爛れ顔の聖女は北を往く

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1.聖女、召喚されたけど逃げる

11.冒険者登録

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「いらっしゃいませ、冒険者ギルドトルトゥ支店へようこそ。ご依頼ですか?」
「あ、いえ……えと、冒険者登録をしたいのですが」

 カウンターに並んだ美男美女のうち、和かな笑顔の受付嬢を選んでその前に立てば、さらに笑みを深めて挨拶されてどぎまぎしてしまう。彼氏いない歴=年齢の喪女を舐めないで頂きたい。美女にも耐性がないのだ。
 
 案の定、依頼人と思われていたがなんとか要件を告げれば、受付嬢は一度瞬きをしただけで驚きを飲み込んだようだった。プロだ。

「失礼いたしました。新規の冒険者登録ですね。登録料は銅貨五枚となります。
 ……では、こちらの用紙をどうぞ。代筆は必要ですか?」

 依頼人でないとわかっても変わらず丁寧に対応する受付嬢に、空澄の緊張も徐々に解れていくのを感じた。
 支払いと引き換えに差し出された用紙を見る。見たことのない記号であるのに、なぜか書かれている意味がわかる。
 奇妙な感覚に串焼きを納めたばかりの腹がぐるりとうねった気がした。

「――代筆をお願いできますか」
「かしこまりました」

 少し考えてから、受付嬢に用紙を戻した。
 用紙を受け取りにっこりと頷いた受付嬢が羽ペンを手に空澄へ視線を向けた。

「では、まずはお名前を」
「倉し……ぁ、な……です」

 反射的にフルネームを名乗りそうになって、慌てて口を噤む。めちゃくちゃ噛んだ感じになってしまった。
 不明瞭になってしまったせいで聞き返されるかと思ったが、受付嬢はそのまま用紙にペンを走らせた。それでいいのか。

「ご年齢をどうぞ」
「二十五歳」
「えっ?」

 ぴたりとペンが止まり、受付嬢から訝しむような視線が向けられる。そんな目で見ないでほしい。
 嘘はついていないぞ、と「何か?」とでも言うように首を傾げて見せれば、受付嬢はそれ以上何も言わず、即座に笑顔を浮かべてまたペンを走らせた。その対応には逆に空澄の方が戸惑う。本当にそれでいいのか。

「戦闘技能はお持ちですか?」
「……一応。魔法が」

 使ったことはないし、使い方もわからないが。
 実演を求められたらどうしよう、と今更ながらに冷や汗をかいたが、受付嬢は頷いただけだった。

「ありがとうございます。登録証を発行するまでの間に、冒険者ギルドについてのご説明をしてよろしいですか?」
「お願いします」

 思った以上に簡単に終わった聞き取りに拍子抜けしつつ頷いた。詳しく聞かれても困るのはこちらである。余計なことは言うまいと、空澄はお口チャックで受付嬢に説明を促した。

 用紙を預かった他の職員が奥の部屋へ消えていくのを視線で追いながらも、空澄の耳はしっかりと目の前の受付嬢の声に集中していた。
 家電を購入した際、説明書は読まずにとりあえず触ってみて、わからないことがあればその都度調べる派の空澄だが、さすがに現状でそれはまずいという事ぐらいはわかる。
 右も左もわからない異世界で、集められる情報はどんな些細なものでも集めておくべきだ。

 受付嬢の説明をまとめると、だいたいは予想通りの物だった。
 まず、冒険者ギルドとは、国家に帰属しない組織であり、同様の組織として商業ギルドや職人ギルドがある。
 冒険者登録は犯罪歴がなく、登録料さえ支払えば誰でもなれる。他のギルドへの登録だと、年齢制限や登録料の他に実績や成果物の提出が求められるので、一番簡単に登録ができるのが冒険者らしい。
 冒険者の証である登録証はやはり身分証としても使えるとのことで安心した。
 冒険者はその実績などによりS級を最上位とし、以下A~F級までランク分けされている。最初は全員見習いレベルのF級からスタートだ。E~Dは駆け出しレベル。C~Bで一人前とみなされ、A級はその中でも上位の存在で、S級はよほど大きな功績を上げ、国に認められるような冒険者のみがなれるとのこと。
 ひとまずの旅費を稼げれば良いだけの空澄にしてみれば、C級以上など自分に関係の無い話として聞き流した。
 なお、定期的に依頼を受けないとランクが下がったり、冒険者資格を失うこともあるらしい。これは冒険者の生存確認も兼ねてのものなので、例えS級であっても免除はない。
 説明に一つ一つ頷き、不明点があれば都度質問をする空澄に、受付嬢は嫌な顔一つせず丁寧に答えてくれた。
 
 そうこうしているうちに奥の部屋から片手サイズのトレーを手にした職員が出てきた。先ほど用紙を運んでくれた職員だ。
 受付嬢に引き継がれたトレーには、一枚のカードが載っていた。
 名刺程度の大きさのそれは名前と年齢、冒険者としての等級のみが記載された簡素なものだった。
 カードサイズの意味があるのか。だいぶ空白が大きいが、今後記載項目が増えたりするのだろうか。

「そちらの登録証に血を一滴垂らしていただくことで登録は完了となります」
「えっ」
「個人の魔力を登録するため、血を媒介としているのです。こちらの針をお使いください」

 唐突に血を出せと言われてぎょっとしてしまったが、説明されれば納得した。そういえば過去に読んだ作品でも血を使っていたものがあったような気がする。
 冒険者ともなれば魔法職であってもナイフ等の刃物は一つ二つ持ち歩いているが、魔力登録にそこまで大きな傷は必要ないのだろう。差し出されたのは親指と人差し指で円を作った程度の大きさの台座に、縫い針ほどの小さな針が一本だけついた剣山のようなものだった。
 この針は前回使ってからちゃんと消毒されているんだろうか――と躊躇うが、異世界の衛生管理基準がわからないので聞くわけにもいかない。
 勧められるまま針先を人差し指で軽く押した。
 ぷつりと僅かな痛みがあり、指先から滲んだ血を登録証の表面に塗りつけた。
 登録証が淡く光り出し、塗り付けた血がじわじわと染みこんで消えていくと共に光も収まる。
 魔力に反応して光った、という事だろうかと好奇心を隠しもせずに登録証をひっくり返したり、様々な角度から観察するが最初に見た時と変わったところはないように見えた。

「本当に二十五歳なんですね……」
「え?」
「あ、失礼いたしました。魔力登録時に偽りがあると登録証とトレーに付与された真偽判定の魔法により、弾かれるようになっているものですから」
「あぁ、なるほど。……なるほど」

 年齢を告げた際のやり取りを思い出し、深く納得した。
 仮に年齢が嘘であった場合、真偽判定でわかるから疑わしくともそのまま流したということである。
 つまり、空澄の自己申告など最初から信じていなかったわけだ。美人怖い。
 
「以上で冒険者登録は完了となります。その他、ご不明点はありますか?」

 空澄の目が死んでいることには気付いているだろうに、変わらない綺麗な笑顔を向ける受付嬢。何度でも言おう。プロだ。
 空澄はもう何度目かわからないが、異世界の世知辛さを噛みしめた。
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