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四人の東宮妃候補とひとりの侍衛
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「悠理様、お疲れ様です」
細雪がドアを開けると魂を抜かれた悠理が幽鬼のように立っていた。
「お茶会はいかがでした?」
「・・・荒れた・・・」
御所内の庭園で開かれたお茶会は一言で言えば、女の戦場だった。
いつものごとく、バチバチと火花を飛ばす沙也加と鞠子の間に座った悠理は居心地が悪いのなんの。
せっかくの豪華なアフタヌーンティーセットがお通夜の食事のようにみえる。
紅茶を一口飲むと鞠子が先手を切った。
にこやかに「お和歌ができましたわ」と
「花の色 見る影もなく 崩れたる 思い知らぬは 花水木のみ」
(容色が見る影もなく崩れていることを知らないのは貴女だけね)
南條公爵家の紋、花水木を使い、沙也加が東宮や他の候補より年上なので自分達より老いて容色が衰えることを当てこすった。
悠理がピキーンと固まった。
当てこすられた沙也加も負けてはいない。
年上であることを気にしていたのか、カップを持つ手が怒りで震えた。
キッと目を釣り上げ、
「七重八重 花は咲けども 山吹の 実を一つだに なきぞいとほし」
(容姿はとても美しいですが、知恵がないのはかわいそうですね)
鳥山伯爵家の家紋、山吹と可愛さを鼻にかけた鞠子を山吹に見立て、山吹が実をつけないことを知恵がないおバカさんと返した。
鞠子も学力の面ではこの4人の中では下であることに引け目を感じていた。
頬を引きつらせ、沙也加を睨みつけた。
中務宮家の緋沙子は宮家の血筋か、こんな修羅場にあっても万事おっとりしていて、目の前で繰り広げられている女の戦いをただにこにこと見ている。
「人はいさ 心も知らず 庭に咲く 花水木と 山吹の花」
(人はどうか知りませんが、花水木と山吹の花は宮中にはかかせませんよ)
と悠理は頭痛に苛まれながら必死でひねり出し詠み、なんとか場を取り直そうとするが、お互いの生存をかけたヘビとマングースの戦いを終わらせることはできなかったのだった。
「つ、疲れた、本当に。もう。やだ」
ソファーに身体を投げ出し、疲労困憊といった体の悠理。
「何から何まで張り合わなくても・・・」
「仕方ありませんわ。東宮妃になれば、その先は皇后、男の御子様をご出産されれば国母という地位がかかっているんですもの」
「プレッシャーと気疲れが約束されてそうだけどね」
なにせ沙也加と鞠子がどんな小さな事にでも張り合うのだ。
東宮御所に上がった初日から、滞在中に賜わる部屋のどちらが東宮のいる梨壺に近いのか、部屋の広さはどうなのか、調度品の数や質、食事の品数や量、挙句には陽の射し込む時間帯にまで張り合う。悠理からすれば、不公平のないようその辺りは考えられていると思うのだが。
おまけに主人同士が仲が悪いと当然、侍女達も反目し合う。
「鞠子様の牛のような胸、年を取ったらダラ~ンと垂れてくるのよ。おヘソ近くにまで垂れる胸、これが本当の垂乳根よ~」
と罵れば、
「あんなにギスギスして、更年期障害じゃないのかしら?まだ三十路にもお成りにならないのにね」
と口汚く応酬する。
東宮御所はいまや殺伐とした雰囲気にのまれていた。
だらしなくソファーに寝そべっていた悠理は
「悠理様、悠理様はいらっしゃいますか」
とドアの外から様子を窺う沙也加の侍女の声に慌てて座り直した。
細雪が悠理の衣服の乱れを直したのち、悠理の名代として対面する。
「沙也加様が、ぜひとも悠理様とお話をなさりたいと仰って。いかがでしょうか?」
「悠理様にきいて参りますので、お待ちを」
細雪が振り返ると、悠理は顔の前で指でバツを作る。
「沙也加様からのご招待は光栄なお申し出でございますが、ご存知のように悠理様はお体がお弱く、お疲れが酷うございますので、本日はご容赦をとの事でございます」
細雪はやんわりと断りを入れた。
悠理が病弱であることは周知されているので、使いの侍女も無理にとは言えず、帰らざる得なかった。
沙也加の侍女を返したその直ぐ後に、今度は鞠子の侍女が誘いに現れた。
「伯爵家よりめずらしいお品がとどきましたので、鞠子様は悠理様とご一緒に楽しみたいと仰られていますの」
「少々お待ちを」
顔を顰めて悠理は首を振った。
「ありがたいお誘いなれど、東宮御所に上がられての慣れぬ生活に悠理のお疲れが酷く、これから少しお休みをされるところです。ご病弱故、鞠子様には、平にご容赦をと」
「残念なことにございます。次はぜひに」
と言って帰っていった。
「何なんですの、急に」
「自分側に取り込もうとしてるんじゃないかな」
「そういうことですか」
「ああっ、もう我慢の限界!細雪、ちょっと外に出てくるから」
「はぁっ?駄目に決まってますでしょ」
「そこをなんとか、ねっ?おみやげ買ってくるから」
「・・・チョコレートマフィンで手を打ちましょう」
「了解」
悠理は動きやすい服に着替え、マントを羽織る。
東宮御所内では移転魔法が使えないので、人気のない庭に出て魔法で外に出るため、人目を避けるように御所内を歩いていると前から誰か来る。
悠理は素早く建物の陰に隠れた。
怪しい人物と間違われでもしたらと心臓波打つ。
人が過ぎ去るのをそっと物陰から見た。
長身に侍衛の衣を身に着けた人物を見て
“まさか・・・”
悠理の思考が一瞬停止した。
“えっ、なんで⁉”
もう一度、その人を確認する。
そこにいたのはハルミヤだった。
“どうして、ここにいるの―っ⁉”
悠理は蒼白になってニ、三歩後退り、一目散に部屋へと逃げ帰ったのだった。
細雪がドアを開けると魂を抜かれた悠理が幽鬼のように立っていた。
「お茶会はいかがでした?」
「・・・荒れた・・・」
御所内の庭園で開かれたお茶会は一言で言えば、女の戦場だった。
いつものごとく、バチバチと火花を飛ばす沙也加と鞠子の間に座った悠理は居心地が悪いのなんの。
せっかくの豪華なアフタヌーンティーセットがお通夜の食事のようにみえる。
紅茶を一口飲むと鞠子が先手を切った。
にこやかに「お和歌ができましたわ」と
「花の色 見る影もなく 崩れたる 思い知らぬは 花水木のみ」
(容色が見る影もなく崩れていることを知らないのは貴女だけね)
南條公爵家の紋、花水木を使い、沙也加が東宮や他の候補より年上なので自分達より老いて容色が衰えることを当てこすった。
悠理がピキーンと固まった。
当てこすられた沙也加も負けてはいない。
年上であることを気にしていたのか、カップを持つ手が怒りで震えた。
キッと目を釣り上げ、
「七重八重 花は咲けども 山吹の 実を一つだに なきぞいとほし」
(容姿はとても美しいですが、知恵がないのはかわいそうですね)
鳥山伯爵家の家紋、山吹と可愛さを鼻にかけた鞠子を山吹に見立て、山吹が実をつけないことを知恵がないおバカさんと返した。
鞠子も学力の面ではこの4人の中では下であることに引け目を感じていた。
頬を引きつらせ、沙也加を睨みつけた。
中務宮家の緋沙子は宮家の血筋か、こんな修羅場にあっても万事おっとりしていて、目の前で繰り広げられている女の戦いをただにこにこと見ている。
「人はいさ 心も知らず 庭に咲く 花水木と 山吹の花」
(人はどうか知りませんが、花水木と山吹の花は宮中にはかかせませんよ)
と悠理は頭痛に苛まれながら必死でひねり出し詠み、なんとか場を取り直そうとするが、お互いの生存をかけたヘビとマングースの戦いを終わらせることはできなかったのだった。
「つ、疲れた、本当に。もう。やだ」
ソファーに身体を投げ出し、疲労困憊といった体の悠理。
「何から何まで張り合わなくても・・・」
「仕方ありませんわ。東宮妃になれば、その先は皇后、男の御子様をご出産されれば国母という地位がかかっているんですもの」
「プレッシャーと気疲れが約束されてそうだけどね」
なにせ沙也加と鞠子がどんな小さな事にでも張り合うのだ。
東宮御所に上がった初日から、滞在中に賜わる部屋のどちらが東宮のいる梨壺に近いのか、部屋の広さはどうなのか、調度品の数や質、食事の品数や量、挙句には陽の射し込む時間帯にまで張り合う。悠理からすれば、不公平のないようその辺りは考えられていると思うのだが。
おまけに主人同士が仲が悪いと当然、侍女達も反目し合う。
「鞠子様の牛のような胸、年を取ったらダラ~ンと垂れてくるのよ。おヘソ近くにまで垂れる胸、これが本当の垂乳根よ~」
と罵れば、
「あんなにギスギスして、更年期障害じゃないのかしら?まだ三十路にもお成りにならないのにね」
と口汚く応酬する。
東宮御所はいまや殺伐とした雰囲気にのまれていた。
だらしなくソファーに寝そべっていた悠理は
「悠理様、悠理様はいらっしゃいますか」
とドアの外から様子を窺う沙也加の侍女の声に慌てて座り直した。
細雪が悠理の衣服の乱れを直したのち、悠理の名代として対面する。
「沙也加様が、ぜひとも悠理様とお話をなさりたいと仰って。いかがでしょうか?」
「悠理様にきいて参りますので、お待ちを」
細雪が振り返ると、悠理は顔の前で指でバツを作る。
「沙也加様からのご招待は光栄なお申し出でございますが、ご存知のように悠理様はお体がお弱く、お疲れが酷うございますので、本日はご容赦をとの事でございます」
細雪はやんわりと断りを入れた。
悠理が病弱であることは周知されているので、使いの侍女も無理にとは言えず、帰らざる得なかった。
沙也加の侍女を返したその直ぐ後に、今度は鞠子の侍女が誘いに現れた。
「伯爵家よりめずらしいお品がとどきましたので、鞠子様は悠理様とご一緒に楽しみたいと仰られていますの」
「少々お待ちを」
顔を顰めて悠理は首を振った。
「ありがたいお誘いなれど、東宮御所に上がられての慣れぬ生活に悠理のお疲れが酷く、これから少しお休みをされるところです。ご病弱故、鞠子様には、平にご容赦をと」
「残念なことにございます。次はぜひに」
と言って帰っていった。
「何なんですの、急に」
「自分側に取り込もうとしてるんじゃないかな」
「そういうことですか」
「ああっ、もう我慢の限界!細雪、ちょっと外に出てくるから」
「はぁっ?駄目に決まってますでしょ」
「そこをなんとか、ねっ?おみやげ買ってくるから」
「・・・チョコレートマフィンで手を打ちましょう」
「了解」
悠理は動きやすい服に着替え、マントを羽織る。
東宮御所内では移転魔法が使えないので、人気のない庭に出て魔法で外に出るため、人目を避けるように御所内を歩いていると前から誰か来る。
悠理は素早く建物の陰に隠れた。
怪しい人物と間違われでもしたらと心臓波打つ。
人が過ぎ去るのをそっと物陰から見た。
長身に侍衛の衣を身に着けた人物を見て
“まさか・・・”
悠理の思考が一瞬停止した。
“えっ、なんで⁉”
もう一度、その人を確認する。
そこにいたのはハルミヤだった。
“どうして、ここにいるの―っ⁉”
悠理は蒼白になってニ、三歩後退り、一目散に部屋へと逃げ帰ったのだった。
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