虚空の神術師

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第一章:神術学園

第五話:神術学園学園長、九重

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 嵐山風華とのやり取りを終えて秋穂の元へと戻ってきた空洞。

 しかしそこにはあの女子生徒の姿はなく、代わりにそれまで居なかった幼い少女が秋穂と会話をしていた。


「本当にお久しぶりですね先生。いえ、今は学園長でしたか」

「本当に久しいな香村くん。君の活躍は耳にしておるよ」


 いったい何者かと訝しげな表情を浮かべる空洞……すると秋穂が空洞に気付き駆け寄ってきた。


「空洞くん、大丈夫だった?」

「あぁ、とりあえず解決はしたよ。ところであの子は?」

「あの者は医務室へと搬送した」


 あの女子生徒の事を訊ねた空洞にそう答えたのは、二人の会話に割り込み先程まで秋穂と会話をしていたあの少女であった。

 少女は見た目こそ幼子ではあったが、まとう雰囲気は何処となく長い年月を生きてきた者のような気配だった。

 そんな少女に空洞が訝しげな表情を浮かべていると、秋穂が少女の事を紹介した。


「空洞くん、こちらはこの学園の現学園長先生よ。そして私が学生時代にお世話になった恩師でもあるわ」

九重コノエじゃ、よろしくのぅ。まぁワシが人では無いことは見れば分かろう?」


 〝九重〟と名乗る少女の言う通り、彼女には獣の耳と九本もの獣の尻尾が生えていた。


「九尾の狐か」

「その表現は正確なようで正確ではありゃせんのぅ。ワシは〝神狐みこ〟という存在じゃ。〝天狐〟の上位存在だと認識すればそれで良い」


 そう話し、尻尾をゆらゆらと揺らす九重。

 そして九重は口元を隠していた扇子をパチンと閉じると、興味深そうに空洞の顔を覗き込みながら薄らと目を細める。


「しかしお主がそうか……この学園の試験会場に大穴を空けおったという輩は」

「あ~……怒ってます?」

「怒ってなどおらぬ。ただただ興味を抱いておるだけじゃ。なんせ未だかつて実技試験において大穴を空けた者など、いやせんかったからのぅ」


 そう言ってカラカラと笑う九重。

 どうやら空洞の力に非常に興味があるらしい。


「しかしのぅ……嵐山の娘にはほとほと困ったものじゃ。あやつは自身の出自を鼻にかけて威張り散らしておったからの」

「なら直ぐに対処すべきだったんじゃないっスかね?」


 空洞のその言葉に秋穂はギョッとしたが、そう言われた九重は口角を上げると、直ぐに困ったような表情となってこう言った。


「注意はしたんじゃがのぅ……そうしたらあやつは父親に告げ口をしおってな?この父親というのが斯くも面倒な男でのぅ。娘の事を溺愛し過ぎてうちにクレームを入れてきおったくらいじゃ」

「俺だったら〝黙ってろ〟って言いますけどね」

「ククク……お主はほんに面白い童じゃな。まぁ今回は事が事ということで厳しい処罰を与えねばなるまい」

「退学っスかね?」


 空洞が通っていた中学では、傷害を起こした生徒は問答無用で退学処分を受けていた。

 なのでこの学園もそうするのだろうと踏んでそう訊ねたが、九重は首を横へと振ってそれを否定した。


「我が学園に〝停学〟や〝退学〟などはありはせぬ」

「珍しいっスね」

「普通の学校ならばそれが妥当であろう。しかしうちは神威所有者の学校じゃ。問題を起こした生徒をむざむざ野に放てば、世間を騒がす可能性があろう?故に停学や退学などはさせぬ。しかしその代わり〝降級処分〟を与えるがの」

「降級処分?」


 聞き慣れぬ言葉に空洞はまたも訝しげな表情を浮かべた。


「降級処分とは文字通り下のクラスに落とすということじゃ。嵐山の娘はAクラス……今回の件を考えればCクラスへ降級が妥当であろう」

「AからCへ、か……」


 空洞は先程までいた階段の上へ顔を向け、そして何かを考えた後に顔を九重へと戻して次のような願い出をした。


「学園長、今回だけは多めに見てやってくれないっスかね?」

「ほう、何故じゃ?」


 空洞の願い出に九重は眉を顰める。


「人間、誰しも間違いはありますよね?それにあいつは今回で反省したはず……入学早々にそんな思い罰を受けるのは少し可哀想っつーか……」

「ふむ……しかし罰を与えねば他に示しがつかぬ」

「なら、降級処分と同等の別な罰を受けさせるとか」

「ほほぅ?ではお主はどのような罰が良いと思う?」

「え?」


 訊ねられるとは思っていなかったのか、意表を突かれた空洞は途端に考え込んでしまう。

 そうして考えた末に、空洞は九重にこう言った。


「一年間、学校と寮のトイレ掃除……とか?」


 その言葉に九重はポカンとした後、破顔一笑して空洞の言葉を復唱した。


「クフフフ……よもやトイレ掃除ときたか!まぁ確かに、校舎内に限らず寮のトイレまでというならば、かなりの罰となるであろうな」

「そんなに笑う事だったか?」

「貴方ねぇ……この校舎内だけでもいったいどれ程の数のトイレがあると思っているの?それに加えて寮のトイレまでとなると、下手をすれば一日かかるわよ」

「げっ、マジか?でも女子トイレだけだし……」

「それでもかなりの数になるわよ」

「クフフ、良いでは無いか香村よ。そうでなくては到底、降級処分に等しい罰とは言えぬであろうよ。しかしのぅ……あやつが素直に従うと思うか?」

「降級するかトイレ掃除かの二択だったら、考えるまでも無いと思いますけど……まぁ、それでもごねるようならこう言ってやれば良いんスよ」


 空洞はそう言うなり九重の特徴的な耳に何やらヒソヒソと耳打ちをする。

 興味深そうにそれを聞いていた九重だったが、次第にその目が見開き、そして空洞へ顔を向けるとにんまりを口角を上げた。


「確かにそれならば、あやつとて従うであろうよ。しかしお主……なかなか良い性格をしておるではないか」

「まぁ、中学の頃はああいう手合い達を相手してきたんで」

「ほんに面白い童よな。良かろう、加茂助!」


 九重が名を呼ぶと一人の男性が呆れた様子でこちらへと近寄ってきた。


「学園長……私の名は〝加茂忠久かもただひさ〟であって決して加茂助ではありませんと、何度言えば分かるのです?」

「うるさいのぅ。いくら学園主任といえどワシからすれば皆青二才じゃ。故に加茂助で十分。それよりも加茂助よ、あの嵐山の娘とその取り巻きにあとで学園長室に来るよう伝えておけ。沙汰はそこで下す」

「はぁ~……かしこまりました」


 ちゃんと名前で呼んでくれない事にため息をつきながらも、加茂忠久は階段へと登って行った。

 それを見届けた後、九重はまた空洞へと向き直りこう告げたのだった。


「お主も、今回については不問と致すが、また何か問題を起こした際はいくら優秀な者であっても容赦なく処罰する。その事、ゆめゆめ忘れずに心得ておくが良い」

「分かりました」

「ふむ、素直な子は嫌いではないぞ♪︎」


 そうして九重は空洞達にウィンクをしてから自身も校舎へと向かって行った。

 それを見送った空洞は秋穂にポツリと話す。


「意外に怖ぇのな?」

「あれでも丸くなった方よ。教師時代は〝鬼教師〟として有名だったんだから。それよりも迂闊なことは言わない事ね……九重学園長はかなり耳が良い方だから」


 秋穂にそう言われ九重が去っていった方向を見る空洞────すると秋穂が言った通りなのか、足を止めた九重がチラリとこちらを見ており、口元を扇子で隠しながら目を細めていた。

 それを見た空洞は〝そうみたいっスね〟と言ってバツが悪そうに頬をかく。

 そうして空洞の学園生活は騒動と共に始まりを告げたのだった。


───────────────────
《次回予告》
    神術学園学園長の九重との邂逅を果たした空洞
    その学園長である九重は学園長室にて嵐山風華とその取り巻き二人に対して処罰を与える事になる

次回、〝閑話:学園長室にて〟
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