爛れ顔の聖女は北を往く

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1.聖女、召喚されたけど逃げる

10.トルトゥ

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 出発直後の悲劇を乗り越え、御者や乗り合わせた旅人に世話をかけつつ、王都から北上すること三日。
 空澄は北部への玄関口となっているトルトゥという中継地の街に到着した。

 初日は身分証がないせいで王都から出るのにも金がかかり、さらに夜営の仕方もわからず、馬車の護衛担当である元冒険者にねちねちと嫌味を言われ、寝袋を涙で濡ら――す間もなく疲れて寝落ちした。
 そして翌朝にはけろっとした顔で馬車に揺られて再び尻を痛めた。
 嫌味が通じていない様子の空澄に、護衛担当は何も言わなくなったが、乗り合わせた旅人には傷付きながらも気丈に振る舞うに見えたらしい。二日目の夜はテントを張るのを手伝ってもらった。優しさに目頭が熱くなったが、この日もやはり寝袋に入ってすぐに寝落ちた。
 フードで顔を隠しているせいで最初は警戒されたが、どうやら声と服装から変声期前の少年と思われたらしい。
 性別はともかく年齢についてはさばを読み過ぎていて罪悪感を覚えるが、都合が良いのは確かである。あえて訂正することなく、北部の実家へ里帰りする少年、という誤解から生まれた設定に便乗する形で通している。
 この世界の平均身長が高すぎるだけで、空澄は日本人女性では長身の部類に入る一六五センチである。小さくはない。なんとなく釈然としないので自分に言い聞かせた。

 移動中の三日間、魔物は出たのだが護衛が全て対応してくれたため、空澄に戦闘の機会はなかった。
 そのためステータスに変化はないかと思いきや、そうでもなかった。
 
 ――――――――――
 倉科 空澄/25歳
 称号:爛れ顔の聖女
 職業:聖女
 レベル:1
 状態:精神的疲労/栄養不足/筋力低下/体力低下/肌荒れ/腰痛/筋肉痛
 スキル:魔法適正/光魔法/闇魔法
 ――――――――――

 馬車に揺られたおかげで状態がさらに悪化したのに加え、なぜかスキルが増えていた。
 光に続いて闇魔法……空澄の中の中二心が擽られたのは言うまでもないだろう。体力に余裕があれば、きっとテントで一人、夜な夜な額や右手をおさえて覚醒したり鎮めたりしていたに違いない。

 トルトゥに着いたその場で、ひとまずの目的を王都から離れることと定めていた空澄は、さらに北上すべく次に乗るべき馬車を調べた。――と言っても、乗ってきた馬車の御者に聞けば、いつ出発するのか、次の町までのおおよその日数などを教えてもらえる。
 出発までは四日ほどあると言われ、あとは忘れないようにするだけである。
 ついでに冒険者登録をしたいと零せば、一人旅の少年を慮った中年の御者は冒険者ギルドまでの道を教えてくれた。
 街の出入りにかかる手続きや支払いについて、何もわからない空澄に代わり引き受けてくれたその御者をついでとばかりに質問攻めにした。
 なお、そのせいで近くにいた旅馬車の護衛がまたねちねちと嫌味を言っていたが、空澄の高性能な耳は右から左に流した。
 御者からは通行税に少し色を付けた額が請求されていたので、早いところ身分証を手に入れねばならぬと残金を確認した空澄は決意した。異世界はやっぱり世知辛いのである。

 御者と、ついでに嫌味の多い護衛に向かってにっこり笑顔で礼を言い、少年らしく大きく手を振って別れた空澄は、人込みに紛れつつ教わった道をたどって冒険者ギルドを目指す。空澄の社会人としての世渡りスキルは基本、笑顔オンリーである。


 北部の町や村と王都を繋ぐ街だけあって、トルトゥには様々なものや人が集まっており、非常に賑やかで活気に満ちていた。
 串焼きの屋台から漂う焼けたタレの香ばしい香りに引き寄せられつつ、空澄は市場をのんびりと楽しんだ。
 地面に敷いた布に広げられた乾燥した草や木の根は、屋台の梁に吊るされていたものとどう違うのか。
 つやつやと瑞々しさを視覚にも訴える色鮮やかな果物を並べる店の隣で、生きてたり干物にされたトカゲやカエルらしき生き物が売られていて思わず二度見した。誰が何に使うのだろう。なにより、もうちょっと店の並びを考えた方が良い。お互いのために。

 そんなこんなで生活用品(?)が多く並んでいた市場から、だんだんと武器や防具など、武骨な商品が目に付くようになってきた頃、ひときわ大きな建物が目に付いた。
 大きな両開きのドアを、武装した体格の良い男たちが引っ切り無しに出入りしている。その上に吊るされた看板には大きな盾の上に剣と杖がクロスした紋章が掲げられていた。
 御者に聞いた通りの冒険者ギルドの看板と外観である。
 イメージ通りの外観にテンションが上がるが、出入りする冒険者の多さに二の足を踏んだ。
 しかしここでまごついていても仕方がない。

(――女は度胸!)

 気合を入れ直してフードを引き下げ、空澄は冒険者ギルドのドアをくぐった。
 窓が多く明るいギルド内は、想像していたよりも冒険者の数は少なかった。
 入ってすぐ目に付くのはまっすぐ進んだ先に並ぶ長いカウンターと、その向こうに座る揃いの制服を着たギルド職員の男女。遠目でも彼ら彼女らの見目の良さがわかる。
 入口の左右には広い空間があり、簡素なテーブルとイスに冒険者たちが陣取って何やら話し合っている様子が見て取れた。

(おぉ……、すごい、冒険者ギルドって感じする)

 感じも何も、冒険者ギルドである。
 漫画やアニメ、小説などのイメージ通りの冒険者ギルドに、空澄は思わず感動してドア前で固まった。
 
「邪魔だぞ、どけ」
「うぁ……っと、すいません」

 後から入ってきた冒険者が低く注意してカウンターへ向かっていく。慌てて脇に避けつつ、その背に謝罪した。
 
 周囲の冒険者から明らかに場違いな空澄に視線が向けられる。
 値踏みするようなそれは、依頼人だと思われているのか、それともお決まりのだろうか。
 読者としては冒険者ギルドでのフラグ回収は様式美的に楽しみにしていたが、現実となった場合の対処法がわからない。
 好奇心をなんとか抑え込み、誰かに声をかけられる前に急いでカウンターへ向かった。
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