爛れ顔の聖女は北を往く

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2.聖女、仲間を得てやらかす

27.平原の中心で憎しみを叫ぶ聖女

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 至極今更ではあるが、この世界における金銭は比較的日本と近い。
 銅貨から始まり、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨……と続く。大金貨やさらに上の白金貨については一般市民が生涯で目にすることはないほどの大金だ。
 
 一般的な庶民の月の収入が大銀貨二、三枚程度で、屋台で売られている軽食の類はシャナが腹を満たす分には銅貨か高くても大銅貨一枚がせいぜいと言ったところ。
 大部屋に雑魚寝で風呂トイレ無しの最低ランクの宿屋の一泊の料金も大銅貨でおつりがくる。個室の宿となると最低でも大銅貨からで、食事やトイレ風呂など諸々、快適かつ安全に過ごそうと思うとどんどんと値が上がっていく。

 そういった市場価格からおおよその日本円換算で銅貨が百円、大銅貨が千円、銀貨が一万円、大銀貨が十万円……くらいにシャナは認識している。
 つまり、この世界で風呂トイレ付の個室に泊まるには最低でも十万単位で金が要るらしい。
 そして目の前の御仁はそれを平然と出せる程度に稼いでいるわけで……異世界冒険者ドリームに胸が躍――らない。よく考えたら目の前の高ランク冒険者は人間ではなくライフル銃だ。しかも広範囲精神攻撃まで備えている。
 ごくごく平凡な一般人であるシャナがどんなに鍛えても、足掻いても逆立ちしたってそんな化け物になれる気がしない。生まれ変わっても無理だ。
 
「格差社会が憎い……!」
「宿代より先にシャナは魔法鞄マジックバッグ買ったほうがいいぞ」
「まじっくばっぐ……」
 
 現実的な壁貧乏に頭を抱えていたせいか、唐突にファンタジーな単語を向けられて理解が追い付かなかった。
 呆けた顔でヴィルを見上げれば、彼は自身の腰に提げたポーチを軽く叩いて見せた。

 革製と思われる上品な光沢のある丈夫な作りだ。多少くたびれた感があり使い込まれてはいるものの、大切に扱われていることがよくわかる。
 大きさはシャナの両手に収まる程度で、ヴィルが使用するには小さすぎるようにも思えたそれから、明らかに容積を超える品々が次々に取り出される様子はループ映像のようだった。

「こいつは容量は大きいのと物が小さいから非常時の備えを主に入れてる。ポーションや非常食やらだな」
「ほ、ほぁー……! すごい、こんなちっちゃいポーチにこんなに……!」
 
 取り出されたポーションや薬、非常食など野営用具の数々は一つ一つは小さいものの、シャナがテントなどを持ち運んでいる鞄でも収まりきらないほどの量がある。
 異世界もの作品では定番であるチートアイテムこと、マジックバッグの実演にシャナのテンションは上がりっぱなしである。体力が伴っていればその場で手を叩いて飛び跳ねていただろう。
 あまりにも喜びすぎてヴィルに苦笑とともに宥められた。
 
「そのでけぇ鞄じゃ咄嗟に動きが鈍るし、なにより持ってるだけで体力使っちまうだろ」
「そうなんですよ! でも全財産なので宿に置いておくわけにもいかなくて……」
 
 全面的に同意である。テントや寝袋はどうしても丈夫さが求められるために生地が厚くなり、比例して重さも増す。鞄自体も丈夫な作りなだけあって単体でもそれなりに重いため、全て納めると肩にずっしりと食い込むほどに重いのだ。
 今のように疲れ切っているとうっかり気を抜いた拍子にふらついてしまう。というか、川辺まで戻る間にも何度かふらつき、そのたびにヴィルにフードを掴んで引き戻された。まるで迷子紐をつけられた子供の気分だった。
 
「買うときは子供相手だと足元見てくる奴もいるから気をつけろよ」
「……だってよ、エドガー」
「えっ? うん? わかった。何が?」
 
 川底に見つけた何かを拾おうと手を伸ばしていたエドガーが唐突に呼ばれて驚きとともに振り返った。話は聞いていなかったが、声は聞こえたらしい。訳も分からずうなずくのはやめなさいと教えてやるべきか。
 
「……」
 
 話の流れから察したのか、ヴィルの新緑の目が「まさか、嘘だろ」と言わんばかりにシャナへ向けられる。その視線にシャナはにっこりと笑顔を浮かべてうなずいてやった。
 
「改めまして、E級冒険者のクラシャナ、二十五歳です」
「うっそだろ……?! どう見てもエドガーより年しt……あ、」
「今年、二十六になります」
「はァ!? あ……いや、悪い。小s……小柄だし、えーと……若く見えたから、つい……」
 
 にっこりと笑顔で畳み掛ければ、ヴィルはそのたびに目を丸くした。言葉を選んでいるつもりのようだが、全然選べていない。
 
「いいんですよ、これまでに何度か子供のフリしたこともありますから」
 
 正確には自ら偽ったわけではなく、周囲の誤解を訂正しなかっただけなのだが、まぁ結果的には同じである。
 遠い目で川の向こうの地平線を眺めだすシャナに、ヴィルもかける言葉が見つからないようだった。
 
「と、とにかく魔法鞄だ。高いが便利だし冒険者なら一つは持ってた方がいい」
 
 な! と同意を求められてシャナは静かに目を閉じた。
 
 まったく、このライフル銃ときたら、とんでもないことを簡単に言ってくれやがる――
 
「財力が欲しい……っ! 格差社会が、憎い……っちくしょぉぉぉ!!!」
 
 シャナ渾身の叫びが、平原の彼方まで響き渡った――。


 その後、街に戻るなりあまりに切実だったシャナを見かねたヴィルにより、公衆浴場へエドガーと二人まとめて放り込まれそうになったのだが、断固拒否させていただいた。
 
 どんなに風呂が恋しかろうと、男湯に入るわけにはいかないのである。
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