爛れ顔の聖女は北を往く

文字の大きさ
上 下
8 / 40
1.聖女、召喚されたけど逃げる

8.穴熊

しおりを挟む
 迷いながらもなんとか教えられた<穴熊>という店に辿り着いたときには完全に日が登っていた。
 表通りは市場になっているのか、朝早い時間帯だというのに客を呼び込む威勢の良い声が響いていおり、さほど離れていないはずなのにまるで別世界のようだ。
 空澄はようやく見つけた洞穴で丸くなる穴熊(と思われる)が描かれた擦り切れた看板を見上げた。
 全体的に薄汚れた雰囲気で、恐らくこんな状況でなければ入ろうとは思わなかっただろう。なんなら本当に営業中なのかすら怪しいほどに寂れた外観をしている。

「――……よし」

 こんなところでいつまでも怖気づいてはいられない。
 空澄はフードを深くかぶり直してから、覚悟を決めて店の戸を押した。

 店内は外観同様に薄暗く、壁一面の棚には用途もわからないような多種多様な物が雑多に詰め込まれている。
 窓は一応あるようだが、その前にも物が積み上げられていて明かりが遮られている。
 隙間から差し込んだ細い明かりが、スポットライトのように埃の積もった床を照らしていた。

「いらっしゃい、何をお求めだい?」
「うひっ!」

 店内を見渡すのに気を取られていたのか、薄暗さのせいか、店の奥――物に埋もれてはいるが、恐らくカウンターの向こうに老婆がいいた。ホラーすぎる。
 びっくりしすぎて変な声を上げた空澄を、老婆は全てわかっているとでも言いたげにクツクツと笑った。深い皺の刻まれた顔が笑うと、ますます陰影が濃くなって恐ろしい。
 怪しげな店に、怪しげな老婆。いかにもといった雰囲気に抱えた荷物をさらに強く抱きしめた。

「――ええと……、ここは<穴熊>というお店で合っていますか?」
「いかにも、いかにも。王都で<穴熊>を名乗る店はここだけだろうねぇ」

 笑いを含んだ声で老婆が肯定した。
 違うと言われたら即座に出ていこうと思っていたのだが、逃げ道を塞がれてしまった。いや、目的地で良かったのだが、どうにも雰囲気が足を出口へ向けさせる。

「すみません、ここは何のお店なんでしょうか……」

 第一異世界人に教えられたまま来店したが、今の空澄には金がない。
 そして王都から出るための準備――装備を整えるのにこの店で換金ができるのか、旅にどのようなものが必要で、そしてそれらをどこで購入できるのか、具体的なことは何一つわからなかった。

「ひひ、知らずに来たのかい。まぁそんな客もここじゃあさほど珍しくないねぇ」

 老婆はしゃがれた笑い声をあげつつ一人で納得するように頷いた。頷きというより前後に揺れただけのようにも見える。

「ここはまぁ、何でも屋だよぉ。来るのは大抵が訳ありさね。お嬢ちゃんもそうだろぅ?」

 訛りなのか、ゆっくりとした話し方のせいなのか、語尾の伸びる独特な口調はこんな環境でなければ眠気を誘ったかもしれない。実際には店の雰囲気と相まって、完全に怪談話の語り部である。
 余談だが、空澄は邦画のホラーと虫は生理的に受け付けないタイプである。つまり、心の底からびびり散らかしている。

「ええ、まぁ、はい……」
「まずは希望を聞こうかねぇ。ほぅら、お嬢ちゃんの望みは何だい? 大抵のことはなんとかできるよぉ」

 怪談の語り部だと思ったら魔女だった。それもお菓子の家に住んでるタイプの魔女だ。
 怯んだところで他に頼る伝手はない。ここでどうにかしなければ、王都から出られるかすら危ういのだから。
 ごく、と怯えを飲み込んで、空澄は老婆のいる店の奥へと足を進めた。
 
「王都から出て、遠く、安全な場所で静かに暮らしたいんです」
「ひひひ、まぁそんなところだろうさねぇ。さてぇ……お嬢ちゃん、顔をよぉく見せとくれ」

 また老婆が笑いながら前後に揺れる。少し思案するように枯れ枝のような指の先を数回こすり合わせた。
 フードを下ろすのを躊躇う空澄に、老婆はその手を大きく振った。

「お嬢ちゃん、異国風の顔立ちだろぅ? 行き先によっちゃあ余計に目立っちまうからねぇ」

 コーディネーター的な目的か、と納得してフードを下ろした。
 旅行ではなく脱国の方のコーディネーターだが、とりあえず現状では国外逃亡までは考えていないので合法のはずだ。たぶんきっと。

 密かな自慢だった綺麗に伸ばした髪は、召喚されてからまともに手入れができていないせいで毛先がパサついている。それでも染めたことのない黒髪と、空澄の純日本人な顔を見た老婆はほう、とまた前後に揺れた。

「――別の大陸にゃお嬢ちゃんに近い顔立ちの国はあるけど……肌の色が違いすぎらいねぇ。この国ん中なら北部へ行くしかないよぉ」

 戦争が起こりそうなのは南部だったはずだ。
 老婆をどこまで信用して良いかはわからないが、他に情報もない。

「……では北部へ行きたいです。手段と必要な物を教えてください」

 空澄が迷う素振を見せなかったのが意外だったのか、老婆は深い皺に埋もれた目を、片方だけ見開いた。器用だ。そしてそこが目だったのか。
 老婆の目だと思って見つめていたのが皺だったことに軽く動揺する空澄をよそに、老婆は「思い切りがいいねぇ」とまたしゃがれた声で笑う。

「いいよぉ、お嬢ちゃんなかなか気に入ったし、代金はちょっとばかし勉強してあげるよぅ」
「あ、お金は持ってないです」
「金のない奴ァ野垂れ死にな」

 手のひら返しが早すぎる。
 先ほどまでの口調はいったい何だったのか、即座に叩き切るようにして見捨てられた。
 異世界はやっぱりハードモードだし、世知辛い。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

処理中です...