嫁ぎ先は青髭鬼元帥といわれた大公って、なぜに?

猫桜

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淡雪、宣旨に惨敗からの〜

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 人間、悪い予感ほどよく当たるっていうのは、どうなんだろう・・・そんなとりとめのないことを考えながら僕は御簾の隙間から外を観ていた。
 晩夏とはいえ、強い陽が降り注ぐ厳しい暑さの中、バテもせずに蝉達は大合唱をしている。
 ただでさえ、気分が苛ついているときにミンミンだかジージーだか大音量で鳴かれると余計に苛ついてくる。
 “木に登って叩き落としてやろうか”
 苛ついて知らず知らずのうちに爪先を噛んでいた。

「淡雪様~爪の形が悪くなりますよ~」

「ほっといて」

「そうはいわれましても~」

 晴は丁寧に畳んだ衣装を長櫃ながひつに収納しながら困惑顔をした。
 本当なら今頃はと思うと、ついぞため息が出た。
 あの夜、宣旨が届いてからの西蓮寺家はてんやわんやの大騒ぎだった。
 宣旨せんじは陛下からの意向や命令、言葉を下に伝える文書である。
 これが届いたら例え、皇族であろうと拝跪はいきして受取り、従わなければならない。
 従わないと反逆や謀叛の意思ありとみなされ、降格ならまだしもお取り潰しや討伐対象となり、家の浮沈にかかわってくる。
 故に届いた宣旨は絶対なのだ。
 で、その宣旨が寄りにもよって、いざ、初夜本番開始!というところで届きゃ・・・届いたのだ。
 で、拝領した宣旨に書かれていた内容が、近況報告を求めるみたいなどうでもいいことなら放っておくけど、病状が悪化し、直接会うのは最後かもしれないから伴侶と直ちに上洛し、禁中に上がれと記されていたからもう大変。
 宣旨を読むなり直江は難しい表情するし、光顕や忠勝も眉を寄せていたが、周囲は勝手に

 “すわっ、御譲位か!?”

 と想像し、慌てふためいたのだった。
 そうなるともう僕と直江の初夜なんて、二の次さんの次。
 初夜どころの話ではなくなり、上洛の仕度で大混乱になった。
 それもそのはずで、西蓮寺家の当主は滅多に上洛せず、直江の父、直彰が叙爵した時と父親の直彰が身罷った旨の報告、喪明けに直江が大公家を後継する許しを得る時の三回だけだと。
 いや~驚いた。最低でも年に四回は上洛するのが貴族の常識だ。
 それを・・・
 新年の挨拶とかどうしてたんだろうと光顕に聞いたら、病を理由に挨拶文のみで終わらせていたんだと。
 不敬以外の何ものでもないな、それ。
 我が家がそれをすれば、軽くて殿上差止め。悪くすれば降爵、最悪は奪爵で平民だよ。
 大体、そう都合よく病にはならないし。
 きっと、陛下は解っていても何もいわずに許しているのだと思う。
 その度量の広さは感動ものだよ。
 あっ、話が脱線した。
 家の浮沈に係る事案の前では僕と直江の初夜なんて塵の如く吹き飛んだ。
 要するに上洛が終わるまでは、お預けのままなのだ。
 もうさ、なんか呪われてるとしか言いようがないよ。
 せっかく、その気になったに。
 面白くないったらないぞ!

「淡雪様~大公家の奥方様が~そのように不貞腐れたお顔をするのはどうかと~」

「好きで不貞腐れているわけじゃないよ」

「そういう~態度をしていると~遠のきますよ~」

「ふん、これ以上どうやったら遠のくんだよ」

「言いたくないんですけど~一度あることは~二度ある。二度あることは~三度あるって~言いますし~」

 晴がいやに確信ありげに断言するように言いきった。
 な、なんという事を言うんだ、僕の侍女のくせに。
 不吉すぎるじゃないか。

「淡雪様は~恋愛関係に関しては~疎いところがありますよね~」

 したり顔いう晴が小憎らしい。

「晴、お前だって、その方面は僕と似たりよったりじゃないか」

「えぇ~っ、心外です~。私は~淡雪様よりは~知識はあります~。なにせ~生きた教材資料、恋愛至上主義の姉を~直で見てますから~」

 確かに、晴の姉五月さつきの恋愛遍歴は凄いらしい。
 毎回「これは運命の恋よ」といっては、息を吸うように恋に落ち、フラれては「失恋は女を磨く試練」と泣き叫ぶ。
 確かに、そういう肉親を物心つく前から見ている晴は無駄に知識を得ているよな。
 僕が反論しないものだから、うんうんと頷きながら、

「ああいうことは~その場のノリを逃すと~妙に白けきってしまいますからねぇ~」

 僕の不安を煽る。
 そういわれると僕も段々と不安になってくる。
 そりゃ、婚礼の夜はちょっとした行違いというか、勘違いというか知識不足で初夜どころじゃなかった。
 けど、今回はお互いが盛り上がって、さぁ!!ってときに特大の横やりが入ってきただけで・・・

「大公様は~大丈夫だとは思いますけど~男性の中には~、ここぞという時を逃すとなんといいますか~シラけて~もう、こいつとはどうでもいいかぁ~らしいですよ~」

「・・・」

「ヤレない女よりヤレる女~。その傾向が~強い男ほど俗物~屑~塵芥ちりあくたです~。どれほど高貴でご立派でも~男の下半身に~気品と理性と我慢は~ありません~据え膳食わねば~男の恥~とはよくいったもんです~」

 身近で生きた恋愛遍歴を見てきた晴の言葉は重みがある。
 確かに、そういう言葉はあるし、父上もちょこちょこ浮気紛いのことをしては母上にシメられてたし・・・。
 自慢じゃないが、同じ男だけど僕はいままで婚姻や恋愛に興味のキョの字もなかったから知識の欠片もない。
 世の中、そんな男ばかりじゃない!と強く否定できないところが辛い。
 しかも、晴は直江は違うといいながら、男の下半身に気品と理性と我慢はない、疑いの余地なし!と言い切り、暗にもしかしたらもう初夜はないかもと匂わせている。
 それが否が応でも不安を煽った。
 このまま、直江とはなにもないままに・・・一気に血の気が引いた。
 い、いや別に僕は、ヤりたいといっているわけじゃないぞ。
 たとえ、夫婦となったふたりの間にナニもなくとも、心と心の繋がりこそが大事で、お互いに支え合い、慈しみあって過ごせればそれは究極の理想系。
 けど、この世の中、それじゃ済まないこともある。
 殊に皇家や貴族などは後継をいかに残すか、血統第一主義的なところがある。当主となった者の重要な責務の一つに子孫を残すことがあるくらいだ。この僕だってそこのところは父上から嫌というほど、
「はぁ~、嫁取りをするか嫁に行くかどっちかわからんお前だが、いいか、縁づいたらどういう形であれ子をなすんだぞ」
 とか、
「とりあえず、ヤッてしまえばこちらの勝ちだ」 
 とか、
「桃栗三年、柿八年。子づくり三年、腹一年。運が良ければ二毛作」
 などと、わけのわからないことを聞かされた。
 子どもは神の実を食べて、寝てたらそのうちにできると思っていた僕は、父上の桃栗三年の台詞を聞いた時は、頭の脳みそを誰かが白味噌に変えたんじゃないか?大丈夫か、父上と思ってたんだよな。
 ああ、あの時の僕は清らかだった・・・
 なんて感慨に浸ってる場合じゃない。
 一度目は仕方ないとしても二度目がダメになったことで晴の言葉が現実味醸し出している。
 まさか、このまま・・・
 僕は根暗な迷路に陥り、ぐるぐると陰々滅々な思考の中を周回していた。

「なんですか、この淀んだおどろおどろしい空気は」

「二度あることは三度ある。三度あるなら永遠に続く・・・遠離一切顛倒夢想おんりいっさいてんどうむそう 究竟涅槃くきょうねはん・・・」

 と、ぶつぶつ呟き陰鬱状態の僕に部屋に入ってきた九重は眉をひそめた。
 自分のいったことで落ち込む僕におろおろとしていた晴は九重に助けを求めた。晴から事情を聞いた九重は呆れたようにいう。

「そんなことですか」

「九重は当事者じゃないからね」

 鼻で嗤われたような気がしてキレた僕は噛みついた。

「ええ、当事者ではありません」

「こ、九重さん⁉」

 慌てる晴を九重は軽くいなしていった。

「だからこそ、視えることもございます」

「えっ?」

「要は邪魔されず、初夜をヤれればいいんですよね」

 こ、九重~、そんな身も蓋もない言い方しないでくれるかな。
 それじゃ僕が淫乱みたいじゃないか。

「私に名案がございます」

「へっ?」

「首尾よくいけば、誰にも邪魔されず、直江様と後朝を迎えられるかと」

「ほ、本当?!」

「ええ、おまかせください、淡雪様」

 九重がいやに力強く、きっぱりと断言した。
 


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