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ケース3 わたしのもの
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尾田真理の墓は都心に近い、古くから墓地として知られた一画にあった。代々の墓石が並ぶ列の端に、新しい小さな石が置いてあった。
紗弥はTシャツにジーンズを履き、シャベルを持って新しい墓の前に立った。既に関係者の承諾は得てある。
ズズズッ
石をずらすと、土が見えた。
ザッ
シャベルを突き立て、足に体重をかけて押し込んだ。カパッと地面が割れて、一塊の土が盛り上がった。
ザッ、ザクッ、ザザッ
土を掘る作業は続く。辺りは少しずつ薄暗くなってきた。紗弥のこめかみから、汗が滴り落ちる。
ザクッ、ザクッ
どの位続けただろうか。生温かい風が紗弥の汗を乾かし、太陽の残光が急速に後退していった。紗弥は大ぶりの懐中電燈を点けた。光の先を穴に向ける。何かが白く反射した。
紗弥は、シャベルで土をなぎ払った。汚れた白木の棺が出てきた。紗弥はシャベルを棺の蓋の隙間に差し込み、てこの原理でぐいぐい持ち上げた。棺が、ぎしぎしと不気味な悲鳴を上げた。
バキッ、メリメリ
不意に、抵抗がなくなり、蓋が跳ね飛んだ。
「何してんの、人の墓あばいて!」
金属質の声が、紗弥の背後から響いた。紗弥は構わずミイラ化しかかっている死体から指輪を外し、素早く電灯で照らした。
「ちくしょう!」
声の主は紗弥の方へ駆け寄ろうとし、見えない力に弾き飛ばされ、地面に転がった。しばらくもがいた後、立ち上がったが、足はそれ以上前へも後ろにも動こうとしなかった。
「無駄だ、その身体に憑いている限り、動くことはできない」
暗がりから眞広の姿が浮び上がった。印を結んでいる。捕らわれたカーリーヘアの女は、悔しさと安堵の入り混じった奇妙な顔をした。眞広が目顔で紗弥に訊いた。紗弥は、指輪の内側にある文字を読み上げた。
「ERI.O」
月が昇ってきた。紗弥は、立ち尽くしている宇田川真理へ言葉を投げた。
「聞きましょうか」
「言っとくけど、私が殺した訳じゃないわ。自殺したのは、本当なのよ」
真理は言った。
「私も江里も、宇田川に恋していた。だから、いざとなったら、宇田川が江里を選ぶだろうことは、わかっていたわ。だからね、私、江里の振りをしてデートすることが何回かあったの。そして、たまたま私が江里の時に、宇田川がプロポーズしたのよ。私は、自分が本当は真理だということを、あるいは、プロポーズされたのは江里だということを忘れて、天にも昇る心地だった。そして、家に帰って江里に話したのよ。宇田川にプロポーズされたって」
「それを聞いた江里さんは、自殺した」
「だから私は、江里のままでいるしかなかったの。だって、江里が死ぬ理由なんて、ないんですもの」
「……なら、どうして指輪を交換しなかったのかしら。自分が本当は真理だ、ということを忘れるのが、怖かったんじゃない?」
真理は怯えた表情になった。その視線を辿り、紗弥は月に雲がかかろうとしているのを見た。
墓地は、暗闇に包まれた。
真理をつないでいる結界が、ピリピリと青く光った。真理の表情が変化した。
「宇田川江里さん?」
「はい」
紗弥の問いに、おどおどした声が応えた。カーリーヘアが、自信のなさそうな顔を間に挟んで揺れている。
「もう、充分でしょう。真理さんは一生、江里さんに負い目を感じ続けるでしょうから」
江里の背後から、眞広が語り掛ける。
「いくら双子でも、その身体は、あなたのものではない。文字通り成り代わることはできない。どこかで、必ず無理が生じる。丁度、真理さんが江里さんの振りをし続けることができないように」
江里は、泣き出しそうな顔をして、黙っている。
「江里!」
江里は、ハッとして振り向こうとした。しかし、眞広の張った結界のせいで、身体が動かない。
「江里、江里、済まなかった」
男は、江里の正面に回った。宇田川である。彼は、ずかずかと結界の中へ入って、襟を抱きしめた。ふっ、と江里の輪郭がにじんだ。
眞広と紗弥は、呪を唱和し始めた。紗弥は同時に、江里の死体に火を放った。ミイラ化しつつある身体は、ジリジリと脂が焼ける音を発しながら燃えた。
宇田川が抱いている真理の身体から、江里が抜け出した。江里は自らの身体を焼く煙に乗って上空へ去った。真理の身体を縛していた結界は、光を発するのを止めた。真理の身体が、意識を失って地の上に這った。宇田川は、くず折れた妻をじっと見下ろしていた。
月が、再び雲間から顔を出した。
淳子は、大きくなった観葉植物を、大きな鉢に植え替えているので、紗弥がお茶を淹れた。
「で、報酬5割?」
「うん、持っていかれた」
「やれやれ。未熟者め」
植えなおした鉢に水を撒きながら淳子が言う。
「でも志塚さん、よく2週間で回復したわねぇ」
「無理してたみたい。また寝込んでしまった」
「あらあ」
と言って、淳子は母性愛に溢れた笑顔で紗弥を見やった。
紗弥は応えずに、お茶をがぶ飲みした。
「彼は、プロフェッショナルだから」
紗弥はTシャツにジーンズを履き、シャベルを持って新しい墓の前に立った。既に関係者の承諾は得てある。
ズズズッ
石をずらすと、土が見えた。
ザッ
シャベルを突き立て、足に体重をかけて押し込んだ。カパッと地面が割れて、一塊の土が盛り上がった。
ザッ、ザクッ、ザザッ
土を掘る作業は続く。辺りは少しずつ薄暗くなってきた。紗弥のこめかみから、汗が滴り落ちる。
ザクッ、ザクッ
どの位続けただろうか。生温かい風が紗弥の汗を乾かし、太陽の残光が急速に後退していった。紗弥は大ぶりの懐中電燈を点けた。光の先を穴に向ける。何かが白く反射した。
紗弥は、シャベルで土をなぎ払った。汚れた白木の棺が出てきた。紗弥はシャベルを棺の蓋の隙間に差し込み、てこの原理でぐいぐい持ち上げた。棺が、ぎしぎしと不気味な悲鳴を上げた。
バキッ、メリメリ
不意に、抵抗がなくなり、蓋が跳ね飛んだ。
「何してんの、人の墓あばいて!」
金属質の声が、紗弥の背後から響いた。紗弥は構わずミイラ化しかかっている死体から指輪を外し、素早く電灯で照らした。
「ちくしょう!」
声の主は紗弥の方へ駆け寄ろうとし、見えない力に弾き飛ばされ、地面に転がった。しばらくもがいた後、立ち上がったが、足はそれ以上前へも後ろにも動こうとしなかった。
「無駄だ、その身体に憑いている限り、動くことはできない」
暗がりから眞広の姿が浮び上がった。印を結んでいる。捕らわれたカーリーヘアの女は、悔しさと安堵の入り混じった奇妙な顔をした。眞広が目顔で紗弥に訊いた。紗弥は、指輪の内側にある文字を読み上げた。
「ERI.O」
月が昇ってきた。紗弥は、立ち尽くしている宇田川真理へ言葉を投げた。
「聞きましょうか」
「言っとくけど、私が殺した訳じゃないわ。自殺したのは、本当なのよ」
真理は言った。
「私も江里も、宇田川に恋していた。だから、いざとなったら、宇田川が江里を選ぶだろうことは、わかっていたわ。だからね、私、江里の振りをしてデートすることが何回かあったの。そして、たまたま私が江里の時に、宇田川がプロポーズしたのよ。私は、自分が本当は真理だということを、あるいは、プロポーズされたのは江里だということを忘れて、天にも昇る心地だった。そして、家に帰って江里に話したのよ。宇田川にプロポーズされたって」
「それを聞いた江里さんは、自殺した」
「だから私は、江里のままでいるしかなかったの。だって、江里が死ぬ理由なんて、ないんですもの」
「……なら、どうして指輪を交換しなかったのかしら。自分が本当は真理だ、ということを忘れるのが、怖かったんじゃない?」
真理は怯えた表情になった。その視線を辿り、紗弥は月に雲がかかろうとしているのを見た。
墓地は、暗闇に包まれた。
真理をつないでいる結界が、ピリピリと青く光った。真理の表情が変化した。
「宇田川江里さん?」
「はい」
紗弥の問いに、おどおどした声が応えた。カーリーヘアが、自信のなさそうな顔を間に挟んで揺れている。
「もう、充分でしょう。真理さんは一生、江里さんに負い目を感じ続けるでしょうから」
江里の背後から、眞広が語り掛ける。
「いくら双子でも、その身体は、あなたのものではない。文字通り成り代わることはできない。どこかで、必ず無理が生じる。丁度、真理さんが江里さんの振りをし続けることができないように」
江里は、泣き出しそうな顔をして、黙っている。
「江里!」
江里は、ハッとして振り向こうとした。しかし、眞広の張った結界のせいで、身体が動かない。
「江里、江里、済まなかった」
男は、江里の正面に回った。宇田川である。彼は、ずかずかと結界の中へ入って、襟を抱きしめた。ふっ、と江里の輪郭がにじんだ。
眞広と紗弥は、呪を唱和し始めた。紗弥は同時に、江里の死体に火を放った。ミイラ化しつつある身体は、ジリジリと脂が焼ける音を発しながら燃えた。
宇田川が抱いている真理の身体から、江里が抜け出した。江里は自らの身体を焼く煙に乗って上空へ去った。真理の身体を縛していた結界は、光を発するのを止めた。真理の身体が、意識を失って地の上に這った。宇田川は、くず折れた妻をじっと見下ろしていた。
月が、再び雲間から顔を出した。
淳子は、大きくなった観葉植物を、大きな鉢に植え替えているので、紗弥がお茶を淹れた。
「で、報酬5割?」
「うん、持っていかれた」
「やれやれ。未熟者め」
植えなおした鉢に水を撒きながら淳子が言う。
「でも志塚さん、よく2週間で回復したわねぇ」
「無理してたみたい。また寝込んでしまった」
「あらあ」
と言って、淳子は母性愛に溢れた笑顔で紗弥を見やった。
紗弥は応えずに、お茶をがぶ飲みした。
「彼は、プロフェッショナルだから」
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