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第一章:神術学園
第三話:明かされなかった事実
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手から落ちそうになったカップはウツロが掴み直したことで落ちずには済んだが、彼は手にしているカップに入ったコーヒーを見つめながら固まっている。
「驚くのも無理はないわね……なにせ、公には犯人は死亡したと報じられているもの」
「なん……で、犯人は生きている……と?」
混乱する頭で必死にその言葉を口にしたウツロ。
秋穂は少し顔を寄せると、小声でこう話した。
「これは極秘事項よ。だから貴方に話をするのは規則違反……だけれど、貴方には知っていて欲しいから話すわ」
そして秋穂はバスジャック犯が生きているという根拠について話し始めた。
「あの事件があった翌年に私は捜査資料をしまいに倉庫に行ったの。そうしたらそこにバスジャック事件についての捜査資料が保管されていたのよ」
「それは……過去の捜査資料が保管されているのは当然っスよね?」
「えぇ、その通りね。でもおかしいのは保管されていた場所が神威犯罪対策室専用の棚だったのよ」
神威犯罪対策室は警視庁内に設立された部署ではあるが、取り扱う内容が特殊なので専用の保管棚が用意されている。
故にそこに保管されていたという事は、考えるまでもなくバスジャック事件に神威が関わっているという証拠なのである。
「私にとっても印象に残った事件だったから、何気なく手に取って目を通してみたの。そうしたら犯人の遺体は発見出来ず、当時バスは窓も開いていなかったという事で犯人は神威所有者ではないかと推測されたのよ。だから資料の端に〝捜査継続中〟という文字も書かれていたしね」
「……」
話を聞いて何も言わないウツロ。
しかし不意に口を開くと、ウツロは秋穂にこんな事を言い始めた。
「それなら……俺の妹も生きているかもしれないって事ですかね?」
「え?」
ウツロの一言に秋穂はポカンとしてしまう。
「妹さんがいたの?」
「えぇ……妹も当時、あのバスに乗っていたはずなんです」
「その話、詳しく聞かせてくれる?」
「いいっスよ」
そしてウツロはポツリポツリと、その当時のことを思い出しながら秋穂にあの日何があったのかを話し始めたのであった。
《追憶》
あの日……両親と妹は三人で出かける日だったんです
妹は幼い頃からピアノが好きで……他の楽器も好きで何でも弾いてたんスけど、特にピアノが得意だったっスね
その日は妹がピアノのコンクールで最優秀賞をとったお祝いって事でお出かけする事になったんスよ
え?俺?
俺は生憎……その日は助っ人を頼まれた部活の大会で……部にとっても大切な大会だってんで、そっちに参加することになってたんス
まぁそのせいで妹から不満をぶつけられたっスけどね
でも今度は皆で遊びに行こうって約束して、妹は機嫌を直してくれたっス
そして当日……妹は両親と共に笑顔で家を出ました
俺はそれを見送ってから大会に……
その時はまさか、〝行ってきます〟、〝行ってらっしゃい〟が最後に交した会話になるとは思いもしなかったっスけど
車はありましたが、せっかくだからとバスで行くことにして……
そして俺は大会を優勝し、意気揚々と家に帰りました
その時はまだ三人とも帰ってきてなくて、晩飯は食ってくるのかなってしか思いませんでした
けど……その後、家に警察が来て、その時に家族が亡くなった事を知らされました
遺体安置所で変わり果てた両親の姿を見てトイレに駆け込みましたっけ
でも、そこに妹の姿が無いことに気付いて、警察にその事を話したんス
警察も慌てて捜索してくれたらしいっスけど……結局、遺体は見つからないまま死亡したと判断され捜索は打ち切られましたね
その後、俺は親戚に引き取られて今に至ります
《追憶終了》
「そんな事があったのね……辛かったでしょう?」
「当時はそうでしたね。でも、先程も言った通り、今は家族の分まで生きようって思えてるんで」
「そう……」
とは言ったものの、ウツロの言葉は自分に言い聞かせているものだという事を秋穂は察していた。
故に彼女は彼にこんな質問を投げかける。
「天城くん、学園には興味無いかしら?」
「え?」
不意の質問にウツロは目をパチクリさせる。
「貴方、今年受験よね?高校はどうするか決めているの?」
「まぁ、両親の意志を汲んで一般の高校を受験しようかと思ってたっスけど」
「そう……そのご両親の意志に反するような提案だけれど、貴方は神術学園へ行くべきだと思うわ」
「どうしてそう思うんスか?」
「それが貴方の為だからよ」
真っ直ぐと見据えそう言い切った秋穂。
対するウツロは訝しそうに眉間に皺を寄せている。
「貴方としては亡き御両親の意志を汲みたいだろうけれど、先程も言った通り貴方の御両親を殺した犯人は生きているかもしれない……もし、神術学園を卒業すれば私のように警察になれる。そうすれば犯人を追うことが出来るのよ。それに……」
「それに?」
「貴方の妹さんの行方を知る手掛かりも見つけやすいと思うわ」
「……」
秋穂の言葉にウツロは迷った。
妹が生きているのであれば何としても行方は知りたい。
それに犯人についても自らその仇を討ちたい気持ちもあった。
しかし亡き両親の想いに応えたいという、子としての気持ちもあった。
その心情の末にウツロの口から出た言葉は────
「少し……時間をくれませんかね?」
そんな先延ばしを要求する言葉であった。
ウツロの力を知った秋穂としては何としても味方になって欲しいものではあるが、今回は事情が事情なだけに彼女はウツロの要求に頷きで答えたのだった。
その日の夜────ウツロは暗い部屋の中一人、昔に撮られたと思われるホームビデオを見ていた。
そこに映るは在りし日の両親と妹……三人はカメラに向かって笑顔を浮かべており、その所々に幼き頃のウツロの姿もあった。
ウツロは大きく息を吐いてソファーの背もたれに背を預けると、背後にあった両親と妹の位牌に向かって話しかける。
「親父、おふくろ……〝刹那〟は生きてるかもしれねぇってよ」
当然、位牌である両親からの返事は無い……しかしウツロはまるでその声が聞こえてるかのように会話を続ける。
「同時に二人を殺った犯人も生きているかもしれないらしい……正直、俺が自ら見つけ出して報いを受けさせてぇ。けど、二人の想いに応えて一般人として生きていきたいってのもあるんだ」
そうしてウツロは位牌へと振り返る。
その顔は悲痛なものであった。
未だかつて、親戚にすら見せたことの無い表情であった。
「俺はどうすれば良い……」
そんな質問をするも返事は来ない。
するとそんな彼の背後でかつての妹、〝刹那〟の声が聞こえてきた。
『お兄ちゃん!』
再びテレビへと顔を向けるウツロ。
そこには満面の笑みを浮かべた刹那の顔があり、それから直ぐに幼き頃のウツロ本人が画面外から姿を現す。
近寄ってきた兄に抱き着き笑顔を浮かべ、近くの遊具へと引っ張って行こうとする刹那の姿を見て、ウツロは携帯を手に取りどこかへと電話をかけた。
「もしもし、香村さんっスか?すみません、夜分遅くに……はい……はい……」
電話の相手は秋穂であった。
ウツロは暫く彼女と会話をした後、最後に彼女に向けてこう言った。
「昼間のお話について、お聞きしたいことがあるんスよ」
◇
それから月日は経ち、ウツロは国立菊花神術学園の正門前へと立っていた。
そんな彼の背後から、ここまで送ってきた秋穂が声をかける。
「学園指定の上着、よく似合ってるじゃない。天城……いえ、〝空洞〟くん?」
「別に〝空洞〟で良いよ、〝秋穂〟さん」
あの日、空洞は神術学園へ進学する事を決めた。
その理由は両親を殺害したバスジャック犯の行方を追うためというのもあったが、何よりも生きている可能性が出てきた妹〝刹那〟の行方を追うためである。
秋穂に連絡を取り、神術学園へ入学する為のノウハウを彼女から教わり、一般入学試験を見事に合格して空洞は今この場に立っているのである。
そして、それまでの日々において秋穂が何かとサポートをしてくれたお陰か、二人は下の名前で呼び合うほどの中へと進展していた。
「別に〝お姉ちゃん〟と呼んでくれても良いのよ?」
そう言って悪戯っぽく笑みを浮かべた秋穂に、空洞は思わず苦笑を浮かべてしまった。
実は空洞は試験までの日々の中でふと秋穂に何故、ここまで自分のサポートをしてくれるのかを訊ねた時があった。
その際に秋穂は自身の弟と空洞の姿が重なったからと答えた。
秋穂には弟がいたが、その弟は今はこの世にいない……何故なら秋穂の弟もまた、神威犯罪者によって命を奪われたからである。
秋穂は言っていた……〝もし、弟が生きていたならば空洞と同じ年頃だっただろう〟と────
それを聞いた空洞は秋穂に〝なら俺を弟のように思っているわけっスね〟と言った。
それ故に秋穂は空洞の事を弟のように思い始めたのである。
しかし実の姉弟では無いので流石に〝姉〟と呼ぶには、空洞には少し恥ずかしいものがあった。
まぁ、当の秋穂本人は呼んでもらいたそうにしているが……。
「しかし……余裕で合格出来るだろうとは思っていたけれど、まさか全教科満点で実技では最高記録を叩き出しちゃうなんてね」
「あれはやり過ぎたな~……」
「本当よ!学園から貴方が実技試験で会場に大穴空けたって聞かされた時は、いったい何の冗談かと思ったわよ」
空洞は実技試験にて、試験会場に大穴を開けるという騒ぎを起こした。
それは試験管から〝思いっきりやって良い〟という許可を得たのもあるが、一番は今まで一般の学校に通っていた為に思いの他コントロール出来ずについ本気を出してしまったのが原因である。
「この学園生活で上手くコントロール出来るようにならねぇと」
「そうね……とは言っても、初めて会った時にはある程度使いこなしていた気がするわよ?」
「え~、そうかぁ?」
正直、空洞は神威を使う際に自身でコントロールしているつもりは無い。
ただ武道や武術を習っていた事で自然と〝手加減〟というものが身についているだけであった。
だがこれからは違う……この神威を本当の意味で使いこなせなければ周りに迷惑をかける事になるというのを、空洞はこの時からしっかりと理解していた。
「それにしても……制服があると思ってたら、まさか指定の上着さえ着ていれば中の服は私服で良いだなんてな」
「そうね。学園は特に服装にこだわっていないもの。でも、ちゃんと学園の生徒だって示す為に指定の上着の着用を義務付けているわ」
「つまり学園の生徒なんだから悪ぃ事は出来ねぇぞって事だな?」
「本当に話が早いわね」
これまで空洞と接してきた秋穂だからこそ分かる空洞の頭の良さ……その事に秋穂は度々感心を覚えていた。
「まぁ、とにかく頑張りなさいな。三年後、うちに来ることを楽しみにしているわね」
「あぁ。その時はお互いにお互いの仇を取ろうぜ」
空洞はそう言うと秋穂と拳を合わせた。
秋穂の弟を殺害した犯人もまた未だ捕まっていない……それを知った空洞は学園を卒業したら一緒に犯人を捕まえようと、そんな約束を交わしたのである。
そんな何処をどう見ても姉弟にしか見えない二人の耳に突然女性の悲鳴と思われる声が聞こえてくる。
「キャア────!!」
「何っ?!」
「秋穂さん、あそこ!!」
空洞が指さす先には、正門から少し進んだ先にある長い階段の上から今まさに落ち始めている女子生徒の姿があった。
その光景を見て、階段の下にいた他の生徒達から悲鳴が上がる。
「何が起こってるのよ?!────って、空洞くん!?」
女子生徒が転落するという光景に戸惑う秋穂……しかし隣を見てみれば先程までそこにいた空洞の姿が無い。
その事に気づきまた前へと顔を向けると、空洞はいつの間にか転落した女子生徒の元へと走り出していた。
「空洞くん、今から行っても間に合わな────」
秋穂がそう口にしている前で空洞はあれよあれよという間に女子生徒が落下する地点へと駆け寄り、そしてその場でスライディングしながら間一髪のところで女子生徒を受け止めた。
「うそぉ……」
明らかに常人ではなし得ない事をやってのけた空洞に秋穂は正門前で絶句してしまった。
彼女だけでなくその場にいた者達全員から拍手が起こる。
「あっぶねぇ……間一髪だった」
空洞はそう言うと腕に抱いた女子生徒へと目を向ける。
その女子生徒は平均的な女子よりは少し小柄で、しかしその長い髪は陽の光で白銀に輝いており、その美しさに空洞は思わず魅入ってしまったのだった。
───────────────────
《次回予告》
階段から転落した女子生徒を間一髪で助けた空洞
そして彼は階段の上にいた者達と対峙するが、その人物の言葉に空洞の怒りが爆発する
次回、〝神術学園初日〟
「驚くのも無理はないわね……なにせ、公には犯人は死亡したと報じられているもの」
「なん……で、犯人は生きている……と?」
混乱する頭で必死にその言葉を口にしたウツロ。
秋穂は少し顔を寄せると、小声でこう話した。
「これは極秘事項よ。だから貴方に話をするのは規則違反……だけれど、貴方には知っていて欲しいから話すわ」
そして秋穂はバスジャック犯が生きているという根拠について話し始めた。
「あの事件があった翌年に私は捜査資料をしまいに倉庫に行ったの。そうしたらそこにバスジャック事件についての捜査資料が保管されていたのよ」
「それは……過去の捜査資料が保管されているのは当然っスよね?」
「えぇ、その通りね。でもおかしいのは保管されていた場所が神威犯罪対策室専用の棚だったのよ」
神威犯罪対策室は警視庁内に設立された部署ではあるが、取り扱う内容が特殊なので専用の保管棚が用意されている。
故にそこに保管されていたという事は、考えるまでもなくバスジャック事件に神威が関わっているという証拠なのである。
「私にとっても印象に残った事件だったから、何気なく手に取って目を通してみたの。そうしたら犯人の遺体は発見出来ず、当時バスは窓も開いていなかったという事で犯人は神威所有者ではないかと推測されたのよ。だから資料の端に〝捜査継続中〟という文字も書かれていたしね」
「……」
話を聞いて何も言わないウツロ。
しかし不意に口を開くと、ウツロは秋穂にこんな事を言い始めた。
「それなら……俺の妹も生きているかもしれないって事ですかね?」
「え?」
ウツロの一言に秋穂はポカンとしてしまう。
「妹さんがいたの?」
「えぇ……妹も当時、あのバスに乗っていたはずなんです」
「その話、詳しく聞かせてくれる?」
「いいっスよ」
そしてウツロはポツリポツリと、その当時のことを思い出しながら秋穂にあの日何があったのかを話し始めたのであった。
《追憶》
あの日……両親と妹は三人で出かける日だったんです
妹は幼い頃からピアノが好きで……他の楽器も好きで何でも弾いてたんスけど、特にピアノが得意だったっスね
その日は妹がピアノのコンクールで最優秀賞をとったお祝いって事でお出かけする事になったんスよ
え?俺?
俺は生憎……その日は助っ人を頼まれた部活の大会で……部にとっても大切な大会だってんで、そっちに参加することになってたんス
まぁそのせいで妹から不満をぶつけられたっスけどね
でも今度は皆で遊びに行こうって約束して、妹は機嫌を直してくれたっス
そして当日……妹は両親と共に笑顔で家を出ました
俺はそれを見送ってから大会に……
その時はまさか、〝行ってきます〟、〝行ってらっしゃい〟が最後に交した会話になるとは思いもしなかったっスけど
車はありましたが、せっかくだからとバスで行くことにして……
そして俺は大会を優勝し、意気揚々と家に帰りました
その時はまだ三人とも帰ってきてなくて、晩飯は食ってくるのかなってしか思いませんでした
けど……その後、家に警察が来て、その時に家族が亡くなった事を知らされました
遺体安置所で変わり果てた両親の姿を見てトイレに駆け込みましたっけ
でも、そこに妹の姿が無いことに気付いて、警察にその事を話したんス
警察も慌てて捜索してくれたらしいっスけど……結局、遺体は見つからないまま死亡したと判断され捜索は打ち切られましたね
その後、俺は親戚に引き取られて今に至ります
《追憶終了》
「そんな事があったのね……辛かったでしょう?」
「当時はそうでしたね。でも、先程も言った通り、今は家族の分まで生きようって思えてるんで」
「そう……」
とは言ったものの、ウツロの言葉は自分に言い聞かせているものだという事を秋穂は察していた。
故に彼女は彼にこんな質問を投げかける。
「天城くん、学園には興味無いかしら?」
「え?」
不意の質問にウツロは目をパチクリさせる。
「貴方、今年受験よね?高校はどうするか決めているの?」
「まぁ、両親の意志を汲んで一般の高校を受験しようかと思ってたっスけど」
「そう……そのご両親の意志に反するような提案だけれど、貴方は神術学園へ行くべきだと思うわ」
「どうしてそう思うんスか?」
「それが貴方の為だからよ」
真っ直ぐと見据えそう言い切った秋穂。
対するウツロは訝しそうに眉間に皺を寄せている。
「貴方としては亡き御両親の意志を汲みたいだろうけれど、先程も言った通り貴方の御両親を殺した犯人は生きているかもしれない……もし、神術学園を卒業すれば私のように警察になれる。そうすれば犯人を追うことが出来るのよ。それに……」
「それに?」
「貴方の妹さんの行方を知る手掛かりも見つけやすいと思うわ」
「……」
秋穂の言葉にウツロは迷った。
妹が生きているのであれば何としても行方は知りたい。
それに犯人についても自らその仇を討ちたい気持ちもあった。
しかし亡き両親の想いに応えたいという、子としての気持ちもあった。
その心情の末にウツロの口から出た言葉は────
「少し……時間をくれませんかね?」
そんな先延ばしを要求する言葉であった。
ウツロの力を知った秋穂としては何としても味方になって欲しいものではあるが、今回は事情が事情なだけに彼女はウツロの要求に頷きで答えたのだった。
その日の夜────ウツロは暗い部屋の中一人、昔に撮られたと思われるホームビデオを見ていた。
そこに映るは在りし日の両親と妹……三人はカメラに向かって笑顔を浮かべており、その所々に幼き頃のウツロの姿もあった。
ウツロは大きく息を吐いてソファーの背もたれに背を預けると、背後にあった両親と妹の位牌に向かって話しかける。
「親父、おふくろ……〝刹那〟は生きてるかもしれねぇってよ」
当然、位牌である両親からの返事は無い……しかしウツロはまるでその声が聞こえてるかのように会話を続ける。
「同時に二人を殺った犯人も生きているかもしれないらしい……正直、俺が自ら見つけ出して報いを受けさせてぇ。けど、二人の想いに応えて一般人として生きていきたいってのもあるんだ」
そうしてウツロは位牌へと振り返る。
その顔は悲痛なものであった。
未だかつて、親戚にすら見せたことの無い表情であった。
「俺はどうすれば良い……」
そんな質問をするも返事は来ない。
するとそんな彼の背後でかつての妹、〝刹那〟の声が聞こえてきた。
『お兄ちゃん!』
再びテレビへと顔を向けるウツロ。
そこには満面の笑みを浮かべた刹那の顔があり、それから直ぐに幼き頃のウツロ本人が画面外から姿を現す。
近寄ってきた兄に抱き着き笑顔を浮かべ、近くの遊具へと引っ張って行こうとする刹那の姿を見て、ウツロは携帯を手に取りどこかへと電話をかけた。
「もしもし、香村さんっスか?すみません、夜分遅くに……はい……はい……」
電話の相手は秋穂であった。
ウツロは暫く彼女と会話をした後、最後に彼女に向けてこう言った。
「昼間のお話について、お聞きしたいことがあるんスよ」
◇
それから月日は経ち、ウツロは国立菊花神術学園の正門前へと立っていた。
そんな彼の背後から、ここまで送ってきた秋穂が声をかける。
「学園指定の上着、よく似合ってるじゃない。天城……いえ、〝空洞〟くん?」
「別に〝空洞〟で良いよ、〝秋穂〟さん」
あの日、空洞は神術学園へ進学する事を決めた。
その理由は両親を殺害したバスジャック犯の行方を追うためというのもあったが、何よりも生きている可能性が出てきた妹〝刹那〟の行方を追うためである。
秋穂に連絡を取り、神術学園へ入学する為のノウハウを彼女から教わり、一般入学試験を見事に合格して空洞は今この場に立っているのである。
そして、それまでの日々において秋穂が何かとサポートをしてくれたお陰か、二人は下の名前で呼び合うほどの中へと進展していた。
「別に〝お姉ちゃん〟と呼んでくれても良いのよ?」
そう言って悪戯っぽく笑みを浮かべた秋穂に、空洞は思わず苦笑を浮かべてしまった。
実は空洞は試験までの日々の中でふと秋穂に何故、ここまで自分のサポートをしてくれるのかを訊ねた時があった。
その際に秋穂は自身の弟と空洞の姿が重なったからと答えた。
秋穂には弟がいたが、その弟は今はこの世にいない……何故なら秋穂の弟もまた、神威犯罪者によって命を奪われたからである。
秋穂は言っていた……〝もし、弟が生きていたならば空洞と同じ年頃だっただろう〟と────
それを聞いた空洞は秋穂に〝なら俺を弟のように思っているわけっスね〟と言った。
それ故に秋穂は空洞の事を弟のように思い始めたのである。
しかし実の姉弟では無いので流石に〝姉〟と呼ぶには、空洞には少し恥ずかしいものがあった。
まぁ、当の秋穂本人は呼んでもらいたそうにしているが……。
「しかし……余裕で合格出来るだろうとは思っていたけれど、まさか全教科満点で実技では最高記録を叩き出しちゃうなんてね」
「あれはやり過ぎたな~……」
「本当よ!学園から貴方が実技試験で会場に大穴空けたって聞かされた時は、いったい何の冗談かと思ったわよ」
空洞は実技試験にて、試験会場に大穴を開けるという騒ぎを起こした。
それは試験管から〝思いっきりやって良い〟という許可を得たのもあるが、一番は今まで一般の学校に通っていた為に思いの他コントロール出来ずについ本気を出してしまったのが原因である。
「この学園生活で上手くコントロール出来るようにならねぇと」
「そうね……とは言っても、初めて会った時にはある程度使いこなしていた気がするわよ?」
「え~、そうかぁ?」
正直、空洞は神威を使う際に自身でコントロールしているつもりは無い。
ただ武道や武術を習っていた事で自然と〝手加減〟というものが身についているだけであった。
だがこれからは違う……この神威を本当の意味で使いこなせなければ周りに迷惑をかける事になるというのを、空洞はこの時からしっかりと理解していた。
「それにしても……制服があると思ってたら、まさか指定の上着さえ着ていれば中の服は私服で良いだなんてな」
「そうね。学園は特に服装にこだわっていないもの。でも、ちゃんと学園の生徒だって示す為に指定の上着の着用を義務付けているわ」
「つまり学園の生徒なんだから悪ぃ事は出来ねぇぞって事だな?」
「本当に話が早いわね」
これまで空洞と接してきた秋穂だからこそ分かる空洞の頭の良さ……その事に秋穂は度々感心を覚えていた。
「まぁ、とにかく頑張りなさいな。三年後、うちに来ることを楽しみにしているわね」
「あぁ。その時はお互いにお互いの仇を取ろうぜ」
空洞はそう言うと秋穂と拳を合わせた。
秋穂の弟を殺害した犯人もまた未だ捕まっていない……それを知った空洞は学園を卒業したら一緒に犯人を捕まえようと、そんな約束を交わしたのである。
そんな何処をどう見ても姉弟にしか見えない二人の耳に突然女性の悲鳴と思われる声が聞こえてくる。
「キャア────!!」
「何っ?!」
「秋穂さん、あそこ!!」
空洞が指さす先には、正門から少し進んだ先にある長い階段の上から今まさに落ち始めている女子生徒の姿があった。
その光景を見て、階段の下にいた他の生徒達から悲鳴が上がる。
「何が起こってるのよ?!────って、空洞くん!?」
女子生徒が転落するという光景に戸惑う秋穂……しかし隣を見てみれば先程までそこにいた空洞の姿が無い。
その事に気づきまた前へと顔を向けると、空洞はいつの間にか転落した女子生徒の元へと走り出していた。
「空洞くん、今から行っても間に合わな────」
秋穂がそう口にしている前で空洞はあれよあれよという間に女子生徒が落下する地点へと駆け寄り、そしてその場でスライディングしながら間一髪のところで女子生徒を受け止めた。
「うそぉ……」
明らかに常人ではなし得ない事をやってのけた空洞に秋穂は正門前で絶句してしまった。
彼女だけでなくその場にいた者達全員から拍手が起こる。
「あっぶねぇ……間一髪だった」
空洞はそう言うと腕に抱いた女子生徒へと目を向ける。
その女子生徒は平均的な女子よりは少し小柄で、しかしその長い髪は陽の光で白銀に輝いており、その美しさに空洞は思わず魅入ってしまったのだった。
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《次回予告》
階段から転落した女子生徒を間一髪で助けた空洞
そして彼は階段の上にいた者達と対峙するが、その人物の言葉に空洞の怒りが爆発する
次回、〝神術学園初日〟
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