爛れ顔の聖女は北を往く

文字の大きさ
上 下
2 / 22
1.聖女、召喚されたけど逃げる

2.こうして聖女は監禁された

しおりを挟む
「聖女が召喚されたのではなかったのか……?!」
「なんだアレは……!? 化け物じゃないか!」
「顔が……! 本当に聖女様なのか!?」
「なんとおぞましい……顔が爛れている……」

 ざわざわと波紋が広がるように怯えや不信を孕んだ声が大きくなっていく。
 その中心に座り込んだまま、空澄はぽかんと口を半開きにしていた。
 何が起きたのか、自分がどこにいて、周囲の人々が誰なのか、理解以前に何も考えられない。

 目を開けたら、知らない世界でした――なんて、ラノベじゃあるまいし。そう思っていた時代ときが空澄にもあった。いや、現在進行形で思ってい


「し、静まれ!」

 まだ幼さの残る、声変わり前と思しき少年の声が震えながら響いた。周囲の大人たちがその一声で口を噤み、ある者は自らの失言を隠すように口を覆った。
 頭が機能停止を起こしたままフリーズしている空澄も、何となくこの場で一番偉い人なのかな、程度には真っ白な思考の遠くの方で思った。

 自分がそう思った、とたったそれだけのことを理解するまでにも時間がかかって、気付いたときには空澄はクラシカルなメイド服に身を包んだ女性(侍女というやつだろうか)に先導され、周囲を鎧姿の騎士(兵士?)に囲まれて歩いていた。
 立ち上がった記憶もなければ、自分がどこに向かっているのかもわからない。
 現代日本でも比較的長身の部類に入る空澄よりも背の高い侍女は、背中しか見えないのに酷く緊張しているのが伝わってくる。
 むしろ先導する侍女だけではなく、自分の左右と後ろにいる帯剣した男たちも強張った顔をしている。
 物々しい雰囲気に、声をかけることもできずに息をのんだ。
 
 そのせいではないだろうが、ずっと張り付けたままで水分を失ったフェイスパックが、重力に負けてこめかみの辺りから剥がれてきた。
 反射的に手で押さえると同時、金属がぶつかる音が広い廊下に響いた。
 鎧姿の男たちが一斉に腰の剣に手をかけたのだと、隣を見て理解する。

「――え、と……」

 顔を押さえた手をゆっくりと外して、害意がないことを示すために両手を上げた。気持ちは警察に銃を突きつけられた犯人だ。そんな状況に陥ったことはもちろんないので想像だが。
 騎士たちも剣に手をかけたのは咄嗟の反応だったのだろう。それぞれがどことなく気まずげな視線を交わしてから構えが解かれた。
 異世界でも危険人物に対しては「武器を捨てて両手を挙げろ」と警告するのかもしれない。空澄は危険人物ではないはずだが。

「っひ、きゃぁぁぁあ……!」
「ひょえっ」

 一難去っていまた一難、とはこういうことを言うのだろうか。
 騎士たちの警戒が解かれたと思った矢先、侍女が悲鳴を上げてその場に倒れ込む。
 突然の悲鳴に驚いた空澄の間の抜けた奇声はかき消された。

「顔が……! 皮膚が……!!」
「お、落ち着け!」

 青褪めた顔で怯え、半狂乱に陥った侍女を、騎士の一人がその体に触れないよう気を付けながら、なんとか宥めようと声をかける。

 恐らく、こんなときは同性である空澄が侍女を宥めるべきなのだろう。しかし侍女は明らかに空澄を見て怯えており、一歩でも近付こうものならさらに怯えて泣き叫びそうだ。

(えぇー……、これどういう状況……?)

 混乱が一周回ってしまったのか、驚き疲れてしまったのか、変に冷静になった頭の中で呟いた。
 答えはもちろんないが、元凶である剥がれかけのフェイスパックが風に揺れた気がした。

 すっかり怯えきって腰を抜かしてしまった侍女の介抱を騎士の一人に任せることになり、前後を武装した男に挟まれてまるで囚人ような気持ちで廊下を進み、案内された部屋に入った。
 とりあえず、悲鳴を上げて怯えたいのは空澄の方だった。
 空澄が部屋に入るのを確認した騎士たちは、「こちらの客室でしばらくお待ちください」と口早に告げ、返事も待たずに去って行った。
 響いた施錠の音に、震える手でドアを開けようとしたが、やはり開くことはなかった。
 ドアの向こう、遠ざかる足音が妙に早かったのが印象に残った。

 見渡すほど広い部屋にぽつん、と一人取り残されて、途方に暮れる。
 ――なんだか、とても、疲れていた。
 立っているのもしんどくて、目に付いたソファに近づく。
 勝手に使っていいものか一瞬悩むも、ここで待てということは、使っていいのだろうと判断して座った。思った以上に深く沈みこんでしまい、慌てる間もなく転がった。
 身を起こす気にもなれなくて、三人掛けと思われるソファに上体を預けたまま思案する。
 
 令和に生きるオタクの必修科目である(と空澄は思っている)異世界物のファンタジーは、ジャンルを問わず幅広く履修したが、実際に自分がその立場になるだなんて想像していない。いや、妄想はしても想定はしていなかった。
 事実は小説より奇なりとは言うが、まさか本当に異世界なんてものがあって、ファンタジーの代名詞ともいえる魔法などという超常現象により、自分が召喚される……そんな現実があるなんて。

(……とりあえず、パジャマ着ててよかった。)

 夏場の風呂上りなど、汗が引くまで下着姿でいることが多い空澄である。
 パンツ一丁の姿で異世界に召喚される悲劇を想像してふ、と唇から息が漏れた。

 間違いなく高級品のソファを濡らしてしまったのは、不可抗力と許してもらいたい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

処理中です...