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一度目の人生
1 二度目の誓い
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「‥‥誓いますか?」
「‥‥誓い、ます」
誓ってしまった。
ここまで来てしまったら、引き返せない。
ジェイムズが、錠を破って助けに来てくれるとも思えない。そもそも、今の彼の状態では‥‥。
それより、私たちを見守る参列者の、温かい眼差しを裏切るのは気が咎める。
ウィリアムが、嫌い。だった筈なのに。彼もまた、私を嫌っていた記憶が確かにある。
それなのに、何故結婚することになったのだろう。
やはり、運命には逆らえないのか。
「では、誓いの印を」
ウィリアムが指輪を摘み上げ、私の手を取る。震えている。あのウィリアムが。
可笑しくもないのに、笑いが溢れてしまう。いけない。これ以上笑ったら、私の正気が失われてしまいそうだ。
いっそ、気が狂ってしまえば、こんな思いはしなくて良いのに。でも、両親や友人を悲しませたくない。
ベールを上げてキスする時も、ウィリアムは震えていた。まるで別人だ。
今のウィリアムは、嫌いではない。でも、キスで鳥肌が立ってしまった。
どうせしなくてはならないのなら、裸で布団を被っていた方がマシだ。
何だって、こんな布とも言えないような、薄い切れ端を、体に貼り付けなければならないのだろう。
服に八つ当たりしていることは、わかっている。新婚初夜なのだ。お風呂上がりに擦り込まれた香油に、媚薬が混ぜ込まれていることも、知っている。
だって、前回も同じ流れだったのだから。
私こと、子爵令嬢エレイン=ヴァージャーは、一度死んでいるのだ。
バウンティランド伯爵家は、私の親戚の隣人だった。都から離れた領地は自然が豊かで、社交シーズンを終えた両親は、挨拶がてらパスチャー伯爵の屋敷に滞在するのが習慣だった。
ウィリアムとジェイムズは、隣人の令息だ。パスチャー伯の息女は既に成人しており、私の周りで年の近い子供は、彼らしかいなかった。
少しばかり、彼らの方が年上だった。物心ついた時には、互いに屋敷の境界の茂みを抜けて、遊ぶ仲となっていた。
都の屋敷でこのような逢瀬をすれば、たとえ頑是ない子供であっても、相応に問題とされたであろうが、鄙びた領地で、それを咎める者はいなかった。
彼らは双子だった。一応、ウィリアムが兄、ジェイムズが弟、と定められていた。
顔立ちはなるほど似ていたものの、二人を区別するのは簡単だった。
ウィリアムは金髪碧眼で外向的な性格、ジェイムズは黒髪緑眼で内向的な性格、と側からは思われていた。
外見に関しては、その通りだった。周囲はしばしば彼らを、太陽と月に例えた。
ウィリアムが見た目通りの人間ではない、と気付くきっかけは、三人で遊んでいる最中にあった。
木の枝で、剣戟ごっこをして遊んでいた。幼い私は、二人と一緒に遊びたいがため、令嬢にあるまじき遊びにも果敢に挑戦していた。
滞在するパスチャー伯爵は武芸に造詣が深く、屋敷には始終騎士が出入りするような環境だった。隣に住む令息達は彼らに憧れ、私も多かれ少なかれ影響を受けたことは否めない。
子供向けの遊具もない場所では、木の枝も立派な玩具となる。思いきり木の枝を振り回すことも、走り回ることも、幼い子供にとっては、競技並みの重みを持っていた。
「あっ!」
振り回した木の枝が、手のひらからすっぽ抜け、上方へ飛んで行った。枝葉の茂る木に引っかかり、枝が大きく揺れる。
落ちてきたのは、私の持っていた枝ではなく、一羽のひなだった。まだ毛も生えそろわないほど、小さな命だ。
「どうしよう」
私は、ひなを拾って彼らに見せた。後から知ったのだが、人間に触られてしまうと、もうその子は自分のものではない、と親鳥が思ってしまうらしい。
そもそも、巣から落ちた時点で、親鳥が連れ戻すことはない。その身に触れないようにして、上手く巣へ戻せれば、あるいは、引き続き世話をしてもらえるかも、といったところだ。
当時の状況では、まず無理な話だった。
それでも、庭師か猟場の管理人に頼んで面倒を見てもらうことは、できただろう。現に、ジェイムズがそう提案しかけた。
「貸してごらん」
ウィリアムは、私から受け取ったひなを、放り投げて木の枝で打ったのだ。ひなは、矢のような速さで、私たちの視界から消えた。私とジェイムズは、呆然とした。
「これで片付いた。さ、遊ぼうか」
ウィリアムは糸屑でも払ったみたいな軽い調子で、遊びを再開した。私はその後、ちゃんと遊べたか、覚えていない。
気を付けて見ていると、彼はジェイムズを犠牲にして遊ぶのが、好きなようだった。
美味しそうに見えるけれど、実は食べられない野生の実を騙して口にさせたり、蛇をけしかけたり、小川へ顔面から倒したり。
もしかしたらジェイムズは、私を庇って我が身を犠牲に捧げたのかもしれない。幼かった私には、そこまでは見抜けなかった。
ある年、両親はパスチャー領を訪れなかった。翌年再訪したら、バウンティランド伯爵家は、すっかり様子を変えていた。
実は昨年、流行り病が、この辺りを襲ったのだ。バウンティランド家でも、多くの者が病に罹ったという。
ジェイムズも病に侵された。命は助かったものの、全身に醜い痕が残ってしまったため、彼は人に会うのを避けるようになった。
私の誘いも断られた。
ウィリアムと二人きりで遊ぶのは、流石に双方の両親が肯ぜず、私たちの気軽な訪問は、終わりを告げた。
「‥‥誓い、ます」
誓ってしまった。
ここまで来てしまったら、引き返せない。
ジェイムズが、錠を破って助けに来てくれるとも思えない。そもそも、今の彼の状態では‥‥。
それより、私たちを見守る参列者の、温かい眼差しを裏切るのは気が咎める。
ウィリアムが、嫌い。だった筈なのに。彼もまた、私を嫌っていた記憶が確かにある。
それなのに、何故結婚することになったのだろう。
やはり、運命には逆らえないのか。
「では、誓いの印を」
ウィリアムが指輪を摘み上げ、私の手を取る。震えている。あのウィリアムが。
可笑しくもないのに、笑いが溢れてしまう。いけない。これ以上笑ったら、私の正気が失われてしまいそうだ。
いっそ、気が狂ってしまえば、こんな思いはしなくて良いのに。でも、両親や友人を悲しませたくない。
ベールを上げてキスする時も、ウィリアムは震えていた。まるで別人だ。
今のウィリアムは、嫌いではない。でも、キスで鳥肌が立ってしまった。
どうせしなくてはならないのなら、裸で布団を被っていた方がマシだ。
何だって、こんな布とも言えないような、薄い切れ端を、体に貼り付けなければならないのだろう。
服に八つ当たりしていることは、わかっている。新婚初夜なのだ。お風呂上がりに擦り込まれた香油に、媚薬が混ぜ込まれていることも、知っている。
だって、前回も同じ流れだったのだから。
私こと、子爵令嬢エレイン=ヴァージャーは、一度死んでいるのだ。
バウンティランド伯爵家は、私の親戚の隣人だった。都から離れた領地は自然が豊かで、社交シーズンを終えた両親は、挨拶がてらパスチャー伯爵の屋敷に滞在するのが習慣だった。
ウィリアムとジェイムズは、隣人の令息だ。パスチャー伯の息女は既に成人しており、私の周りで年の近い子供は、彼らしかいなかった。
少しばかり、彼らの方が年上だった。物心ついた時には、互いに屋敷の境界の茂みを抜けて、遊ぶ仲となっていた。
都の屋敷でこのような逢瀬をすれば、たとえ頑是ない子供であっても、相応に問題とされたであろうが、鄙びた領地で、それを咎める者はいなかった。
彼らは双子だった。一応、ウィリアムが兄、ジェイムズが弟、と定められていた。
顔立ちはなるほど似ていたものの、二人を区別するのは簡単だった。
ウィリアムは金髪碧眼で外向的な性格、ジェイムズは黒髪緑眼で内向的な性格、と側からは思われていた。
外見に関しては、その通りだった。周囲はしばしば彼らを、太陽と月に例えた。
ウィリアムが見た目通りの人間ではない、と気付くきっかけは、三人で遊んでいる最中にあった。
木の枝で、剣戟ごっこをして遊んでいた。幼い私は、二人と一緒に遊びたいがため、令嬢にあるまじき遊びにも果敢に挑戦していた。
滞在するパスチャー伯爵は武芸に造詣が深く、屋敷には始終騎士が出入りするような環境だった。隣に住む令息達は彼らに憧れ、私も多かれ少なかれ影響を受けたことは否めない。
子供向けの遊具もない場所では、木の枝も立派な玩具となる。思いきり木の枝を振り回すことも、走り回ることも、幼い子供にとっては、競技並みの重みを持っていた。
「あっ!」
振り回した木の枝が、手のひらからすっぽ抜け、上方へ飛んで行った。枝葉の茂る木に引っかかり、枝が大きく揺れる。
落ちてきたのは、私の持っていた枝ではなく、一羽のひなだった。まだ毛も生えそろわないほど、小さな命だ。
「どうしよう」
私は、ひなを拾って彼らに見せた。後から知ったのだが、人間に触られてしまうと、もうその子は自分のものではない、と親鳥が思ってしまうらしい。
そもそも、巣から落ちた時点で、親鳥が連れ戻すことはない。その身に触れないようにして、上手く巣へ戻せれば、あるいは、引き続き世話をしてもらえるかも、といったところだ。
当時の状況では、まず無理な話だった。
それでも、庭師か猟場の管理人に頼んで面倒を見てもらうことは、できただろう。現に、ジェイムズがそう提案しかけた。
「貸してごらん」
ウィリアムは、私から受け取ったひなを、放り投げて木の枝で打ったのだ。ひなは、矢のような速さで、私たちの視界から消えた。私とジェイムズは、呆然とした。
「これで片付いた。さ、遊ぼうか」
ウィリアムは糸屑でも払ったみたいな軽い調子で、遊びを再開した。私はその後、ちゃんと遊べたか、覚えていない。
気を付けて見ていると、彼はジェイムズを犠牲にして遊ぶのが、好きなようだった。
美味しそうに見えるけれど、実は食べられない野生の実を騙して口にさせたり、蛇をけしかけたり、小川へ顔面から倒したり。
もしかしたらジェイムズは、私を庇って我が身を犠牲に捧げたのかもしれない。幼かった私には、そこまでは見抜けなかった。
ある年、両親はパスチャー領を訪れなかった。翌年再訪したら、バウンティランド伯爵家は、すっかり様子を変えていた。
実は昨年、流行り病が、この辺りを襲ったのだ。バウンティランド家でも、多くの者が病に罹ったという。
ジェイムズも病に侵された。命は助かったものの、全身に醜い痕が残ってしまったため、彼は人に会うのを避けるようになった。
私の誘いも断られた。
ウィリアムと二人きりで遊ぶのは、流石に双方の両親が肯ぜず、私たちの気軽な訪問は、終わりを告げた。
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