嫁ぎ先は青髭鬼元帥といわれた大公って、なぜに?

猫桜

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淡雪侵入す

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 荘厳な屋敷の一角にその部屋はあった。
 飾り気のない端的でありながら深い味わいをもつ枯淡美の基づいた室内で西蓮寺 直江は部下二人を前に今日の戦果について話していた。
 漆と螺鈿で細工された卓の向いで厳しい顔に巨躯をした忠勝がしてやったりと喜色を浮かべた声で

「敵の主力を壊滅近くにまで追い込みました。これで当分は動けますまい」

「しかし、待ち伏せされた事は看過できません」

 護衛にと任命した光顕は忠勝に比べ些か細身だが無駄がなく強靭な筋肉をしているのが服の上からでもわかる。

「ネズミがいるということか・・・」

「何度、駆除しても湧いて出ますな」

「どういたしますか」

 直江の怜悧な瞳に剣呑な色が浮かんだ。

「泳がせる。少しでも不審な動きをした場合は、構わない。先の3人のように始末しろ」

「御意」

「そういえば、あれらはどうした?」

「あれら?」

「あっ!」

 光顕がバツの悪そうな表情を浮かべた。
 その様子に思い当たった忠勝は悪びれずに

「戦闘の後始末に気を取られ、ころっと忘れていましたな」

 肩をすくめた。

「すみません。直ぐに迎えに行きます」

 非常時とはいえ、対象者を置き忘れ失態を冒した光顕は顔色を無くした。
 すぐさま部屋を退出しようとした光顕に直江がそれを止めた。

「光顕、お前はいい。忠勝、頼む。光顕は軍営で怪我の手当をして休め」

「はっ」

 光顕達が退出した部屋で直江は今後の展開に思考を飛ばしていたが、ひとの気配を察すると明かりを消し身を潜めた。




 明かりは月明かりだけという夜の街道を3人でよろよろと歩く。

「も、もう無理・・・もう歩けない」

「淡雪様、私もです~」

「不祥ながら私もです」

 襲われて逃げ出したはいいけど、こんなに歩くとは想像さえしなかった。
 脹脛は引き攣る一歩手前だし、足の裏は痛みと熱でジンジンしている。
 途中、街道の茶店で休憩し、目的地まで3里だといわれ、楽勝と思ったけど、よくよく考えれば、それって12キロじゃないか。
 普段は歩かない貴族の僕達にとっては地獄の行脚だった。

「それにしても、花嫁が消えたというのに迎えがないのは、如何なものでしょうね」

 都築の不満げにつぶやきに僕は頷く。
 全くだ。
 曲がりなりにも僕は侯爵家の令息、しかも花嫁だぞ。
 その僕がいなくなったというのに追っても来ないってどういうこと?!
 大騒ぎするのが普通でしょうが!

「大公家に着いたら説教してやる」

「淡雪様がお説教ですか~?いつも乳母の近江さんにお説教されているから得意ですよね~」

「無駄に叱られてはいませんね」

「そう、伊達にお説教は受けてないって、違うから!」

 失礼な都築と晴を横目にのろのろと歩を進める。
 疲れ果て無駄口を叩く余力もない。
 もう3人とも一歩も歩くことができないと半ば行倒れを覚悟した。
 理不尽さに情けないやら悔しいやらで涙が出できた。
 こんなことで涙を流すなんてどう考えても嫌だと僕のはぐっと目元を拭い、せめてもと大公家のある方角を睨みつけた。
 あぁ、なんか城壁が見えてきた。
 篝火を焚いた立派な門も見える。
 疲れ果てて幻を見てるのかな・・・門を閉めようとして・・・えっ!!
 都築や晴も目を見開いてそちらを見ている。
 幻じゃない・・・

「「淡雪様っ」」「都築、晴」僕たちは同時に声を上げた。

「わ、わっ、門を閉めてますよ~」

「ま、待て!閉ざすな!!」

「閉めるの待って!」

 ここで門を閉じられたら本当に野ざらしで夜を明かすことになる。
 僕たち3人は疲れも忘れ、声を張りあげながら走り出した。




 ドンドンと容赦なく大公家の門扉を叩く。

「開けろ」

「開けてください~」

「開けないか」

「駄目です、誰も出てこようとしません。置き去りにする武将も武将ならこれだけ門前で騒いでいるのに様子を見に来る気配もない使用人も使用人です。大公家はどういう教育をしているのでしょうか」

 都築が言葉尻に苛つきをにじませた。

「淡雪様~どうします?」

 僕は目を眇め

「どうするもこうするも、表から入れないなら壁でも塀でも乗り越えて入ってやろうじゃないか」

「塀は高いですよ」

「僕にやれないことはない。行くよ」

 乗り越えるため塀伝いにを移動する。
 ぐるりと囲まれている白塀の一角に大きな石沿うように出ている場所を見つけた。
 足場にするには足りないか・・・
 石と塀を見比べ頭の中で乗越えるイメージを創る。
 うん、イケそうだな。
 僕はふたりを振り返った。

「じゃ、都築、行って」

「はぁっ?なぜ、私?」

「都築が1番背が高いじゃん」

「お言葉ですが、身軽さで言えば淡雪様かと」

「あ~それは言えますよね~お屋敷でも塀に梯子を掛けてですが、ちょくちょく乗越えては外出していらっしゃいましたしね~」

 晴が同調しつつ、要らないことを喋る。

「そ、そんなことをしていらっしゃったんですか、貴方は」

 都築が目を剥いた。

「偶にだよ、ごく偶に」

「ええっ~むがっ」

 これ以上ばらされたくない僕は晴の口を手で塞いだが
 都築の険しい視線が痛い。

「・・・淡雪様・・・」

「わかったよ・・・梯子がないから都築、手伝って」

 僕は塀を背に膝を曲げた状態で都築を立たせ、腰より少し下の位置で手を組ませた。

「僕の足が手に掛かったタイミングで持ち上げてよ」

「成る程、反動で塀を登るわけですか」

 僕は頷き、

「そういうこと。僕の手が掛かったら足を持ち上げること。いい、行くよ・・・」

 助走を付け待ち構えていた都築の手に足を掛けた刹那、僕の体が押し上げられた。
 小屋組みされた瓦の下に手が上手く掛った。
 僕の体を都築が押し上げようとする。

「晴、お前も手伝え!」

 都築が晴に声を掛ける。

「は~い」

 都築と晴の助力で塀の上に登ることができた僕は
 屋根を跨ぐように腰をかけた。
 下にいてこちらを見上げているふたりに

「ホラ、早く」

 手を伸ばした。
 鳩が豆鉄砲を食ったような表情をした晴と都築はお互いの顔を見合わると、どちらが行くかを押し付けあった。

「晴、呼ばれてるぞ」

「違いますよ~淡雪様は都築さんを呼んでいるんです~」

「いや、淡雪様は気心の知れた侍女に付いてきてほしいはずだ」

「何を仰ってるんですか~都築さんこそ、御前様に懐刀として淡雪様に付けられたんですよね~なら、淡雪様とご一緒するのは都築さんの役目ですよ~」

「何を言うか。屋敷でもデスクワーク専門で体を動かすことの少ない私より、屋敷中を駆け回って体を動かしている晴の方が役に立つこと間違いない!従って、晴、行きなさい」
 
「ええっ~、こういう時こそ、男性の出番ですよ~」

「男女同権、差別はいけないな」

 押し付け合いをしている晴達に頭痛がしてきた。

「ごちゃごちゃ言ってないで、ふたりとも早く来なよ」

「「無理です」」と首をブンブンと左右に振って、息ピッタリに言う。
 来る気がないな、ふたりとも・・・
 晴が情けない声を出す。

「淡雪様~私たち普通の人間には無理です~」

 都築がウンウンと肯定している。
 何てこというんだよ。
 それじゃまるで僕が異常な人間みたいじゃないか。
 主人に対しての尊敬とか崇拝とかはないのか。

「淡雪様が門を開けてくださいよ~」

「晴、なんと素晴らしい提案だ。淡雪様、お願いします」

 滅多に頭を下げない都築が下げる。

「・・・わかったよ、中から門を開けるから。ふたりはそちらに回ってて」

「「はい」」

 下に降りようと体を向けたとき、晴が思い出したように

「あ、淡雪様~これ」

 何やら投げて寄こした。

「家紋を彫り込んだ玉佩ぎょくはいと淡雪様が造られた怪しげな薬です。侵入者と間違われた時のために持っていたほうがいいです~」

「侵入者は問答無用で斬られそうですが、いざという時には無いよりはマシですね」

「都築、お前、何てこと言うんだよ!晴、ありがとう」

「早く開けてくださいね~」

「わかった。じゃぁ、後で」



 




















     
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