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始業式
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朝から寝ぐせと格闘し、予定よりも少し遅れて家を出た私は、真新しい制服に胸を躍らせ――ている暇もなく、駅に駆け込み電車に飛び乗った。
髪を切ったら頭が軽いのはいいのだが、首筋や背中がやけにスース―してちょっと寒い。
混みあう電車には同じ制服を着た男女がちらほらいて、なんだかドキドキしてしまった。自分で思っている以上に緊張しているようだ。
首にかかる襟足や前髪をちょいちょいいじりながら電車に揺られているうちに、学校の最寄り駅に到着していた。
同じ制服の波に乗って改札を出て、学校までの道を行く。駅名が白鷺高等学校前というだけあって、駅から高校までは非常に近い。通学路にはコンビニや薬局、文房具屋さんにパン屋など学生を対象とした店が軒を連ねており、学生の出入りを横目にしながら私もしばらくは弁当ではなくパン屋や購買、学食を利用してみようかと思う。
学校に着いたらまずは職員室へ来るようにと事前に言われていた通り、三階建ての校舎の階段を上る。一般的な学校と特に変わったところはないが、それでもまだ慣れない建物なので迷わないか心配だったがなんとか無事に職員室へ着くことができた。
「失礼します」
「お、編入生こっちだ。おはよう」
「おはようございます」
職員室は前の学校とさして変わらない。向かい合わせに二列並んだ事務机の窓際の奥、編入試験に合格したのちに顔合わせとして春休み中に説明を担当してくれた男性教師が片手をあげて手招きする。
それに従って彼の近くへ足を進めれば、朗らかな笑顔で迎えられた。
「担任の福田だ、一年間よろしくな。これから始業式だが体育館の行き方わかるか?」
「あー、わかんないです」
「だよなぁ、俺もちょっと用事あって連れて行けねぇし……お、山本!」
素直に首を振れば、担任の福田先生は困ったように眉尻を下げて頭をかく。ちょうど職員室に入ってきた女生徒に向かって手招きする先生は普段からこんな感じなのだろうと思われた。ざっくばらんで人好きのするタイプだ。あまり細かい人とは合わないし、この人が担任でよかったかもしれない。
呼ばれた女生徒は駆け足でこちらに寄ってくると、私を見て目を丸くした。何かに驚いたようだが、そんなに変な顔をしていただろうか。何かついているのかと思ってそれとなく制服を確認するが、特に変なところはないように思われた。
「山本、こいつは編入生の花咲な、同じクラスだから。悪いんだが、体育館まで道案内してやってくれ」
「えっ、わ、わかりました」
「? よろしくお願いします」
先生の指示に戸惑いながらもうなずく山本さんに内心で首を返しげならも頭を下げた。
山本さんに私を任せられて安心したのか、先生はそんじゃよろしく、と軽く手を振って他の先生方との話し合いの輪に参加してしまった。
前世と合わせて五十年近い人生経験だが、前世も今世もゲーマーでリアルな人付き合いはあまり得意ではない私である。気まずいったらない。
「えっと……、私、山本恵美。ねっ、は、花咲さん、よろしくね!」
「花咲音子です、なんかごめんなさい、山本さんは職員室に用事があったんじゃ?」
「あっ、いや、えーっと……だ、大丈夫! あ、あと私のことは恵美で、敬語じゃなくていいからね、クラスメイトなんだし!」
なんだかずっと挙動不審な様子だが、これが彼女のデフォルトなのかもしれない。初対面であまり踏み込むのも失礼だし、なにより私に相手を不快にさせずしょっぱなから踏み込んでいくようなコミュニケーションスキルはないので気にしないことにした。
言われた通り「ありがとう」と返して、二人で体育館へ向かった。
体育館は校舎から渡り廊下でつながっていて、すでに何人かの生徒が体育館へ向かって移動を始めていた。
クラスそろっての移動ではないのか、とちょっと思ったが体育館の中は特にクラス分けもなく生徒たちは思い思いに仲の良いグループを作ってまとまっているので、そういうものかと納得する。
編入が決まった後の説明でも、自主自立の精神がどうたら、と校長先生が言っていた気がする。これもその一環だろう。
「音子、よかったら一緒にいよ」
「うん、ありがと。ちょっと緊張してたから助かる」
恵美に誘われるまま二人で体育館の後方、人の少ない壁際に腰を落ち着けた。
ぼんやりと体育館に集まっている生徒を眺めれば髪を染めていたり、制服を着崩している人が多いことに気付いた。前の学校は校則が厳しく、染髪はもちろん、制服の着用も細かく決められていたので驚きだ。学校によってこんなに違いがあるなんて。
「うち数年前までは私服校だったから、その名残で校則緩めなんだよ」
「そうなんだ、前の学校は厳しかったからちょっとびっくり」
「あー、だからきっちり着てるのか。うちの制服こんなスカート長かったっけって思った」
それは単に中身のアラサーが素足を晒すのに抵抗があっただけです、とは言えなくて笑ってごまかした。
でも恵美や周りに合わせてスカートを短くしておいたほうが目立たなそうではある。膝丈のスカートの裾をいじりながらタイツをはこうと心に決めた。素足はだめだ。今は十七歳だけど、中身のアラサーが素足の自分に堪え切れる気がしない。
「えーっと、さ……音子ってずっとショートなの?」
「え? いや、お姉ちゃんが美容師してて、昨夜新しい学校だしってちょっとテンション上がって切ってもらったんだけど、やっぱり似合ってない?」
「う、ううん! 可愛い! すごい似合ってるよ!」
短い髪、というか風通しの良い首筋が慣れなくて無意識に襟足をいじっていたらしい。恵美に言われてふと心配していたことを尋ねるも、すごい勢いで首を横に振られて少し安心する。
でもやっぱりどうにも無防備な気がしてならないのでまた伸ばそう、と心に決めた。
「ありがと。でもなんか落ち着かないし、また伸ばすつもり」
「えっ、そ、そうなんだ……」
「うん、防御力が下がってる感じがして」
「ぼうぎょりょく……」
伸ばしたところで紙装甲だけど。髪だけに。
アラサーのくだらないギャグについては口にしていないので許されたい。
+++
恵美と編入理由や家族のこと、互いの趣味や好きなテレビ番組など当たり障りのない会話をして時間をつぶし、十分ほど経つ頃、司会を務める教頭が壇上の端でマイクを握り注目を促すした。ざわざわと騒がしかった体育館が静かになる。自由に振る舞っていても、こういうところはきちんとしているのだとわかって少しほっとした。進学校なのでまじめな生徒が多いのだろう。
張り出された紙にある通りの順で式は進み、前世でも前の学校でも同じだったように、校長先生の長い話をぼけっと聞き流す。周りも似たような感じで、あからさまに聞いてない態度を取る生徒はいないものの、その視線が斜め上の天井や指先のささくれに向かってしまうのは仕方がない。
けれどそんな生徒たちも生徒会長挨拶となった途端に顔を壇上へ戻す。体育館のあちらこちらから押し殺せなかったと思われる黄色い悲鳴が漏れ聞こえた。
何事かと周囲を見渡せば、隣の恵美が苦笑を浮かべて小声で説明してくれた。
「生徒会長の氷室聡一先輩、すっごいイケメンでファンの女の子多いの」
「そうなんだ……」
最近の高校生はよくわからん、と思いつつ壇上に登った生徒会長を眺める。残念ながらゲーマーゆえに低下した視力ではコンタクトを入れていても顔まではよく見えなかったのでイケメンかどうかはよくわからないが、まっすぐに立つその姿勢から恵美が言うように厳しい雰囲気を感じた。
アニメや漫画でよく見る生徒会長のイメージそのままというべきか、いかにも文武両道の生徒会長、と言った気配である。やっぱり役職に応じて身なりや姿勢にも相応のものが求められるのか、はたまたそんな人だから生徒の代表たる生徒会長に選ばれたのか。
ぼんやりと鶏と卵のジレンマのような無益なことを考えていると、視線を感じて恵美を振り返る。
「? どうかした?」
「あっ、いや……えっと、何でもないよ……」
何でもない事ないだろうと思う歯切れの悪さだが、式の最中でいくら小声とはいえあまり話し込むのも憚られる。気になりはするものの、前世社会人としては目上の人の話は真面目に聞いている振りをしておきたいので、気にしない事にして視線を壇上の生徒会長へ戻した。
顔だけは真面目に、頭ではゲームのクエストやイベントについて考えている間もちらちらと恵美から視線を向けられるのには気付いていたが、あえて聞かなかった。
出会って数十分だが、彼女の挙動不審にはもう慣れつつある。適応力の高さには自信があるのだ。伊達に前世合わせてアラフィフの意識を持っていない。まぁ実際に生きてきたわけではないし、感覚としては普通に女子高生だ。たまに三十代が顔を出すのはご愛嬌というやつ。
髪を切ったら頭が軽いのはいいのだが、首筋や背中がやけにスース―してちょっと寒い。
混みあう電車には同じ制服を着た男女がちらほらいて、なんだかドキドキしてしまった。自分で思っている以上に緊張しているようだ。
首にかかる襟足や前髪をちょいちょいいじりながら電車に揺られているうちに、学校の最寄り駅に到着していた。
同じ制服の波に乗って改札を出て、学校までの道を行く。駅名が白鷺高等学校前というだけあって、駅から高校までは非常に近い。通学路にはコンビニや薬局、文房具屋さんにパン屋など学生を対象とした店が軒を連ねており、学生の出入りを横目にしながら私もしばらくは弁当ではなくパン屋や購買、学食を利用してみようかと思う。
学校に着いたらまずは職員室へ来るようにと事前に言われていた通り、三階建ての校舎の階段を上る。一般的な学校と特に変わったところはないが、それでもまだ慣れない建物なので迷わないか心配だったがなんとか無事に職員室へ着くことができた。
「失礼します」
「お、編入生こっちだ。おはよう」
「おはようございます」
職員室は前の学校とさして変わらない。向かい合わせに二列並んだ事務机の窓際の奥、編入試験に合格したのちに顔合わせとして春休み中に説明を担当してくれた男性教師が片手をあげて手招きする。
それに従って彼の近くへ足を進めれば、朗らかな笑顔で迎えられた。
「担任の福田だ、一年間よろしくな。これから始業式だが体育館の行き方わかるか?」
「あー、わかんないです」
「だよなぁ、俺もちょっと用事あって連れて行けねぇし……お、山本!」
素直に首を振れば、担任の福田先生は困ったように眉尻を下げて頭をかく。ちょうど職員室に入ってきた女生徒に向かって手招きする先生は普段からこんな感じなのだろうと思われた。ざっくばらんで人好きのするタイプだ。あまり細かい人とは合わないし、この人が担任でよかったかもしれない。
呼ばれた女生徒は駆け足でこちらに寄ってくると、私を見て目を丸くした。何かに驚いたようだが、そんなに変な顔をしていただろうか。何かついているのかと思ってそれとなく制服を確認するが、特に変なところはないように思われた。
「山本、こいつは編入生の花咲な、同じクラスだから。悪いんだが、体育館まで道案内してやってくれ」
「えっ、わ、わかりました」
「? よろしくお願いします」
先生の指示に戸惑いながらもうなずく山本さんに内心で首を返しげならも頭を下げた。
山本さんに私を任せられて安心したのか、先生はそんじゃよろしく、と軽く手を振って他の先生方との話し合いの輪に参加してしまった。
前世と合わせて五十年近い人生経験だが、前世も今世もゲーマーでリアルな人付き合いはあまり得意ではない私である。気まずいったらない。
「えっと……、私、山本恵美。ねっ、は、花咲さん、よろしくね!」
「花咲音子です、なんかごめんなさい、山本さんは職員室に用事があったんじゃ?」
「あっ、いや、えーっと……だ、大丈夫! あ、あと私のことは恵美で、敬語じゃなくていいからね、クラスメイトなんだし!」
なんだかずっと挙動不審な様子だが、これが彼女のデフォルトなのかもしれない。初対面であまり踏み込むのも失礼だし、なにより私に相手を不快にさせずしょっぱなから踏み込んでいくようなコミュニケーションスキルはないので気にしないことにした。
言われた通り「ありがとう」と返して、二人で体育館へ向かった。
体育館は校舎から渡り廊下でつながっていて、すでに何人かの生徒が体育館へ向かって移動を始めていた。
クラスそろっての移動ではないのか、とちょっと思ったが体育館の中は特にクラス分けもなく生徒たちは思い思いに仲の良いグループを作ってまとまっているので、そういうものかと納得する。
編入が決まった後の説明でも、自主自立の精神がどうたら、と校長先生が言っていた気がする。これもその一環だろう。
「音子、よかったら一緒にいよ」
「うん、ありがと。ちょっと緊張してたから助かる」
恵美に誘われるまま二人で体育館の後方、人の少ない壁際に腰を落ち着けた。
ぼんやりと体育館に集まっている生徒を眺めれば髪を染めていたり、制服を着崩している人が多いことに気付いた。前の学校は校則が厳しく、染髪はもちろん、制服の着用も細かく決められていたので驚きだ。学校によってこんなに違いがあるなんて。
「うち数年前までは私服校だったから、その名残で校則緩めなんだよ」
「そうなんだ、前の学校は厳しかったからちょっとびっくり」
「あー、だからきっちり着てるのか。うちの制服こんなスカート長かったっけって思った」
それは単に中身のアラサーが素足を晒すのに抵抗があっただけです、とは言えなくて笑ってごまかした。
でも恵美や周りに合わせてスカートを短くしておいたほうが目立たなそうではある。膝丈のスカートの裾をいじりながらタイツをはこうと心に決めた。素足はだめだ。今は十七歳だけど、中身のアラサーが素足の自分に堪え切れる気がしない。
「えーっと、さ……音子ってずっとショートなの?」
「え? いや、お姉ちゃんが美容師してて、昨夜新しい学校だしってちょっとテンション上がって切ってもらったんだけど、やっぱり似合ってない?」
「う、ううん! 可愛い! すごい似合ってるよ!」
短い髪、というか風通しの良い首筋が慣れなくて無意識に襟足をいじっていたらしい。恵美に言われてふと心配していたことを尋ねるも、すごい勢いで首を横に振られて少し安心する。
でもやっぱりどうにも無防備な気がしてならないのでまた伸ばそう、と心に決めた。
「ありがと。でもなんか落ち着かないし、また伸ばすつもり」
「えっ、そ、そうなんだ……」
「うん、防御力が下がってる感じがして」
「ぼうぎょりょく……」
伸ばしたところで紙装甲だけど。髪だけに。
アラサーのくだらないギャグについては口にしていないので許されたい。
+++
恵美と編入理由や家族のこと、互いの趣味や好きなテレビ番組など当たり障りのない会話をして時間をつぶし、十分ほど経つ頃、司会を務める教頭が壇上の端でマイクを握り注目を促すした。ざわざわと騒がしかった体育館が静かになる。自由に振る舞っていても、こういうところはきちんとしているのだとわかって少しほっとした。進学校なのでまじめな生徒が多いのだろう。
張り出された紙にある通りの順で式は進み、前世でも前の学校でも同じだったように、校長先生の長い話をぼけっと聞き流す。周りも似たような感じで、あからさまに聞いてない態度を取る生徒はいないものの、その視線が斜め上の天井や指先のささくれに向かってしまうのは仕方がない。
けれどそんな生徒たちも生徒会長挨拶となった途端に顔を壇上へ戻す。体育館のあちらこちらから押し殺せなかったと思われる黄色い悲鳴が漏れ聞こえた。
何事かと周囲を見渡せば、隣の恵美が苦笑を浮かべて小声で説明してくれた。
「生徒会長の氷室聡一先輩、すっごいイケメンでファンの女の子多いの」
「そうなんだ……」
最近の高校生はよくわからん、と思いつつ壇上に登った生徒会長を眺める。残念ながらゲーマーゆえに低下した視力ではコンタクトを入れていても顔まではよく見えなかったのでイケメンかどうかはよくわからないが、まっすぐに立つその姿勢から恵美が言うように厳しい雰囲気を感じた。
アニメや漫画でよく見る生徒会長のイメージそのままというべきか、いかにも文武両道の生徒会長、と言った気配である。やっぱり役職に応じて身なりや姿勢にも相応のものが求められるのか、はたまたそんな人だから生徒の代表たる生徒会長に選ばれたのか。
ぼんやりと鶏と卵のジレンマのような無益なことを考えていると、視線を感じて恵美を振り返る。
「? どうかした?」
「あっ、いや……えっと、何でもないよ……」
何でもない事ないだろうと思う歯切れの悪さだが、式の最中でいくら小声とはいえあまり話し込むのも憚られる。気になりはするものの、前世社会人としては目上の人の話は真面目に聞いている振りをしておきたいので、気にしない事にして視線を壇上の生徒会長へ戻した。
顔だけは真面目に、頭ではゲームのクエストやイベントについて考えている間もちらちらと恵美から視線を向けられるのには気付いていたが、あえて聞かなかった。
出会って数十分だが、彼女の挙動不審にはもう慣れつつある。適応力の高さには自信があるのだ。伊達に前世合わせてアラフィフの意識を持っていない。まぁ実際に生きてきたわけではないし、感覚としては普通に女子高生だ。たまに三十代が顔を出すのはご愛嬌というやつ。
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