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一度目の人生

2 断れない縁談

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 更に数年を経て、ウィリアムは都へ遊学した。ジェイムズは領地に留まっていた。自室から出るようになったものの、社交を避け、屋敷へこもっているらしかった。

 その頃、私は行儀見習いを兼ねて、バウンティランド家の侍女として、伯爵夫人にお仕えすることとなった。

 伯爵夫妻は寛大で親切だった。この二人から、どうしてウィリアムのような子供が育ったのか、理解できない。

 社交シーズンには夫妻に同行して都へ住まいを移したが、遊学中のウィリアムと顔を合わせることはなかった。メイドたちの噂話を小耳に挟んだところでは、時折金の無心に訪れていたようである。

 領地へ戻ると、ジェイムズがいる。彼とは、図書室で偶然会って以来、言葉を交わすようになっていた。

 「詩集ですか」

 「ああ。パスチャー伯が貸してくださった。ある役人から贈呈されたとか」

 リトマールという女騎士が、運命の人を求めて遍歴する話のようだった。聞いたこともない作者である。

 「ちょっと、小さい頃の君を思い出した」

 「あの頃は、楽しかったです」

 発疹の痕が顔にまで痛々しく残ってはいたが、彼の持つ雰囲気は損なわれていなかった。その美しい緑の瞳に見つめられると、私はいつも体をくすぐられるような心持ちになるのだった。

 「領地の管理を手伝っている。両親が婿入り先を探してくれているが、私は領地管理人に雇われれば、御の字だと思っている」

 見た目を気にしているのだ。貴族は確かに外見も重視する。
 彼の場合、元々の顔立ちは整っている。何より、領地管理の実務能力にけている。近年のバウンティランド領の繁栄が、ジェイムズの手腕によるものであることは、明らかであった。

 「そんな。ジェイムズ様を喜んでお迎えする家は、きっと見つかりますわ」

 ウィリアムの散財に耐える収益を上げているのだ。都から離れた領地にも、彼の遊びっぷりは、噂となって届いていた。

 「いや、エレイン。下手に借金だらけの貴族の家へ入るよりも、管理人を雇うほどの家の方が、豊かな暮らしが送れると思う。それに、結婚も自由だろうし」

 最後の方は、大分声が絞られて、聞き取りにくかった。
 ジェイムズには、誰か好きな人がいるのだろうか。私は、ちくりと痛む胸を抱えたまま、引き下がった。

 幼馴染であっても、私たちはそのような繊細な質問ができるほどには、親しくはなかった。今は、雇い主と使用人の間柄でもある。

 私にも、そろそろ縁談が舞い込んでもおかしくなかった。
 ヴァージャー家には、弟という立派な後継者がいる。いずれ私も、父の決めた相手に嫁ぐのだ。その準備としての、侍女勤めである。


 ウィリアムは、予定よりもずっと早く領地へ戻ってきた。伯爵夫妻に、連れ戻されたのだ。
 彼には恐らく不本意な帰還であるが、怪我を負っていて、抵抗できなかった。

 しばらく前、バウンティランド伯爵夫妻は、慌ただしく領地を出立した。私は屋敷へ居残るよう指示を受けた。夫妻が連れ出したのは、古くから仕える侍女と従僕であった。

 表向きは、ウィリアムが、ある女性を巡って決闘し、敗れたことになっていた。
 だが実は、平民が集団で示し合わせて、彼を襲ったらしかった。女性が原因であるのは間違いなく、その彼女は酒場の給仕だったとか。彼女もまた、平民である。

 理由はどうあれ、平民が貴族を襲撃すれば、重罪だった。何人かの平民が捕まり、刑罰を受けたという。全員ではないだろう。捕まった平民たちも、処刑された者は一人もいなかった。

 伯爵夫妻は、復讐よりも、事を小さく収める方を選んだのだ。平民に襲われただけでも不名誉であるのに、原因も平民の女なのだ。
 ウィリアムに婚約者がいたら、契約を破棄されていたに違いない。

 バウンティランド夫妻は、双子の息子たちに、未だ婚約者を定めていなかった。
 幼いうちには、どちらを後継者にするか決めかねて、縁談を進めにくかったと思われる。

 ジェイムズが引きこもりになってからは、ウィリアムの都行きに期待したのだろう。都の貴族と縁を結ぶことは、地方貴族にとって名誉なのだ。

 それなのに、貴族の娘と婚約を取り付けるどころか、平民の娘に熱を上げ、怪我まで負わされるとは、期待外れも良いところであった。

 伯爵夫妻は、ウィリアムの傷が癒えぬうちから、縁談を探し始めたが、噂の回りが早く、ことごとく断られたようだった。
 彼の体が元通りに動くかどうか、見通しは立たなかった。これでも都で療養し、移動に耐えるまで回復してから戻ったのである。
 一時は瀕死の状態だったという。

 隣人であるパスチャー伯も、よく見舞いに訪れた。親戚のよしみで、私と会えば、挨拶程度には言葉を交わすのが常だった。

 「エレイン、小父おじさんの子になるかい?」

 小さい頃、よく聞いた冗談を、久々に聞いた。しかも、それは冗談ではなかった。
 子爵令嬢の私をパスチャー家の養子に引き取り、伯爵令嬢にする。
 バウンティランド伯爵家へ嫁入らせるためであった。

 仮に私が断っても、父が承知すれば話は進むだろう。
 既に、了解済みだったかもしれない。パスチャー伯は父の意向を汲んだ上で、バウンティランド家と交渉していたのだろうから。
 だからやはり、あの質問は、ある意味冗談とも取れるのだ。

 「お相手は、どちらのお方になりますの?」

 私の質問に、パスチャー伯は驚いて見せた。

 「ウィリアムに、決まっているじゃないか」


 私はそこで初めて、ジェイムズを愛している、と気付いたのだった。
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