決め直した。
 不戦勝と喜んだ男が、ガックリしている。運も実力のうちとはいえ、厳しい戦いである。

 ここからは、ひと組ずつ対戦する。
 エイリークは不戦勝に当たらず、またもゴツめの相手と対することになった。彼自身も背が高く筋肉質だが、相対すると細身に見えてしまう。

 この対戦相手は、変わった武器を持っていた。長い棒の先に、刺々とげとげしい飾りのついた鎖が垂れ下がっている。

 「始め!」

 号令係を兼ねた司会が、合図した。
 鎖棒くさりぼうを持った男は、棒の先を振り回して、エイリークを近寄せない。位置を入れ替えながら、互いに円を描くように向かい合ったまま、なかなか組み合わない。

 「早くやれ!」

 「後が詰まっているぞ!」

 とうとう野次が飛び出した。睨みつけて牽制けんせいしたいが、数が多い。
 魔法を通さない防御壁は、観客席の声を通すのだろうか。彼らの声が届いたように、エイリークの歩運びが乱れた。
 男は、その瞬間を見逃さなかった。

 「でえやああっ!」

 雄叫びを上げ、ブンブン回転する鎖棒を、エイリークへ突き出した。防ごうとした剣が鎖に絡め取られる。
 観客から、あっと声が上がった。

 エイリークは剣を取られたまま、棒の下へ潜り込み、強烈な足払いで男を地面へ倒し、その上に乗って取り押さえた。

 「終了!」

 すかさず号令がかかる。

 「わあああっ」

 「すげえ」

 歓声が上がった。係員たちが出てきて二人を引き離し、それぞれに武器を返す。しかしそこで、少し偉そうな係員が端からやってきて、元いた係員たちを集めて相談し始めた。距離おいて見守る出場者の二人。

 「えっ、何揉めてんだよ?」

 「揉める要素あったか?」

 観客たちがざわめく。間もなく係員の一人が猛ダッシュで端へ去り、残りの係員はエイリークと男を呼び寄せて、何やら説明を始めた。
 うんうんと頷くエイリーク。ごつい男も、抗議する様子はない。

 「えー。只今の対戦結果を発表します」

 司会が口を開いた。観客席が、静かになった。

 「えー。先にご説明しました通り、武器を落としたら負けとなります。したがって、先に武器を失って落としたエイリークが負け、勝者はアルビンとなります」

 「やったー」

 「何それ~」

 観客席は、賛否両論の声で騒々しく満たされた。そういえば、賭けも行われているのだった。
 勝ったアルビンは、両手を突き上げ、観客席へ自らの勝利を示す。

 エイリークは貴賓席に一礼して、さっさと退場した。
 俺も席を立った。


 会場では、試合が続いている。外にも喧騒けんそうが漏れ出ていた。入りきれなかった人が、音を聞いて雰囲気を味わっている。
 賭けは会場外でもできる。勝った、負けた、と騒ぐ人もいた。

 出場者の出入り口で待っていると、エイリークの姿が見えた。俺は、飛びついてキスした。遠慮がちに腕を回し、キスを返してくれるエイリークの唇に、少しずつ熱が戻ってきた。

 「終わりました」

 ひとしきりキスを交わした後、エイリークが俺を見て微笑む。土埃つちぼこりで汚れた他は、ほぼ無傷だ。

 「上位に入っちゃうかと思って、ヒヤヒヤしたわ」

 上位陣に食い込めば、貴族に目をつけられる、とファツィオが警告していた。

 「わざと負けたのではありませんよ。剣技は元々苦手なんです」

 「そうは見えなかったよ」

 「本当です。前世では、武器を持って戦う機会が、あまりありませんでしたからね」

 確かに、前世で刀を持ち歩けば、職務質問を受ける。

 「ところで、食事、うちへ来て食べる? その方がゆっくりできるよ」

 あわよくばそのまま同棲に持ち込みたい、という下心があった。エイリークは首を振る。

 「いえ。近くで食事をしたら、また部屋を借ります。大会が終われば、襲撃もないでしょう」

 そうだろうか。俺には確信できなかったが、下心ゆえに反論もできなかった。
 久々に一人で過ごす家は、やたら広く感じられた。特にベッド。
 魔法で綺麗に洗ってしまったせいで、残りもない。洗わなきゃ良かった。

 「エイリーク。寂しいよ」

 ベッドに寝転がり、目を閉じると、エイリークの顔が思い出される。俺の上で腰を振るエイリークの真剣な顔。

 くちゅっ。

 無意識に、あそこをいじっていた。自分の指なのに、エイリークを想っただけで、もうこんなに濡れている。

 「好き。エイリークが好き」

 目を閉じたまま、クリトリスと膣を同時に触る。

 ぐちょ。ぐちょっ。

 愛液が漏れ出る。エイリークのじゃないのに、感じちゃっている。

 「だめっ」

 指が言うことを聞かない。弄り回すうちに、いいところを突いてしまった。

 「あんっ。エイリークっ」

 脳内では、エイリークとの情事が再現される。そのまま、俺は疲れ果てるまでイキ続けた。


 翌々日。俺は、騎士団の詰め所へ呼び出された。

 朝、馬車が迎えに来たのだ。
 途中で停まると、エイリークが乗り込んできて、二度驚いた。

 一人エッチのおかずにした記憶が生々しく蘇り、気恥ずかしさに顔が熱くなる。それでも、会えた嬉しさが勝った。

 「口を閉じていろ」

 話しかけようとすると、同乗の騎士に止められた。
 エイリークにも、心当たりはなさそうだ。相手は騎士団である。問答無用で即日処刑は、ない、と信じたい。
 それに騎士団には、ファツィオもいる。

 到着すると、俺とエイリークは引き離された。シンプルな机を挟んで、椅子が向かい合う小部屋に通される。部屋の隅には小机と椅子に、筆記具を用意した人が座る。
 取調室だ。足が勝手に止まる。

 「奥の椅子に座って待て」

 付き添ってきた騎士が、扉を閉めて立ち去った。隅にいる人を見る。露骨ろこつに目を逸らされた。騎士でなく、事務官かもしれない。
 俺は、言われた通りの椅子に腰掛けた。

 「こんにちは」

 扉が開いて入ってきたのは、女性だった。騎士団の制服を着ている。彼女は机の向こう側にある椅子へ腰を下ろした。

 「早速だけど、何で呼ばれたかわかる?」

 名前、居住地、職業、年齢と人定質問をされた後、ざっくばらんに尋ねられた。容疑者として呼ばれたのではなさそうである。それでも心当たりはない。

 「わかりません」

 引き離されたエイリークが気になる。ファツィオは不在なのか。

 「ええっとね。六日前だったかな。南西チルバカ通りの乱闘に関わっていると思うんだけど」

 俺は女騎士を見た。フレンドリーな笑顔である。通りの名前は知らないが、六日前の乱闘というか、襲撃には覚えがある。

 「場所はよくわからないのですが、広場からあまり離れていない裏通りで、集団に襲われたことはあります」

 「相手の人数と、人相風体は覚えている?」

 「ええと、五人、いや、後ろからもう一人だから六人かな」

 俺は求められるままに、その時の状況を説明した。女騎士は、明るく頷きながら自分でもメモを取っている。部屋の隅から、カリカリカリ、と凄い勢いでペンを走らせる音が聞こえる。

 「ふんふん。なるほど。ちなみに以前その人たちと会ったことは?」

 「ありません。襲われる覚えもありません」

 「そうよね。証言とも矛盾しない。あ、調書出来た?」

 「はい」

 「ありがと。ふんふん、これでよし、と。ユリアさん、ここに署名してくれる? 字を書けなかったら、○でもいいわ」

 俺はきっちり署名した。女騎士は署名入り調書を掴んで立ち上がり、背後の扉を開け放った。

 「じゃ、帰っていいわ。ご苦労様」

 俺は席を立ったが、動かなかった。

 「状況を教えていただけますか?」

 「ん?」

 「何故、被害者の私が理由も告げられずに呼び出され、取調室で聴取を受けなければならなかったのか。事情を知らなければ、不安で帰宅できません」

 女騎士は、困った様子を見せた。

 「んー。実を言うと、私も臨時で調べに入ったから、細かいことはわからないのよね。闘技大会に警備に入った団員が、昨日今日に分けて休暇を取るから人手が足りなくて」

 あんたらの事情は関係ない、と言いたいのを我慢する。相手は騎士団でこちとら平民である。意趣返しで後日、乱闘罪をでっち上げられないとも限らない。

 「あ、そうだ。隊長も調べに入っているから、説明をお願いしてみようか。一緒にいた人、お友達でしょ?」

 「隊長って、ファ‥‥ベタウン領主の?」

 「そう。カールソン隊長。有名だよね。家柄良し、財産持ち、見た目も良くて実力あるのに、色恋沙汰が全然ないのが、また人気みたい」

 女騎士は、他人事のようにファツィオを評した。彼女自身は恋慕の情と無縁で、目の前にセフレがいることにも気付きそうにない。
 ファツィオも貴族らしく、上手に猫を被っているのだ。

 「では、ご案内を、お願いします」

 俺は、エイリークとファツィオが取調室のような密閉された狭い空間で一緒にいることが気になった。俺と同様、書記役がいるから完全に二人きりではない筈だが。

 「ついてきて。あ、あなたは次の仕事へ行っていいよ。ご苦労さん」

 女騎士は、書記を解放した。彼は、あたふたと去った。人手が足りないのは、本当のようだ。

 ええと、どこを使っているのかな、と呑気な独り言を呟きつつ、女騎士が廊下を進む。一番奥に、使用中の札が下がる扉があった。周囲に配置された小部屋は、全て空室のようだ。

 俺は、嫌な予感がした。
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