刈り取り童子

在江

文字の大きさ
上 下
2 / 2

2

しおりを挟む
 「さっさと火をつければ」

 「何だお前。どこから入ってきた。近寄るんじゃねえ。こいつが見えねえのか。俺は灯油をかぶっているんだ。おかしな真似をしたら、火をつけて、お前も一緒に焼き殺してやるぞ」

 「けけけ。おかしな真似をしなかったら、火をつけないんだ。そんなこと言われたら、おかしな真似という奴をしてみたくなるなあ」

 「ふざけるなっ」

 「あなたっ! おかしな真似は止めてえ!」

 「まず、こちらへ来て話し合おう」

 拡声器から男女の声が代わる代わる聞こえる。使っているのは、警察官と中年の女である。

   少し離れた場所にある木造の古い建物の中には、灯油を頭からかぶった中年の男が、両手に新聞紙と携帯点火器を持って立っている。男は窓から外に向かって喚いていたのが、すぐ隣に現れた男児に驚き、注意を奪われた。

   すかさず警察官が距離を縮める。男はすぐ外の気配に気づいた。

 「それ以上、近付くんじゃねえ!」

 警察官はその場に待機した。拡声器を持ち上げる。

 「我々はこれ以上近付かない。だから、落ち着きなさい」

 「これが落ち着いていられる場合かよっ」

 男は警察官と男児を交互に見ながら喚く。他の警察官に付き添われて、中年の女も拡声器の側まで来た。

 「俺を死なせたくなかったら、来るなっ!」

 「あなた~。死なないでえ~」

 男の妻らしき女は、涙声である。それが拡声器で流されても、男は来るなと繰り返すばかりである。

 「何だ。死にたくないんだ。はあっ。馬鹿みたい」

 ため息をついたのは、建物の中にいる男児である。男が怒りの目を向ける。

 「馬鹿だと? おい、お前ふざけるのもいい加減にしろ。ガキだと思ってつけあがりやがって、お前から火だるまにしてやってもいいんだぞ」

 「そこに誰かいるのか」

 拡声器が尋ねた。男児はぴょん、と窓枠に飛び乗った。白い肌襦袢が揺れた。男の目が光った。

 「死ぬ気がないなら、行くよ」

 新聞紙を落とした男の手が男児に伸びた。警察官がどよめき、女が悲鳴を上げた。

 「クソガキ、死ねっ」

 男の手は男児をすり抜けた。男はバランスを崩し、上体を大きく折り曲げた。窓から外へ転げ落ちそうになって、反射で手に力を入れる。点火器のスイッチが入った。

 炎の幕が開いた。揮発して漂っていた灯油に引火したのだ。灯油を吸い込んだ服をまとった男の体も、たちまち燃え上がった。

 「ぎゃああああああ」

 「あなたあああああ」

 警察官が一斉に動き出す。火は建物にも広がり、男は燃えたまま中へ転げ落ちた。後ろで待機していた消防団員が前へ出た。火勢が強い上に風向きも悪く、警察はもとより消防もあまり動けない。それでも放水が始まった。

 逆風に煽られながら、必死の消防活動が続く。遠巻きに野次馬が集まる。

 「あれ、空き家だった小屋だよね。放火?」

 「ちゃうちゃう。焼身自殺」

 「てゆーか、そしたら、放火みたいなもんでしょ」

 野次馬は腰が抜けた中年女を遠目にしながら、楽しげに会話する。

 「さっき、ケーサツが何か訊いてたけど、人質とってたの?」

 「いや。誰もいなかったよ」

 「てゆーか、自分が人質ってことでしょ」

 火が勢いを弱めてきた。中に生きた人の気配はない。



 浴室の入り口に、手書きの文字で、毒ガス発生中注意の張り紙がある。窓と戸口には内側からガムテープで目張りがしてある。浴室の内側には青年が二種類のプラスチック容器を前に座り込んでいる。スマホで話し中である。

 「うん。そうかな。そんなことないよ。ははは」
 「けけけ。そんなことあるよ」

 ぎょっとした青年は、白く丈の短い着物を着た男の子と目が合った。

 「ちょっと待って」

 スマホを手で押さえ、背中に回す。

 「どこの子だ。どこから入ってきたんだよ」

 小声で話しても、浴室内では響く。スマホからは、何だよ、あんまり待たせんなよ、と男の声が聞こえる。男の子は手真似で、電話を切るよう合図した。

 「ごめん。おふくろ帰ってきたみたいだから、切るわ。また今度な」

 青年は、早口で相手に言うと、電話を切った。戸口を確認するが、テープが剥がれた跡はない。

 「けけけ。また今度だってさ」

 男の子は笑った。青年もつられて苦笑する。

 「口癖だよ。変だな。これって幻覚が出るんだったかな」

 答えながら、中身の詰まった容器をそれぞれ持ち上げてみる。どちらも買ってきたまま、きっちり蓋が閉まっていた。

 「まだ密閉度が足りない。死にたくない人を巻き込みたいのか」

 男の子が指差す先には、換気口があった。青年は持ち込んだガムテープでそこを塞いだ。他にも、指されるがままに何カ所かガムテープを貼った。

 「それでよし」

 男の子が満足そうに頷く。青年は、洗剤の蓋に手をかけた。ふと、視線を転じる。

 「君も、一緒に死ぬのか」
 「死なない。でも、死ぬまで一緒にいてやってもいい」

 青年が立ち上がる。

 「死にたくないんだったら、外に出なきゃだめだ」

 目張りのガムテープに手をかけようとするのを、男の子が止めた。

 「大丈夫。絶対心配いらない。俺、刈り取り童子って呼ばれているんだ」
 「かりとりどうじ」

 腑に落ちない青年に、童子は地団駄を踏む。

 「えーい。じれったい。死神の子分だと思ってくれよ」
 「あ、死神ね」

 青年は納得顔になったが、童子は不満顔である。

 「だから心配ないって。早く死んでおくれ」

 青年は再び苦笑した。

 「わかったよ。じゃあ、またな」

 青年が容器の蓋を開け、二種類の中身をを混ぜ合わせると毒ガスが発生した。青年は汚いものを吐き散らし、下からも撒き散らし、苦しみながら死んだ。刈り取り童子は死体を見下ろした。

 「死んだら会えないのに、またな、はないよ。けっ」

 童子は壁から出て行った。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

終末の運命に抗う者達

ブレイブ
SF
人類のほとんどは突然現れた地球外生命体アースによって、消滅し、地球の人口は数百人になってしまった、だが、希望はあり、地球外生命体に抗う為に、最終兵器。ドゥームズギアを扱う少年少女が居た

第31回電撃大賞:3次選考落選作品

新人賞落選置き場にすることにしました
SF
SFっぽい何かです。 著者あ:作品名「boolean-DND-boolean」

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天使

平 一
SF
〝可愛い天使は異星人(エイリアン)!?〟 異星人との接触を描く『降りてきた天使』を、再び改稿・改題しました。 次の作品に感動し、書きました。 イラスト: 『図書館』 https://www.pixiv.net/artworks/84497898 『天使』 https://www.pixiv.net/artworks/76633286 『レミリアお嬢様のお散歩』 https://www.pixiv.net/artworks/84842772 『香霖堂』 https://www.pixiv.net/artworks/86091307 動画: 『Agape』 https://www.youtube.com/watch?v=A5K3wo5aYPc&list=RDA5K3wo5aYPc&start_radio=1 奇想譚から文明論まで湧き出すような、 素敵な刺激を与えてくれる文化的作品に感謝します。 神や悪魔は人間自身の理想像や拡大像といえましょう。 特に悪魔は災害や疫病、戦争などの象徴でもありました。 しかし今、私達は神魔の如き技術の力を持ち、 様々な厄災も自己責任となりつつあります。 どうせなるなら人間は〝責任ある神々〟となって、 自らを救うべし(Y.N.ハラリ)とも言われます。 不安定な農耕社会の物語は、混沌(カオス)の要素を含みました。 豊かだが画一的な工業社会では、明快な勧善懲悪が好まれました。 情報に富んだ情報社会では、是々非々の評価が可能になりました。 人智を越えた最適化も可能になるAI時代の神話は、 人の心の内なる天使の独善を戒め、悪魔をも改心させ、 全てを活かして生き抜く物語なのかもしれません。 日本には、『泣いた赤鬼』という物語もあります。 その絵本を読んで、鬼さん達にも笑って欲しいと思いました。 後には漫画『デビルマン』やSF『幼年期の終わり』を読んで、 人類文明の未来についても考えるようにもなりました。 そこで得た発想が、この作品につながっていると思います。 ご興味がおありの方は『Lucifer』シリーズ他作品や、 エッセイ『文明の星』シリーズもご覧いただけましたら幸いです。

悲鳴の塔

藤堂 礼也
SF
塔が気になった僕は、その塔へ登る 悲鳴の塔。完結。 続編書くかも。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

処理中です...