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14 思い出を反芻してみる

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 気が付くと、ベッドへ寝かされていた。しかし、天井にも壁紙にも見覚えがない。
 起き上がると目眩めまいがした。足元の覚束おぼつかなさを、無理に耐えて窓へ近付く。
 外は、手入れの行き届いた庭園だった。背後で扉が開いた。

 「あら、やっとお目覚めね」

 入ってきたのは、カシルダだった。ちゃんと侍女の服を着ている。反射的に体が固まる。
 彼女は、呆れたように笑った。

 「何もしないわよ。あんたの世話をしたら、解雇撤回ってことになったから」

 「どのくらい経った?」

 「七日目かな。病み上がりなんだから、座りなさいよ」

 俺は、ベッドへ腰掛けた。
 彼女の様子からすると、ここはベタウン子爵居城の敷地内のようだ。
 カシルダは、盆をベッドサイドテーブルに置き、水差しからグラスへ水を注いで、差し出した。

 「飲んで」

 喉を鳴らして飲んだ。体の隅々まで染み込む。

 「エイリークは?」

 カシルダは、迷うような表情を見せた。

 俺は、嫌な予感がした。すぐにでも部屋を出てエイリークの元へ行きたかったが、闇雲やみくもに飛び出したところで、見つかる気がしない。
 一週間も寝たきりであったという。どうりで、体も上手く動かせない。

 「これまで何があったか、説明してもらえる?」

 「信用してくれるのね。ふふっ」

 ソファスツールを勝手に側へ持ってきて、その上に腰掛ける。何気に楽しそうだ。

 「言っておくけど、あの時わたし、あんたに縛られて、廊下に転がされていたからね」

 そうだった。身につけているのはメイドキャップとガーターだけという、扇情せんじょう的な格好で。
 何の魔法を使ったか記憶にないが、とにかく俺のせいで続き部屋から主寝室、廊下まで爆発で吹き飛んだらしい。

 「爆風で飛ばされたことにしてもらえたわ。あれ、あんたがやったんでしょ?」

 「覚えていない」

 「あらそう。そういうことにしておく。表向き、ファツィオ様が薬の実験に失敗なさったことになっているし、公的には、原因不明の事故ってことで、片付けたからね。もう復旧工事も大分進んだわ。痕跡もなく元通りになるのも、間もなくね」

 「エイリークは」

 「大した怪我はしていない、と思う。ファツィオ様が、防御魔法をおかけになったのね。あの方、有能な騎士ですもの」

 無傷ではなかった、ということだ。一応無事であった安堵と、傷つけた後悔とが、内混ないまぜになる。

 カシルダの話では、エイリークは軟禁状態にあるらしい。表向きは療養、ということになっている。

 「とにかくファツィオ様は、討伐の報告に、王都へ騎士団をお連れする任務が、ありましたからね。騎士団へ戻れば溜まった仕事もおありでしょうし、令嬢たちが手ぐすね引いてお待ちかねですし、簡単にはこちらへお帰りになれない」

 不在の間に逃げられないよう、俺を人質にして引き留めたのだ。治癒魔法を俺に使わなかったのも、時間稼ぎだ。

 「じゃあ、今のうちに」

 「昨夜戻られたの。すごく、お疲れだったけど」

 俺の顔色を見て、カシルダが口を閉じた。

 「で?」

 「人払いして、ほぼ離れにこもりきり」

 「会えるかしら」

 「誰に?」

 「エイリーク。ファツィオ、様と一緒でも、いい」

 「一緒なら会えるかもしれないわね。どのみち、あんたが目覚めたって報告しないといけないもの。ところで、わたしとキスする元気ある?」

 「何で?」

 「んー、お礼?」

 誰の誰に対する謝礼か。ここで断ると、悪い報告を上げられるかもしれない。俺は承知した。
 意外にも、カシルダとのキスは、軽く済んだ。

 「あんたが女でホント、残念だわ。いや、よかったのかな」

 再び水を飲ませながら、彼女は言った。

 「過去にとらわれるのは不幸の始まりね。思い出は思い出のままの方が、美しいこともあるのよ」

 ふっと記憶が揺らぐ。何か思い出せそうなひらめき。

 「何を言っているの?」

 「わたし、王都へ働きに行こうかな。騎士団の騎士様も、ファツィオ様には敵わないけど、結構いい男が揃っていたもの」

 彼女は盆だけ持って、出て行ってしまった。閃きは消えた。


 俺は数日かけて、体調を元に戻した。一見何でもない風でも、食べ物が喉を通らず、体が座りたがる。不調を認めざるを得ない。

 その間、エイリークもファツィオも顔を見せなかった。カシルダによれば、ずっと、離れで一緒に過ごしているらしい。
 転生したばかりの俺たちみたいに。

 つまり、それは‥‥ヤリまくっているということ。

 尤も、彼女は彼らから遠ざけられていて、自分の目で見た訳ではない。俺がせがむから、同僚から聞きかじった噂を教えるだけである。

 転生以来、時間を持て余すほど一人でいるのは、初めてだった。


 エイリークと二人きりで、小屋に籠っていた頃は、楽しかった。
 朝から晩まで、ううん、明け方までヤリまくっていた。

 裸エプロンなんていうシチュエーションも、あったな。

 「何故、服を着ないでエプロンだけ身につけているのですか。危ないでしょう」

 ‥‥エイリークの反応は、悪かったな。あれは、本当に料理をする時だったのが、いけなかったのだ。どっちかというと、俺の方が興奮していた。
 片付けも全部済んで、濡れたエプロン姿で迫った時には、布の下も濡れ濡れだったものな。

 「こんなに濡らして。足を滑らせたら、怪我をします。次からは、下着をつけてください」

 と軽くお説教しながら、膣を出入りする指が止まらなくなっているエイリークは、可愛かった。息子は既に硬くなっている。
 エプロンで押さえた胸の間にそれを挟み、シコシコしながら舌で刺激してやると、汁が出るわ、出るわ。

 「ユリア、出ます」

 「いいよ。思い切り、出して」

 と言って、咥え込んだ口の中に、たんまり放出してくれた。それは全部飲み込んで、またすぐに勃たせて、ぬるぬるの膣へ挿れてもらったなあ。気持ちよかった。


 エイリークとのプレイを何度も思い返したり、ファツィオに抱かれた記憶や、エイリークが彼に抱かれて浮かべた恍惚の表情、今頃二人が何をしているのか想像して嫉妬したり、と体が動かない分、頭は余計なことまで思い描いた。

 「別れよう」

 正確には違う言い回しだった気もするが、俺にとっては同じ意味だ。
 どうしても、最後にそこへ戻ってしまう。その言葉を浮かべないために、いて何かを考えている。

 「あっ」

 考え事をしたままグラスに手を伸ばして、掴み損ねた。端から落ちるグラス、が、ノロノロと元の位置へ、戻った。

 「戻った」

 魔力が、完全復活したのを感じた。ステータスを確認する。数値は万全だった。
 今まで、それができることすら、忘れていた。チート能力をいくら抱えていても、使う側の能力が低ければ使いこなせない。
 そして、使わなければ、まさに宝の持ち腐れだ。

 俺は、この能力全てを、エイリークとイチャイチャするために獲得したのだ。たとえエイリークが恋人付き合いを止める気でいても、俺は諦めない。

 世間じゃこれをストーカーと呼ぶだろうか。ん? 何か思い出しそうな感覚。

 俺は頭を一振りして、目下の問題に取り組んだ。
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