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2.聖女、仲間を得てやらかす
25.香草焼き
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「ヴィルさん……?! うわ、うわぁ……本物……うわぁぁ……!」
川辺まで送ってくれたヴィルヘルムを見るなり、探していたシャナのことなど頭からすっぽ抜けたようにエドガーが壊れた。彼の背後に高速で振られる尻尾が見える気がした。
「エドガーだったか? 王都に向かったって親父さんに聞いたが」
「は、はい! 王都でしばらく活動してたんですけど、都会の生活に慣れなくて……」
エドガーとヴィルヘルムは同じイェーレブルー出身で、そもエドガー少年が冒険者を志すようになったのもヴィルヘルムの所属する<北辰の牙>という高ランク冒険者チームに憧れてのことであるらしい。
情報交換の際に言っていた先輩冒険者と言うのが<北辰の牙>とのことだ。
ヴィルヘルム以外のメンバーは顔も名前も知らないが、報連相の重要性を理解しているという一点のみでシャナは「きっと良い人たち」と判断した。報連相を疎かにする取引先や他部署の上司とのあれこれのせいなので、シャナがちょろいというわけではない。……はずである。
感動の再会に涙せんばかりに喜ぶエドガーの、傍から見ても眩しすぎる羨望の眼差しを向けられている本人は、慣れを感じさせるにこやかさで対応している。
アイドルとファンみたいなものか、と一人納得したシャナは中途半端に放り出していた昼食準備を再開した。
とはいえ採取したハーブをナイフで微塵切りにして塩胡椒をした串肉に刷り込み焼くだけの手抜き調理だ。
エドガーと自分、そして助けてもらったお礼としてヴィルヘルムの分――というにはちょっと多めになったのは、解体の際に値が付かないほど失敗したものが多かったせいだ。むろん、シャナが解体した分である。
火の弱まっていた焚火に拾った枝を放り込んで火力を強め、その周りに串肉を刺す。あとは焦げないように向きや距離を調整してやればほどなくして焼けた肉の脂と刷り込んだハーブの香りが周囲に漂った。
「――それで、ヴィルさんに……、いい匂い……」
熱心にヴィルヘルムに話しかけていたエドガーも、成長期の少年らしく香ばしく食欲をそそる香りに気を取られて鼻をひく付かせた。
応対していたヴィルヘルムもつられるように匂いの出所である焚火へ目を向けた。
「お話し中のところすみません、昼食の準備ができたのでヴィルヘルムさんも良ければ」
解体した肉を包むために採取していた朴の木に似た広葉樹の葉を”浄化”魔法で清め、皿代わりに串肉を乗せて二人の前に差し出せば、ぐぅ、と素直な腹の虫が鳴いた。
「へへ……、すっごい美味そう!」
「角兎か? あまり嗅いだことのない匂いだが」
腹を押さえたエドガーが照れたように笑って串肉に手を伸ばす。ヴィルヘルムも興味深げに手に取り、よく焼けて脂の滲む肉をしげしげと眺めては改めて匂いを確認して首を傾げた。
二人の反応から、胡椒は出回っていてもハーブはそうでもないらしいと察する。
「故郷でよく使っていた香草がこの辺でも採取できたので、塩胡椒と二種類作ってみました」
自分の分の串肉を指差しながら焼かれて茶色くなったハーブの香りだと説明すれば、若干の警戒を滲ませていたヴィルヘルムも先ほどまでシャナが採取していた葉のことか、と納得したらしい。
「んっ?! んんー! んまいよこれ!」
食欲に突き動かされるまま、早々に食べ始めていたエドガーが歓声を上げる。目を輝かせながらも口はすでに二切れ目に齧り付いており、視線だけでシャナを称賛してくる。眩しい、溶けちゃう。
そっと目を逸らしながらシャナもよく焼けた肉に齧りついた。
張りのある肉は歯を立てれば押し返すような弾力があり、食感や淡泊な味は鶏肉に近い。口の中に広がる香草の爽やかな香りが食欲を刺激して咀嚼が進んだ。もともと脂質の少ない肉だが、香草焼きにしたことでよりさっぱりと頂ける。
塩加減も良い感じだと内心で自画自賛しながら味わった。
「……うん、うまいな! この匂いが特にいい」
シャナが肉をひと切れ食べている間にすでに一本を完食したヴィルヘルムが感心したように言う。
命の恩人の口にあったようで一安心である。そっとおかわりを差し出した。
エドガーもすでに二本目に齧りついており、反対の手には三本目まで握られていた。実に成長期の少年らしいわんぱくぶりである。
そんな食欲旺盛な若者に遠慮は無用だと思ったのか、ヴィルヘルムも二本目を手にした。今度はハーブを使っていない塩胡椒のみのシンプルな串肉である。
塩胡椒だけで味付けした肉は少し強めに胡椒を効かせており、ピリリとした辛みが舌先を刺激するはずだ。ハーブによる臭み消しがないせいで少しクセのある後味だが、嫌な風味でない事は一足先に味見と称して一切れずつ食したシャナも知っている。
「……エールが飲みたくなる」
「香草焼きの方はワインもおすすめですよ」
胡椒の香りを噛み締めながらヴィルヘルムが口惜し気に呟いた。冒険者のイメージ通り健啖家で酒豪なのかもしれない。
シャナとしてはハイボールをぐいーっと行きたいところであるが、その名で通るか不安だったので無難なところでお勧めしておいた。
屋台や宿屋でしか食事をしてきていないせいか、蒸留酒や炭酸水の存在がまだ確認できていないのだ。
エールもワインも日本で飲んでいたもの程ではないがそれなりにおいしくいただけたが、アラサーの身で糖質の多い酒をがぶ飲みする罪悪感は酔いが冷める。最初の一本だけビールであとはひたすらハイボール、が日本でOLをしていた頃のシャナの定番だった。もちろんビールは糖質オフのやつである。
酒に思いを馳せるヴィルヘルムとシャナをよそに、肉を口に詰め込む少年の「おいしい!」が平原に響き渡った。
川辺まで送ってくれたヴィルヘルムを見るなり、探していたシャナのことなど頭からすっぽ抜けたようにエドガーが壊れた。彼の背後に高速で振られる尻尾が見える気がした。
「エドガーだったか? 王都に向かったって親父さんに聞いたが」
「は、はい! 王都でしばらく活動してたんですけど、都会の生活に慣れなくて……」
エドガーとヴィルヘルムは同じイェーレブルー出身で、そもエドガー少年が冒険者を志すようになったのもヴィルヘルムの所属する<北辰の牙>という高ランク冒険者チームに憧れてのことであるらしい。
情報交換の際に言っていた先輩冒険者と言うのが<北辰の牙>とのことだ。
ヴィルヘルム以外のメンバーは顔も名前も知らないが、報連相の重要性を理解しているという一点のみでシャナは「きっと良い人たち」と判断した。報連相を疎かにする取引先や他部署の上司とのあれこれのせいなので、シャナがちょろいというわけではない。……はずである。
感動の再会に涙せんばかりに喜ぶエドガーの、傍から見ても眩しすぎる羨望の眼差しを向けられている本人は、慣れを感じさせるにこやかさで対応している。
アイドルとファンみたいなものか、と一人納得したシャナは中途半端に放り出していた昼食準備を再開した。
とはいえ採取したハーブをナイフで微塵切りにして塩胡椒をした串肉に刷り込み焼くだけの手抜き調理だ。
エドガーと自分、そして助けてもらったお礼としてヴィルヘルムの分――というにはちょっと多めになったのは、解体の際に値が付かないほど失敗したものが多かったせいだ。むろん、シャナが解体した分である。
火の弱まっていた焚火に拾った枝を放り込んで火力を強め、その周りに串肉を刺す。あとは焦げないように向きや距離を調整してやればほどなくして焼けた肉の脂と刷り込んだハーブの香りが周囲に漂った。
「――それで、ヴィルさんに……、いい匂い……」
熱心にヴィルヘルムに話しかけていたエドガーも、成長期の少年らしく香ばしく食欲をそそる香りに気を取られて鼻をひく付かせた。
応対していたヴィルヘルムもつられるように匂いの出所である焚火へ目を向けた。
「お話し中のところすみません、昼食の準備ができたのでヴィルヘルムさんも良ければ」
解体した肉を包むために採取していた朴の木に似た広葉樹の葉を”浄化”魔法で清め、皿代わりに串肉を乗せて二人の前に差し出せば、ぐぅ、と素直な腹の虫が鳴いた。
「へへ……、すっごい美味そう!」
「角兎か? あまり嗅いだことのない匂いだが」
腹を押さえたエドガーが照れたように笑って串肉に手を伸ばす。ヴィルヘルムも興味深げに手に取り、よく焼けて脂の滲む肉をしげしげと眺めては改めて匂いを確認して首を傾げた。
二人の反応から、胡椒は出回っていてもハーブはそうでもないらしいと察する。
「故郷でよく使っていた香草がこの辺でも採取できたので、塩胡椒と二種類作ってみました」
自分の分の串肉を指差しながら焼かれて茶色くなったハーブの香りだと説明すれば、若干の警戒を滲ませていたヴィルヘルムも先ほどまでシャナが採取していた葉のことか、と納得したらしい。
「んっ?! んんー! んまいよこれ!」
食欲に突き動かされるまま、早々に食べ始めていたエドガーが歓声を上げる。目を輝かせながらも口はすでに二切れ目に齧り付いており、視線だけでシャナを称賛してくる。眩しい、溶けちゃう。
そっと目を逸らしながらシャナもよく焼けた肉に齧りついた。
張りのある肉は歯を立てれば押し返すような弾力があり、食感や淡泊な味は鶏肉に近い。口の中に広がる香草の爽やかな香りが食欲を刺激して咀嚼が進んだ。もともと脂質の少ない肉だが、香草焼きにしたことでよりさっぱりと頂ける。
塩加減も良い感じだと内心で自画自賛しながら味わった。
「……うん、うまいな! この匂いが特にいい」
シャナが肉をひと切れ食べている間にすでに一本を完食したヴィルヘルムが感心したように言う。
命の恩人の口にあったようで一安心である。そっとおかわりを差し出した。
エドガーもすでに二本目に齧りついており、反対の手には三本目まで握られていた。実に成長期の少年らしいわんぱくぶりである。
そんな食欲旺盛な若者に遠慮は無用だと思ったのか、ヴィルヘルムも二本目を手にした。今度はハーブを使っていない塩胡椒のみのシンプルな串肉である。
塩胡椒だけで味付けした肉は少し強めに胡椒を効かせており、ピリリとした辛みが舌先を刺激するはずだ。ハーブによる臭み消しがないせいで少しクセのある後味だが、嫌な風味でない事は一足先に味見と称して一切れずつ食したシャナも知っている。
「……エールが飲みたくなる」
「香草焼きの方はワインもおすすめですよ」
胡椒の香りを噛み締めながらヴィルヘルムが口惜し気に呟いた。冒険者のイメージ通り健啖家で酒豪なのかもしれない。
シャナとしてはハイボールをぐいーっと行きたいところであるが、その名で通るか不安だったので無難なところでお勧めしておいた。
屋台や宿屋でしか食事をしてきていないせいか、蒸留酒や炭酸水の存在がまだ確認できていないのだ。
エールもワインも日本で飲んでいたもの程ではないがそれなりにおいしくいただけたが、アラサーの身で糖質の多い酒をがぶ飲みする罪悪感は酔いが冷める。最初の一本だけビールであとはひたすらハイボール、が日本でOLをしていた頃のシャナの定番だった。もちろんビールは糖質オフのやつである。
酒に思いを馳せるヴィルヘルムとシャナをよそに、肉を口に詰め込む少年の「おいしい!」が平原に響き渡った。
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