嫁ぎ先は青髭鬼元帥といわれた大公って、なぜに?

猫桜

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淡雪、危機一髪

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 突然、声をかけれた僕は跳び上がるほど驚いた。
 喩えではなくマジで床上5センチほど跳び上がった。
 心臓もバクバクいってるし、寿命が1年は縮まったじゃないか。

「あ、安芸か」

 背後に安芸が控えていた。
 集中してたとはいえ、安芸が入ってきた事に気づかなかった。
 いつ入ってきたんだ?
 物音ひとつ立てずに佇むなんて侍女の鏡か。

「何かございましたか?」

「いや、なんでもない。それより安芸はどうしてここに」

「何やら家中が騒がしくて・・・」

「ああ、そうだね」

「・・・直江様に何かあったのでしょうか」

「なぜ、そう思うの?」

「それは、本多様が、慌ただしく主殿の方に赴かれましたから」

「飲み過ぎて、悪酔いしたんじゃないかな」

 いくら侍女だからといって直江が毒殺されかけたとはいえないので、言葉を濁した。
 目端が利くと冬星がいっていたけど、マジで凄いよ。
 周囲をよく見てるなと感心してると、安芸がじっと僕の手元を見ているのに気がついた。

「淡雪様、お手に持っていらっしゃるのは・・・」

 僕付きの侍女とはいえ、この手紙の存在がバレたらヤバいから。
 絶対に違うとはいえ、毒殺犯は僕です~といっているようなもんだしな。
 僕は隠すように後ろ手にした。

「安芸には関係ない手紙だから」

「手紙・・・淡雪様、それ、お読みになられましたのね」

 安芸がゾッとするような笑みを浮かべた。
 その時、ふと脳裏に何かがひっかかった。
 あれ?安芸はなぜここにいるんだ?
 光顕は来栖家からきた使用人や侍女を直に拘束するといっていた。
 こういったことに有能な光顕が取りこぼすことがあるだろうか。
 殊に今回は直江毒殺に関してだ・・・
 取りこぼすことはない気がする。見あたらなかった時点で屋敷中を探しだす筈だ。
 それに光顕が慌ただしく赴いたというけど、宴を辞した時はまだ毒酒を飲んだことは知らないはずだし、僕を部屋に連れてきたあとは、即座に拘束に動いたはず。
 だから、直江に何かあったと考えなれなくない?
 安芸はどうしてそう思ったんだろう。
 僕はゴクリと唾を呑み込んだ。
 考えたくはないけど、可怪しいんじゃないか・・・
 小さな疑問がだんだんと大きくなってくる。
 
「安芸、お前はいったい・・・」

 安芸の笑みが深くなった。

「あらあら、世間知らずの深窓の御令息と思っていましたが、淡雪様は違うようですね」

「そ、そうだね。さっきの会話でお前を疑うくらいだからね」

「目端が利くのも災いのもとですよ、淡雪様」

「残念だったね、直江の毒殺は失敗だよ」

「失敗でも構いませんのよ。私は淡雪様さえ、死んでくれればね」

 な、なんという恐ろしいことをいうんだ。
 僕さえ死ねばいいだって!?

「僕が死んだところで、直江には害はないよ」

「そうでしょうか。一家言を持つ侯爵家の令息が青髭大公、鬼元帥の仕打ちを怖れて企てた殺人未遂ですのよ」

 安芸の台詞に僕は、はっと息を呑んだ。
 恐怖駆られて凶行の原因は、噂されている直江の残虐な性格にしたいんだ。
 僕が死ねば父上、いや来栖家は王家に抗議する。
 これまでのこともあるから王家も無視はできない。我が家の手前、何かしらの対応を取らざるを得なくなる。下手をすれば、直江は主の座から降ろされ、生涯、幽閉の身・・・
 足元がふらついたことで背後の机に身体がぶつかった。その拍子に小さな音を立てて小瓶が倒れ、こちらに転がってきた。

「おわかりいただけて、良かったですわ」

 安芸の目に凶暴な光が走った。

「な、なにを・・・」

 安芸は胸元に手を入れ、小刀を取りだすとすっと鞘から抜いた。
 僕は後ずさった。

「大人しく喉を衝かれてくださいな、淡雪様。変に抵抗すると苦しみますよ」

 殺そうとしている人間にそういわれて、大人しくする人間が果たして何人いるだろうか。
 僕は安芸の隙を伺ったが、安芸は素早く身を躍らせた。
 ぎょっとしたのもつかの間、安芸は狙い定めたように手の小刀で僕の喉を突いてきた。

「ひっ」

 僕は紙一重で身を躱したが、安芸は容赦なく直にまた狙ってくる。
 背後の机が邪魔をして身を引いて躱すことができない。
 背を見せたら最期だと机に沿って逃げていたが追い詰められた。
 何かいい手段はないか・・・

「さあ、もう大人しくしてください、淡雪様」

 安芸が小刀を突き刺そうと腕を引いた瞬間、僕は先程手にした小瓶の中身を安芸の顔めがけて振りかけた。

「ぎゃっ」

 安芸が苦痛に悲鳴をあげた。
 直江に襲われたとき用にと作った唐辛子や辛子、山椒なんかをどっさり混ぜ混んだ液体だもん。
 目に入ったり、皮膚を付いたらそりゃ痛いよ。
 片目を押さえた安芸の身体が崩れ落ちた。
 僕は一気に安芸の横を駆け抜け、逃れようとした。
 が、安芸の動きは予想以上に早く、片手で僕の足首を掴むと力任せに引っ張っられた。
 僕は見事につんのめって強かに額を床に打ち付けた。
 目の前に星がチカチカと飛んでいるが、このままの態勢ではまずい。
 床に這いつくばった体を起こそうと藻掻いていたら

「悪足掻きもいい加減にしな」

 目に入ったのか片目が真っ赤になり、瞼が腫れた般若もかくやという形相の安芸に馬乗りにされ身体を押さえ込まれた。

「よくもやってくれたわね。一思いに刺して楽にしてやろうと思ったけど止めたわ。苦しみながら死にな」 

 安芸が腕を振り上げた。
 下から見上げた刃は光を弾いて、ことさらにそこにあることを示した。
 絶体絶命ってこのことじゃん。
 もうだめだ・・・殺される・・・
 僕は覚悟を決め、目をぎゅっと瞑った。
 ドスっと微かな鈍い音とぐっといううめき声に混じり廊下からは騒ぐ声を聞いた。
 一向に刺さる気配がないので、僕は恐る恐る目を開けた。
 目を見開いたまま安芸が、僕の上からゆっくりと右に傾いでいった。床に落ちた安芸は背中から貫かれたように刀が突刺さっていた。
 ど、どういうこと?
 目を巡らせると床に片膝を着き、ドアに縋って肩で息をしている直江がいた。
 直江はふらつく足で僕の傍までくると僕を肩を掴んで引き寄せた。

「無事か」

 直江の顔を見た途端、僕は安心して子どもようにわんわん泣き出した。

「こ、怖かった、もう駄目かと思った。もうやだよ」

 みっともないほど声も震えていた。
 直江がぐっと僕を抱き寄せた。
 腕の中の温かさに身体中の力という力が抜ける。

「間に合ったな・・・悪かった・・・」

「間に合ったかじゃないよ。く、来るならもっと早・・・えっ、ええっ、な、直江⁉」

 直江の身体ぐらっと揺れたかと思うと、力を失ったようにずるずると崩れ落ちた。顔色が悪い。真っ青どころか放置されたご遺体のような土気色だ。
ぐったりとする直江を支えながら、焦った僕は安堵感に浸る暇もなく、

「だ、誰かきてーっ」

と叫ぶしかなかったのだった・・・











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