嫁ぎ先は青髭鬼元帥といわれた大公って、なぜに?

猫桜

文字の大きさ
上 下
30 / 50

淡雪、侍女に疑惑を持つ

しおりを挟む
 濃緑の夏草の庭を巡る遣水やりみずに陽射しが反射し、眩しくて目を細めた。
 蝉の声が耳に騒がしく、暑さをより一層感じさせる。
 僕はソファの背に持たれ、深々とため息をついた。
 冬星からのプレッシャーでメンタルが崩壊したらしい晴は九重からの助言もあり、あの日から休ませている。
 あれは晴には一種のモラハラとパワハラであり、僕にはラブハラ、セクハラ、ニンハラのなにものでもない。
 冬星はそこのところを深く反省して欲しいところだ。
 晴の代わりは安芸と九重が務めてくれていた。
 冬星が目端が利くからと僕につけてくれた侍女故に、確かに晴がいなくともいままで通りに過ごせている。
 安芸は明るく、場の空気を読むことに長けており、晴よりも心配りが出来ているため、西園寺家の使用人と要らぬ波風を立たずに上手く溶け込んでいた。
 一方、九重は機転が利くという。機転が利くというのなら人のことをよく観察して、先を読むことが上手いんだろうな。安芸の気付かないところをさり気なく補っている。
 惜しむらくは、なんというか雰囲気が取っつきにくく、砕けた言葉遣い一つせず、冷然としているところか。
 冗談でも言おうものなら冷たい視線を浴びそうだもんな。
 そんな九重だが、安芸よりも西園寺家の使用人に受け入れられているのが不思議だよ。
 あれか?青髭大公、鬼元帥といわれている直江に近い人種だから親近感を覚えているんだろうな。
 よく仕えてくれているとは思う。本当にこれっぽいも不自由はない。
 不自由はないんだけど、長年、傍に控え仕えてくれて、軽口を言い合え、偶に抜けたことをする晴がいないと何というか、ちょっと淋しいのだ。
 それを実感して僕はまたため息をついた。
  
「淡雪様、いかがなされました」

 室内に風を通そうと窓を開けていた安芸が、振り返り言った。

「お顔の色が優れませんね。暑さに参られましたのなら、冷たいものでもお持ちしましょうか。明後日の夏越の宴が過ぎれば、少しは暑さも和らぐと聞きましたよ」

 いや、別に夏の暑さにやられたわけじゃないから。
 まぁ、冷たいものは嬉しいけどね。
 僕は晴の様子を安芸に問いかけた。
 九重に尋ねてもいいんだけど、安芸のほうが聞きやすいからな。

「晴はどうしてる?」

「・・・」

 安芸が気まず気に押し黙った。
 えっ、なにその沈黙。焦るんだけど。

「・・・えぇ、あの・・・なんと申し上げますか、その・・・」

「晴に何かあったのか?」

「あったといえばあったような、ないといえばないような・・・」

 安芸の歯切れが悪い。
 どっちなんだよ。

「すみません、淡雪様」

 と言って、安芸はガバっと床に身を伏せた。
 突然の謝罪に僕のほうが驚いてオロオロとしてしまった。
 まさか、晴が重度の鬱になったとか引き籠もったとかいうんじゃないだろうな。

「どうした?」

「私、淡雪様付き侍女の中では一番年下です」 

 それが晴の様子となんの関係があるんだ?

「新参者の年下って、何かと気苦労が多いというか、雑用を押しつけられがちでだし、発言力は弱いし」

 安芸ははっきりとは言わないが、新参者はお局様に気を使うという、どこの世界でもあることをいいたいんだろう。
 こういってはなんだが、僕付きの侍女で最古参は晴だ。
 その晴はメンタル崩壊中で休みを取らせているのに一体誰に気を使っているというんだ?
 西園寺家の侍女達か?
 はっ、まさか、安芸までメンタルやられたんじゃないだろうな。
 僕の侍女が続けてメンタルをやられて戦線離脱したなんてなったらどれだけ僕が横暴なんだってことになるじゃないか。
 僕は自分の考えに戦いていた。

「実は・・・」 

 と、意を決したように安芸が言葉を続けた。

「晴さんに会わせて貰えないんです」

 よ、良かった~。
 メンタル崩壊関係じゃなかったと安堵しつつ、安芸の告げたことに首を傾げた。

「えっ、どういうこと?」

「晴さんを部屋に送っていった日から九重さんが、“いまはそっとしておいて、落ち着かれるのを待たれた方がいいです。こういった精神状態のときは、なるべく接触する人を限定したほうが落ち着かれるのも早いかと。それと、年若い安芸様より年上の私の方が相談もしやすいでしょう。私が気にかけておきますので、安芸様は淡雪様を優先してください”とおっしゃって・・・」

 安芸が切々と訴えた。
 おかしくないか、それ。確かにメンタルがやられているときには人に会いたくはないけどさ、それにしても同じ侍女の安芸にまで会うなっておかしいだろう。

「あの・・・淡雪様・・・それに私、ちょっと気になることが・・・」

 言っていいものか迷っている体で安芸が声をかけてきた。

「なに?」

「九重さんがたまにこっそりと手紙を読んでいることがあるんです」

「手紙くらいは読むんじゃないの」

「そうですけど、辺りをはばかりながら読んだ手紙、燃やしますか?」

「燃やしてた・・・」

「初めはいい人からと思ってたんです。で、恋人からですかと九重さんに聞いたら、凄く怖い顔で、睨まれながら盗み見ですか。感心しませんねっていわれて・・・」

 その時のことを思い出したのか安芸が身震いした。
 九重に睨まれたら怖いかもなぁ・・・って、いまはそこじゃない。
 辺りを気にしながら手紙を燃やしたって?しかも、それを見て言葉をかけた安芸を威嚇いかくしてきたというのか。解せない。

「いま、淡雪様にお話させていただきならが、思ったんですが」

「何を?」

「九重さん、淡雪様から晴さんを離れさせようとしているんじゃないですか?」

「それはないんじゃないか?僕が晴と離間して、九重に何の得があるんだよ」

「晴さんは九重さんより年下じゃないですか。けど、淡雪様に長年仕えていらっしゃるし、信任も厚いから指示をするのは晴さんですよね」

「そうなるかな」

「そうですよ。同じ侍女なのに年下の者から指示を受けるのは、九重さん的にはおもしろくないかと」

 あ~っ、職場あるあるだよね、それ。

「晴さんさえいなければ、冬星様の意を汲みやすくなりますし」

「えっ⁉」

安芸から聞捨てならない台詞が発せられ、僕はぎょっとした。

「ど、どういうこと?」

「淡雪様大事の晴さんの手前、大公様を淡雪様の寝所へご案内するのはできませんもの」

「しなくていいから、それ」

僕は焦った。
額に冷たいものがつーっと流れる。
直江とイタしたくないから避けまくっているというのに手引きされるなんてとんでもない。
九重を今すぐ呼びつけて問い質さないと取返しのつかない事態になるじゃないか。

「安芸、九重を呼んで」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

真面目な部下に開発されました

佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。 ※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。 救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。 日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。 ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...