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二度目の人生
15 二人きりの思い出
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戸惑う見習いの少年をせき立て、急いで馬の用意をさせた。
「その格好で、乗れます? 横坐りでは、飛ばせませんよ」
「どうにかします」
私の着るドレスは、普段着である。針金なども入っておらず、前方をたくし上げれば、跨る事は出来るだろう。
私が馬に乗せてもらうのを待っていると、見習いはため息をついて、小屋から作業着のような服を持ってきた。
「若奥様。ドレスを着たままで良いので、下にこれを履いてください。足が見えるのを気にせず走れます」
「ありがとう」
見習いの肩を借りてズボンを履き、彼に手伝ってもらって馬に跨った。忠告通り、ドレスは腿までずり上がった。
彼は、通用口まで送ってくれた。馬に乗ったまま扉を開け閉めできないので、これは助かった。
「お気をつけて。ロレンスさんには、僕から伝えておきます」
「ありがとうね」
馬に鞭をくれ、走らせる。
乗馬は、久々である。生家ではよく乗っていたし、幼い頃はパスチャー伯爵家でも乗せてもらった。
侍女、そして婚約者となってからは、馬車一辺倒であった。
初めはしがみつくようにしていたが、段々感覚を思い出した。馬は賢く、私の慣れに合わせてスピードを上げた。
良い馬を選んでくれた。少年は、そろそろ見習いを卒業しても良さそうだ。
私は馬を走らせる。
脳裏に浮かぶ顔は、ウィリアムだ。
二度目の彼が実はジェイムズと知れば、言動の変化にいちいち納得がいった。
入れ替わったのは恐らく、都で襲われて瀕死になった辺りだろう。それまでは、一度目と同じように遊び呆けていたのだ。
ジェイムズならば、メリンダやその仲間を容赦なく糾弾してもおかしくない。
入れ替わっても、ウィリアムの過去の記憶が残っていたのだろうか。ジェイムズに入ったウィリアムも、入れ替わり前の記憶を保っているようだった。
この辺りは、当人に聞かなければ、わからない。
彼なら、領地経営の補佐をすんなり出来るのも、当然だった。入れ替わる前から、ジェイムズとして関わっていたのだから。
私に対する態度は‥‥初夜を思い出して、一人赤面した。
彼は、私を愛している、と言ってくれたのだった。
一度目は、急いでいて、お座なりに返事をしてしまった。二度目は、ウィリアムの外見ばかりに気を取られて、返事ができなかった。
今度は、ちゃんと目を見て返したい。
間に合うだろうか。
街で、メリンダと会っていた理由はわからない。だが、ジェイムズならば、何か訳があるのだろう、と信じられた。
まして、彼が伯爵夫妻を殺すために馬車へ同乗したとは、全く思わなかった。
間に合って欲しい。
私は、馬に鞭打った。
森の中から、大勢の人の気配がした。
私は歩調を緩め、静かに馬を動かした。
騎士が見えた。
「お嬢さん、ちょっと今事故があって、通行止めなんですよっ?」
彼は、たくし上げられたドレスに目を止めて、ギョッとした。すぐに、下に履いている事に気付いたが、礼儀正しく目を逸らした。
「どなたか怪我を?」
私は恐々尋ねた。木々の向こうに、人だかりがしている。
先ほど見送った馬車も、何となく見えた。一度目と異なり、倒れてはいないようだった。
ひとまず、間に合ったようだった。何故森の中に騎士がいるのか、という疑問はさておき。
「ええ。貴族の若い方が、あっ、ちょっと!」
「バウンティランドの者です、通して下さい!」
私は蹴散らす勢いで、馬を奥へ進めた。人が次々と傍へ避ける。馬車の前に、一人横たわる男がいた。
ウィリアムだった。
私は馬から飛び降りて、彼に駆け寄った。
「ウィリアム様!」
閉じていた目が開いた。青い瞳が、私を捉えて見開かれた。
「エレイン。また、巻き戻ったのか?」
「ウィリアム様、死なないでください」
「エレイン、落ち着いて。念の為、安静にしていただけだから」
振り向くと、すぐそばに伯爵夫妻が立っていた。二人とも、怪我はなさそうだった。
「ご無事で良かったです」
私は力が抜けた。視界の隅に、ハリネズミのような物が見えた。あまり見ない方が良いような気がした。
「賊に引き摺り出されそうになった時、ウィリアムが一撃を防いでくれたのだが、仲間に倒されてしまってなあ。そのお陰で、偶然通りかかった騎士団の皆さんが、我々の前に立ち塞がる大男に狙いを付けられた、と言う訳だ」
バウンティランド伯爵が、説明してくれた。
「ほぼ即死だった。元凶まで繋ぐ筈だったのが、当てが外れたよ。父親の方は多少息があったから、何とかする」
そう言うウィリアムの声は、ゾッとするほど冷たかった。
暫くぶりに一度目のウィリアムを思い出し、覚えず体が震えた。
「それにしてもエレイン。馬に乗ったところを見たけれど、緊急時とはいえ、随分な格好だったわよ」
空気を察したように、伯爵夫人が話を変えた。ウィリアムの口元が緩んだ。
「一人で馬に乗ってきたのか。まるで、リトマールみたいだ」
余り有名でない作者の詩に出てくる、女騎士の名だ。ジェイムズとの思い出にしかない話題だった。
「ああ。私は貴方を愛しています」
私はウィリアムの体に手を触れて、告白した。
「その格好で、乗れます? 横坐りでは、飛ばせませんよ」
「どうにかします」
私の着るドレスは、普段着である。針金なども入っておらず、前方をたくし上げれば、跨る事は出来るだろう。
私が馬に乗せてもらうのを待っていると、見習いはため息をついて、小屋から作業着のような服を持ってきた。
「若奥様。ドレスを着たままで良いので、下にこれを履いてください。足が見えるのを気にせず走れます」
「ありがとう」
見習いの肩を借りてズボンを履き、彼に手伝ってもらって馬に跨った。忠告通り、ドレスは腿までずり上がった。
彼は、通用口まで送ってくれた。馬に乗ったまま扉を開け閉めできないので、これは助かった。
「お気をつけて。ロレンスさんには、僕から伝えておきます」
「ありがとうね」
馬に鞭をくれ、走らせる。
乗馬は、久々である。生家ではよく乗っていたし、幼い頃はパスチャー伯爵家でも乗せてもらった。
侍女、そして婚約者となってからは、馬車一辺倒であった。
初めはしがみつくようにしていたが、段々感覚を思い出した。馬は賢く、私の慣れに合わせてスピードを上げた。
良い馬を選んでくれた。少年は、そろそろ見習いを卒業しても良さそうだ。
私は馬を走らせる。
脳裏に浮かぶ顔は、ウィリアムだ。
二度目の彼が実はジェイムズと知れば、言動の変化にいちいち納得がいった。
入れ替わったのは恐らく、都で襲われて瀕死になった辺りだろう。それまでは、一度目と同じように遊び呆けていたのだ。
ジェイムズならば、メリンダやその仲間を容赦なく糾弾してもおかしくない。
入れ替わっても、ウィリアムの過去の記憶が残っていたのだろうか。ジェイムズに入ったウィリアムも、入れ替わり前の記憶を保っているようだった。
この辺りは、当人に聞かなければ、わからない。
彼なら、領地経営の補佐をすんなり出来るのも、当然だった。入れ替わる前から、ジェイムズとして関わっていたのだから。
私に対する態度は‥‥初夜を思い出して、一人赤面した。
彼は、私を愛している、と言ってくれたのだった。
一度目は、急いでいて、お座なりに返事をしてしまった。二度目は、ウィリアムの外見ばかりに気を取られて、返事ができなかった。
今度は、ちゃんと目を見て返したい。
間に合うだろうか。
街で、メリンダと会っていた理由はわからない。だが、ジェイムズならば、何か訳があるのだろう、と信じられた。
まして、彼が伯爵夫妻を殺すために馬車へ同乗したとは、全く思わなかった。
間に合って欲しい。
私は、馬に鞭打った。
森の中から、大勢の人の気配がした。
私は歩調を緩め、静かに馬を動かした。
騎士が見えた。
「お嬢さん、ちょっと今事故があって、通行止めなんですよっ?」
彼は、たくし上げられたドレスに目を止めて、ギョッとした。すぐに、下に履いている事に気付いたが、礼儀正しく目を逸らした。
「どなたか怪我を?」
私は恐々尋ねた。木々の向こうに、人だかりがしている。
先ほど見送った馬車も、何となく見えた。一度目と異なり、倒れてはいないようだった。
ひとまず、間に合ったようだった。何故森の中に騎士がいるのか、という疑問はさておき。
「ええ。貴族の若い方が、あっ、ちょっと!」
「バウンティランドの者です、通して下さい!」
私は蹴散らす勢いで、馬を奥へ進めた。人が次々と傍へ避ける。馬車の前に、一人横たわる男がいた。
ウィリアムだった。
私は馬から飛び降りて、彼に駆け寄った。
「ウィリアム様!」
閉じていた目が開いた。青い瞳が、私を捉えて見開かれた。
「エレイン。また、巻き戻ったのか?」
「ウィリアム様、死なないでください」
「エレイン、落ち着いて。念の為、安静にしていただけだから」
振り向くと、すぐそばに伯爵夫妻が立っていた。二人とも、怪我はなさそうだった。
「ご無事で良かったです」
私は力が抜けた。視界の隅に、ハリネズミのような物が見えた。あまり見ない方が良いような気がした。
「賊に引き摺り出されそうになった時、ウィリアムが一撃を防いでくれたのだが、仲間に倒されてしまってなあ。そのお陰で、偶然通りかかった騎士団の皆さんが、我々の前に立ち塞がる大男に狙いを付けられた、と言う訳だ」
バウンティランド伯爵が、説明してくれた。
「ほぼ即死だった。元凶まで繋ぐ筈だったのが、当てが外れたよ。父親の方は多少息があったから、何とかする」
そう言うウィリアムの声は、ゾッとするほど冷たかった。
暫くぶりに一度目のウィリアムを思い出し、覚えず体が震えた。
「それにしてもエレイン。馬に乗ったところを見たけれど、緊急時とはいえ、随分な格好だったわよ」
空気を察したように、伯爵夫人が話を変えた。ウィリアムの口元が緩んだ。
「一人で馬に乗ってきたのか。まるで、リトマールみたいだ」
余り有名でない作者の詩に出てくる、女騎士の名だ。ジェイムズとの思い出にしかない話題だった。
「ああ。私は貴方を愛しています」
私はウィリアムの体に手を触れて、告白した。
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