上 下
1 / 16
一度目の人生

1 二度目の誓い

しおりを挟む
 「‥‥誓いますか?」

 「‥‥誓い、ます」

 誓ってしまった。
 ここまで来てしまったら、引き返せない。

 ジェイムズが、錠を破って助けに来てくれるとも思えない。そもそも、今の彼の状態では‥‥。
 それより、私たちを見守る参列者の、温かい眼差しを裏切るのは気が咎める。

 ウィリアムが、嫌い。だった筈なのに。彼もまた、私を嫌っていた記憶が確かにある。
 それなのに、何故結婚することになったのだろう。
 やはり、運命には逆らえないのか。

 「では、誓いの印を」

 ウィリアムが指輪をつまみ上げ、私の手を取る。震えている。あのウィリアムが。
 可笑しくもないのに、笑いがこぼれてしまう。いけない。これ以上笑ったら、私の正気が失われてしまいそうだ。

 いっそ、気が狂ってしまえば、こんな思いはしなくて良いのに。でも、両親や友人を悲しませたくない。

 ベールを上げてキスする時も、ウィリアムは震えていた。まるで別人だ。
 今のウィリアムは、嫌いではない。でも、キスで鳥肌が立ってしまった。


 どうせなくてはならないのなら、裸で布団を被っていた方がマシだ。
 何だって、こんな布とも言えないような、薄い切れ端を、体に貼り付けなければならないのだろう。

 服に八つ当たりしていることは、わかっている。新婚初夜なのだ。お風呂上がりに擦り込まれた香油に、媚薬が混ぜ込まれていることも、知っている。

 だって、前回も同じ流れだったのだから。

 私こと、子爵令嬢エレイン=ヴァージャーは、一度死んでいるのだ。


 バウンティランド伯爵家は、私の親戚の隣人だった。都から離れた領地は自然が豊かで、社交シーズンを終えた両親は、挨拶がてらパスチャー伯爵の屋敷に滞在するのが習慣だった。

 ウィリアムとジェイムズは、隣人の令息だ。パスチャー伯の息女は既に成人しており、私の周りで年の近い子供は、彼らしかいなかった。

 少しばかり、彼らの方が年上だった。物心ついた時には、互いに屋敷の境界の茂みを抜けて、遊ぶ仲となっていた。

 都の屋敷でこのような逢瀬をすれば、たとえ頑是がんぜない子供であっても、相応に問題とされたであろうが、ひなびた領地で、それを咎める者はいなかった。

 彼らは双子だった。一応、ウィリアムが兄、ジェイムズが弟、と定められていた。
 顔立ちはなるほど似ていたものの、二人を区別するのは簡単だった。

 ウィリアムは金髪碧眼で外向的な性格、ジェイムズは黒髪緑眼で内向的な性格、と側からは思われていた。
 外見に関しては、その通りだった。周囲はしばしば彼らを、太陽と月に例えた。

 ウィリアムが見た目通りの人間ではない、と気付くきっかけは、三人で遊んでいる最中にあった。
 木の枝で、剣戟けんげきごっこをして遊んでいた。幼い私は、二人と一緒に遊びたいがため、令嬢にあるまじき遊びにも果敢かかんに挑戦していた。

 滞在するパスチャー伯爵は武芸に造詣が深く、屋敷には始終騎士が出入りするような環境だった。隣に住む令息達は彼らに憧れ、私も多かれ少なかれ影響を受けたことは否めない。

 子供向けの遊具もない場所では、木の枝も立派な玩具となる。思いきり木の枝を振り回すことも、走り回ることも、幼い子供にとっては、競技並みの重みを持っていた。

 「あっ!」

 振り回した木の枝が、手のひらからすっぽ抜け、上方へ飛んで行った。枝葉の茂る木に引っかかり、枝が大きく揺れる。

 落ちてきたのは、私の持っていた枝ではなく、一羽のひなだった。まだ毛も生えそろわないほど、小さな命だ。

 「どうしよう」

 私は、ひなを拾って彼らに見せた。後から知ったのだが、人間に触られてしまうと、もうその子は自分のものではない、と親鳥が思ってしまうらしい。

 そもそも、巣から落ちた時点で、親鳥が連れ戻すことはない。その身に触れないようにして、上手く巣へ戻せれば、あるいは、引き続き世話をしてもらえるかも、といったところだ。

 当時の状況では、まず無理な話だった。
 それでも、庭師か猟場の管理人に頼んで面倒を見てもらうことは、できただろう。現に、ジェイムズがそう提案しかけた。

 「貸してごらん」

 ウィリアムは、私から受け取ったひなを、放り投げて木の枝で打ったのだ。ひなは、矢のような速さで、私たちの視界から消えた。私とジェイムズは、呆然とした。

 「これで片付いた。さ、遊ぼうか」

 ウィリアムは糸屑いとくずでも払ったみたいな軽い調子で、遊びを再開した。私はその後、ちゃんと遊べたか、覚えていない。

 気を付けて見ていると、彼はジェイムズを犠牲にして遊ぶのが、好きなようだった。

 美味しそうに見えるけれど、実は食べられない野生の実を騙して口にさせたり、蛇をけしかけたり、小川へ顔面から倒したり。

 もしかしたらジェイムズは、私をかばって我が身を犠牲に捧げたのかもしれない。幼かった私には、そこまでは見抜けなかった。

 ある年、両親はパスチャー領を訪れなかった。翌年再訪したら、バウンティランド伯爵家は、すっかり様子を変えていた。

 実は昨年、流行り病が、この辺りを襲ったのだ。バウンティランド家でも、多くの者が病にかかったという。

 ジェイムズも病に侵された。命は助かったものの、全身に醜い痕が残ってしまったため、彼は人に会うのを避けるようになった。
 私の誘いも断られた。

 ウィリアムと二人きりで遊ぶのは、流石さすがに双方の両親が肯ぜず、私たちの気軽な訪問は、終わりを告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

イケメン幼馴染に処女喪失お願いしたら実は私にベタ惚れでした

sae
恋愛
彼氏もいたことがない奥手で自信のない未だ処女の環奈(かんな)と、隣に住むヤリチンモテ男子の南朋(なお)の大学生幼馴染が長い間すれ違ってようやくイチャイチャ仲良しこよしになれた話。 ※会話文、脳内会話多め ※R-18描写、直接的表現有りなので苦手な方はスルーしてください

【R18】初夜を迎えたら、夫のことを嫌いになりました

みっきー・るー
恋愛
公爵令嬢のペレーネは、婚約者のいるアーファに恋をしていた。 彼は急死した父に代わり伯爵位を継いで間もなく、ある理由から経済的な支援をしてくれる先を探している最中だった。 弱みに付け入る形で、強引にアーファとの婚姻を成立させたペレーネだったが、待ち望んでいた初夜の際、唐突に彼のことを嫌いだと思う。 ペレーネは離縁して欲しいと伝えるが、アーファは離縁しないと憤り、さらには妻として子を生すことを求めた。 ・Rシーンには※をつけます。描写が軽い場合はつけません。 ・淡々と距離を縮めるようなお話です。 表紙絵は、あきら2号さまに依頼して描いて頂きました。

寡黙な彼は欲望を我慢している

山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。 夜の触れ合いも淡白になった。 彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。 「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」 すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

大嫌いなアイツが媚薬を盛られたらしいので、不本意ながらカラダを張って救けてあげます

スケキヨ
恋愛
媚薬を盛られたミアを救けてくれたのは学生時代からのライバルで公爵家の次男坊・リアムだった。ほっとしたのも束の間、なんと今度はリアムのほうが異国の王女に媚薬を盛られて絶体絶命!? 「弟を救けてやってくれないか?」――リアムの兄の策略で、発情したリアムと同じ部屋に閉じ込められてしまったミア。気が付くと、頬を上気させ目元を潤ませたリアムの顔がすぐそばにあって……!! 『媚薬を盛られた私をいろんな意味で救けてくれたのは、大嫌いなアイツでした』という作品の続編になります。前作は読んでいなくてもそんなに支障ありませんので、気楽にご覧ください。 ・R18描写のある話には※を付けています。 ・別サイトにも掲載しています。

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

(完結)バツ2旦那様が離婚された理由は「絶倫だから」だそうです。なお、私は「不感症だから」です。

七辻ゆゆ
恋愛
ある意味とても相性がよい旦那様と再婚したら、なんだか妙に愛されています。前の奥様たちは、いったいどうしてこの方と離婚したのでしょうか? ※仲良しが多いのでR18にしましたが、そこまで過激な表現はないかもしれません。

初めての相手が陛下で良かった

ウサギテイマーTK
恋愛
第二王子から婚約破棄された侯爵令嬢アリミアは、王子の新しい婚約者付の女官として出仕することを命令される。新しい婚約者はアリミアの義妹。それどころか、第二王子と義妹の初夜を見届けるお役をも仰せつかる。それはアリミアをはめる罠でもあった。媚薬を盛られたアリミアは、熱くなった体を持て余す。そんなアリミアを助けたのは、彼女の初恋の相手、現国王であった。アリミアは陛下に懇願する。自分を抱いて欲しいと。 ※ダラダラエッチシーンが続きます。苦手な方は無理なさらずに。

処理中です...