転生ヒロインは何も知らない

文字の大きさ
上 下
8 / 25

サポートキャラ①

しおりを挟む
 春休みがあけて二年生に進級した最初の日、私は決意に萌えていた。いや、燃えていた。気持ちが荒ぶりすぎておかしなことになっている自覚はあるけど、今日ばかりは仕方がない。
 だって、今日は、ヒロインちゃんが編入してくる日なのだから……!


 ――『春をもういちど』通称『春いち』は、前世の私が死ぬ直前、ハマりにハマっていた乙女ゲームだ。
 攻略対象は全部で六人。彼らには彼らなりの悩みや葛藤があるものの、他のゲームに比べるとそこまで重苦しい設定ではない。ゲーム自体も流行りの異世界やファンタジーではなく、あくまでも現代の高校生として、等身大の恋愛を楽しむというコンセプトのものだった。

 悪く言えば地味。よく言えば人間味がある。
 攻略対象たちは当然イケメンだけど、過酷な生い立ちや幼い頃のトラウマなんてものはなく、ちょっとしたボタンの掛け違いや思い込みなどによる誤解によって悩み苦しむ、高校生らしい彼らが魅力的だった。
 だからかはわからないけど、若い子にはあまり人気がなかった。社会人で一通りいろんな乙女ゲーをやってきた層に人気のあるゲームで、王子様や騎士様との恋愛を楽しみ剣や魔法を使って戦ってみたりしたあと、『春いち』で一度感覚を現代に戻して他のゲームをする、なんて人もいた。箸休め的扱い、解せる。私もやった。

 ゲーム内ではもちろん、設定集やキャラデザなんかにもヒロインちゃんの顔は公開されていなくて、それがまた世界観的にも良かったのだけど、私は乙女ゲームは攻略対象×ヒロインを推すタイプのオタクであって、夢女子ではないので残念なところでもあった。
 が、そんな『春いち』の世界に転生した。しかもヒロインちゃんの友人という名のサポートキャラ・山本恵美として。

 ヒロインちゃんのご尊顔をしかとこの目に焼き付け、薄い本を厚くすることこそが、前世の記憶を持ちこの世に生を受けた私の使命なのでは???
 前世の同志たちに届かなくとも、この世に新たな同志を作り出す、そういうクリエイティブなオタクに私はなりたい。

 人体練成すら厭わぬ狂気の公式カプ推しオタクたる私は、鼻息荒く登校して、気付いた。

「(待って、ヒロインちゃん見つけられなくない……???)」

 そう、私は、というかプレイヤーはみんなヒロインちゃんの顔を知らない。
 そしてこのゲーム、ヒロインは家の都合で二年生に上がる春に編入してくるのだが、その前日に美容師の姉に髪を切ってもらうミニイベントがある。ここでの選択肢は三つ。

 一、ばっさりやってもらう
 二、ヘアアレンジを教えてもらう
 三、明日は早いので断る

 この選択肢によって、ヒロインちゃんの髪型が変わる。すると初対面での攻略対象たちの好感度にも変化があるのだ。例えば一のバッサリを選ぶとショートヘアになり、クラスメイトで隣の席になる翔君から髪型を褒められたりといった具合に。

 そもそもヒロインちゃんとサポキャラの出会いは始業式後、教室の中でになる。教室に入るヒロインちゃんと火口将也――通称ひー君の出会いイベントで、大柄なうえに見るからに強面な将也にも臆さないヒロインちゃんに感心して、憧れとともに友人になるのが私、山本恵美というサポートキャラである。
 でも、教室までなんて待てない。
 ヒロインちゃんのご尊顔を確認したい、そんな純粋な欲望と、興奮で眠れなかったここ数日の寝不足テンションの結果、私は職員室に突撃した。



「山本、こいつは編入生の花咲な、同じクラスだから。悪いんだが、体育館まで道案内してやってくれ」

 はい喜んでェ! と某居酒屋バイトのようなテンションで返事をする脳内の私と、リアルヒロインちゃんに一周回って賢者タイムに入っている私がいた。
 返事も自己紹介も噛みまくりなうえ、うっかり名前を聞く前にヒロインちゃんのデフォルトネームを呼ぼうとしてしまって慌てて舌を噛んだ。

「花咲音子です、なんかごめんなさい、山本さんは職員室に用事があったんじゃ?」
「あっ、いや、えーっと……だ、大丈夫! あ、あと私のことは恵美で、敬語じゃなくていいからね、クラスメイトなんだし!」

 私の用事はあなたの顔を確認することです、なんて言えるはずもなかった。
 そして初めて見たヒロインちゃんのご尊顔に感動のあまり触れられなかったが、彼女はショートヘアだった。翔君狙いなのかな、とニヤニヤしそうになるけど必死に表情を取り繕ってヒロインちゃんを体育館へ案内した。

 翔君の攻略ルートは一言でいえば青春。甘酸っぱくて可愛い、一番高校生らしいルートだ。
 始業式後、隣の席になったことからコミュ力の高い翔君からヒロインちゃんに話しかけ、そのなかで髪型を褒められる。その後、別の日に翔君の所属するサッカー部のマネージャーに誘われて入部する。
 サッカーが大好きで一生懸命練習を頑張る翔君のために、ヒロインちゃんはマネージャーとしての仕事はもちろん、個人的に差し入れを作ったり、試合前にはお守りを作って渡したりする。
 健気なヒロインちゃんとさわやか好青年な翔君は傍目にも可愛らしい高校生同士でとてもかわいい。可愛いオブ可愛い。
 けれど、話が進むと翔君が大会前の練習試合で怪我をしてしまう。大切な大会に出られないかもしれない不安と焦りから、医師や監督に止められているにもかかわらず練習をしようとする翔君。そんな彼をヒロインちゃんが説得し、ちゃんと怪我を完治させて大会優勝を目指す、というのが大まかな流れになる。
 翔君に関しては他キャラ以上に闇がないのが特徴ともいえる。彼は根っからの善人で、わんこ属性な人懐っこい好青年なのだ。友達も多くてそれにヤキモチを妬いてしまうヒロインちゃんの描写もすごくよかった。ハイ可愛い。

「(とても、良いと思います……)」

 そんな前世知識を掘り起こし、内心で感涙しながら私は手を合わせた。
 きゃあ、と抑えきれなかった黄色い歓声にふと意識を取り戻す。いつの間にか始業式が始まり、生徒会長挨拶まで進んでいたらしい。
 隣に立つヒロインちゃんが驚いたように周囲を見渡しているのが視界の端で見えた。
 わかる、ゲームではそんな描写もなかったから驚くよね、と思ったけどよく考えるまでもなく、彼女も転生者とは限らなかった。相当に浮かれているらしい。

「生徒会長の氷室聡一先輩、すっごいイケメンでファンの女の子多いの」
「そうなんだ……」

 どこかぼんやりとした声で頷いたヒロインちゃんは、まっすぐに、ひたすら総先輩を見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

推しの幼なじみになったら、いつの間にか巻き込まれていた

凪ルナ
恋愛
 3歳の時、幼稚園で机に頭をぶつけて前世の記憶を思い出した私は、それと同時に幼なじみの心配そうな顔を見て、幼なじみは攻略対象者(しかも前世の推し)でここが乙女ゲームの世界(私はモブだ)だということに気づく。  そして、私の幼なじみ(推し)と乙女ゲームで幼なじみ設定だったこれまた推し(サブキャラ)と出会う。彼らは腐女子にはたまらない二人で、もう二人がくっつけばいいんじゃないかな!?と思うような二人だった。かく言う私も腐女子じゃないけどそう思った。  乙女ゲームに巻き込まれたくない。私はひっそりと傍観していたいんだ!  しかし、容赦なく私を乙女ゲームに巻き込もうとする幼なじみの推し達。  「え?なんで私に構おうとするかな!?頼むからヒロインとイチャイチャして!それか、腐女子サービスで二人でイチャイチャしてよ!だから、私に構わないでくださいー!」  これは、そんな私と私の推し達の物語である。 ───── 小説家になろう様、ノベリズム様にも同作品名で投稿しています。

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

エロゲの主人公をいじめるクズな悪役に転生した俺、モブでいたいのになぜかヒロインたちに囲まれている

時雨
恋愛
{簡単なあらすじ} 主人公をいじめ抜き、果てにはヒロインを襲うーーそんな最低最悪な悪役に転生した。しかも最後は死ぬか刑務所行きか……死亡フラグを回避するためにモブでいたいけど、何かと巻き込まれてヒロインたちには懐かれる。奮闘していくうち、ゲーム世界も変わっていくーー {詳しいあらすじ} エロゲの悪役に転生した主人公。ストーカーに絡まれたヒロインを助け、物語は改変する。また、今までしていた悪事を封じたため、親友キャラとも本当の意味で仲良くなった。他にも最初に助けたヒロインがヤンデレ化したり、次に迷子のところを助けたヒロインの秘密を知ったり、最後のヒロインに勉強を教えたり、元主人公と対立したりしていくうちに、ゲーム世界の物語は変わっていく。モブでいようとするが、ヒロインたちには懐かれて…… 最後にはじれじれのハーレムになる予定です! ぜひお楽しみいただけると嬉しいです!

処理中です...