2 / 2
2
しおりを挟む
女がいた。俺が殺した奴だ。首が完全に横倒しになって、切れ目が見える。腹もぱっくり開いて、血にまみれている。
今、ニュースを見たばかりなのに、俺は完全に女の存在を忘れていた。殺した記憶ごと、きれいさっぱり忘れていたのだ。
それで不意打ちを食らい、俺は無垢の人みたいに突っ立っていた。女は前へ出た。血まみれである。服が汚れるのを嫌ってつい横に避けたら、女は当然の雰囲気で部屋へ押し入った。
この女を部屋に入れるのは初めてである。俺から電話番号も、住所も教えた覚えはない。生前も、もちろん死後も。俺は押し入られるまま、部屋の奥まで後じさりした。
「何で、あたしを殺したのよ」
首が皮一枚しかつながっていないのに、女は生前よりもクリアな発音で喋った。息漏れもしていない。そもそも、死んだ女がここに立っているのが異常である。
「あたしが何したのよ」
死んだ筈の女は、更に言い募った。俺は黙っていた。女を殺したことに後悔はないと思っていたが、良心が見せる幻かもしれないと思った。そこで、横蹴りを入れてみた。
きれいに入った。肉に当たる感触もあった。女もよろけた。首が、今にも落ちそうにぐらぐら揺れた。でも、落ちなかった。皮は意外と丈夫らしい。女も、頭を支えながら倒れずに立ち直った。
「ちょっと! 何すんのよ」
女の怒った声に、俺もぶちっと来た。
「何だと、クソ女。こっちが下手に出れば、いい気になりやがって。大体、お前が悪いんだろうが」
殴り合いでも、口でも、喧嘩には慣れている。気に入った女以外であれば、口でも女には負けない。まして、今度の場合は、殺しの是非はおいといて、徹頭徹尾女が悪いのだ。
俺は、女の身体的性格的欠点をあげつらい、非常識を並べ立て、立て板に水の勢いで罵倒しまくった。女は反論を差し挟む余地も見いだせず、間抜け面を晒していた。そして、真横になった首で嗚咽し始めた。しかし涙は出ない。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あたしが悪かったんです。ごめんなさい」
遂に、謝り出した。俺は少々口が疲れたこともあって、罵りを小休止した。女は罵声が止んだのに力を得たか、謝り続けた。
「本当にごめんなさい。でも、あたし、本当にあなたに悪いことをしているなんて、思ってもみなかったんですもの。でも、もし、あなたに迷惑をかけたとしたら、ごめんなさいね。あたし、あなたがてっきり喜んでくれるものとばかり思ってしまって。ごめんなさい」
うっかり女の言葉に耳を傾けたせいで、またぞろ胸がむかついてきた。
「お前の言い訳なんか、聞きたくない。結局、お前は俺に謝らせたいだけだ。お前は全然謝ってなんかいない。今だって悪いと思っちゃいない。だから、くどくど言い訳を並べ立てているんだ。そんな姿になってまで、お前が如何に正しかったか、必死に証明しようとしている。バカは死んでも治らないって言うのは、本当だな。お前みたいなのをバカって言うんだ」
「そうです。あたしがバカでした。だからこうして謝っているじゃない。だから、もういい加減許してくれたっていいでしょ」
女は俺の話を全く理解するつもりがない返事をした。俺は、女を殴りたくなった。そこへ、チャイムが鳴った。女が素直に脇へ避けたので、通りすがりに蹴りを入れた上で俺は玄関に出た。
「こんばんは」
訪問者は、刑事だった。
今、ニュースを見たばかりなのに、俺は完全に女の存在を忘れていた。殺した記憶ごと、きれいさっぱり忘れていたのだ。
それで不意打ちを食らい、俺は無垢の人みたいに突っ立っていた。女は前へ出た。血まみれである。服が汚れるのを嫌ってつい横に避けたら、女は当然の雰囲気で部屋へ押し入った。
この女を部屋に入れるのは初めてである。俺から電話番号も、住所も教えた覚えはない。生前も、もちろん死後も。俺は押し入られるまま、部屋の奥まで後じさりした。
「何で、あたしを殺したのよ」
首が皮一枚しかつながっていないのに、女は生前よりもクリアな発音で喋った。息漏れもしていない。そもそも、死んだ女がここに立っているのが異常である。
「あたしが何したのよ」
死んだ筈の女は、更に言い募った。俺は黙っていた。女を殺したことに後悔はないと思っていたが、良心が見せる幻かもしれないと思った。そこで、横蹴りを入れてみた。
きれいに入った。肉に当たる感触もあった。女もよろけた。首が、今にも落ちそうにぐらぐら揺れた。でも、落ちなかった。皮は意外と丈夫らしい。女も、頭を支えながら倒れずに立ち直った。
「ちょっと! 何すんのよ」
女の怒った声に、俺もぶちっと来た。
「何だと、クソ女。こっちが下手に出れば、いい気になりやがって。大体、お前が悪いんだろうが」
殴り合いでも、口でも、喧嘩には慣れている。気に入った女以外であれば、口でも女には負けない。まして、今度の場合は、殺しの是非はおいといて、徹頭徹尾女が悪いのだ。
俺は、女の身体的性格的欠点をあげつらい、非常識を並べ立て、立て板に水の勢いで罵倒しまくった。女は反論を差し挟む余地も見いだせず、間抜け面を晒していた。そして、真横になった首で嗚咽し始めた。しかし涙は出ない。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あたしが悪かったんです。ごめんなさい」
遂に、謝り出した。俺は少々口が疲れたこともあって、罵りを小休止した。女は罵声が止んだのに力を得たか、謝り続けた。
「本当にごめんなさい。でも、あたし、本当にあなたに悪いことをしているなんて、思ってもみなかったんですもの。でも、もし、あなたに迷惑をかけたとしたら、ごめんなさいね。あたし、あなたがてっきり喜んでくれるものとばかり思ってしまって。ごめんなさい」
うっかり女の言葉に耳を傾けたせいで、またぞろ胸がむかついてきた。
「お前の言い訳なんか、聞きたくない。結局、お前は俺に謝らせたいだけだ。お前は全然謝ってなんかいない。今だって悪いと思っちゃいない。だから、くどくど言い訳を並べ立てているんだ。そんな姿になってまで、お前が如何に正しかったか、必死に証明しようとしている。バカは死んでも治らないって言うのは、本当だな。お前みたいなのをバカって言うんだ」
「そうです。あたしがバカでした。だからこうして謝っているじゃない。だから、もういい加減許してくれたっていいでしょ」
女は俺の話を全く理解するつもりがない返事をした。俺は、女を殴りたくなった。そこへ、チャイムが鳴った。女が素直に脇へ避けたので、通りすがりに蹴りを入れた上で俺は玄関に出た。
「こんばんは」
訪問者は、刑事だった。
0
お気に入りに追加
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
ベル・エポック
しんたろう
SF
この作品は自然界でこれからの自分のいい進歩の理想を考えてみました。
これからこの理想、目指してほしいですね。これから個人的通してほしい法案とかもです。
21世紀でこれからにも負けていないよさのある時代を考えてみました。
負けたほうの仕事しかない人とか奥さんもいない人の人生の人もいるから、
そうゆう人でも幸せになれる社会を考えました。
力学や科学の進歩でもない、
人間的に素晴らしい文化の、障害者とかもいない、
僕の考える、人間の要項を満たしたこれからの時代をテーマに、
負の事がない、僕の考えた21世紀やこれからの個人的に目指したい素晴らしい時代の現実でできると思う想像の理想の日常です。
約束のグリーンランドは競争も格差もない人間の向いている世界の理想。
21世紀民主ルネサンス作品とか(笑)
もうありませんがおためし投稿版のサイトで小泉総理か福田総理の頃のだいぶん前に書いた作品ですが、修正でリメイク版です。保存もかねて載せました。

旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。


星あつめ
二ノ宮明季
SF
第128回フリーワンライで書いた作品です。
使用お題は、『ドキドキ、ワクワク!君の隣で』『遠い夢のように』、『届かないから欲してる』。
小説家になろうとピクシブにも同じ作品を掲載しています。
夜空に瞬く星に向かって
松由 実行
SF
地球人が星間航行を手に入れて数百年。地球は否も応も無く、汎銀河戦争に巻き込まれていた。しかしそれは地球政府とその軍隊の話だ。銀河を股にかけて活躍する民間の船乗り達にはそんなことは関係ない。金を払ってくれるなら、非同盟国にだって荷物を運ぶ。しかし時にはヤバイ仕事が転がり込むこともある。
船を失くした地球人パイロット、マサシに怪しげな依頼が舞い込む。「私たちの星を救って欲しい。」
従軍経験も無ければ、ウデに覚えも無い、誰かから頼られるような英雄的行動をした覚えも無い。そもそも今、自分の船さえ無い。あまりに胡散臭い話だったが、報酬額に釣られてついついその話に乗ってしまった・・・
第一章 危険に見合った報酬
第二章 インターミッション ~ Dancing with Moonlight
第三章 キュメルニア・ローレライ (Cjumelneer Loreley)
第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues)
第五章 インターミッション ~ミスラのだいぼうけん
第六章 泥沼のプリンセス
※本作品は「小説家になろう」にも投稿しております。

Blood harena(ブラッドアリーナ)
painy rain
SF
1000年前、美しい惑星マリアスは、他の惑星から移住してきた人類により開拓された惑星だった。
マリアスには西の国、東の国という二つの国があり、友好的な関係を結んでいたが、ある日、血のような赤い砂が世界各地に出現し、人々を襲った。血のように赤い砂は、すべての生物から水分を奪い、最後は全ての生物を砂へと変えていった。
阿鼻叫喚の中、主人公スパンとその仲間は砂から逃れるために旅にでた。そして創世の船へとたどり着いたのである。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる