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1.聖女、召喚されたけど逃げる
2.こうして聖女は監禁された
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「聖女が召喚されたのではなかったのか……?!」
「なんだアレは……!? 化け物じゃないか!」
「顔が……! 本当に聖女様なのか!?」
「なんとおぞましい……顔が爛れている……」
ざわざわと波紋が広がるように怯えや不信を孕んだ声が大きくなっていく。
その中心に座り込んだまま、空澄はぽかんと口を半開きにしていた。
何が起きたのか、自分がどこにいて、周囲の人々が誰なのか、理解以前に何も考えられない。
目を開けたら、知らない世界でした――なんて、ラノベじゃあるまいし。そう思っていた時代が空澄にもあった。いや、現在進行形で思っていた。
「し、静まれ!」
まだ幼さの残る、声変わり前と思しき少年の声が震えながら響いた。周囲の大人たちがその一声で口を噤み、ある者は自らの失言を隠すように口を覆った。
頭が機能停止を起こしたままフリーズしている空澄も、何となくこの場で一番偉い人なのかな、程度には真っ白な思考の遠くの方で思った。
自分がそう思った、とたったそれだけのことを理解するまでにも時間がかかって、気付いたときには空澄はクラシカルなメイド服に身を包んだ女性(侍女というやつだろうか)に先導され、周囲を鎧姿の騎士(兵士?)に囲まれて歩いていた。
立ち上がった記憶もなければ、自分がどこに向かっているのかもわからない。
現代日本でも比較的長身の部類に入る空澄よりも背の高い侍女は、背中しか見えないのに酷く緊張しているのが伝わってくる。
むしろ先導する侍女だけではなく、自分の左右と後ろにいる帯剣した男たちも強張った顔をしている。
物々しい雰囲気に、声をかけることもできずに息をのんだ。
そのせいではないだろうが、ずっと張り付けたままで水分を失ったフェイスパックが、重力に負けてこめかみの辺りから剥がれてきた。
反射的に手で押さえると同時、金属がぶつかる音が広い廊下に響いた。
鎧姿の男たちが一斉に腰の剣に手をかけたのだと、隣を見て理解する。
「――え、と……」
顔を押さえた手をゆっくりと外して、害意がないことを示すために両手を上げた。気持ちは警察に銃を突きつけられた犯人だ。そんな状況に陥ったことはもちろんないので想像だが。
騎士たちも剣に手をかけたのは咄嗟の反応だったのだろう。それぞれがどことなく気まずげな視線を交わしてから構えが解かれた。
異世界でも危険人物に対しては「武器を捨てて両手を挙げろ」と警告するのかもしれない。空澄は危険人物ではないはずだが。
「っひ、きゃぁぁぁあ……!」
「ひょえっ」
一難去っていまた一難、とはこういうことを言うのだろうか。
騎士たちの警戒が解かれたと思った矢先、侍女が悲鳴を上げてその場に倒れ込む。
突然の悲鳴に驚いた空澄の間の抜けた奇声はかき消された。
「顔が……! 皮膚が……!!」
「お、落ち着け!」
青褪めた顔で怯え、半狂乱に陥った侍女を、騎士の一人がその体に触れないよう気を付けながら、なんとか宥めようと声をかける。
恐らく、こんなときは同性である空澄が侍女を宥めるべきなのだろう。しかし侍女は明らかに空澄を見て怯えており、一歩でも近付こうものならさらに怯えて泣き叫びそうだ。
(えぇー……、これどういう状況……?)
混乱が一周回ってしまったのか、驚き疲れてしまったのか、変に冷静になった頭の中で呟いた。
答えはもちろんないが、元凶である剥がれかけのフェイスパックが風に揺れた気がした。
すっかり怯えきって腰を抜かしてしまった侍女の介抱を騎士の一人に任せることになり、前後を武装した男に挟まれてまるで囚人ような気持ちで廊下を進み、案内された部屋に入った。
とりあえず、悲鳴を上げて怯えたいのは空澄の方だった。
空澄が部屋に入るのを確認した騎士たちは、「こちらの客室でしばらくお待ちください」と口早に告げ、返事も待たずに去って行った。
響いた施錠の音に、震える手でドアを開けようとしたが、やはり開くことはなかった。
ドアの向こう、遠ざかる足音が妙に早かったのが印象に残った。
見渡すほど広い部屋にぽつん、と一人取り残されて、途方に暮れる。
――なんだか、とても、疲れていた。
立っているのもしんどくて、目に付いたソファに近づく。
勝手に使っていいものか一瞬悩むも、ここで待てということは、使っていいのだろうと判断して座った。思った以上に深く沈みこんでしまい、慌てる間もなく転がった。
身を起こす気にもなれなくて、三人掛けと思われるソファに上体を預けたまま思案する。
令和に生きるオタクの必修科目である(と空澄は思っている)異世界物のファンタジーは、ジャンルを問わず幅広く履修したが、実際に自分がその立場になるだなんて想像していない。いや、妄想はしても想定はしていなかった。
事実は小説より奇なりとは言うが、まさか本当に異世界なんてものがあって、ファンタジーの代名詞ともいえる魔法などという超常現象により、自分が召喚される……そんな現実があるなんて。
(……とりあえず、パジャマ着ててよかった。)
夏場の風呂上りなど、汗が引くまで下着姿でいることが多い空澄である。
パンツ一丁の姿で異世界に召喚される悲劇を想像してふ、と唇から息が漏れた。
間違いなく高級品のソファを濡らしてしまったのは、不可抗力と許してもらいたい。
「なんだアレは……!? 化け物じゃないか!」
「顔が……! 本当に聖女様なのか!?」
「なんとおぞましい……顔が爛れている……」
ざわざわと波紋が広がるように怯えや不信を孕んだ声が大きくなっていく。
その中心に座り込んだまま、空澄はぽかんと口を半開きにしていた。
何が起きたのか、自分がどこにいて、周囲の人々が誰なのか、理解以前に何も考えられない。
目を開けたら、知らない世界でした――なんて、ラノベじゃあるまいし。そう思っていた時代が空澄にもあった。いや、現在進行形で思っていた。
「し、静まれ!」
まだ幼さの残る、声変わり前と思しき少年の声が震えながら響いた。周囲の大人たちがその一声で口を噤み、ある者は自らの失言を隠すように口を覆った。
頭が機能停止を起こしたままフリーズしている空澄も、何となくこの場で一番偉い人なのかな、程度には真っ白な思考の遠くの方で思った。
自分がそう思った、とたったそれだけのことを理解するまでにも時間がかかって、気付いたときには空澄はクラシカルなメイド服に身を包んだ女性(侍女というやつだろうか)に先導され、周囲を鎧姿の騎士(兵士?)に囲まれて歩いていた。
立ち上がった記憶もなければ、自分がどこに向かっているのかもわからない。
現代日本でも比較的長身の部類に入る空澄よりも背の高い侍女は、背中しか見えないのに酷く緊張しているのが伝わってくる。
むしろ先導する侍女だけではなく、自分の左右と後ろにいる帯剣した男たちも強張った顔をしている。
物々しい雰囲気に、声をかけることもできずに息をのんだ。
そのせいではないだろうが、ずっと張り付けたままで水分を失ったフェイスパックが、重力に負けてこめかみの辺りから剥がれてきた。
反射的に手で押さえると同時、金属がぶつかる音が広い廊下に響いた。
鎧姿の男たちが一斉に腰の剣に手をかけたのだと、隣を見て理解する。
「――え、と……」
顔を押さえた手をゆっくりと外して、害意がないことを示すために両手を上げた。気持ちは警察に銃を突きつけられた犯人だ。そんな状況に陥ったことはもちろんないので想像だが。
騎士たちも剣に手をかけたのは咄嗟の反応だったのだろう。それぞれがどことなく気まずげな視線を交わしてから構えが解かれた。
異世界でも危険人物に対しては「武器を捨てて両手を挙げろ」と警告するのかもしれない。空澄は危険人物ではないはずだが。
「っひ、きゃぁぁぁあ……!」
「ひょえっ」
一難去っていまた一難、とはこういうことを言うのだろうか。
騎士たちの警戒が解かれたと思った矢先、侍女が悲鳴を上げてその場に倒れ込む。
突然の悲鳴に驚いた空澄の間の抜けた奇声はかき消された。
「顔が……! 皮膚が……!!」
「お、落ち着け!」
青褪めた顔で怯え、半狂乱に陥った侍女を、騎士の一人がその体に触れないよう気を付けながら、なんとか宥めようと声をかける。
恐らく、こんなときは同性である空澄が侍女を宥めるべきなのだろう。しかし侍女は明らかに空澄を見て怯えており、一歩でも近付こうものならさらに怯えて泣き叫びそうだ。
(えぇー……、これどういう状況……?)
混乱が一周回ってしまったのか、驚き疲れてしまったのか、変に冷静になった頭の中で呟いた。
答えはもちろんないが、元凶である剥がれかけのフェイスパックが風に揺れた気がした。
すっかり怯えきって腰を抜かしてしまった侍女の介抱を騎士の一人に任せることになり、前後を武装した男に挟まれてまるで囚人ような気持ちで廊下を進み、案内された部屋に入った。
とりあえず、悲鳴を上げて怯えたいのは空澄の方だった。
空澄が部屋に入るのを確認した騎士たちは、「こちらの客室でしばらくお待ちください」と口早に告げ、返事も待たずに去って行った。
響いた施錠の音に、震える手でドアを開けようとしたが、やはり開くことはなかった。
ドアの向こう、遠ざかる足音が妙に早かったのが印象に残った。
見渡すほど広い部屋にぽつん、と一人取り残されて、途方に暮れる。
――なんだか、とても、疲れていた。
立っているのもしんどくて、目に付いたソファに近づく。
勝手に使っていいものか一瞬悩むも、ここで待てということは、使っていいのだろうと判断して座った。思った以上に深く沈みこんでしまい、慌てる間もなく転がった。
身を起こす気にもなれなくて、三人掛けと思われるソファに上体を預けたまま思案する。
令和に生きるオタクの必修科目である(と空澄は思っている)異世界物のファンタジーは、ジャンルを問わず幅広く履修したが、実際に自分がその立場になるだなんて想像していない。いや、妄想はしても想定はしていなかった。
事実は小説より奇なりとは言うが、まさか本当に異世界なんてものがあって、ファンタジーの代名詞ともいえる魔法などという超常現象により、自分が召喚される……そんな現実があるなんて。
(……とりあえず、パジャマ着ててよかった。)
夏場の風呂上りなど、汗が引くまで下着姿でいることが多い空澄である。
パンツ一丁の姿で異世界に召喚される悲劇を想像してふ、と唇から息が漏れた。
間違いなく高級品のソファを濡らしてしまったのは、不可抗力と許してもらいたい。
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