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1.聖女、召喚されたけど逃げる
16.出会い②
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「次の人ー」
胃痛の予兆を感じた頃にようやく回ってきた窓口にいたのは、長めの髪を洒落たスタイルにセットし、制服を着崩した男性の受付員だった。
全体のバランスからすると大きめな口の両端が緩く下がっていて、少し厚ぼったい瞼のせいか非常に眠そうな印象を受ける。
どことなく軽薄そうな雰囲気を感じて、シャナは身構えそうになるのを堪えた。喪女の苦手なタイプ(偏見)である。
「すいません、資料室を使いたいんですが」
「あ、そっち? んじゃギルドカード出して」
この時間帯の主な仕事である依頼受注の手続のつもりでいたのだろう。受付員は拍子抜けしたような顔でカードを受け取るために手を出した。
カウンターにはカードを乗せるためのトレイがあるのだが、忙しいときには手渡しの方が主流なのかもしれない。
躊躇いを覚えたが素直に男の手にカードを乗せた。
「はいはい、えっとー? ……ん? なんだ、女の子じゃん」
「はぁ、まぁ……」
それまで無表情と言うには少々職務に対する怠惰が透けて見えていた男が、急に笑みを浮かべてシャナを振りかえった。
予想外の反応に驚いてしまいまともな返事が出てこない。
「ねぇ、顔見せてよ」
「え」
本人確認のために顔が見えた方が良いのだろうかとフードをずらしたが、よく考えればカードに顔写真はついていない。
「結構可愛いじゃん。……あー、でも二十五? 見た目よりいってんな……けどまぁいっか」
不満げにしたかと思えば、一人で納得する男にシャナは呆気にとられた。
あまりにも失礼な物言いと流れるように個人情報を流出されて、怒りや不快感よりも驚きの方が先に出てしまった。開いた口が塞がらない。まさにポカーン顔である。
「新人ちゃん、冒険者なんか危ないだけで金になんないよ? 特に女の子はさ。それよりもっと楽に楽しく稼ぐ方法があんだけど、興味ない?」
「は? いや、あの、資料室を……」
「真面目だねぇ、本なんかよりもっといいこと教えてあげるって!」
「は……?」
誰かに教わりたいとは思ったが、お前じゃない。
ぽかんとしたままの顔とは裏腹に、頭の中では初対面の相手には絶対口にできないことを思い浮かべていた。人見知りコミュ障の喪女はなるべく人と衝突したくないし、人の記憶にも残りたくはないのだ。だというのに周囲の冒険者からの視線が痛い。
仕事もしないで怪しげな誘いをかけてくる職員に対して、並んでいる冒険者はおろか、同僚たちも何も言わないあたりに慣れを感じた。それがこの職員に対してであるのか、冒険者ギルドそのものに対してであるのかはわからないが。
どちらにしても碌なものではない。できる事ならこのまま踵を返したいが、身分証であるカードは職員が持ったまま、手を伸ばしても届きそうにない。
助けなど期待できるはずもなく、シャナはフードを深くかぶり直して深く息を吸った。
「――……sh「冒険者ギルドの職員が『冒険者なんか』とは言ってくれるじゃないか」
仕事しろ! シャナが吸った息を声にする前に、背後から声がかかった。それほど大きなものではないが、低く威圧感のあるそれは不思議と喧騒の中でも耳にするりと入り込む。
行き場をなくした空気を開いたままの口から漏らしつつ、シャナは振り返って声の主を見上げた。
明るい茶色のショートヘアは毛先がくるりと巻いていてふわふわと軽やかだが、健康的に焼けた小麦色の肌と鍛え抜かれた長身に細かな傷の多い金属鎧を纏ったその人は、眉間の皺深く職員を睨みつけていた。
表情以外の要素も威圧感があって、視線を向けられていないシャナまで固まってしまった。
「あ……いや、えぇと……」
受付員がギクリ、と肩を跳ねさせて固まった。どうやら見知った冒険者であり、彼は自分の行いが不興を買うものである自覚があったようだ。
自覚した上で行う辺りすごいメンタルだな、とシャナは変な所で感心した。なるべく人に迷惑をかけないよう、慎ましくひっそりと生きてきたシャナには持ち得ない強メンタルだ。反面教師とすることに決めた。
「もっと楽に稼げる方法っての、こっちにも教えてくれよ」
脇に避けたシャナの前で、カウンターに手を着いた冒険者が肉食獣のような威圧感と共に受付員に顔を近づけて覗き込む。
「ヒェッ」
か細い悲鳴が聞こえた。
蛇に睨まれた蛙とはこういうことか、とシャナは内心で冒険者に拍手を送った。受付員は見事な蛙っぷりである。そう思うと何となく顔立ちも蛙に似ているような気がしてきて、ますます嫌悪感が募った。
「フン、新人に仕事紹介する前にテメェが仕事しな」
「は、はい……すみま、いえ、申し訳ありませんでした……」
カウンターの向こうで竦み上がった受付員が深々と頭を下げた。そして青い顔のまま手早く資料室への立ち入り許可作業を進める。
どうやら手続きとしては記録簿に冒険者の名前と日時を書く程度の物らしい。
そしてきちんとトレイに乗せた冒険者証を両手で丁寧に差し出される。
「どうも……」
トレイから摘まみ上げた冒険者証を思わず表裏確認してしまった。
「お待たせしてすみません。ありがとうございます」
「いいさ、あたしらは依頼達成の報告に来ただけで急いじゃいないから」
改めて背後の冒険者に向き直り、深く礼をする。日に焼けた頬を指先でかきながら笑った顔は目尻に笑い皺ができて愛嬌があり、それまでの威圧感はすっかり霧散していた。
青褪めたままの受付員に報告書と仲間の物だろう数枚の冒険者証を突き出すときにはその笑みも消えていたが。
「女冒険者は色々と大変だからね。あたしも新人の頃は先輩に色々と助けられた。あんたも将来困ってる新人がいたら助けてやんな」
そう言ってからりと笑って資料室の方へと背を押される。
実に気持ちの良い気風の先輩である。この世界にも彼女のような人がいるのなら、シャナもなんとかやっていけそうな気がした。
「はい、ありがとうございました!」
久々に触れた人のやさしさに感極まって涙ぐんでしまったが、深く頭を下げたおかげで気付かれることはなかった。――と思いたい。さすがに情緒が不安定すぎるので。
胃痛の予兆を感じた頃にようやく回ってきた窓口にいたのは、長めの髪を洒落たスタイルにセットし、制服を着崩した男性の受付員だった。
全体のバランスからすると大きめな口の両端が緩く下がっていて、少し厚ぼったい瞼のせいか非常に眠そうな印象を受ける。
どことなく軽薄そうな雰囲気を感じて、シャナは身構えそうになるのを堪えた。喪女の苦手なタイプ(偏見)である。
「すいません、資料室を使いたいんですが」
「あ、そっち? んじゃギルドカード出して」
この時間帯の主な仕事である依頼受注の手続のつもりでいたのだろう。受付員は拍子抜けしたような顔でカードを受け取るために手を出した。
カウンターにはカードを乗せるためのトレイがあるのだが、忙しいときには手渡しの方が主流なのかもしれない。
躊躇いを覚えたが素直に男の手にカードを乗せた。
「はいはい、えっとー? ……ん? なんだ、女の子じゃん」
「はぁ、まぁ……」
それまで無表情と言うには少々職務に対する怠惰が透けて見えていた男が、急に笑みを浮かべてシャナを振りかえった。
予想外の反応に驚いてしまいまともな返事が出てこない。
「ねぇ、顔見せてよ」
「え」
本人確認のために顔が見えた方が良いのだろうかとフードをずらしたが、よく考えればカードに顔写真はついていない。
「結構可愛いじゃん。……あー、でも二十五? 見た目よりいってんな……けどまぁいっか」
不満げにしたかと思えば、一人で納得する男にシャナは呆気にとられた。
あまりにも失礼な物言いと流れるように個人情報を流出されて、怒りや不快感よりも驚きの方が先に出てしまった。開いた口が塞がらない。まさにポカーン顔である。
「新人ちゃん、冒険者なんか危ないだけで金になんないよ? 特に女の子はさ。それよりもっと楽に楽しく稼ぐ方法があんだけど、興味ない?」
「は? いや、あの、資料室を……」
「真面目だねぇ、本なんかよりもっといいこと教えてあげるって!」
「は……?」
誰かに教わりたいとは思ったが、お前じゃない。
ぽかんとしたままの顔とは裏腹に、頭の中では初対面の相手には絶対口にできないことを思い浮かべていた。人見知りコミュ障の喪女はなるべく人と衝突したくないし、人の記憶にも残りたくはないのだ。だというのに周囲の冒険者からの視線が痛い。
仕事もしないで怪しげな誘いをかけてくる職員に対して、並んでいる冒険者はおろか、同僚たちも何も言わないあたりに慣れを感じた。それがこの職員に対してであるのか、冒険者ギルドそのものに対してであるのかはわからないが。
どちらにしても碌なものではない。できる事ならこのまま踵を返したいが、身分証であるカードは職員が持ったまま、手を伸ばしても届きそうにない。
助けなど期待できるはずもなく、シャナはフードを深くかぶり直して深く息を吸った。
「――……sh「冒険者ギルドの職員が『冒険者なんか』とは言ってくれるじゃないか」
仕事しろ! シャナが吸った息を声にする前に、背後から声がかかった。それほど大きなものではないが、低く威圧感のあるそれは不思議と喧騒の中でも耳にするりと入り込む。
行き場をなくした空気を開いたままの口から漏らしつつ、シャナは振り返って声の主を見上げた。
明るい茶色のショートヘアは毛先がくるりと巻いていてふわふわと軽やかだが、健康的に焼けた小麦色の肌と鍛え抜かれた長身に細かな傷の多い金属鎧を纏ったその人は、眉間の皺深く職員を睨みつけていた。
表情以外の要素も威圧感があって、視線を向けられていないシャナまで固まってしまった。
「あ……いや、えぇと……」
受付員がギクリ、と肩を跳ねさせて固まった。どうやら見知った冒険者であり、彼は自分の行いが不興を買うものである自覚があったようだ。
自覚した上で行う辺りすごいメンタルだな、とシャナは変な所で感心した。なるべく人に迷惑をかけないよう、慎ましくひっそりと生きてきたシャナには持ち得ない強メンタルだ。反面教師とすることに決めた。
「もっと楽に稼げる方法っての、こっちにも教えてくれよ」
脇に避けたシャナの前で、カウンターに手を着いた冒険者が肉食獣のような威圧感と共に受付員に顔を近づけて覗き込む。
「ヒェッ」
か細い悲鳴が聞こえた。
蛇に睨まれた蛙とはこういうことか、とシャナは内心で冒険者に拍手を送った。受付員は見事な蛙っぷりである。そう思うと何となく顔立ちも蛙に似ているような気がしてきて、ますます嫌悪感が募った。
「フン、新人に仕事紹介する前にテメェが仕事しな」
「は、はい……すみま、いえ、申し訳ありませんでした……」
カウンターの向こうで竦み上がった受付員が深々と頭を下げた。そして青い顔のまま手早く資料室への立ち入り許可作業を進める。
どうやら手続きとしては記録簿に冒険者の名前と日時を書く程度の物らしい。
そしてきちんとトレイに乗せた冒険者証を両手で丁寧に差し出される。
「どうも……」
トレイから摘まみ上げた冒険者証を思わず表裏確認してしまった。
「お待たせしてすみません。ありがとうございます」
「いいさ、あたしらは依頼達成の報告に来ただけで急いじゃいないから」
改めて背後の冒険者に向き直り、深く礼をする。日に焼けた頬を指先でかきながら笑った顔は目尻に笑い皺ができて愛嬌があり、それまでの威圧感はすっかり霧散していた。
青褪めたままの受付員に報告書と仲間の物だろう数枚の冒険者証を突き出すときにはその笑みも消えていたが。
「女冒険者は色々と大変だからね。あたしも新人の頃は先輩に色々と助けられた。あんたも将来困ってる新人がいたら助けてやんな」
そう言ってからりと笑って資料室の方へと背を押される。
実に気持ちの良い気風の先輩である。この世界にも彼女のような人がいるのなら、シャナもなんとかやっていけそうな気がした。
「はい、ありがとうございました!」
久々に触れた人のやさしさに感極まって涙ぐんでしまったが、深く頭を下げたおかげで気付かれることはなかった。――と思いたい。さすがに情緒が不安定すぎるので。
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