上 下
15 / 16
二度目の人生

15 二人きりの思い出

しおりを挟む
 戸惑う見習いの少年をせき立て、急いで馬の用意をさせた。

 「その格好で、乗れます? 横坐よこすわりでは、飛ばせませんよ」

 「どうにかします」

 私の着るドレスは、普段着である。針金なども入っておらず、前方をたくし上げれば、またがる事は出来るだろう。
 私が馬に乗せてもらうのを待っていると、見習いはため息をついて、小屋から作業着のような服を持ってきた。

 「若奥様。ドレスを着たままで良いので、下にこれを履いてください。足が見えるのを気にせず走れます」

 「ありがとう」

 見習いの肩を借りてズボンを履き、彼に手伝ってもらって馬に跨った。忠告通り、ドレスはももまでずり上がった。

 彼は、通用口まで送ってくれた。馬に乗ったまま扉を開け閉めできないので、これは助かった。

 「お気をつけて。ロレンスさんには、僕から伝えておきます」

 「ありがとうね」

 馬にむちをくれ、走らせる。
 乗馬は、久々である。生家ではよく乗っていたし、幼い頃はパスチャー伯爵家でも乗せてもらった。
 侍女、そして婚約者となってからは、馬車一辺倒であった。

 初めはしがみつくようにしていたが、段々感覚を思い出した。馬は賢く、私の慣れに合わせてスピードを上げた。
 良い馬を選んでくれた。少年は、そろそろ見習いを卒業しても良さそうだ。

 私は馬を走らせる。
 脳裏に浮かぶ顔は、ウィリアムだ。

 二度目の彼が実はジェイムズと知れば、言動の変化にいちいち納得がいった。
 入れ替わったのは恐らく、都で襲われて瀕死ひんしになった辺りだろう。それまでは、一度目と同じように遊び呆けていたのだ。

 ジェイムズならば、メリンダやその仲間を容赦なく糾弾きゅうだんしてもおかしくない。
 入れ替わっても、ウィリアムの過去の記憶が残っていたのだろうか。ジェイムズに入ったウィリアムも、入れ替わり前の記憶を保っているようだった。
 この辺りは、当人に聞かなければ、わからない。

 彼なら、領地経営の補佐をすんなり出来るのも、当然だった。入れ替わる前から、ジェイムズとして関わっていたのだから。

 私に対する態度は‥‥初夜を思い出して、一人赤面した。
 彼は、私を愛している、と言ってくれたのだった。

 一度目は、急いでいて、お座なりに返事をしてしまった。二度目は、ウィリアムの外見ばかりに気を取られて、返事ができなかった。
 今度は、ちゃんと目を見て返したい。

 間に合うだろうか。

 街で、メリンダと会っていた理由はわからない。だが、ジェイムズならば、何か訳があるのだろう、と信じられた。
 まして、彼が伯爵夫妻を殺すために馬車へ同乗したとは、全く思わなかった。

 間に合って欲しい。
 私は、馬に鞭打った。


 森の中から、大勢の人の気配がした。
 私は歩調を緩め、静かに馬を動かした。

 騎士が見えた。

 「お嬢さん、ちょっと今事故があって、通行止めなんですよっ?」

 彼は、たくし上げられたドレスに目を止めて、ギョッとした。すぐに、下に履いている事に気付いたが、礼儀正しく目をらした。

 「どなたか怪我を?」

 私は恐々尋ねた。木々の向こうに、人だかりがしている。
 先ほど見送った馬車も、何となく見えた。一度目と異なり、倒れてはいないようだった。

 ひとまず、間に合ったようだった。何故森の中に騎士がいるのか、という疑問はさておき。

 「ええ。貴族の若い方が、あっ、ちょっと!」

 「バウンティランドの者です、通して下さい!」

 私は蹴散らす勢いで、馬を奥へ進めた。人が次々と傍へ避ける。馬車の前に、一人横たわる男がいた。

 ウィリアムだった。
 私は馬から飛び降りて、彼に駆け寄った。

 「ウィリアム様!」

 閉じていた目が開いた。青い瞳が、私を捉えて見開かれた。

 「エレイン。また、巻き戻ったのか?」

 「ウィリアム様、死なないでください」

 「エレイン、落ち着いて。念の為、安静にしていただけだから」

 振り向くと、すぐそばに伯爵夫妻が立っていた。二人とも、怪我はなさそうだった。

 「ご無事で良かったです」

 私は力が抜けた。視界の隅に、ハリネズミのような物が見えた。あまり見ない方が良いような気がした。

 「賊に引き摺り出されそうになった時、ウィリアムが一撃を防いでくれたのだが、仲間に倒されてしまってなあ。そのお陰で、通りかかった騎士団の皆さんが、我々の前に立ち塞がる大男に狙いを付けられた、と言う訳だ」

 バウンティランド伯爵が、説明してくれた。

 「ほぼ即死だった。元凶まで繋ぐ筈だったのが、当てが外れたよ。父親の方は多少息があったから、

 そう言うウィリアムの声は、ゾッとするほど冷たかった。
 しばらくぶりに一度目のウィリアムを思い出し、覚えず体が震えた。

 「それにしてもエレイン。馬に乗ったところを見たけれど、緊急時とはいえ、随分な格好だったわよ」

 空気を察したように、伯爵夫人が話を変えた。ウィリアムの口元が緩んだ。

 「一人で馬に乗ってきたのか。まるで、リトマールみたいだ」

 余り有名でない作者の詩に出てくる、女騎士の名だ。ジェイムズとの思い出にしかない話題だった。

 「ああ。私は貴方を愛しています」

 私はウィリアムの体に手を触れて、告白した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

処理中です...