ウエディングベルは鳴らさない!

猫桜

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嗚呼、

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雲ひとつなく澄み渡った青空、穏やかな風がそよぐ。
こんな日は執務室での帳簿書類の記載がはかどること請け合いなのに、僕はそれをなげうって、なんの徳にもならない王城に来ている我が身を呪った。
クラウスは僕を伴って見合いの場となっているバラ園へと向かう。

「あんた、緊張してる?」

隣を歩くクラウスは常になくピリピリと神経を尖らせているのか顔色が少し青褪めていた。

「ああ・・・公式の場にこれまでは母上と姉上以外は誰も伴わなかったんだ。それが見合いを壊すためとはいえ、年頃の人物をエスコートすればどうなるか。想像するだけで悪寒が走るよ。いいか、くれぐれもグレーゾーンでいってくれな」

「腐っても王弟。明日の社交界はパニックだね。まあ、親友の弟以上恋人未満という絶妙な雰囲気演出するよ」

「頼むぞ」

「あのさ、いま、気がついたんだけどさ、兄さんに頼めばよかったんじゃないか?なし崩しに恋人関係に持っていけるじゃないか」

「ユリウスをこんな茶番を潰すために煩わせたくない。なし崩しなんてとんでもない。本気の相手は誠心誠意口説き落としてこそだろうが」

僕はクラウスを睥睨した。

「そうですか。そんなだからいつまでも親友止まりなんだよ。ヤるときゃヤる、一発カマしとけばよかったんだよ」

「ヤるとかカマすとか気軽に言ってくれるよな。おっと、着いた。じゃ、レナーテ頼むぞ」

僕は万人受けする控えめな笑みを浮かべて頷いた。
クラウスが一瞬たじろぐ。

”二重人格か・・・いや、猫かぶりにも程があるだろう。こうなると人間国宝だよ“

と呟いた。
失礼なヤツだな。
波風立たせないためには猫だろうが犬だろうが被るのが人生円満に過ごすコツなのを知らないのか?
それに、やるからには完璧にやってのけるのがアーレンスマイヤ家の次男レナーテ様なんだよ。
バラ園には着飾った令嬢、令息方とその両親達や肉親と思しき人物達、この見合いの推進役であり、クラウスの父親である元国王ガデナル陛下が談笑をしている。
クラウスは僕を伴って近づいていった。

「父上、遅くなりました」

「クラウスか、待っていたぞ」

親子の会話をしているクラウスの三歩後に立っている僕を見合い相手方が目にするや皆一様に表情を固くし、ざわめいた。

「なぜ、アーレンスマイヤー家の次男が・・・」

「誰か聞いているか?」

「クラウス様とどのような関係なのかしら・・・」

「確か兄のユリウス様がクラウス様と親友だと聞いているが・・・それにしても」

クラウスが自分でも言っていたが、誰かを伴っているのが余程めずらしいのだろう、ひそひそと話している。
物心もつかない頃からやれ可愛いだの美しいだの、賢いだのいわれ、注目されてきたが、注目のされかたがキツく険しい。
伏兵現る!とでも思っているのが丸わかりだ。
利害が一致してのズブズブな忖度関係相手に御苦労なことだなと思いながらも僕は華やぐような微笑みを浮かべ、ひとなっこく、さりとてわざとらしくないように軽く会釈した。
皆、虚をつかれたのか息を呑んだ。
フフン、幼い頃から海千山千のハゲタカ共を相手にしてきたんだ。
場数が違うよ。

「ときにクラウス、そちらは確かアーレンスマイヤー家の」

「ええ、ユリウスの弟でレナーテ アーレンスマイヤですよ。レナーテ、挨拶を」

「アーレンスマイヤ家が次男、レナーテでございます」 

礼儀正しく優雅に僕は頭を下げた。

「ほう、兄弟揃って美形だな」

「父上、失礼ですよ。めったに開放しないバラ園を見たいというので誘ったのですから」

クラウスが嗜めるとガデナル陛下は愉快そうに

「レナーテ、今日はゆっくりしていきなさい」

「ありがとうございます」

「では、父上、挨拶をしてきます。レナーテ、行くぞ」

ガデナル陛下に挨拶を済ませたのをきっかけに僕はクラウスに付いて挨拶に回った。
挨拶に行くと嫉妬の眼差しを向けられたが、クラウスが一緒ということもあり、悔しそうに睨みつけられるだけで終わった。
ご愁傷さまです。
作り笑いをしすぎたせいか表情筋がピクピクと引き攣り始めた。
持ってあと5分が限界だなと考えていると、人の隙間からガデナル陛下がこっちへと手招いるのを目の端に捉えた。

「お呼びですか?」

「いや、ちょっとふたりで話したくてな」

クラウスについた虫を値踏みし、すこしでも王家に相応しくないと判断すれば、即、引導を渡す気だな。
隠居したのに元気だなーと心の内で半笑いしていた。
ガデナル陛下は四阿へ僕を誘った。
促されて椅子に座る。

「クラウスが誰か連れてくるなど初めてでな」

「そうなのですか」

「ああ、あやつがアーレンスマイヤ家に入り浸っているのは、案外、君が目的だったか・・・一時は兄上ともの仲も疑ったもんだが、なんの発展もないしなぁ」

流石は隠居したとはいえ、国王だっただけはある。
観察眼が鋭いじゃないか。
惜しいかな、自分の子がヘタれだったために狙っている獲物に手を出せずに悶々としているだけだが。
僕としては、父親としてヘタれの息子にここはひとつ、喝を入れて欲しい。

「レナーテ、一つ聞いてもいいかな」

「お答えできることでしたら」

「もし、儂がクラウスと別れてくれと言ったらどうする?」

別れるも何も付き合ってないから、じいさんそんな心配する必要ないってとぶっちゃけたいのを我慢し、作ら笑いで引き攣る表情筋を叱咤して少し寂しげな笑いを浮かべ、

「私の存在がこの国や王家にとり、邪魔になるのであれば、クラウス様の前から消えます」

「それが答えか・・・噂に違わぬ切れ者だな。個人より公を取るか」

「王家に生まれた方の宿命でございます」

「わかった・・・すまないが、あやつを呼んできてもらえるか」

僕は辞するために礼をし、クラウスを呼びに行った。
ガデナル陛下に呼ばれたクラウスが陛下と話しているのを少し離れた場所から見ていた。
ガデナル陛下が何かを話し、クラウスが真剣な表情で聞いている。
素がいいだけに真剣な姿のクラウスに更に熱を上げたご令嬢、ご令息方が少なからずいて、憎々しげに僕に睨みつけている姿に憐れを感じる。
アホだねぇ。
中身を知ったら好印象がだだ下がりするのになぁ。
騙されちゃいかんよ、皆様方。
話が終わったのか、クラウスは足取りも軽く、喜色満面の笑みまで浮かべこちらへ戻ってきた。
来る前の奈落の底を這いずり回っているような沈鬱な顔はどうしたといいたい。
余程上手くいったな。

「レナーテ、恩に着る!上手くいった」

「ふ~ん。それはそれはおめでとう」

クラウスが野性味を帯びた表情でニヤリと笑った。
精悍な顔立ちをしているので男の色気のようなものまで出てきて、後方から悲鳴のような声とドサリと倒れるような音がした。

「ああ、めでたいよ。これで本腰をいれて落としにいくぞ」

当たり前だ。
そのために貴重な帳簿付けをなげうって協力したんだ。
ここはヘタれ男の意地を見せてもらおうじゃないか。


何はともあれ、クラウスに送られて一仕事終えた僕が帰宅すると、メイドがお茶を運んでいた。

「来客かい?」

「はい、リンデン伯夫人がユリウス様にお見合いのお話を持っていらっしゃて、ユリウス様がお相手をされています」

「な、何だってー!!」

冷静沈着の仮面を外すわけにもいかず、僕は心の中で思いっきり叫んだのだった・・・










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