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1.聖女、召喚されたけど逃げる
8.穴熊
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迷いながらもなんとか教えられた<穴熊>という店に辿り着いたときには完全に日が登っていた。
表通りは市場になっているのか、朝早い時間帯だというのに客を呼び込む威勢の良い声が響いていおり、さほど離れていないはずなのにまるで別世界のようだ。
空澄はようやく見つけた洞穴で丸くなる穴熊(と思われる)が描かれた擦り切れた看板を見上げた。
全体的に薄汚れた雰囲気で、恐らくこんな状況でなければ入ろうとは思わなかっただろう。なんなら本当に営業中なのかすら怪しいほどに寂れた外観をしている。
「――……よし」
こんなところでいつまでも怖気づいてはいられない。
空澄はフードを深くかぶり直してから、覚悟を決めて店の戸を押した。
店内は外観同様に薄暗く、壁一面の棚には用途もわからないような多種多様な物が雑多に詰め込まれている。
窓は一応あるようだが、その前にも物が積み上げられていて明かりが遮られている。
隙間から差し込んだ細い明かりが、スポットライトのように埃の積もった床を照らしていた。
「いらっしゃい、何をお求めだい?」
「うひっ!」
店内を見渡すのに気を取られていたのか、薄暗さのせいか、店の奥――物に埋もれてはいるが、恐らくカウンターの向こうに老婆がいいた。ホラーすぎる。
びっくりしすぎて変な声を上げた空澄を、老婆は全てわかっているとでも言いたげにクツクツと笑った。深い皺の刻まれた顔が笑うと、ますます陰影が濃くなって恐ろしい。
怪しげな店に、怪しげな老婆。いかにもといった雰囲気に抱えた荷物をさらに強く抱きしめた。
「――ええと……、ここは<穴熊>というお店で合っていますか?」
「いかにも、いかにも。王都で<穴熊>を名乗る店はここだけだろうねぇ」
笑いを含んだ声で老婆が肯定した。
違うと言われたら即座に出ていこうと思っていたのだが、逃げ道を塞がれてしまった。いや、目的地で良かったのだが、どうにも雰囲気が足を出口へ向けさせる。
「すみません、ここは何のお店なんでしょうか……」
第一異世界人に教えられたまま来店したが、今の空澄には金がない。
そして王都から出るための準備――装備を整えるのにこの店で換金ができるのか、旅にどのようなものが必要で、そしてそれらをどこで購入できるのか、具体的なことは何一つわからなかった。
「ひひ、知らずに来たのかい。まぁそんな客もここじゃあさほど珍しくないねぇ」
老婆はしゃがれた笑い声をあげつつ一人で納得するように頷いた。頷きというより前後に揺れただけのようにも見える。
「ここはまぁ、何でも屋だよぉ。来るのは大抵が訳ありさね。お嬢ちゃんもそうだろぅ?」
訛りなのか、ゆっくりとした話し方のせいなのか、語尾の伸びる独特な口調はこんな環境でなければ眠気を誘ったかもしれない。実際には店の雰囲気と相まって、完全に怪談話の語り部である。
余談だが、空澄は邦画のホラーと虫は生理的に受け付けないタイプである。つまり、心の底からびびり散らかしている。
「ええ、まぁ、はい……」
「まずは希望を聞こうかねぇ。ほぅら、お嬢ちゃんの望みは何だい? 大抵のことはなんとかできるよぉ」
怪談の語り部だと思ったら魔女だった。それもお菓子の家に住んでるタイプの魔女だ。
怯んだところで他に頼る伝手はない。ここでどうにかしなければ、王都から出られるかすら危ういのだから。
ごく、と怯えを飲み込んで、空澄は老婆のいる店の奥へと足を進めた。
「王都から出て、遠く、安全な場所で静かに暮らしたいんです」
「ひひひ、まぁそんなところだろうさねぇ。さてぇ……お嬢ちゃん、顔をよぉく見せとくれ」
また老婆が笑いながら前後に揺れる。少し思案するように枯れ枝のような指の先を数回こすり合わせた。
フードを下ろすのを躊躇う空澄に、老婆はその手を大きく振った。
「お嬢ちゃん、異国風の顔立ちだろぅ? 行き先によっちゃあ余計に目立っちまうからねぇ」
コーディネーター的な目的か、と納得してフードを下ろした。
旅行ではなく脱国の方のコーディネーターだが、とりあえず現状では国外逃亡までは考えていないので合法のはずだ。たぶんきっと。
密かな自慢だった綺麗に伸ばした髪は、召喚されてからまともに手入れができていないせいで毛先がパサついている。それでも染めたことのない黒髪と、空澄の純日本人な顔を見た老婆はほう、とまた前後に揺れた。
「――別の大陸にゃお嬢ちゃんに近い顔立ちの国はあるけど……肌の色が違いすぎらいねぇ。この国ん中なら北部へ行くしかないよぉ」
戦争が起こりそうなのは南部だったはずだ。
老婆をどこまで信用して良いかはわからないが、他に情報もない。
「……では北部へ行きたいです。手段と必要な物を教えてください」
空澄が迷う素振を見せなかったのが意外だったのか、老婆は深い皺に埋もれた目を、片方だけ見開いた。器用だ。そしてそこが目だったのか。
老婆の目だと思って見つめていたのが皺だったことに軽く動揺する空澄をよそに、老婆は「思い切りがいいねぇ」とまたしゃがれた声で笑う。
「いいよぉ、お嬢ちゃんなかなか気に入ったし、代金はちょっとばかし勉強してあげるよぅ」
「あ、お金は持ってないです」
「金のない奴ァ野垂れ死にな」
手のひら返しが早すぎる。
先ほどまでの口調はいったい何だったのか、即座に叩き切るようにして見捨てられた。
異世界はやっぱりハードモードだし、世知辛い。
表通りは市場になっているのか、朝早い時間帯だというのに客を呼び込む威勢の良い声が響いていおり、さほど離れていないはずなのにまるで別世界のようだ。
空澄はようやく見つけた洞穴で丸くなる穴熊(と思われる)が描かれた擦り切れた看板を見上げた。
全体的に薄汚れた雰囲気で、恐らくこんな状況でなければ入ろうとは思わなかっただろう。なんなら本当に営業中なのかすら怪しいほどに寂れた外観をしている。
「――……よし」
こんなところでいつまでも怖気づいてはいられない。
空澄はフードを深くかぶり直してから、覚悟を決めて店の戸を押した。
店内は外観同様に薄暗く、壁一面の棚には用途もわからないような多種多様な物が雑多に詰め込まれている。
窓は一応あるようだが、その前にも物が積み上げられていて明かりが遮られている。
隙間から差し込んだ細い明かりが、スポットライトのように埃の積もった床を照らしていた。
「いらっしゃい、何をお求めだい?」
「うひっ!」
店内を見渡すのに気を取られていたのか、薄暗さのせいか、店の奥――物に埋もれてはいるが、恐らくカウンターの向こうに老婆がいいた。ホラーすぎる。
びっくりしすぎて変な声を上げた空澄を、老婆は全てわかっているとでも言いたげにクツクツと笑った。深い皺の刻まれた顔が笑うと、ますます陰影が濃くなって恐ろしい。
怪しげな店に、怪しげな老婆。いかにもといった雰囲気に抱えた荷物をさらに強く抱きしめた。
「――ええと……、ここは<穴熊>というお店で合っていますか?」
「いかにも、いかにも。王都で<穴熊>を名乗る店はここだけだろうねぇ」
笑いを含んだ声で老婆が肯定した。
違うと言われたら即座に出ていこうと思っていたのだが、逃げ道を塞がれてしまった。いや、目的地で良かったのだが、どうにも雰囲気が足を出口へ向けさせる。
「すみません、ここは何のお店なんでしょうか……」
第一異世界人に教えられたまま来店したが、今の空澄には金がない。
そして王都から出るための準備――装備を整えるのにこの店で換金ができるのか、旅にどのようなものが必要で、そしてそれらをどこで購入できるのか、具体的なことは何一つわからなかった。
「ひひ、知らずに来たのかい。まぁそんな客もここじゃあさほど珍しくないねぇ」
老婆はしゃがれた笑い声をあげつつ一人で納得するように頷いた。頷きというより前後に揺れただけのようにも見える。
「ここはまぁ、何でも屋だよぉ。来るのは大抵が訳ありさね。お嬢ちゃんもそうだろぅ?」
訛りなのか、ゆっくりとした話し方のせいなのか、語尾の伸びる独特な口調はこんな環境でなければ眠気を誘ったかもしれない。実際には店の雰囲気と相まって、完全に怪談話の語り部である。
余談だが、空澄は邦画のホラーと虫は生理的に受け付けないタイプである。つまり、心の底からびびり散らかしている。
「ええ、まぁ、はい……」
「まずは希望を聞こうかねぇ。ほぅら、お嬢ちゃんの望みは何だい? 大抵のことはなんとかできるよぉ」
怪談の語り部だと思ったら魔女だった。それもお菓子の家に住んでるタイプの魔女だ。
怯んだところで他に頼る伝手はない。ここでどうにかしなければ、王都から出られるかすら危ういのだから。
ごく、と怯えを飲み込んで、空澄は老婆のいる店の奥へと足を進めた。
「王都から出て、遠く、安全な場所で静かに暮らしたいんです」
「ひひひ、まぁそんなところだろうさねぇ。さてぇ……お嬢ちゃん、顔をよぉく見せとくれ」
また老婆が笑いながら前後に揺れる。少し思案するように枯れ枝のような指の先を数回こすり合わせた。
フードを下ろすのを躊躇う空澄に、老婆はその手を大きく振った。
「お嬢ちゃん、異国風の顔立ちだろぅ? 行き先によっちゃあ余計に目立っちまうからねぇ」
コーディネーター的な目的か、と納得してフードを下ろした。
旅行ではなく脱国の方のコーディネーターだが、とりあえず現状では国外逃亡までは考えていないので合法のはずだ。たぶんきっと。
密かな自慢だった綺麗に伸ばした髪は、召喚されてからまともに手入れができていないせいで毛先がパサついている。それでも染めたことのない黒髪と、空澄の純日本人な顔を見た老婆はほう、とまた前後に揺れた。
「――別の大陸にゃお嬢ちゃんに近い顔立ちの国はあるけど……肌の色が違いすぎらいねぇ。この国ん中なら北部へ行くしかないよぉ」
戦争が起こりそうなのは南部だったはずだ。
老婆をどこまで信用して良いかはわからないが、他に情報もない。
「……では北部へ行きたいです。手段と必要な物を教えてください」
空澄が迷う素振を見せなかったのが意外だったのか、老婆は深い皺に埋もれた目を、片方だけ見開いた。器用だ。そしてそこが目だったのか。
老婆の目だと思って見つめていたのが皺だったことに軽く動揺する空澄をよそに、老婆は「思い切りがいいねぇ」とまたしゃがれた声で笑う。
「いいよぉ、お嬢ちゃんなかなか気に入ったし、代金はちょっとばかし勉強してあげるよぅ」
「あ、お金は持ってないです」
「金のない奴ァ野垂れ死にな」
手のひら返しが早すぎる。
先ほどまでの口調はいったい何だったのか、即座に叩き切るようにして見捨てられた。
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