転生ヒロインは何も知らない

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 前世でもそうだったように、近隣住民への配慮などの理由から白高も屋上への立ち入りは原則禁止されており、常に施錠され立ち入る事はできない。
 特別な理由があれば職員室から鍵を借りる事もできるというが、昼食を食べるなどの個人的な理由で鍵を借りることはできない。
 また、鍵を借りるためには管理している教員に理由を説明し、それが正当なものであると認められる必要があるし、実際に借りる場合は管理簿に所属クラスや氏名、貸出時間と返却時間の記録が必要となる。場合によっては貸し出すのではなく、鍵を持った教員が活動に付き添い開錠と施錠を行う。
 つまり何が言いたいかというと、漫画でよくある屋上での昼食や告白シーンというのは現実的には難しい。ほぼ不可能といって良いだろう。
 そうなると次に候補として挙がるのは人気のない校舎裏だ。こちらはもちろん白高でも立ち入りは禁止されていないし、人通りも非常に少ない。しかし全くないかと言われればそれは時間帯によるだろう。
 特に白高のように校舎裏に生徒用の駐輪場がある場合、朝と放課後は自転車通学の生徒が頻繁に立ち入ることになる。
 校舎に対し直角に建つ体育館の裏であれば人通りはなくなるが、体育館を使用する部活が活動しているとその音や掛け声などが換気のために開けられた足元の窓から漏れて非常に騒がしい。
 また、体育館は昼休みも開放されている事から、昼食後の生徒がバスケやバレーなどの球技で遊ぶ姿も良く見られる。
 その上、実際に体育館裏を覗けばわかる事だが、学校の敷地を示すフェンスが高くそびえていて人一人がなんとか通れる程度の幅しかない。
 さらに人が立ち入ることがないという事はつまり手入れもされていないという事で、伸び放題の雑草や学校の敷地内限定ではあるがのびのびと枝葉を伸ばす木が人の侵入を拒んでいる。
 夏ともなればさらに木々が生い茂り、虫も大量に飛び交うだろう。

 学校という場所は、人気のない場所というのが非常に少ない環境と言える。
 場所は昼休みに使われていない特別教室。遠くから笑い声や足音が響いているし、時折この教室の前を誰かが通過する足音も聞こえた。
 だから困惑する私と向かい合う彼女――クラスメイトの吹野智香というショートカットの似合う活発な印象の美少女――は非常に決まり悪そうな顔をしていた。


 そもそも、なぜ私がクラスメイトとはいえ話したこともなく、今日声をかけられるまで名前も顔も覚えきれていなかった彼女と二人きりで扉も窓も締め切った特別教室にいるのかと言えば、彼女に朝一で「昼休みに話がある」と声をかけられたからに他ならない。
 編入して三日目。呼び出されるような覚えなど当然ない。
 恵美に聞いても吹野智香という少女は見た目の印象通り明るく快活で悪印象はないという。恵美も二年に上がってから同じクラスになりお互いに顔と名前と遠目からの印象くらいは知っているが、共通の友人もいないためこれまでに交流はないという。
 ますます呼び出された意味が分からない。

 わからないなら本人に聞くべし、という事で昼休みになると同時にお弁当片手に吹野さんの席に突撃をかましたところ、目を丸くして驚かれた。
 その上ひどく戸惑わせてしまったようで、初日の恵美以上に挙動不審な吹野さんに連れられて階段を上って降りて、校舎裏と体育館裏を彷徨い、昼休みの三分の一を無駄にしたところでようやくこの教室に落ち着いたのだった。

「えーっと……、とりあえずお昼食べない? 昼休み終わっちゃうし」
「……うん」

 朝、声をかけてきたときとはまるで別人のように萎れた吹野さんに、私も困ってしまう。
 まだなぜ彼女が私に声をかけてきたのかすらわからないのだ。何となく、その時の雰囲気から「友達になろう」みたいな友好的な感じではないんだろうとは思っていたが、だからこそ現状に気を使う。

「(き、気まずい……)」

 二人きりで離れて食べるのもなんだし、と四人掛けの机に向かい合わせで座り、お弁当を広げたが、これはこれで気まずい。今朝まで話したこともなかった相手に何を話せばいいのかわからず、無言で夕飯の残りと朝食ついでに作った卵焼きを詰めたお弁当をつつくしかない。
 吹野さんも朝の勢いをそがれ切ってしまったようで、静かにお弁当を口に運んでいる。

 脳内検索エンジンで「クラスメイト 気まずい ランチ」を検索してもやっぱり有効な答えなど出てくるはずもない。「頑張る」ってなんだ。何を頑張ればいいのかを教えてくれ。
 ぞんな自問自答を繰り返しているうちにお弁当も食べ終わってしまい、昼休みも残りニ十分ほどとなる。気まずさから食べるのが早くなっていたようだ。うえ、いろんな意味でお腹痛くなりそう。

「あー……えと、私に話って、なんだったのかな……?」
「っ! げほっ、ごほ……っ」
「あっ、ご、ごめん……!」

 このまま教室に戻るのも、と思ってこちらから聞いてみたがタイミングが悪かったらしい。最後の一口を喉に詰まらせてしまった吹野さんが激しく噎せこむのに、慌てて席を立ち彼女の背後からその背を擦った。

「ごほっ、うぅ……」
「ほんと、ごめんね。大丈夫……?」
「うぐぅ…………っ、ぐすっ」
「ぅえっ!?」

 涙をこぼし始める吹野さんに、私はますます焦ってしまい、スカートのポケットに突っ込んでいたハンカチを取り出し、彼女の手に握らせてやるしかできない。背中はずっと擦っている。

「ど、どうしたの?! 大丈夫? 苦しかった?」

 なんとなく噎せによる生理的な涙ではない気がしたが、急に泣かれる意味もさっぱり分からないので他に聞きようがなかった。背中を擦っていた手を止め、少し迷いながら軽く叩いてみる。誤嚥じゃないのに背部叩打法が効くはずもないとはわかっているが、まともに会話したこともない初対面の女子高生が急に泣き出してしまってどうしたらいいのかわからないのだ。
 前世と合わせてアラフィフと言っても差し支えないだけの年数は生きてるが、その間にもこんな経験はしたことがない。前例のない緊急事態である。
 頼むから泣き止むか理由を教えてほしい、と祈るような気持ちで吹野さんの背を叩いて擦って手を当てて、と思いつく限りの方法で宥める。ボキャブラリーの貧困さがよくわかる手数だ。
 人生の教科書としてきた漫画やゲームは主にアクション主体だったのだから仕方ないと言いたい。少女漫画や乙女ゲームは守備範囲外だったのだ。
 女の子ってどう扱ったらいいのかわかんない、なんて思春期男子みたいなことを思いながらおろおろしていた。

「うえぇぇぇ……、っう、うぅ、ごべんなざい゛ぃぃぃ……」
「えぇー……?」

 泣き止むどころかギャン泣きである。しかもなぜか謝られた。
 いや、彼女が私を呼び出したのが理由は不明ながら本当に好意的な理由でないとすればわからなくもないのだが、それにしても結局のところ私はまだ何もされていない。ちょっと学校の敷地内を連れまわされただけだ。
 そんなことでここまで泣いて謝ってもらうほど怒ると思われていたのならそれはそれでショックだけど。

「あの、吹野さん? 大丈夫だから。落ち着いて、ね?」
「うあぁ、やざじぃ……、うえっ、ずみません゛ん゛ん……」
「効果反転デバフかな???」

 何が大丈夫なのかさっぱりわからないけど、とりあえず落ち着いて泣き止んでもらおうとすればするほど吹野さんはさらに泣きじゃくる。
 ヒールなどの回復魔法でダメージを受けたり、逆に攻撃されると回復するようなゲーム内の反転デバフを思い出して思わず真顔になる。余裕がある訳ではなく、一周回って精神が落ち着いてきただけだ。頭はもれなくばっちり混乱している。

 とりあえずそろそろ予鈴が鳴りそうなので、恵美に連絡だけしてもいいだろうか。
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