爛れ顔の聖女は北を往く

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2.聖女、仲間を得てやらかす

22.花売り

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 エドガーとアスローの街近くの草原で朝から狩りをした結果、角兎ホーンラビット討伐の報酬と素材の買取価格が<赤鷲亭>で二泊してもおつりがくる程度の稼ぎになった。
 二人で分けても前日までの稼ぎとは比べるべくもない。
 
「こ、効率がすごい……」
「やっぱりソロより楽だし稼げるね」
 
 ギルドの隅で報酬を分け合った二人は、改めて効率の良さを実感していた。
 特に一人では攻撃手段に乏しいシャナからすれば、破格である。しかも今日は二人の連携確認という事で討伐も容易な角兎を相手にしたが、まだまだ余裕があった。
 
「明日からも組むってことで良いよね?」
「うん、もちろん! よろしくお願いします」
 
 エドガーが笑顔で差し出した手に、しがみつくような気持ちでシャナは握手した。エドガーの背に後光が差して見える。
 金欠のシャナにとって、彼はまさに救世主だった。
 
「こちらこそ! 明日はもう少し難しい討伐をやってみてもいいかもだね」
 
 エドガーが依頼の張り出された掲示板の方へ視線を向けたところで最後の鐘が鳴った。
 この世界では時計もあるにはあるが、個人が気軽に所有できるようなものではないため、朝六時から夜の八時まで、二時間おきに鐘が鳴らされる。
 
「もうこんな時間か、明日に備えて宿に戻ろうか」
「そうだね。明日も朝一の鐘でギルドに集合で良い?」
「うん、早めに依頼受けて、めいっぱい稼ごう!」
 
 エドガー本人はそこまで金欠ではないらしいが、それでも旅費がなくてアスローから出られないシャナに付き合ってこう言ってくれる。
 一回り近く年下だというのに、人間としての器の大きさを感じた。異世界人は優しさが足りないなどと卑屈になっていたシャナだが、今日一日をエドガーと過ごしたことでいくらか人間不信が緩和されていた。
 明るい笑顔に頷き返しながら、内心で手を合わせた。心優しき少年に幸あれ。

 ギルドを出て「また明日」と宿に向かって歩き出しながら、互いにあれ? と視線を交わした。
 
「えっと、エドガーも宿はこっちの方?」
「あ、うん。<赤鷲亭>ってとこなんだけど」
「えっ」
 
 危なかった。シャナは内心でほっと息を吐いた。
 うっかり「送ってくれなくてもいいよ」などと自意識過剰なことをいうところだった。
 シャナのことを「年上だけど小柄な男性」と認識しているエドガーとはいえ、さすがにそれはないだろう。せめて女性と認識されているならともかくだ。
 
「同じ宿だったんだ! びっくりしたー、花売りだったらどう断ろうって考えちゃったよ」
「ぶっ……! そ、んなことしないからね……?!」
 
 胸を撫でおろしつつ自身の誤解を笑うエドガーに、シャナの方が思いがけないことを言われて驚いた。
 慌てて全力で否定させていただく。

 トルトゥから一日程北上した小さな村の宿屋で、不機嫌顔の女将に「うちは花売り禁止だよ」と睨まれた際に、シャナは初めて<花売り>という言葉を知った。
 唐突だったこともあり、ぽかんとしながら「はぁ……?」と訝しげな顔をしてしまった。
 すると意味が通じていないことを悟った女将が逆に訝しむような眼でシャナの頭から足元までを観察し、「……見たとこ武器も持ってない駆け出し冒険者だろう?」と確認された。
 確かに野営用の小型ナイフ以外に武器らしい武器は持っていない登録したばかりの冒険者だ。しかもそのナイフも鞄の中にしまいっぱなしという不用心さである。
 
「そうですけど……」
「女も男も稼げない冒険者なんかは宿で客を取ったりするもんだけど……、あんた金はあんのかい?」
「……」
 
 意味を理解するのに時間がかかった。
 一拍ののち、理解したことでどっと疲労感が増した気がした。
 年齢=彼氏いない歴の喪女でも箱入りではないし、なんならオタクなのでそれなりに知識だけはあると自負している。が、この世界に喚ばれてから常に生死の境を綱渡りしているような精神状態で、実際にトルトゥでは二重の意味で身の危険も感じたばかりのシャナである。
 控えめに言って、メンタルが直葬された。
 
 もはや言葉で答えるのも億劫で、ポーチから財布代わりの巾着を取り出し、音を立てて硬貨をカウンターに置いた。
 必殺の金貨ビンタである。恐らく異世界に来て身につけた何よりも効果と威力がある。
 
「あら、まぁまぁまぁ……、悪いねぇお客さん。ぼろい宿だから声や物音が筒抜けで苦情があったもんだから、ついねぇ……おほほほ」
 
 金色の輝きに目を丸くし、不機嫌顔からにんまりとした笑顔に一変した女将さんの態度に何かを思うほど精神的な余裕もなく、おつりと部屋の鍵を受け取ってさっさと部屋にこもった。
 ぐったりだった。たぶんそのときのシャナは人間よりもゾンビとかスケルトンにほど近い生物だった。ゾンビやスケルトンが生物か否かという議論はとりあえず脇に置いておく。
 

 そんなぐったりな経緯から<花売り>について学んだシャナは、以降の宿泊で必ず店主に「花売りなし」と伝えるようにしている。
 トルトゥでは知らずに何も伝えず泊まったため、店主があの暴漢たちを通したのだろう。理解はしたが、納得はいかない。
 
 この世界では――貴族や大商人などの使う高級宿や、禁止している宿を除いて――普通に商売として成り立っているため、宿泊客から申し出ない限り宿屋がわざわざ聞くことはないらしい。日本の接客サービスを少しは見習って頂きたい。
 恐らくだが、トルトゥで店主に苦情を申し立てたり、街の衛兵に被害を訴えても取り合ってはもらえなかっただろう。異世界は本当に世知辛い。

 この世界では十五歳で成人と見なされるが、現代日本人のシャナからすれば十六歳のエドガーはまだ高校一年生の子供である。元より花売りなどする気はないが、倫理観が悲鳴をあげる。
 
「本当に、絶対、それは、ないから……!」
「わかったわかった! なんかごめんね?!」
 
 さすがにそれを説明することはできないが、自分の名誉のためにもしっかりと否定しなければなるまい。

 あまりの強い否定に、エドガーは辟易しながらも若干自信を無くしそうになっていたのだが、シャナが知る由もない。
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