34 / 38
第2部
18 | 師からの手紙 - ベルスタ①
しおりを挟む
セルシウスは犬ではなくて人間で、シュルッセル様で、それってつまりどういうことだ? 言葉としての意味はわかるが、気持ちが追いつかず理解できない。
「ベルスタ」
セルシウスの声で我にかえる。今は鷹の姿になっていて俺の前髪をくちばしでついばむ。たしかに声も瞳の色も同じだが…
「経緯はわかったか?」
「ほんとうにセルシウスはシュルッセル様なのか?」
「ベルスタしっかりしてよ!」
「ノクト、しゃべれるようになったんだな。体もこんなに大きくなって…それで、ここは?」
「まさか聞いてなかったの? 説明したのに!」
「あとで私が話しておくよ、姉上がお待ちだ」
「ボクもラザフォード家の当主に挨拶しなきゃ」
「魔力は抑えてくれよ」
「了解」
ドラゴンの背中に乗って、肩にいる鷹と会話ができて、まるで冒険の物語だ。
「外へ出るよ」
炎の世界から王宮へ戻れば、冒険譚の主人公気分は消え失せてしまったけれど。俺は護衛として壁に控え物語の行き先を見守る。
「ねえ、結界って全部壊してもいい?」
「それは得策ではないと、侵略を疑われます」
「先に王の復活を伝えてはどうかしら」
「ドラゴンが現れたらそれだけで大騒ぎになる」
「国王に啓示を与えようか」
「そんなことができるのか?」
「炎から声がしたら神秘的じゃない」
とかなんとか、領主夫妻と魔物の王であるドラゴンの話し合いに参加している鷹がシュルッセル様だというなら、対等に話している状況も納得できる。セルシウスのことを偉そうだと思っていたが、実際に偉いのだから仕方ない。
「やれやれ、あとは頼みました。ドラゴンとラザフォード家の契約ですからね、私たちは山小屋へ返してくれませんか」
「領地へは帰してあげましょう。でも今後のことでまだ話したいことがあるから、しばらくうちにいてちょうだい。テスをつけるわ」
「わかりました」
それからキュリー様はセルシウスを鷹から犬の姿に戻し、俺たちをラザフォード家の邸宅へ帰した。
屋敷では促されるまま食事と入浴を済ませ、案内されるまま客室へ向かう。
キュリー様が引き留めたいのはセルシウスだから、明日になったら俺は山小屋へ戻ろう。ふかふかなベッドへ寝転び、そういえばルーメン教授の手紙を渡すのはセルシウスでいいのかと考えた。眠りに落ちるはざま、意識は蝋燭の炎のようにゆれていた。
◇◇◇
夜空の果てから光の雨が落ちてくる。怖くて、美しくて、心臓がひっくり返るくらいどきどきしている。
「すごいだろう」
魔術師の少年が得意気に言う。
「うん! 信じられない…こんな魔術が使えるなんてすごいね!」
少年は「まあ、うん…」と言葉を濁す。俺の泣きはらした顔の火照りを夜風が撫でていく。
「こんな魔術は無理だけど、俺も早く大人になって、みんなを守れるように強くなりたい!」
「魔術なんて使えないほうがいいよ。それに私は…大人になんかなりたくない」
さびしげな声だった。となりを向くが暗くて表情はわからない。「どうして?」と聞くと、「…冗談だ」と返ってきたが、それは冗談ではなく本心だったんじゃないかと思う。
遠い記憶から目を覚ますととなりに温もりがあった。いつもどおりだ。被毛に触れ、かすかな呼吸を感じる。だから起き上がって見回した室内があまりにも違っていて戸惑った。
「そうだった、山小屋じゃないんだ」
ふたたびごろりと寝転がると、セルシウスの耳が動いた。
「…ベルスタ、起きたのか」
「いつの間に部屋へ入ってきたんだ」
セルシウスはあくびをしてから体をのばす。セルシウスはシュルッセル様だと納得したはずが、どう見ても犬でしかなく、というか、ずっと一緒に寝ていたのがシュルッセル様だったということか? あり得ない…
「ノクトの話をしようと思ったんだ、聞いてなかっただろう」
「あ、ああ」
「うたた寝のようだったからそのうち起きるかと思って待っていたら私も寝てしまった」
「…そうか」
ぎこちない返事をみかねたのか、セルシウスは「私は私だ」と言って俺の顔を舐める。
つまり舐めたのはシュルッセル様ということで、と考えはじめると思考が先にすすまない。
「わかっているつもりなんだ。でも…」
「まあ、そのうち慣れるさ。姉上にも言っているが、シュルッセル・ラザフォードは死んだんだ。生き返ることはない」
「ほんとうは生きているのに?」
「シュルッセルの持っている魔力は大きすぎるから災いのもとになる。いまはただのお前の牧羊犬だ。それに飽きたらセルシウスとして人生をやり直すさ」
俺の牧羊犬か。それならば、と遠慮なくわしわしと頭を撫でる。シュルッセル様であることは一旦忘れよう。そうしないと思考がいちいち停止してしまう。
「ノクトのことは落ち着いてからでいい。俺が知らなくても影響はないだろう」
「気にならないのか?」
「俺が気になるのは羊たちのほうだな。一足先に山小屋へ戻るよ。あ、そうだった」
ベッドから起き上がり、ルーメン教授からの手紙をセルシウスへ渡す。
「忘れないうちに」
「犬に渡されてもな、山小屋へ持って帰ってくれ」
「読まなくていいのか」
「どうせろくなことは書かれていないさ」
「恩師なんだろう」
「…なあ、私の代わりに読んでくれないか」
どうして、と聞くのは簡単で。でも、聞いてしまっては本心をはぐらかされる気がした。
「わかった」と言うと、セルシウスは意外だったようで、「いや、やはり駄目だ」と撤回する。
「弱気とは珍しい」
「私が? そんなわけないだろう」
セルシウスはふんと鼻を鳴らす。俺はやわらかい毛並みを撫でながら、「代わりに読んでほしくなったらいつでも言ってくれ」と伝えた。
お見舞いへいったときにも憎まれ口をたたいていたし関係性にしこりがあるのだろう。
「お前は嫌いな奴がいなさそうだな」
「ははっ、そんなことはない。従軍していた頃に田舎者といじめてきた奴らは大嫌いだ」
「ベルスタ」
セルシウスの声で我にかえる。今は鷹の姿になっていて俺の前髪をくちばしでついばむ。たしかに声も瞳の色も同じだが…
「経緯はわかったか?」
「ほんとうにセルシウスはシュルッセル様なのか?」
「ベルスタしっかりしてよ!」
「ノクト、しゃべれるようになったんだな。体もこんなに大きくなって…それで、ここは?」
「まさか聞いてなかったの? 説明したのに!」
「あとで私が話しておくよ、姉上がお待ちだ」
「ボクもラザフォード家の当主に挨拶しなきゃ」
「魔力は抑えてくれよ」
「了解」
ドラゴンの背中に乗って、肩にいる鷹と会話ができて、まるで冒険の物語だ。
「外へ出るよ」
炎の世界から王宮へ戻れば、冒険譚の主人公気分は消え失せてしまったけれど。俺は護衛として壁に控え物語の行き先を見守る。
「ねえ、結界って全部壊してもいい?」
「それは得策ではないと、侵略を疑われます」
「先に王の復活を伝えてはどうかしら」
「ドラゴンが現れたらそれだけで大騒ぎになる」
「国王に啓示を与えようか」
「そんなことができるのか?」
「炎から声がしたら神秘的じゃない」
とかなんとか、領主夫妻と魔物の王であるドラゴンの話し合いに参加している鷹がシュルッセル様だというなら、対等に話している状況も納得できる。セルシウスのことを偉そうだと思っていたが、実際に偉いのだから仕方ない。
「やれやれ、あとは頼みました。ドラゴンとラザフォード家の契約ですからね、私たちは山小屋へ返してくれませんか」
「領地へは帰してあげましょう。でも今後のことでまだ話したいことがあるから、しばらくうちにいてちょうだい。テスをつけるわ」
「わかりました」
それからキュリー様はセルシウスを鷹から犬の姿に戻し、俺たちをラザフォード家の邸宅へ帰した。
屋敷では促されるまま食事と入浴を済ませ、案内されるまま客室へ向かう。
キュリー様が引き留めたいのはセルシウスだから、明日になったら俺は山小屋へ戻ろう。ふかふかなベッドへ寝転び、そういえばルーメン教授の手紙を渡すのはセルシウスでいいのかと考えた。眠りに落ちるはざま、意識は蝋燭の炎のようにゆれていた。
◇◇◇
夜空の果てから光の雨が落ちてくる。怖くて、美しくて、心臓がひっくり返るくらいどきどきしている。
「すごいだろう」
魔術師の少年が得意気に言う。
「うん! 信じられない…こんな魔術が使えるなんてすごいね!」
少年は「まあ、うん…」と言葉を濁す。俺の泣きはらした顔の火照りを夜風が撫でていく。
「こんな魔術は無理だけど、俺も早く大人になって、みんなを守れるように強くなりたい!」
「魔術なんて使えないほうがいいよ。それに私は…大人になんかなりたくない」
さびしげな声だった。となりを向くが暗くて表情はわからない。「どうして?」と聞くと、「…冗談だ」と返ってきたが、それは冗談ではなく本心だったんじゃないかと思う。
遠い記憶から目を覚ますととなりに温もりがあった。いつもどおりだ。被毛に触れ、かすかな呼吸を感じる。だから起き上がって見回した室内があまりにも違っていて戸惑った。
「そうだった、山小屋じゃないんだ」
ふたたびごろりと寝転がると、セルシウスの耳が動いた。
「…ベルスタ、起きたのか」
「いつの間に部屋へ入ってきたんだ」
セルシウスはあくびをしてから体をのばす。セルシウスはシュルッセル様だと納得したはずが、どう見ても犬でしかなく、というか、ずっと一緒に寝ていたのがシュルッセル様だったということか? あり得ない…
「ノクトの話をしようと思ったんだ、聞いてなかっただろう」
「あ、ああ」
「うたた寝のようだったからそのうち起きるかと思って待っていたら私も寝てしまった」
「…そうか」
ぎこちない返事をみかねたのか、セルシウスは「私は私だ」と言って俺の顔を舐める。
つまり舐めたのはシュルッセル様ということで、と考えはじめると思考が先にすすまない。
「わかっているつもりなんだ。でも…」
「まあ、そのうち慣れるさ。姉上にも言っているが、シュルッセル・ラザフォードは死んだんだ。生き返ることはない」
「ほんとうは生きているのに?」
「シュルッセルの持っている魔力は大きすぎるから災いのもとになる。いまはただのお前の牧羊犬だ。それに飽きたらセルシウスとして人生をやり直すさ」
俺の牧羊犬か。それならば、と遠慮なくわしわしと頭を撫でる。シュルッセル様であることは一旦忘れよう。そうしないと思考がいちいち停止してしまう。
「ノクトのことは落ち着いてからでいい。俺が知らなくても影響はないだろう」
「気にならないのか?」
「俺が気になるのは羊たちのほうだな。一足先に山小屋へ戻るよ。あ、そうだった」
ベッドから起き上がり、ルーメン教授からの手紙をセルシウスへ渡す。
「忘れないうちに」
「犬に渡されてもな、山小屋へ持って帰ってくれ」
「読まなくていいのか」
「どうせろくなことは書かれていないさ」
「恩師なんだろう」
「…なあ、私の代わりに読んでくれないか」
どうして、と聞くのは簡単で。でも、聞いてしまっては本心をはぐらかされる気がした。
「わかった」と言うと、セルシウスは意外だったようで、「いや、やはり駄目だ」と撤回する。
「弱気とは珍しい」
「私が? そんなわけないだろう」
セルシウスはふんと鼻を鳴らす。俺はやわらかい毛並みを撫でながら、「代わりに読んでほしくなったらいつでも言ってくれ」と伝えた。
お見舞いへいったときにも憎まれ口をたたいていたし関係性にしこりがあるのだろう。
「お前は嫌いな奴がいなさそうだな」
「ははっ、そんなことはない。従軍していた頃に田舎者といじめてきた奴らは大嫌いだ」
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた
キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。
人外✕人間
♡喘ぎな分、いつもより過激です。
以下注意
♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり
2024/01/31追記
本作品はキルキのオリジナル小説です。
王子様のご帰還です
小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。
平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。
そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。
何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!?
異世界転移 王子×王子・・・?
こちらは個人サイトからの再録になります。
十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。
獅子帝の宦官長
ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。
苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。
強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受
R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。
2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました
電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/
紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675
単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております
良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
帝国皇子のお婿さんになりました
クリム
BL
帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。
そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」
「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」
「うん、クーちゃん」
「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」
これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。
処女姫Ωと帝の初夜
切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。
七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。
幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・
『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。
歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。
フツーの日本語で書いています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる