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二度目の人生
11 二度目の初夜
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「エレイン、小父さんの家の子になるかい?」
早過ぎる。
パスチャー伯爵の問いかけが、いつもの軽口と違うのは、すぐに察した。
一度目の時は、ウィリアムが散々縁談を断られた末の話だった。二度目の今は、縁談のえの字も出ていない。
「小父様も好きですけれど、私はヴァージャー子爵家から、身の丈に合った殿方に嫁ぎたいですわ」
思い切って、一度目で言えなかった事を言うと、何故かパスチャー伯は一層ニコニコした。
「何だ。彼から聞いたのか。バウンティランド家はそれでも良い、と言ってはいたが、お前の将来を考えたら、養子に入って同格で嫁入りした方が、苦労しなくて済むぞ。ちゃんと、お前の両親も式に招待するし、付き合いもこれまで通りで構わない。元々親戚なのだから」
焦って、先走り過ぎた。この運命は逃れられないらしい。それでも、私は尋ねてみることにした。
「もしかして、ジェイムズ様の方でしょうか?」
「とんでもない」
パスチャー伯は、大袈裟に手を振る。
「ウィリアム君との婚約だよ。だからこそ、我が家と養子縁組の話が出たのだ。バウンティランド家の当主夫人には、格が求められるからな」
侍女から婚約者と待遇は変わっても、周囲の温かさは変わらなかった。
手続きのために戻った実家でも、バウンティランド家でも言われたのは、重傷を負った際の手厚い看護に、ウィリアムが惚れ込んだ、という話だった。
一度目は伯爵夫妻の、二度目はウィリアム本人の意向という違いはあっても、結局結婚相手は同じだった。
婚姻の契約書からは、私の生んだ子でなければ嫡流と認めない、と言う一文が抜けていた。例えばメリンダがウィリアムの子を産み、後継者になる場合もあるのだ。
こちらの契約の方が、一般的である。文句を言う筋合いはない。
ジェイムズの変化に心を痛める私は、ウィリアムの変化にもまた、心を乱されていた。
一度目の彼は、義父母の顔を立てて婚約を受け入れただけで、想いはメリンダにあった。私が幼馴染であること、そして花嫁修行で忙しいのを良いことに、二人の親睦を深める努力を放棄していた。
今の彼は、ジェイムズの代わりに領地経営の手伝いをしたり、体を鍛えたりと、一度目よりも忙しい中、私の顔を見にきたり、こまめに贈り物をくれる。
それも、通り一遍でない証左に、私の好みそうな本など、高価ではなくとも、心の感じられる品物を用意した。
いつの間に、調べたのだろうか。
私たちは、二人きりで親しく話す機会がなかった。どうしても、ウィリアムの顔を見ると、一度目の結婚生活を思い出す。
私は慎重に彼を避け、対面する時も、ほとんど顔を直視しなかった。意識せずとも、目や体がそのように動くのであった。
ウィリアムも、私の態度に気付いたのではないか。それで彼の熱が冷めて婚約解消に至れば、との仄かな期待は裏切られた。
彼は会う機会を減らす代わりに、贈り物を増やしたのである。
私も、婚約解消にばかり望みをかけては、いられなかった。
婚約者の立場でバウンティ家に出入りする機会を活かし、使用人の動向の把握に努めた。
執事のロレンスは年齢的に、近い将来退職を免れない。勿論、後釜に据えるつもりで、息子を補佐として付けていた。
一度目では、それを知っていたウィリアムが、息子も一緒に辞めさせたのだろう。あの時の後任は、全くの他人だった。
彼らについては、退職後も連絡を取れるよう気に掛けておくとして、問題は御者である。
バウンティランド伯爵夫妻が亡くなった際、生き延びて事故を証言した男は、二度目の今も、この屋敷に勤めていた。
あの事故が謀殺だったと分かった以上、御者はメリンダ側の協力者である。事前の接触を押さえられれば、彼らをより重い罪に問える。
ずっと見張りをつけるだけの余裕がないのが、もどかしい。私は未だ婚約者に過ぎず、パスチャー伯爵家に仮寓の身である。自由にできる金も、人も、時間もごく限られていた。
私は花嫁修行にかこつけて、護身術も学んだ。ジョゼフとマイクから、少しでも逃れる術を身に付けたかった。
もう少し早く走れたら、一度でもすり抜けることができたら、屋敷まで逃げ帰ることができたかもしれない。彼らも、屋敷の使用人の眼前で、伯爵夫人を犯すほど大胆ではない、事を期待した。
パスチャー伯からは呆れられたが、こちらは命がかかっている。護身用のナイフも作らせて、結婚後には身に帯びるつもりだ。
聞くところによれば、ウィリアムも、屋敷に人を呼んで剣の稽古を積んでいるらしい。
「お前たちは、相性が良さそうだなあ」
私に武術の習得が認められたのには、そんな勘違いもあったのだ。彼は一度目より賢いだけでなく、強くなろうとしていた。
募る不安は、私が自らを鍛えて減らすことにした。
ジェイムズには、全く会えなかった。
バウンティランド伯爵夫妻が、私の身の安全を心配して、会わせてくれなかったのだ。隙を見てこっそり離れに近付こうとしても、使用人の誰彼が邪魔をする。
まるで、見張られているようだった。
そのようにして迎えた結婚式、そして初夜である。
一度目の夜も、透け透けの布を体に貼り付けていたかどうか、全く覚えていない。ウィリアムとの行為が苦痛に過ぎて、そればかり記憶に残っている。
また同じ目に遭うと思うと、初めての時よりも却って恐ろしさが増す。
既に知っているのだから、耐えられる筈、と言い聞かせるほどに、体が強張る。
ウィリアムが寝室へ入ってきた。私は彼の姿を直視できず、顔を俯けて目を逸らす。
「隣に座っても、良い?」
「はい」
反射的に返事をしてから、驚いた。まるで、初めてのお出かけで交わされる会話だったからだ。
ウィリアムは、私の体に触れない程度の間を空けて、ベッドへ腰掛けた。
途端に、私の温度が上がる。全身に塗られた媚薬入りの香油が、効果を発揮し始めたのだ。
小テーブルには、媚薬効果のある薬酒も用意されている。
いざとなったら、それを飲み干して事に及ぶつもりだった。
「僕と、結婚してくれてありがとう。急がせてしまって、悪かった。でも、他の人に取られたくなかった」
このやり取りは、一度目には、絶対になかったものだ。私は、思わずウィリアムを見た。
彼は、前を向いていた。その横顔は、全く浮かれていない。
「君は、僕の顔が好きじゃないみたいだけれど、やっぱり怪我で印象が変わってしまったのかな? 結構、外見には自信があったのに。でもまあ、君は昔から、外見は気にしないみたいだよね」
ウィリアムは自嘲気味に笑う。
「ご心配なさることは、ありませんわ。ウィリアム様のお怪我は、綺麗に治っております」
私は慌てて取り繕った。むしろ、以前と変わらないからこそ、一度目の記憶を呼び覚ますのだ。
「ありがとう。エレイン、僕は君を愛している。だから」
ウィリアムが、こちらを向いた。私は、彼の青い瞳に釘付けとなった。
「君が本当に僕を受け入れてくれるまで、白い結婚でいようと思う」
私は驚きの余り、声が出ない。今度は、彼が目を逸らした。
「使用人たちには、分かってしまうし、両親から何か言われるかもしれない。その時は、僕から説明する。どうだろう?」
願ってもない申し出だった。
ウィリアムは、私が彼を愛していないことに気付いている。一度目の結婚では、彼も私を愛していなかった。
私の愛がジェイムズに向けられていることを、知っての提案だろうか。
「誤解のないように付け加えると、離婚をするつもりはない。君を大切にしたいが、他の男に渡す気にはなれないんだ」
希望は、儚く消えた。
だがしかし、一度目の扱いに比べれば、十分に恵まれた状況だった。これが彼の気まぐれで、私にとっての処刑が、明日に延びただけとしても。
一度目は、お世辞にも好きだと言われたことすら、なかったのだ。
「本当に、生まれ変わったみたいですわね。まるで」
別人みたい、との言葉を、危うく呑み込んだ。私の念頭にあったのは、ジェイムズだった。表面的な優しさに釣られて気を緩めると、しっぺ返しを喰らいそうで怖い。
「そんなに、以前の私は酷かった? うん、酷かったね」
ウィリアムが冗談めかして言い、安心させるように頷いた。
今は、彼の顔を見ても、不思議と怖くなかった。媚薬の効果が抜群だったのだろう。
早過ぎる。
パスチャー伯爵の問いかけが、いつもの軽口と違うのは、すぐに察した。
一度目の時は、ウィリアムが散々縁談を断られた末の話だった。二度目の今は、縁談のえの字も出ていない。
「小父様も好きですけれど、私はヴァージャー子爵家から、身の丈に合った殿方に嫁ぎたいですわ」
思い切って、一度目で言えなかった事を言うと、何故かパスチャー伯は一層ニコニコした。
「何だ。彼から聞いたのか。バウンティランド家はそれでも良い、と言ってはいたが、お前の将来を考えたら、養子に入って同格で嫁入りした方が、苦労しなくて済むぞ。ちゃんと、お前の両親も式に招待するし、付き合いもこれまで通りで構わない。元々親戚なのだから」
焦って、先走り過ぎた。この運命は逃れられないらしい。それでも、私は尋ねてみることにした。
「もしかして、ジェイムズ様の方でしょうか?」
「とんでもない」
パスチャー伯は、大袈裟に手を振る。
「ウィリアム君との婚約だよ。だからこそ、我が家と養子縁組の話が出たのだ。バウンティランド家の当主夫人には、格が求められるからな」
侍女から婚約者と待遇は変わっても、周囲の温かさは変わらなかった。
手続きのために戻った実家でも、バウンティランド家でも言われたのは、重傷を負った際の手厚い看護に、ウィリアムが惚れ込んだ、という話だった。
一度目は伯爵夫妻の、二度目はウィリアム本人の意向という違いはあっても、結局結婚相手は同じだった。
婚姻の契約書からは、私の生んだ子でなければ嫡流と認めない、と言う一文が抜けていた。例えばメリンダがウィリアムの子を産み、後継者になる場合もあるのだ。
こちらの契約の方が、一般的である。文句を言う筋合いはない。
ジェイムズの変化に心を痛める私は、ウィリアムの変化にもまた、心を乱されていた。
一度目の彼は、義父母の顔を立てて婚約を受け入れただけで、想いはメリンダにあった。私が幼馴染であること、そして花嫁修行で忙しいのを良いことに、二人の親睦を深める努力を放棄していた。
今の彼は、ジェイムズの代わりに領地経営の手伝いをしたり、体を鍛えたりと、一度目よりも忙しい中、私の顔を見にきたり、こまめに贈り物をくれる。
それも、通り一遍でない証左に、私の好みそうな本など、高価ではなくとも、心の感じられる品物を用意した。
いつの間に、調べたのだろうか。
私たちは、二人きりで親しく話す機会がなかった。どうしても、ウィリアムの顔を見ると、一度目の結婚生活を思い出す。
私は慎重に彼を避け、対面する時も、ほとんど顔を直視しなかった。意識せずとも、目や体がそのように動くのであった。
ウィリアムも、私の態度に気付いたのではないか。それで彼の熱が冷めて婚約解消に至れば、との仄かな期待は裏切られた。
彼は会う機会を減らす代わりに、贈り物を増やしたのである。
私も、婚約解消にばかり望みをかけては、いられなかった。
婚約者の立場でバウンティ家に出入りする機会を活かし、使用人の動向の把握に努めた。
執事のロレンスは年齢的に、近い将来退職を免れない。勿論、後釜に据えるつもりで、息子を補佐として付けていた。
一度目では、それを知っていたウィリアムが、息子も一緒に辞めさせたのだろう。あの時の後任は、全くの他人だった。
彼らについては、退職後も連絡を取れるよう気に掛けておくとして、問題は御者である。
バウンティランド伯爵夫妻が亡くなった際、生き延びて事故を証言した男は、二度目の今も、この屋敷に勤めていた。
あの事故が謀殺だったと分かった以上、御者はメリンダ側の協力者である。事前の接触を押さえられれば、彼らをより重い罪に問える。
ずっと見張りをつけるだけの余裕がないのが、もどかしい。私は未だ婚約者に過ぎず、パスチャー伯爵家に仮寓の身である。自由にできる金も、人も、時間もごく限られていた。
私は花嫁修行にかこつけて、護身術も学んだ。ジョゼフとマイクから、少しでも逃れる術を身に付けたかった。
もう少し早く走れたら、一度でもすり抜けることができたら、屋敷まで逃げ帰ることができたかもしれない。彼らも、屋敷の使用人の眼前で、伯爵夫人を犯すほど大胆ではない、事を期待した。
パスチャー伯からは呆れられたが、こちらは命がかかっている。護身用のナイフも作らせて、結婚後には身に帯びるつもりだ。
聞くところによれば、ウィリアムも、屋敷に人を呼んで剣の稽古を積んでいるらしい。
「お前たちは、相性が良さそうだなあ」
私に武術の習得が認められたのには、そんな勘違いもあったのだ。彼は一度目より賢いだけでなく、強くなろうとしていた。
募る不安は、私が自らを鍛えて減らすことにした。
ジェイムズには、全く会えなかった。
バウンティランド伯爵夫妻が、私の身の安全を心配して、会わせてくれなかったのだ。隙を見てこっそり離れに近付こうとしても、使用人の誰彼が邪魔をする。
まるで、見張られているようだった。
そのようにして迎えた結婚式、そして初夜である。
一度目の夜も、透け透けの布を体に貼り付けていたかどうか、全く覚えていない。ウィリアムとの行為が苦痛に過ぎて、そればかり記憶に残っている。
また同じ目に遭うと思うと、初めての時よりも却って恐ろしさが増す。
既に知っているのだから、耐えられる筈、と言い聞かせるほどに、体が強張る。
ウィリアムが寝室へ入ってきた。私は彼の姿を直視できず、顔を俯けて目を逸らす。
「隣に座っても、良い?」
「はい」
反射的に返事をしてから、驚いた。まるで、初めてのお出かけで交わされる会話だったからだ。
ウィリアムは、私の体に触れない程度の間を空けて、ベッドへ腰掛けた。
途端に、私の温度が上がる。全身に塗られた媚薬入りの香油が、効果を発揮し始めたのだ。
小テーブルには、媚薬効果のある薬酒も用意されている。
いざとなったら、それを飲み干して事に及ぶつもりだった。
「僕と、結婚してくれてありがとう。急がせてしまって、悪かった。でも、他の人に取られたくなかった」
このやり取りは、一度目には、絶対になかったものだ。私は、思わずウィリアムを見た。
彼は、前を向いていた。その横顔は、全く浮かれていない。
「君は、僕の顔が好きじゃないみたいだけれど、やっぱり怪我で印象が変わってしまったのかな? 結構、外見には自信があったのに。でもまあ、君は昔から、外見は気にしないみたいだよね」
ウィリアムは自嘲気味に笑う。
「ご心配なさることは、ありませんわ。ウィリアム様のお怪我は、綺麗に治っております」
私は慌てて取り繕った。むしろ、以前と変わらないからこそ、一度目の記憶を呼び覚ますのだ。
「ありがとう。エレイン、僕は君を愛している。だから」
ウィリアムが、こちらを向いた。私は、彼の青い瞳に釘付けとなった。
「君が本当に僕を受け入れてくれるまで、白い結婚でいようと思う」
私は驚きの余り、声が出ない。今度は、彼が目を逸らした。
「使用人たちには、分かってしまうし、両親から何か言われるかもしれない。その時は、僕から説明する。どうだろう?」
願ってもない申し出だった。
ウィリアムは、私が彼を愛していないことに気付いている。一度目の結婚では、彼も私を愛していなかった。
私の愛がジェイムズに向けられていることを、知っての提案だろうか。
「誤解のないように付け加えると、離婚をするつもりはない。君を大切にしたいが、他の男に渡す気にはなれないんだ」
希望は、儚く消えた。
だがしかし、一度目の扱いに比べれば、十分に恵まれた状況だった。これが彼の気まぐれで、私にとっての処刑が、明日に延びただけとしても。
一度目は、お世辞にも好きだと言われたことすら、なかったのだ。
「本当に、生まれ変わったみたいですわね。まるで」
別人みたい、との言葉を、危うく呑み込んだ。私の念頭にあったのは、ジェイムズだった。表面的な優しさに釣られて気を緩めると、しっぺ返しを喰らいそうで怖い。
「そんなに、以前の私は酷かった? うん、酷かったね」
ウィリアムが冗談めかして言い、安心させるように頷いた。
今は、彼の顔を見ても、不思議と怖くなかった。媚薬の効果が抜群だったのだろう。
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