爛れ顔の聖女は北を往く

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2.聖女、仲間を得てやらかす

26.戦闘指導

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 腹を満たしたところで、エドガーの強い希望もあって新人冒険者二人はヴィル――本人から「ヴィルヘルムさん」との呼び方は長いし丁寧すぎて気持ち悪い、と言われた――の指導のもと、またも角兎ホーンラビット大野鼠プレインズラットの群れと戦闘を繰り返していた。

「エドガー、動きが雑になってるぞ。シャナはもっと全体を見て足止めと攻撃を使い分けろ」
「は、はいっ!」
「びゃい……っ!」
 
 前衛としてエドガーがいてくれるおかげで一人囲まれた時よりは冷静に立ち回れていると思ったが、歴戦の高ランク冒険者からすればシャナなどまだまだ及第点にも及ばないらしい。
 
 戦闘音に引き寄せられてどこからともなくわらわらと集まる小型の魔物たちをシャナの魔法で足止めや牽制し、エドガーの剣で払うのを繰り返す。
 ときおりヴィルの方へ向かう魔物もいるが、彼は視線すら向けることなく軽い動作で蹴り飛ばしていた。蹴り飛ばす方向がエドガーやシャナの目の前なのは間違いなくわざとだろう。なんとも器用なスパルタ教官である。

 とはいえすでに三十分近く戦いっぱなしであり、エドガーですら息が上がっている。シャナも疲労感から思考が鈍くなってきているのを自覚していた。
 
(やっぱり早急に杖を買おう。身の丈程の長いやつを……)
 
 余裕もないくせにそんな他所事をちらとでも考えたせいだろう。シャナの放った”光線”魔法が狙いを逸れて大野鼠の足元に当たった。
 
「あ」
 
 驚きか怒りか――どちらにせよ驚異的な跳躍力でもって一瞬で距離を詰めた大野鼠の鋭い前歯が目の前できらりと光った。
 
(――またお前か……!)
 
 初戦闘で転ばされ土を食わされたことといい、先ほど一人囲まれて小学生以来の前転を披露する羽目になったことといい、何かと大野鼠とは縁があるようだ。とてもいらない。
 来世もきっともふもふ至上主義であろうシャナだが、鼠だけは除く、と注意書きが必要かもしれない。
 やっぱり早々に今世を諦めてそんなことを思った。

「――よっ」
 
 軽い掛け声と共にシャナの目の前を何かが高速で横切り――大野鼠を撃ち抜いて行った。
 どさり。足元に頭に穴の開いた大野鼠が落ちた。
 ぽかんとするしかない。何が起きたかわからない。三視点くらいのリプライでビデオ判定を求めたい。さっぱり意味が解らないが、とりあえずヴィルの投げた小石のおかげで命拾いをしたことだけはわかった。
 ライフル銃のかたですか? そう声に出さなかったのは単純に疲労と驚きで発語機能が損なわれてしまっていたせいだ。
 
(異世界冒険者の腕力すごいしゅごい……)
 
 遠い目をしながらシャナはその場に崩れ落ちた。腰が抜けたのと疲労で、もうなんかちょっと、色々と勘弁してほしかった。

「まずは体力だな。いったん休憩するぞ」
 
 言いながらシャナの隣に立ったヴィルは自然体だ。少なくともシャナにはそう見えた。
 
 だというのに、一瞬でその雰囲気が変わった。
 
 この場だけ重力が増したかのように空気が重く圧し掛かり、先ほどまで爽やかに吹いていた風が肌をピリピリと刺激する。
 先にへたり込んでいたから良かったようなものの、きっと立った状態でもっと間近でヴィルを見たら、気やら尊厳やらを失っていたかもしれない。
 声どころか息を吐くことすらできず、瞬きすらも気付かれて視線を向けられたら――そんな恐怖で知らず冷や汗が流れた。
 
 どれほどそうしていただろう。
 一分にも一時間にも思える時間の果て。事の起こりと同様、唐突にそれは終わった。
 
「……っぶは、い、いまのって……」
「――……っ、はぁ」
 
 背後でエドガーが大きく息を吐いたのを皮切りに、シャナもようやく自分が息を止めていた事に気付いた。呼吸の仕方すら忘れてしまったような心地で、慎重に肺の中の空気を吐き出した。
 
「威圧だ。殺気とかまぁ色々呼び方はあるが、雑魚ならこれで向こうが逃げる」
 
 言われて気が付いたが、先ほどまで周囲を取り囲んでいた小型の魔物たちがみなどこかへ消えてしまっていた。
 あるのはただエドガーとシャナが倒した肉塊だけである。
 
「片付けたら川まで戻って休憩するぞ」
 
 絶望的な言葉だった。
 自らが生み出した状況とはいえ、最後の方はとにかく倒すことだけ考えていたせいで、皮を剥ぐのも角を採取するのも困難なほどの損傷状態のものが多い。
 エドガーと二人、顔を見合わせてどちらともなくげんなりとしたため息を吐いた。


 +++


 疲れ切った身体に鞭打ってなんとか片づけを終えた一行は、昼食をした川辺に戻ってきていた。
 エドガーは再び下着姿で川に入って汗や泥、返り血を洗い流していた。うらやましく思いながら、シャナはまた濡らした布で顔や手足を拭く。
 
「お風呂が恋しい……」
「公衆浴場なら泳げなくても入れるだろ」
 
 思わず漏れたぼやきを拾ったのは、隣で顔を洗っていたヴィルだ。彼自身は汗ひとつかいていないが、乾燥気味の風に舞い上げられた砂埃は気持ち悪いものだ。
 
「公衆浴場?」
「……アスローの街ならいくつかあるが、……冒険者向けはやめとけ」
 
 そんな施設があったとは、という驚きと共に復唱してしまったが、この世界では一般的な施設なようである。
 下手にこれ以上質問を重ねるのも不審かと慌てて口を噤んでヴィルの様子を伺うも、彼は特に気にした風もなく水袋に口を付けていた。
 
「冒険者向けはダメなんです?」
「荒っぽい奴が依頼後に来るからお前らみたいなのは絡まれやすい。あとたまに血や泥塗れの奴が入ってくる」
「うへぁ……」
 
 ついつい興味を押さえきれずに質問を重ねれば、指折り難点を挙げられてシャナの口からため息ともとれる奇声が漏れた。
 
「稼ぎ次第だが風呂付きの宿屋が一番いいのは確かだな」
「……ちなみに一泊のご予算は?」
「大銀k「あ、もう結構です」……」
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