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1.聖女、召喚されたけど逃げる
幕間 愛犬家の少女
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フローラは王都と北部を繋ぐトルトゥの街で十指に入る商家の娘である。
周囲の家と同じく屋敷はレンガ色の屋根を乗せた白い石造りだが、その規模も高価な窓ガラスの数や大きさも比べるまでもないし、貴族のお屋敷に比べれば小さいが庭もある。少数だが使用人もいて、初等学校の友達や近所の子供たちよりも恵まれている自覚もある。
けれど両親はどちらも仕事熱心で毎日忙しく、あまりフローラには構ってくれない。
去年の十歳の誕生日、欲しい物はないかと使用人を通して聞かれたときには、中等教育に進学する歳だということも忘れて声を上げて泣いた。
プレゼントなんかいらない。もっとかまって。もっと一緒にいて。
泣きながらそんなことを口走った覚えがある。
困り顔の使用人にハンカチで涙と鼻水を拭かれながら、困らせて申し訳ないとも思った。
けれど寂しさを堪え切れない幼いフローラは、泣き喚くことでしか不満を訴える方法を知らなかった。
そして迎えた十歳の誕生日当日。
取引のため数日前から王都に赴いていた両親からは濃い緑の毛並みが美しい小さな子犬が贈られた。
長めの毛並みはふわふわと柔らかく、垂れた耳とちんまりした黒豆のような鼻、愛らしく見上げてくるつぶらな目。遠目にはしなびた草に見えたが、近付いてみれば小さくてふわふわでひたすらに可愛い。
可愛い――が違う、そうじゃない。
小さな足でちょこまかと動き回る贈り物の子犬を見て固まったフローラを、使用人がハンカチ片手におろおろとしていた。
彼も両親の的外れな――本人たちも根本的な解決にならないとわかっていて、それでも共に居られないことへの謝意と愛娘が少しでも寂しくないように考えた結果の――誕生日プレゼントに、またフローラが癇癪をおこしても仕方がないと思っているのだろう。
事実、こみ上げるものがないでもなかったが、フローラはもう泣いてやるものかと頑張って飲み込んだ。使用人が感涙したので結局、彼のハンカチはまたびちょびちょになった。
フローラはその子犬にボニーと名付け、それはもう可愛がった。自分が両親にしてほしいことを思いつく限りボニーにしてあげた。
そうやって一年ほど甘やかしに甘やかした結果、ボニーはころころとまあるく大きく育った。
フローラの両手にちょこんと乗るほど小さかったボニーが、今では両腕で抱えないといけないほど大きい。まだ幼いフローラでは抱えるのも一苦労なほどまるまると太っ……育って、感慨深いとともにこれはダメだと気付いた。
自分が甘やかしたせいで、大事なボニーに何かあっては悔やんでも悔やみきれない。幼いながらに母性に目覚めていたフローラは、我が子同然の愛犬を甘やかすだけではいけないと奮い立った。
すぐに使用人にボニーのダイエット計画を相談した。
だが散歩の時間を増やそうにも、フローラには学業があるし、少ない使用人たちはそれぞれ仕事で忙しい。
結局、冒険者ギルドへ依頼という形でダイエット計画は実行された。
依頼にあたり、「ペットの散歩」と言うのはあまり外聞がよろしくないということで、使用人により「番犬の散歩」へと変更されたことを、フローラは後で知った。
そうして依頼を受けてやってきたのは、街の子供だった。
中等学校へ進んだフローラと年の頃も変わらない少年少女が、冒険者ギルドで発行された登録証と依頼票を握りしめてやってきては、ボニーを小一時間ほど散歩させてくれる。
最初こそ街中で見かける冒険者のような武装したいかにも、といった大人が来るものと思っていたフローラは、依頼のため訪ねてくる子供たちにがっかりした。
両親は花のように愛らしく淑やかな女性に育ってほしいらしく、フローラの部屋の本棚には詩集や少女向けの物語が並べられているが、フローラ自身は勇者が悪いドラゴンを倒してお姫様を救うような冒険活劇のほうが好みだ。
物語に登場するような伝説の剣や様々な魔法が付与された鎧を装備した冒険者という職業に憧れを抱いていた十歳の少女は、粗末なシャツとズボンだけで街中を走り回る子供と”冒険者”という職業を上手く結びつける事ができなかった。
使用人にはフローラが転んで膝を盛大に擦り剥いたときに使ったポーションや、熱を出した際に医者から処方された薬の原材料となる薬草を採取してくれているのも、彼らのような新人冒険者だと教えられた。
なるほど、確かに新人であれば装備というほどの装備をしていないのも、年端もいかぬ子供であるのも、その依頼内容も納得できた。”冒険者”というよりは”お使い”や”お手伝い”だとも思ったが。
いつものようにボニーの散歩依頼を受けた新人冒険者が戻ってきたと報告を受けて、フローラはボニーを出迎えるために玄関へ向かった。
見送りは朝早いせいで使用人任せになってしまうが、出迎えはちゃんとすることにしている。
玄関で使用人に報告を行っている冒険者はやはり装備らしい装備もない新人だった。
街の住人と同じような布の服にローブを羽織っているあたり、魔法を使うのかもしれない。しかしその顔はフードで覆われて良く見えず、ボニーが懐いた様子を見せていなければ不審者と間違えそうだ。
身長はフローラより少しばかり高いが、ローブの下の大きな鞄で膨らんだ分を除けばひょろりと頼りない。
階段を下りるフローラに気付いたボニーが大きく鳴いてこちらに駆け寄ろうとした。
フローラがめいっぱい愛情を注いだ結果、ボニーもまたフローラに大変よく懐いていて、散歩から帰ると一目散に駆け寄って飛びつき、顔を舐めて尻尾をぶんぶんと振り回すのだ。
それがまた可愛くて仕方ないのだが、まるまると育ったボニーの飛びつきはフローラが押し倒されるほど強い。何度か倒れ込んで頭や尻をぶつけているので、背後に使用人が立って支えてくれるようになった。
「ボニー、待て」
しかし、いつものように飛びつくボニーを迎えようと身構えたフローラの予想を裏切り、冒険者が静かに声をかけただけでボニーはハッとなり動きを止めた。
初めて見る光景にフローラも使用人も目を瞬いた。
愛情いっぱいに育ったボニーはやんちゃな甘えん坊で、言葉を選ばず言えばわがままな所がある。そこも可愛いのだが、ときには困ってしまう事があるのも事実だった。
「お座り。……そう、いいこ」
フローラに視線を送りながらも冒険者の言う通り、その足元に大人しく座ったボニーの小さな頭を細い手が撫でた。これまでやってきた新人冒険者たちと比べて、随分と綺麗な手だった。
「すごいわ! ボニーが言うことを聞くなんて!」
「とても賢い子なので、簡単な指示はすぐに覚えてくれましたよ」
そう言って冒険者はボニーの前に膝をつき、右手を差し出しながら「お手」と静かに声をかける。
するとボニーの小さな手が待ってましたとばかりに冒険者の手に乗せられた。なんてこと、とフローラはますます驚く。
「おかわり」
乗せられた前足を軽く握ったあとに下ろし、今度は左手を差し出しながら言えば、反対の手をボニーが乗せる。まさか、そんな!
冒険者の言葉を理解しているとしか思えない愛犬の行動に、フローラは冒険譚を読んだとき以上の高揚感を覚えた。可愛いボニーが人の言葉を理解しているなんて!
「すごいすごい! あなた、どんな魔法を使ったの?!」
「あ、いえ。魔法ではなく、単語と行動を紐づけて覚えさせただけで……」
興奮しきったフローラが突撃するような勢いで駆け寄れば、冒険者は驚いたように軽く上体をのけぞらせた。その拍子にフードがずれて顔が見えた。
フードの陰で色が濃いことしかわからない瞳はぼんやりとしいて、表情もあまり動かないせいで何を考えているのかまるで読めない。
肌は白いがあまり健康的ではなく、どちらかと言えば青白い。頬が少しこけているのと、目の下の濃い隈がより不健康さを際立たせていた。
特筆して整っているわけでも醜いわけでもないが、あまり見かけないのっぺりとした異国風の顔立ちは、表情も年齢も性別もわかりにくかった。
きちんと食べて寝て、健康的な生活をすればもう少しマシにはなりそうではある。
「私にもできるかしら!?」
「あ、はい。もちろんです」
服装は街の子供たちと変わらないが、その言葉遣いにはスレたところがなくてきちんと教育を受けて育ったことが察せられる。
身なりは質素であまり良い環境に身を置いているようには見えないのにだ。なんともちぐはぐで捉えどころのない印象を受ける。
しかしこの冒険者のことよりもボニーとの意思疎通の方がフローラには重要だったので差して気にする事はなかった。それどころではなかった。
散歩の間に教えたという簡単な指示を教わり、実際に「お手」をやってみたらフローラの手にもちゃんと前足を乗せてくれた。どこか得意気な顔をしているのが可愛らしくあり、そして何よりもフローラの言う事をきちんと理解しているのが震えるほどうれしい。
大好きなボニーと意思の疎通ができるなんて!
冒険者が言うには言葉を理解しているわけではなく、音と仕草を覚えて反応しているだけ、とのことだったがフローラには違いがよくわからなかった。
大喜びでボニーを褒めて撫で繰り回すフローラが使用人に報酬を上乗せするように指示を出したのは当然だった。
その後、ボニーと意思疎通ができることを喜ぶあまり、毎日飽きもせず何度も指示を出してははしゃいでいたところ、だんだんとボニーの反応が芳しくなくなっていく。
原因がわからずなぜできていたことができなくなるのか、言った通りにできないのかと癇癪を起しそうになったが、ボニーに当たるのだけはぐっとこらえた。
また同じ冒険者に原因を聞こうと冒険者ギルドに問い合わせてみたが、すでに街を出た後だと言われた。
使用人が調べたところ、冒険者が泊まっていた安宿に夜遅くに暴漢が入り、冒険者自身は被害を訴えなかったものの酷くおびえた様子で街を飛び出したらしい。今度こそフローラは癇癪を起した。
商業ギルドと件の宿、そして街の衛兵団へ宛てて店の名前で苦情を申し立ててやった。内容はもちろん使用人がそれらしくまとめてくれた。王都で仕事中の両親には事後報告で良いだろう。
最愛のボニーと再び意思疎通をするため、トルトゥの治安を向上させてあの冒険者を呼び戻さなくては。
周囲の家と同じく屋敷はレンガ色の屋根を乗せた白い石造りだが、その規模も高価な窓ガラスの数や大きさも比べるまでもないし、貴族のお屋敷に比べれば小さいが庭もある。少数だが使用人もいて、初等学校の友達や近所の子供たちよりも恵まれている自覚もある。
けれど両親はどちらも仕事熱心で毎日忙しく、あまりフローラには構ってくれない。
去年の十歳の誕生日、欲しい物はないかと使用人を通して聞かれたときには、中等教育に進学する歳だということも忘れて声を上げて泣いた。
プレゼントなんかいらない。もっとかまって。もっと一緒にいて。
泣きながらそんなことを口走った覚えがある。
困り顔の使用人にハンカチで涙と鼻水を拭かれながら、困らせて申し訳ないとも思った。
けれど寂しさを堪え切れない幼いフローラは、泣き喚くことでしか不満を訴える方法を知らなかった。
そして迎えた十歳の誕生日当日。
取引のため数日前から王都に赴いていた両親からは濃い緑の毛並みが美しい小さな子犬が贈られた。
長めの毛並みはふわふわと柔らかく、垂れた耳とちんまりした黒豆のような鼻、愛らしく見上げてくるつぶらな目。遠目にはしなびた草に見えたが、近付いてみれば小さくてふわふわでひたすらに可愛い。
可愛い――が違う、そうじゃない。
小さな足でちょこまかと動き回る贈り物の子犬を見て固まったフローラを、使用人がハンカチ片手におろおろとしていた。
彼も両親の的外れな――本人たちも根本的な解決にならないとわかっていて、それでも共に居られないことへの謝意と愛娘が少しでも寂しくないように考えた結果の――誕生日プレゼントに、またフローラが癇癪をおこしても仕方がないと思っているのだろう。
事実、こみ上げるものがないでもなかったが、フローラはもう泣いてやるものかと頑張って飲み込んだ。使用人が感涙したので結局、彼のハンカチはまたびちょびちょになった。
フローラはその子犬にボニーと名付け、それはもう可愛がった。自分が両親にしてほしいことを思いつく限りボニーにしてあげた。
そうやって一年ほど甘やかしに甘やかした結果、ボニーはころころとまあるく大きく育った。
フローラの両手にちょこんと乗るほど小さかったボニーが、今では両腕で抱えないといけないほど大きい。まだ幼いフローラでは抱えるのも一苦労なほどまるまると太っ……育って、感慨深いとともにこれはダメだと気付いた。
自分が甘やかしたせいで、大事なボニーに何かあっては悔やんでも悔やみきれない。幼いながらに母性に目覚めていたフローラは、我が子同然の愛犬を甘やかすだけではいけないと奮い立った。
すぐに使用人にボニーのダイエット計画を相談した。
だが散歩の時間を増やそうにも、フローラには学業があるし、少ない使用人たちはそれぞれ仕事で忙しい。
結局、冒険者ギルドへ依頼という形でダイエット計画は実行された。
依頼にあたり、「ペットの散歩」と言うのはあまり外聞がよろしくないということで、使用人により「番犬の散歩」へと変更されたことを、フローラは後で知った。
そうして依頼を受けてやってきたのは、街の子供だった。
中等学校へ進んだフローラと年の頃も変わらない少年少女が、冒険者ギルドで発行された登録証と依頼票を握りしめてやってきては、ボニーを小一時間ほど散歩させてくれる。
最初こそ街中で見かける冒険者のような武装したいかにも、といった大人が来るものと思っていたフローラは、依頼のため訪ねてくる子供たちにがっかりした。
両親は花のように愛らしく淑やかな女性に育ってほしいらしく、フローラの部屋の本棚には詩集や少女向けの物語が並べられているが、フローラ自身は勇者が悪いドラゴンを倒してお姫様を救うような冒険活劇のほうが好みだ。
物語に登場するような伝説の剣や様々な魔法が付与された鎧を装備した冒険者という職業に憧れを抱いていた十歳の少女は、粗末なシャツとズボンだけで街中を走り回る子供と”冒険者”という職業を上手く結びつける事ができなかった。
使用人にはフローラが転んで膝を盛大に擦り剥いたときに使ったポーションや、熱を出した際に医者から処方された薬の原材料となる薬草を採取してくれているのも、彼らのような新人冒険者だと教えられた。
なるほど、確かに新人であれば装備というほどの装備をしていないのも、年端もいかぬ子供であるのも、その依頼内容も納得できた。”冒険者”というよりは”お使い”や”お手伝い”だとも思ったが。
いつものようにボニーの散歩依頼を受けた新人冒険者が戻ってきたと報告を受けて、フローラはボニーを出迎えるために玄関へ向かった。
見送りは朝早いせいで使用人任せになってしまうが、出迎えはちゃんとすることにしている。
玄関で使用人に報告を行っている冒険者はやはり装備らしい装備もない新人だった。
街の住人と同じような布の服にローブを羽織っているあたり、魔法を使うのかもしれない。しかしその顔はフードで覆われて良く見えず、ボニーが懐いた様子を見せていなければ不審者と間違えそうだ。
身長はフローラより少しばかり高いが、ローブの下の大きな鞄で膨らんだ分を除けばひょろりと頼りない。
階段を下りるフローラに気付いたボニーが大きく鳴いてこちらに駆け寄ろうとした。
フローラがめいっぱい愛情を注いだ結果、ボニーもまたフローラに大変よく懐いていて、散歩から帰ると一目散に駆け寄って飛びつき、顔を舐めて尻尾をぶんぶんと振り回すのだ。
それがまた可愛くて仕方ないのだが、まるまると育ったボニーの飛びつきはフローラが押し倒されるほど強い。何度か倒れ込んで頭や尻をぶつけているので、背後に使用人が立って支えてくれるようになった。
「ボニー、待て」
しかし、いつものように飛びつくボニーを迎えようと身構えたフローラの予想を裏切り、冒険者が静かに声をかけただけでボニーはハッとなり動きを止めた。
初めて見る光景にフローラも使用人も目を瞬いた。
愛情いっぱいに育ったボニーはやんちゃな甘えん坊で、言葉を選ばず言えばわがままな所がある。そこも可愛いのだが、ときには困ってしまう事があるのも事実だった。
「お座り。……そう、いいこ」
フローラに視線を送りながらも冒険者の言う通り、その足元に大人しく座ったボニーの小さな頭を細い手が撫でた。これまでやってきた新人冒険者たちと比べて、随分と綺麗な手だった。
「すごいわ! ボニーが言うことを聞くなんて!」
「とても賢い子なので、簡単な指示はすぐに覚えてくれましたよ」
そう言って冒険者はボニーの前に膝をつき、右手を差し出しながら「お手」と静かに声をかける。
するとボニーの小さな手が待ってましたとばかりに冒険者の手に乗せられた。なんてこと、とフローラはますます驚く。
「おかわり」
乗せられた前足を軽く握ったあとに下ろし、今度は左手を差し出しながら言えば、反対の手をボニーが乗せる。まさか、そんな!
冒険者の言葉を理解しているとしか思えない愛犬の行動に、フローラは冒険譚を読んだとき以上の高揚感を覚えた。可愛いボニーが人の言葉を理解しているなんて!
「すごいすごい! あなた、どんな魔法を使ったの?!」
「あ、いえ。魔法ではなく、単語と行動を紐づけて覚えさせただけで……」
興奮しきったフローラが突撃するような勢いで駆け寄れば、冒険者は驚いたように軽く上体をのけぞらせた。その拍子にフードがずれて顔が見えた。
フードの陰で色が濃いことしかわからない瞳はぼんやりとしいて、表情もあまり動かないせいで何を考えているのかまるで読めない。
肌は白いがあまり健康的ではなく、どちらかと言えば青白い。頬が少しこけているのと、目の下の濃い隈がより不健康さを際立たせていた。
特筆して整っているわけでも醜いわけでもないが、あまり見かけないのっぺりとした異国風の顔立ちは、表情も年齢も性別もわかりにくかった。
きちんと食べて寝て、健康的な生活をすればもう少しマシにはなりそうではある。
「私にもできるかしら!?」
「あ、はい。もちろんです」
服装は街の子供たちと変わらないが、その言葉遣いにはスレたところがなくてきちんと教育を受けて育ったことが察せられる。
身なりは質素であまり良い環境に身を置いているようには見えないのにだ。なんともちぐはぐで捉えどころのない印象を受ける。
しかしこの冒険者のことよりもボニーとの意思疎通の方がフローラには重要だったので差して気にする事はなかった。それどころではなかった。
散歩の間に教えたという簡単な指示を教わり、実際に「お手」をやってみたらフローラの手にもちゃんと前足を乗せてくれた。どこか得意気な顔をしているのが可愛らしくあり、そして何よりもフローラの言う事をきちんと理解しているのが震えるほどうれしい。
大好きなボニーと意思の疎通ができるなんて!
冒険者が言うには言葉を理解しているわけではなく、音と仕草を覚えて反応しているだけ、とのことだったがフローラには違いがよくわからなかった。
大喜びでボニーを褒めて撫で繰り回すフローラが使用人に報酬を上乗せするように指示を出したのは当然だった。
その後、ボニーと意思疎通ができることを喜ぶあまり、毎日飽きもせず何度も指示を出してははしゃいでいたところ、だんだんとボニーの反応が芳しくなくなっていく。
原因がわからずなぜできていたことができなくなるのか、言った通りにできないのかと癇癪を起しそうになったが、ボニーに当たるのだけはぐっとこらえた。
また同じ冒険者に原因を聞こうと冒険者ギルドに問い合わせてみたが、すでに街を出た後だと言われた。
使用人が調べたところ、冒険者が泊まっていた安宿に夜遅くに暴漢が入り、冒険者自身は被害を訴えなかったものの酷くおびえた様子で街を飛び出したらしい。今度こそフローラは癇癪を起した。
商業ギルドと件の宿、そして街の衛兵団へ宛てて店の名前で苦情を申し立ててやった。内容はもちろん使用人がそれらしくまとめてくれた。王都で仕事中の両親には事後報告で良いだろう。
最愛のボニーと再び意思疎通をするため、トルトゥの治安を向上させてあの冒険者を呼び戻さなくては。
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