爛れ顔の聖女は北を往く

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1.聖女、召喚されたけど逃げる

5.脱出準備

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 倉科空澄は、物事を判断するとき、あまり悩まないたちだ。
 直感的に選び、それがたとえ失敗だったとしても、大して悔やむことはない。同じ状況になったとしたらまた直感に従うし、それで失敗を繰り返したとしても、後悔よりも笑いが先に来る。
 だから周囲は彼女を楽観的な人物だと判断する。
 けれど、空澄本人は自分は物事を良く考察するタイプの人間だと思っている。そして潔い楽天家だと。
 普段から目に付いた物事、心に浮かんだ感情の基、意味のない屁理屈や毒にも薬にもならない徒然としたことから哲学的なことまで、ほぼ無意識に脳内で様々な考察を繰り返し、角度を変えてはまたこねくり回して自らの思考を弄ぶ。ようするに一人遊びが得意だ。
 良くも悪くも客観的思考と合理性を持ち合わせているため、判断に迷っている時点で、どちらを選んでも後々大なり小なり後悔はするものだと割り切っているともいう。
 そしてさらに失敗したとしても、その経験こそを楽しむ。成功も失敗も、等しく経験として受け入れるのであまり後悔することがない、と言うより後悔する自分の心の動きを観察し、別の選択をした際のシミュレートを娯楽とできる。
 そうやって自分で自分の機嫌を取ることに関しては特技と言っても良いかもしれない。――そんなだから特に何かを苦に思う事もなく、気付けばおひとり様を拗らせここまで来てしまったのである。

 両親の「何事も経験」という教育が活かされていると言えばそうだろう。果たして彼らの意図したものであるかは別として。

 さて、そんな彼女はいま、クローゼットの中身をすべて部屋に広げた結果、布に埋もれていた。
 正直、足の踏み場がなくなった時点で、せめてサイズや系統ごとにすればよかった……とは思った。
 だがすでに端から出し始めてしまっていたので、そのまま全部出してしまう事にしたのだ。見た目以上に収納されていたクローゼットの中身に、好奇心が擽られてしまったともいう。
 その結果、空澄は衣服に埋もれながら、着る服と売る服、そして置いて行く服の仕分けをする羽目になった。完全に自業自得である。

「――これは動きやすそう」

 シンプルなデザインで、かつ動きやすそうなものは着る服としてベッド周辺へ。放り投げているのでさらに散らかっていっているようにしか見えないが、本人的には仕分け中である。
 そうでないものは基本的に城を出た後で売り払い、現金化するつもりだったが、ドレスというのは思っていた以上に大変かさばるし、高級な布地というのはとても重いのだと実感した。
 現金化以前に、持ち出すことが難しい。
 なので結局出した衣服の大半はそのままクローゼットへ戻すことになった。なんとも無駄な労力と時間である。

 結局、売る服も着るものとサイズ違いの畳んで持ち出せるようなものばかりになったが、こんな機会でもなければいわゆる貴族のご令嬢的なドレスなど、見ることすらなかっただろう。
 良い経験だった、と空澄は満足気に鼻を鳴らした。

 同じくクローゼットには靴も数多く収納されていたが、こちらはさすがに履く物だけを選ぶことにした。靴は重いうえに小さくまとめるのが難しいので。
 革製のショートブーツでサイズの合うものを選びだし、ベッドの方へ放っておく。荷造りは持っていくものをすべて出してからでいい。
 細々としたアクセサリー類は傷になるかとも思ったが、構わずすべてまとめて鞄に放り込んだ。これも売り払うために持っていく。
 この世界の物価どころか貨幣すら知らない空澄である。まず間違いなく買い叩かれるだろうが、今は少しでも現金がほしい。
 持ちだしたものは全て、城を出てすぐ換金するつもりである。店の当てはもちろんないが。
 
「ふぅ……、こんなもんかな」

 ベッドの上や周りに散らばった物をみて、一息ついた。さすがに疲れてきたのもあるし、何よりこれ以上は持ちだすのが難しいと判断した。
 登山経験はあるが、ロッククライミングは経験がないし、ロープで壁を降りるなんてレスキュー隊みたいなこともしたことがない。
 ある程度の高さまで簡易ロープで降りたら、あとは飛び降りることも視野に入れてはいるが、城の敷地内から出る前に怪我をするのは避けるべきだろう。格闘技は空手しか習っておらず、受け身にはあまり自信がない。
 
 選んだ服の中から特に動きやすそうなシャツとキュロット、ショートブーツを身に付ける用として分けて置く。
 今後着る予定の服と、売る予定の服を丁寧に畳んでそれぞれ積み上げた。
 本当ならば食料として毎回のパンをいくつか頂いておきたいところだったが、そんな時間があるのか分からないので諦める事にして、バスルームから持ち出した予備のシーツで包んでいく。

「――よし、とりあえずこんなものかな……」
 
 荷造りを終えたらあとはロープ作りだ。
 ベッドからシーツをひっぺがし、ハサミがない事を思い出した。しかしここまで来てそんなことで止めるわけがない。
 空澄はシーツの端に歯を立て、ギチギチと繊維を引きちぎりながらこの後の予定に思いを馳せた。

 大きいシーツはそれなりの幅で引き裂いてもなかなかの長さになった。引き裂いた布の端を固く結びながら、最後に風呂だけは入っておきたいな、と思う。
 王城という贅を尽くした場所にいるのでわかりづらいが、今後ゆっくり風呂に浸かる機会があると思わない方がいいだろう。桶の水で体を拭くぐらいは覚悟している。
 それでもバスルームの石鹸は持ち出させてもらうつもりである。この世界の医療技術や衛生観念はわからないが、たいていの異世界物では石鹸は高級品扱いだった。売らないつもりだが。

 窓の外はまだ明るいが日はだいぶ傾いていた。
 今夜中には脱出を実行するつもりで、作ったロープと持ちだす荷物をクローゼットに隠した。
 風呂に入っている間に夕飯分のパンとスープが部屋に運ばれるだろう。その際に運んできた人に見られるのは都合が悪い。

(大丈夫、なんとかなる。なんともならなかったら――なんとかする)

 考察好きでも計画性はない空澄であった。
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