10 / 40
1.聖女、召喚されたけど逃げる
10.トルトゥ
しおりを挟む
出発直後の悲劇を乗り越え、御者や乗り合わせた旅人に世話をかけつつ、王都から北上すること三日。
空澄は北部への玄関口となっているトルトゥという中継地の街に到着した。
初日は身分証がないせいで王都から出るのにも金がかかり、さらに夜営の仕方もわからず、馬車の護衛担当である元冒険者にねちねちと嫌味を言われ、寝袋を涙で濡ら――す間もなく疲れて寝落ちした。
そして翌朝にはけろっとした顔で馬車に揺られて再び尻を痛めた。
嫌味が通じていない様子の空澄に、護衛担当は何も言わなくなったが、乗り合わせた旅人には傷付きながらも気丈に振る舞う少年に見えたらしい。二日目の夜はテントを張るのを手伝ってもらった。優しさに目頭が熱くなったが、この日もやはり寝袋に入ってすぐに寝落ちた。
フードで顔を隠しているせいで最初は警戒されたが、どうやら声と服装から変声期前の少年と思われたらしい。
性別はともかく年齢についてはさばを読み過ぎていて罪悪感を覚えるが、都合が良いのは確かである。あえて訂正することなく、北部の実家へ里帰りする少年、という誤解から生まれた設定に便乗する形で通している。
この世界の平均身長が高すぎるだけで、空澄は日本人女性では長身の部類に入る一六五センチである。小さくはない。なんとなく釈然としないので自分に言い聞かせた。
移動中の三日間、魔物は出たのだが護衛が全て対応してくれたため、空澄に戦闘の機会はなかった。
そのためステータスに変化はないかと思いきや、そうでもなかった。
――――――――――
倉科 空澄/25歳
称号:爛れ顔の聖女
職業:聖女
レベル:1
状態:精神的疲労/栄養不足/筋力低下/体力低下/肌荒れ/腰痛/筋肉痛
スキル:魔法適正/光魔法/闇魔法
――――――――――
馬車に揺られたおかげで状態がさらに悪化したのに加え、なぜかスキルが増えていた。
光に続いて闇魔法……空澄の中の中二心が擽られたのは言うまでもないだろう。体力に余裕があれば、きっとテントで一人、夜な夜な額や右手をおさえて覚醒したり鎮めたりしていたに違いない。
トルトゥに着いたその場で、ひとまずの目的を王都から離れることと定めていた空澄は、さらに北上すべく次に乗るべき馬車を調べた。――と言っても、乗ってきた馬車の御者に聞けば、いつ出発するのか、次の町までのおおよその日数などを教えてもらえる。
出発までは四日ほどあると言われ、あとは忘れないようにするだけである。
ついでに冒険者登録をしたいと零せば、一人旅の少年を慮った中年の御者は冒険者ギルドまでの道を教えてくれた。
街の出入りにかかる手続きや支払いについて、何もわからない空澄に代わり引き受けてくれたその御者をついでとばかりに質問攻めにした。
なお、そのせいで近くにいた旅馬車の護衛がまたねちねちと嫌味を言っていたが、空澄の高性能な耳は右から左に流した。
親切な御者からは通行税に少し色を付けた額が請求されていたので、早いところ身分証を手に入れねばならぬと残金を確認した空澄は決意した。異世界はやっぱり世知辛いのである。
御者と、ついでに嫌味の多い護衛に向かってにっこり笑顔で礼を言い、少年らしく大きく手を振って別れた空澄は、人込みに紛れつつ教わった道をたどって冒険者ギルドを目指す。空澄の社会人としての世渡りスキルは基本、笑顔オンリーである。
北部の町や村と王都を繋ぐ街だけあって、トルトゥには様々なものや人が集まっており、非常に賑やかで活気に満ちていた。
串焼きの屋台から漂う焼けたタレの香ばしい香りに引き寄せられつつ、空澄は市場をのんびりと楽しんだ。
地面に敷いた布に広げられた乾燥した草や木の根は、屋台の梁に吊るされていたものとどう違うのか。
つやつやと瑞々しさを視覚にも訴える色鮮やかな果物を並べる店の隣で、生きてたり干物にされたトカゲやカエルらしき生き物が売られていて思わず二度見した。誰が何に使うのだろう。なにより、もうちょっと店の並びを考えた方が良い。お互いのために。
そんなこんなで生活用品(?)が多く並んでいた市場から、だんだんと武器や防具など、武骨な商品が目に付くようになってきた頃、ひときわ大きな建物が目に付いた。
大きな両開きのドアを、武装した体格の良い男たちが引っ切り無しに出入りしている。その上に吊るされた看板には大きな盾の上に剣と杖がクロスした紋章が掲げられていた。
御者に聞いた通りの冒険者ギルドの看板と外観である。
イメージ通りの外観にテンションが上がるが、出入りする冒険者の多さに二の足を踏んだ。
しかしここでまごついていても仕方がない。
(――女は度胸!)
気合を入れ直してフードを引き下げ、空澄は冒険者ギルドのドアをくぐった。
窓が多く明るいギルド内は、想像していたよりも冒険者の数は少なかった。
入ってすぐ目に付くのはまっすぐ進んだ先に並ぶ長いカウンターと、その向こうに座る揃いの制服を着たギルド職員の男女。遠目でも彼ら彼女らの見目の良さがわかる。
入口の左右には広い空間があり、簡素なテーブルとイスに冒険者たちが陣取って何やら話し合っている様子が見て取れた。
(おぉ……、すごい、冒険者ギルドって感じする)
感じも何も、冒険者ギルドである。
漫画やアニメ、小説などのイメージ通りの冒険者ギルドに、空澄は思わず感動してドア前で固まった。
「邪魔だぞ、どけ」
「うぁ……っと、すいません」
後から入ってきた冒険者が低く注意してカウンターへ向かっていく。慌てて脇に避けつつ、その背に謝罪した。
周囲の冒険者から明らかに場違いな空澄に視線が向けられる。
値踏みするようなそれは、依頼人だと思われているのか、それともお決まりのアレだろうか。
読者としては冒険者ギルドでのフラグ回収は様式美的に楽しみにしていたが、現実となった場合の対処法がわからない。
好奇心をなんとか抑え込み、誰かに声をかけられる前に急いでカウンターへ向かった。
空澄は北部への玄関口となっているトルトゥという中継地の街に到着した。
初日は身分証がないせいで王都から出るのにも金がかかり、さらに夜営の仕方もわからず、馬車の護衛担当である元冒険者にねちねちと嫌味を言われ、寝袋を涙で濡ら――す間もなく疲れて寝落ちした。
そして翌朝にはけろっとした顔で馬車に揺られて再び尻を痛めた。
嫌味が通じていない様子の空澄に、護衛担当は何も言わなくなったが、乗り合わせた旅人には傷付きながらも気丈に振る舞う少年に見えたらしい。二日目の夜はテントを張るのを手伝ってもらった。優しさに目頭が熱くなったが、この日もやはり寝袋に入ってすぐに寝落ちた。
フードで顔を隠しているせいで最初は警戒されたが、どうやら声と服装から変声期前の少年と思われたらしい。
性別はともかく年齢についてはさばを読み過ぎていて罪悪感を覚えるが、都合が良いのは確かである。あえて訂正することなく、北部の実家へ里帰りする少年、という誤解から生まれた設定に便乗する形で通している。
この世界の平均身長が高すぎるだけで、空澄は日本人女性では長身の部類に入る一六五センチである。小さくはない。なんとなく釈然としないので自分に言い聞かせた。
移動中の三日間、魔物は出たのだが護衛が全て対応してくれたため、空澄に戦闘の機会はなかった。
そのためステータスに変化はないかと思いきや、そうでもなかった。
――――――――――
倉科 空澄/25歳
称号:爛れ顔の聖女
職業:聖女
レベル:1
状態:精神的疲労/栄養不足/筋力低下/体力低下/肌荒れ/腰痛/筋肉痛
スキル:魔法適正/光魔法/闇魔法
――――――――――
馬車に揺られたおかげで状態がさらに悪化したのに加え、なぜかスキルが増えていた。
光に続いて闇魔法……空澄の中の中二心が擽られたのは言うまでもないだろう。体力に余裕があれば、きっとテントで一人、夜な夜な額や右手をおさえて覚醒したり鎮めたりしていたに違いない。
トルトゥに着いたその場で、ひとまずの目的を王都から離れることと定めていた空澄は、さらに北上すべく次に乗るべき馬車を調べた。――と言っても、乗ってきた馬車の御者に聞けば、いつ出発するのか、次の町までのおおよその日数などを教えてもらえる。
出発までは四日ほどあると言われ、あとは忘れないようにするだけである。
ついでに冒険者登録をしたいと零せば、一人旅の少年を慮った中年の御者は冒険者ギルドまでの道を教えてくれた。
街の出入りにかかる手続きや支払いについて、何もわからない空澄に代わり引き受けてくれたその御者をついでとばかりに質問攻めにした。
なお、そのせいで近くにいた旅馬車の護衛がまたねちねちと嫌味を言っていたが、空澄の高性能な耳は右から左に流した。
親切な御者からは通行税に少し色を付けた額が請求されていたので、早いところ身分証を手に入れねばならぬと残金を確認した空澄は決意した。異世界はやっぱり世知辛いのである。
御者と、ついでに嫌味の多い護衛に向かってにっこり笑顔で礼を言い、少年らしく大きく手を振って別れた空澄は、人込みに紛れつつ教わった道をたどって冒険者ギルドを目指す。空澄の社会人としての世渡りスキルは基本、笑顔オンリーである。
北部の町や村と王都を繋ぐ街だけあって、トルトゥには様々なものや人が集まっており、非常に賑やかで活気に満ちていた。
串焼きの屋台から漂う焼けたタレの香ばしい香りに引き寄せられつつ、空澄は市場をのんびりと楽しんだ。
地面に敷いた布に広げられた乾燥した草や木の根は、屋台の梁に吊るされていたものとどう違うのか。
つやつやと瑞々しさを視覚にも訴える色鮮やかな果物を並べる店の隣で、生きてたり干物にされたトカゲやカエルらしき生き物が売られていて思わず二度見した。誰が何に使うのだろう。なにより、もうちょっと店の並びを考えた方が良い。お互いのために。
そんなこんなで生活用品(?)が多く並んでいた市場から、だんだんと武器や防具など、武骨な商品が目に付くようになってきた頃、ひときわ大きな建物が目に付いた。
大きな両開きのドアを、武装した体格の良い男たちが引っ切り無しに出入りしている。その上に吊るされた看板には大きな盾の上に剣と杖がクロスした紋章が掲げられていた。
御者に聞いた通りの冒険者ギルドの看板と外観である。
イメージ通りの外観にテンションが上がるが、出入りする冒険者の多さに二の足を踏んだ。
しかしここでまごついていても仕方がない。
(――女は度胸!)
気合を入れ直してフードを引き下げ、空澄は冒険者ギルドのドアをくぐった。
窓が多く明るいギルド内は、想像していたよりも冒険者の数は少なかった。
入ってすぐ目に付くのはまっすぐ進んだ先に並ぶ長いカウンターと、その向こうに座る揃いの制服を着たギルド職員の男女。遠目でも彼ら彼女らの見目の良さがわかる。
入口の左右には広い空間があり、簡素なテーブルとイスに冒険者たちが陣取って何やら話し合っている様子が見て取れた。
(おぉ……、すごい、冒険者ギルドって感じする)
感じも何も、冒険者ギルドである。
漫画やアニメ、小説などのイメージ通りの冒険者ギルドに、空澄は思わず感動してドア前で固まった。
「邪魔だぞ、どけ」
「うぁ……っと、すいません」
後から入ってきた冒険者が低く注意してカウンターへ向かっていく。慌てて脇に避けつつ、その背に謝罪した。
周囲の冒険者から明らかに場違いな空澄に視線が向けられる。
値踏みするようなそれは、依頼人だと思われているのか、それともお決まりのアレだろうか。
読者としては冒険者ギルドでのフラグ回収は様式美的に楽しみにしていたが、現実となった場合の対処法がわからない。
好奇心をなんとか抑え込み、誰かに声をかけられる前に急いでカウンターへ向かった。
2
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様
さくたろう
恋愛
役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。
ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。
恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。
※小説家になろう様にも掲載しています
いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる