18 / 40
1.聖女、召喚されたけど逃げる
18.魔法はイメージ
しおりを挟む
――翌朝。
また夜明け前に目覚めたシャナは、昨日酷使した目をしょぼつかせながらもう一度写真フォルダを見返していた。
昨夜読み切れなかった『魔法学―入門編―』と銘打った本の冒頭、前書き部分に魔力の感じ方に関する記述があった。入門以前の準備段階にすらまだ至っていない現状を再認識させられたが、この本のおかげで何となく魔力というものの感じ方、扱い方を把握する事ができた。
「えーっと……体内を巡る魔力を感じ、意のままに操り現実のものとするべく――……うん、血流みたいなもんかな!」
学術的な言い回しを自分なりに噛み砕いて理解した気になっているともいえるが、魔法はイメージだと他の教本にも書かれていた。
それならば現代日本人として得た知識を土台とし、自分の中で一番想像しやすい形に落とし込めば良いだろう。というか他に浮かばないのでとりあえずやってみるしかない。
ベッドの上で正座になり目をつぶる。
幼いころ通っていた空手道場では、稽古の最初と最後にこうして正座で黙祷する時間があった。当時は何も考えず、ただ言われた通りにしていただけだが、改めて考えるとあれは精神統一や自分自身と向き合うための儀式だったのだろう。
ゆったりと深く息を吸い、倍ほどの時間をかけて細く息を吐く。
数回繰り返すうちに自身の内側へ意識が向かうような、思考が深く沈むような感覚を覚えた。
自分の中、心臓を起点として全身を巡る血液を想像する。
血流に乗って深く吸った酸素が指の先、足の先まで行き渡る。
じんわりと指先が温かくなった気がした。
酸素と入れ替わるように二酸化炭素が心臓へと戻っていく。
指先に灯った温かさがじわじわと腕や足を上り、体幹を温める。
――ゆらり、と体内で何かが揺らいだ気がした。
直感的にこれが魔力というものだろうと思い、その揺らぎに意識を集中する。
意識をすれば呆気ないほどにその揺らぎは意思と身体に馴染んで全身を巡っていることが認識できた。
(これが、魔力……)
温かく、心地よい波のような、手触りの良い毛布にくるまれているような不思議な感覚だ。
教本の光魔法の項目にあった魔法の内、効果を体感できそうなものを、と考えてシャナの口は自然と開いていた。
「――”浄化”」
ぐん、と体内を巡っていた魔力が外へと向かって放出された。
その感覚に思わず目を開けるが、室内には特にこれと言った変化は見られない。
確かに魔力が消費された感覚があったのに――、と頬にかかる髪を耳にかけて、気が付いた。
王城を脱出してから予想通り風呂に入る機会はなく、べたべたと脂っぽくなってしまっていた髪や地肌がさっぱりとしている。
一つ気が付けば次々に変化を感じた。
「う、お……おぉ? おぉぉ……!」
汗と埃でべたつく身体も、寝起きの口内もきれいさっぱり洗い流されたような、久しく感じていなかった爽快感にシャナは思わず握った拳を高くつき上げた。
初めての魔法の成功と、忘れかけていた清潔感に口からは意味のない音しか出なかった。
なお、教本には”浄化”魔法とは穢れを祓い清浄へと導く神聖なる力といった記載がされており、その意図するところはアンデッド系の魔物への攻撃手段であり、決して身体を清潔にするといったものではない。
浄化という言葉の意味するところとしては清潔にすることも含まれるので、これは完全にシャナの想像力の結果と言える。
魔法はイメージ。まったくもってその通りだったが、本人にその自覚はないのだった。
完全に日が昇るまで、教本の光魔法と闇魔法の項目を読み返したシャナは、意気揚々と冒険者ギルドへ向かった。
本日も資料室にこもるつもりだったが、魔法が使えるのならば実践も経験したくなるのが人の性というもの。ましてやシャナは好奇心が旺盛な質である。
朝一の混雑を避けるため少し遅い時間を狙ったのが功を奏し、依頼票が張り出されたボードや受付カウンターにいる冒険者の数はまばらだった。
F級冒険者向けの依頼の中から恒常的に張り出されている薬草採取依頼を選んで受付に申請する。
恒常依頼の場合は依頼票は必要なく、受付で口頭申請して納品すれば報酬が得られる仕組みだ。
シャナが受けたのはトルトゥの街から北部側へ伸びる街道の近く、草原となっている場所での採取依頼である。
街の近くという事もあり野生の獣や魔物も人を避けるので比較的安全とされているが、全く出現しないわけではない。
一般市民でも倒せる故に放置されている弱い魔物が、巣を作って群れを成している場合もあると撮影した資料の中に書かれていた。
そういった巣の駆除を行う依頼もあったのだが、初めての戦闘で明日には街を出る身である。確実に依頼を達成することを優先した。
街の関所で冒険者証を提示して外に出るのはドキドキした。ギルド以外で使用するのは初めてだし、自分の足で町から出るのも初めてだった。
興奮している自分を宥めつつ、資料にあった採取場所まで歩いた。昨日の内に色々と資料を見ておいて本当に良かった。
そうでなければ広々と広がる草原で、当てもなく名前しか知らない草を探す――そんな途方もない状況に陥っていただろう。
新人向け依頼と言うだけあって、街道を逸れて草原を三十分も歩けば採取場所に到着した。なお、もっと街に近い場所にも群生しているとされるポイントがあったのだが、他の新人冒険者がすでに採取中だったのと、できれば戦闘を経験しておきたかったのでより街から遠い群生地帯を選んで来た。
「さて……、まずは採取を先に済ませちゃうか」
周囲をぐるりと見渡すが街や木々、街道を行く馬車が小さく見えるばかりである。
魔物や獣はいないように思われた。シャナには気配を探るなんて芸当はできないので、本当にいないのかはわからないが。
汚れても”浄化”魔法で綺麗にできる(本来の用途とは異なる)と思えば地べたに膝や手を着くのに抵抗はない。
スマホ画面に表示した薬草の絵と、実際の草を見比べながら慎重に採取を続けた。
また夜明け前に目覚めたシャナは、昨日酷使した目をしょぼつかせながらもう一度写真フォルダを見返していた。
昨夜読み切れなかった『魔法学―入門編―』と銘打った本の冒頭、前書き部分に魔力の感じ方に関する記述があった。入門以前の準備段階にすらまだ至っていない現状を再認識させられたが、この本のおかげで何となく魔力というものの感じ方、扱い方を把握する事ができた。
「えーっと……体内を巡る魔力を感じ、意のままに操り現実のものとするべく――……うん、血流みたいなもんかな!」
学術的な言い回しを自分なりに噛み砕いて理解した気になっているともいえるが、魔法はイメージだと他の教本にも書かれていた。
それならば現代日本人として得た知識を土台とし、自分の中で一番想像しやすい形に落とし込めば良いだろう。というか他に浮かばないのでとりあえずやってみるしかない。
ベッドの上で正座になり目をつぶる。
幼いころ通っていた空手道場では、稽古の最初と最後にこうして正座で黙祷する時間があった。当時は何も考えず、ただ言われた通りにしていただけだが、改めて考えるとあれは精神統一や自分自身と向き合うための儀式だったのだろう。
ゆったりと深く息を吸い、倍ほどの時間をかけて細く息を吐く。
数回繰り返すうちに自身の内側へ意識が向かうような、思考が深く沈むような感覚を覚えた。
自分の中、心臓を起点として全身を巡る血液を想像する。
血流に乗って深く吸った酸素が指の先、足の先まで行き渡る。
じんわりと指先が温かくなった気がした。
酸素と入れ替わるように二酸化炭素が心臓へと戻っていく。
指先に灯った温かさがじわじわと腕や足を上り、体幹を温める。
――ゆらり、と体内で何かが揺らいだ気がした。
直感的にこれが魔力というものだろうと思い、その揺らぎに意識を集中する。
意識をすれば呆気ないほどにその揺らぎは意思と身体に馴染んで全身を巡っていることが認識できた。
(これが、魔力……)
温かく、心地よい波のような、手触りの良い毛布にくるまれているような不思議な感覚だ。
教本の光魔法の項目にあった魔法の内、効果を体感できそうなものを、と考えてシャナの口は自然と開いていた。
「――”浄化”」
ぐん、と体内を巡っていた魔力が外へと向かって放出された。
その感覚に思わず目を開けるが、室内には特にこれと言った変化は見られない。
確かに魔力が消費された感覚があったのに――、と頬にかかる髪を耳にかけて、気が付いた。
王城を脱出してから予想通り風呂に入る機会はなく、べたべたと脂っぽくなってしまっていた髪や地肌がさっぱりとしている。
一つ気が付けば次々に変化を感じた。
「う、お……おぉ? おぉぉ……!」
汗と埃でべたつく身体も、寝起きの口内もきれいさっぱり洗い流されたような、久しく感じていなかった爽快感にシャナは思わず握った拳を高くつき上げた。
初めての魔法の成功と、忘れかけていた清潔感に口からは意味のない音しか出なかった。
なお、教本には”浄化”魔法とは穢れを祓い清浄へと導く神聖なる力といった記載がされており、その意図するところはアンデッド系の魔物への攻撃手段であり、決して身体を清潔にするといったものではない。
浄化という言葉の意味するところとしては清潔にすることも含まれるので、これは完全にシャナの想像力の結果と言える。
魔法はイメージ。まったくもってその通りだったが、本人にその自覚はないのだった。
完全に日が昇るまで、教本の光魔法と闇魔法の項目を読み返したシャナは、意気揚々と冒険者ギルドへ向かった。
本日も資料室にこもるつもりだったが、魔法が使えるのならば実践も経験したくなるのが人の性というもの。ましてやシャナは好奇心が旺盛な質である。
朝一の混雑を避けるため少し遅い時間を狙ったのが功を奏し、依頼票が張り出されたボードや受付カウンターにいる冒険者の数はまばらだった。
F級冒険者向けの依頼の中から恒常的に張り出されている薬草採取依頼を選んで受付に申請する。
恒常依頼の場合は依頼票は必要なく、受付で口頭申請して納品すれば報酬が得られる仕組みだ。
シャナが受けたのはトルトゥの街から北部側へ伸びる街道の近く、草原となっている場所での採取依頼である。
街の近くという事もあり野生の獣や魔物も人を避けるので比較的安全とされているが、全く出現しないわけではない。
一般市民でも倒せる故に放置されている弱い魔物が、巣を作って群れを成している場合もあると撮影した資料の中に書かれていた。
そういった巣の駆除を行う依頼もあったのだが、初めての戦闘で明日には街を出る身である。確実に依頼を達成することを優先した。
街の関所で冒険者証を提示して外に出るのはドキドキした。ギルド以外で使用するのは初めてだし、自分の足で町から出るのも初めてだった。
興奮している自分を宥めつつ、資料にあった採取場所まで歩いた。昨日の内に色々と資料を見ておいて本当に良かった。
そうでなければ広々と広がる草原で、当てもなく名前しか知らない草を探す――そんな途方もない状況に陥っていただろう。
新人向け依頼と言うだけあって、街道を逸れて草原を三十分も歩けば採取場所に到着した。なお、もっと街に近い場所にも群生しているとされるポイントがあったのだが、他の新人冒険者がすでに採取中だったのと、できれば戦闘を経験しておきたかったのでより街から遠い群生地帯を選んで来た。
「さて……、まずは採取を先に済ませちゃうか」
周囲をぐるりと見渡すが街や木々、街道を行く馬車が小さく見えるばかりである。
魔物や獣はいないように思われた。シャナには気配を探るなんて芸当はできないので、本当にいないのかはわからないが。
汚れても”浄化”魔法で綺麗にできる(本来の用途とは異なる)と思えば地べたに膝や手を着くのに抵抗はない。
スマホ画面に表示した薬草の絵と、実際の草を見比べながら慎重に採取を続けた。
2
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様
さくたろう
恋愛
役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。
ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。
恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。
※小説家になろう様にも掲載しています
いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる