嫁ぎ先は青髭鬼元帥といわれた大公って、なぜに?

猫桜

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後宮宴会、淡雪大変、大公不機嫌

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 後宮の夜は遅い。そして朝は早い。
 となれば、言わずもがな僕は睡眠不足である。
 今日も今日とて後宮勤めの女官が早朝から押しかけてきた。

「淡雪様、起きていらっしゃいますか」

 布団の中でうつらうつらとする極楽を味わう暇もない。
 仮病を使おうにもロクに睡眠をとっていないので頭が働かない。
 ぼや~としているうちに晴達と伴に現れた女官ちにざざざっと取り囲まれ、あっという間に身支度されるという日々だ。
 後宮に拉致監禁され、すでに3週間が過ぎていた。
 その間に催された宴を思い出すだけで目が遠くなる。
 鑑賞会と称した一回だけなら判る。
 けどさ、皇后主催に対して今度は返礼とやらで朱夏貴妃、桃花貴妃が次々と主催。もはや後宮は宴の大安売り会場と化したいっても過言じゃない。しかもさ、どこでどう聞いたのか、陛下がしゃしゃり出てきて、

「催されてばかりでは心苦しかろう」

 と僕主催で宴を催すことになり、滞在が延びるという塩梅で、余計なお世話、ありがた迷惑としかいいようがない。

「皇家に連なる身ではなく、一家臣の身ですので」

 僕は悪あがきといわれようが、やんわり婉曲に辞退を申入れたが、

「大公家は皇家に連なる。大公の配となれば皇家の一員と同じ」

 と言われたら、打ち返す弾がない。

 “直江~なに大公してんだよ。お前が大公じゃなかったらこんな面倒くさいことにはならなかったんだよ”と心の中で罵りまくる以外に抵抗できなかった。
 かくして、なにが名目なのかよくわからない宴を催すことになったのだ。
 それを聞いた晴と九重はその重責に顎が外れんばかりになっていた。
 だよな。
 後宮での宴が成功するか失敗するかは八割がた差配する侍女次第だもんな。
 ふたりの恨みがまし視線が痛い。
 けど、僕は知っているんだぞ。
 お前たち、憧れの疑似後宮勤めライフとか言って浮かれていただろう。
 裕福で爵位も地位もある来栖家の侍女とはいえ、所詮は貴族の侍女。
 後宮勤めの侍女の優美さと晴れがましさに比べれば雲泥の差。
 後宮にいる間に後宮勤めの疑似体験と思っていたなら、これも体験だと諦めてほしい。


 そして、悲壮に満ちた怒涛の支度ラッシュが始まった。
 晴は後宮と厨を摺り足で走り回り、脚の筋肉を見事なまでに鍛えあげ、最早カモシカ脚のようだ。
 もともと細面だった九重の顔はげっそりと痩せ細り、いよいよ狐顔になっていった。
 僕に与えられた局の様子は宴が近くにつれ、悲壮感が殺気に成り代わり、宴が明日に控えたいま、殺気が頂点に達した。
 物音ひとつ、人の気配ひとつに晴と九重はヒステリーの発作に襲われている。
 で、僕はというと宴に備えての和歌うた造りに七転八倒している。
 和歌の一首くらい貴族なら直ぐにできるだろうと思っているなら大いに反省してもらいたい。
 お題なんてその時その時の出すひとの気分次第だし、他のひとの詠んだ和歌と被らないようにしないといけないし、古臭くてもいけない。いまの流行りを取入れ、その場その場にあった和歌を詠むなど並大抵のことではない。それができるのは余程の才能に恵まれている人物か、暇を持て余して和歌を詠むしかすることのない人物だ。
 理系よりの僕にはその才能はからっきしない。それは見事に、これっぽっちもない。
 それに気づいた和歌の講師など五七五七七になっていたらもうそれだけでいい、恋愛の機微や心情なんかなくとも死にはしないと正面きっていわれたほどだ。

 “寝は見ねど あわれとぞ思う  夢のうち まだ見ぬ花の 顔を見るかな ” 

 これを講師の講釈を借りるとこうなる。

 “まだ一緒に寝てはないけど、愛してるよ。夢の中でまだ見たことのない美しいあなた” 

 これ聞いてどう思う?
 身体の相性なんてそんなに簡単にわかる?
 もうさ、イっちゃった人間が妄想癖の大海原で妄想恋人造って、ご都合主義に走りまくった和歌としか思えないじゃん。
 面と向かって詠まれてみろよ。
 ドン引くわ~。
 こういう人物は自分の思いが伝わらず、叶わなかっときにはその情念や感情を充足させるためには手段を選ばず、しつこく待伏せや薄気味悪い文や和歌を寄越す偏執狂になると思う。
 怖すぎる。
 今までは九重と晴がアンチョコを作ってくれたからのりきれたけど、今回はそれもあてにできないし。
 なら、腐っても大公。こういうものはお手の物だろだろうとそれとなく直江に言伝をたのんだけど、返ってきた文が「なんとかして早く退出してこい」「早く後宮を出てこい」という意味の繰返しで全く役に立たない。
 まぁね、直江が雅に和歌を詠んだりしてる姿なんて想像しただけで違和感有りまくりで笑うしかないし。
 はぁっ、もうこの世には神も仏もないとしかいえない。
 どうすりゃいいんだよーっ!
 僕が途方にくれていたとき、直江は・・・




「まだ、後宮から退出してこないのか」
 イライラと指が机を叩く。
 当初の予定では今上に挨拶をし、淡雪は後宮への挨拶後、伴に宮城を下がる予定だった。
 何事にも想定外はある。
 が、殊、淡雪についていえば想定外な事が多すぎる。
 後宮で足留めされ既に3週間。
 退出してくる素振りが微塵もないとはどういうことだ。
 宮中に人をやり聞けば、後宮は皇后の宴から始まり貴妃達が競って宴を開いては淡雪を招いているとか。
 あれは何をしに後宮へ行ったんだ。
 挨拶が済めばさっさと退出すればいいだろうが。
 何日か前に文を寄越したかと思えば、一言、時節に会った和歌を詠めという。
 何を考えているんだか。
 ここはひとつ、伴侶として退出を促してもいいだろう
 文を認めしたたていると小さく吹き出す者がいる。
 顔を上げると帝都の屋敷を任せている爺がこちらを見ていた。

「直江様のそのようなお姿を拝見できるとは、長生きはするものです」

「・・・」

 バツが悪くなり、誤魔化すように頬を掻く。

「嬉しいのですよ・・・貴方様は物心ついた時から、全てを諦観し、考えることを放棄していらっしゃった。その直江様が・・・」

 心配をかけていたと知る。

「爺」

「ふふふ・・・お迎えに行かれればよろしいのではないですか」

 淡雪の顔が見たいという心の中を見透かされたようできまりが悪い。
 爺を睨むが、生まれた時から世話をしていた爺には流された。

「そういえば、私はまだ淡雪様にお目にかかっていませんな。老い先短い私のためにもお迎えに上がられてください、直江様」

・・・勝てないなと思い、筆を置く。

「陛下に使いを」








     
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