王女の花嫁修行は夜に行われる

プロローグ

　……女っていうのは、セックスさえしていれば幸せだって言いたいのかしら。
　グゥェンドラは倫理・道徳の講師に教わりながら、頭の中で考えていた。講師は30代の独身女性で、1回も男性に誘惑されたことがなさそうな顔をしていた。しかし、家柄が高いので、グゥェンドラの家庭教師陣の1人に選ばれたのである。

　グゥェンドラは王女である。まだ成人するまで2年ある。その間に、花嫁修行を済ませるべく、毎日勉強しているのであった。

　倫理・道徳の時間が終わると、昼食である。王女なんて、毎日フルコースを食べているかのように、庶民には思われているが、毎日ごちそうを食べていたら国家財政も健康も破綻してしまう。来客がない時には質素な食事で済ませている。

　午後は外国語と乗馬の授業があった。夕食後は、来客がなければ歴史の講義と決まっていた。全ての日課が終わって、ベッドへ入る頃には、グゥェンドラはくたくただった。
　よって、その日もグゥェンドラはぐっすり眠っていた。



　夢を見ていた。

　グゥェンドラは馬に乗って大地を疾走していた。追うことも追われることもなく、ひたすら走っていた。

　そのうちに河に出た。確かに河なのだが、対岸が見えない。馬は全くスピードを緩めずに走っていく。

　河に馬の脚がかかると、馬は竜に変身した。この竜には羽がなく、空を飛べない代りに泳げるのであった。
　グゥェンドラは竜の背に掴まりながら、対岸の方を見定めようと目を凝らしていた。竜の鱗は硬い。鱗がグゥェンドラの皮膚をちりちりと刺す。その代わり、鱗は水を跳ね返してぴちゃぴちゃ音を立てていた。

「硬いな」

　自分のものではない声がして、グゥェンドラは目を覚ました。
  枕元に隠してある短剣を取ろうとして、失敗した。短剣は刃先を己に向けて、グゥェンドラの喉元に突きつけられていた。更に脚の付け根に、何か硬い物が押しつけられていた。それは温かくて奇妙な感じがした。

　「グゥェンドラ。俺はお前を支配する。お前は俺に従え」
　「王家の者として、何処の者とも知れぬ者に支配される訳にはまいりません」

　グゥェンドラは、舌を噛み切ろうとした。が、素早く口の中に布切れが押し込まれて果たせなかった。

　「まあ、死に急ぐな、グゥェンドラよ。俺はお前が花嫁となったときに、恥をかかぬように、と思って夜の闇から這い出してきたのだ。もし気になるなら、神に誓ってもよいぞ。万事、お前の損にはならないようにする、とな」

　グゥェンドラは、仰向けにされた。漆黒の瞳と髪を持った裸の男が短剣を喉元に突きつけていた。自分も裸であることに、初めて気付かされた。

　「だから、お前も俺の支配に服する、と神に誓え。そうだな。今から1年間でいい」

　グゥェンドラは闇に慣れた目で、男を眺めた。恐怖は感じなかった。先刻からこんなに話しているのに、小間使いも護衛も騒ぎ立ててないのが不思議だった。神の名を口にしているから、少なくとも悪魔ではないらしい。グゥェンドラは覚悟を決めて、神に誓った。

　男は誓いを聞くと、にっこりした。美しく整った顔立ちであった。

　「では、また来る。このことは、俺とお前の間の秘密だぞ」

　股間の温かいものが消えた。手がグゥェンドラの顔を撫でた。グゥェンドラの意識は遠くなり、次に目を開けた時には男のいた気配はなかった。