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第2部
15 | 王宮の魔術師 - セルシウス②
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作物は十分に育ち、人々の生活も安定している。それらがすべてドラゴンの力だと信じているわけではないが、反故にするとなにが起こるかわからないのが契約の怖いところだ。
魔導書によるとドラゴンは肉体が滅びても過去の記憶をもって生まれ変わるらしい。召還したあとのドラゴンは魔物の王となるべく飛び立つと記されていたが、ノクトにはその気配がない。召還してしまえばあとは勝手にしてくれればよいと思っていたのに、ノクトには王たる自覚がないようだった。魔導書には残されていないが召還と王の復活は別物なのだろうか。
「なんにしても」と姉上は先ほどの弱気が嘘のように不敵に微笑む。
「自白の術をかけられないよう準備しておかなくてはね」
「そういえば、私は明日どういう立場で同行するのですか」
さすがに犬は連れて行けないだろう。護衛を一人増やすのだろうか。
「ふふっ明日のお楽しみ」
楽しそうな姉上の気分を害さぬよう、「どうぞお手柔らかに」と力なく微笑み返した。
◇◇◇
敢えてなのか聞くのも怖いが、話し合いの場で退屈であることを隠そうともしない姉上は悪役がお似合いだと思う。
参加者の表情から話がまとまっていないことは想像できた。結界を一度解除するのは危険すぎるが、綻びたままというのも不安なのだろう。
そういう無意味な会議の様子を私はベルスタの肩のうえで見ていた。
姉上によって私はいま鷹に姿を変えられている。鷹の視力をもてば、建物の外から室内の様子を確認するのは容易いことだった。
「見えるのか?」
「うむ」
「キュリー様はすごいな」
「姿変えの術が得意なのだ」
「セルシウスを人間にするつもりだったと言っていたな」
「お前が来なければ人間になれたのに」
「人間になりたいのか?」
「…時と場合によるが、今日は鷹でよかった。もう十分だ、見舞いに行こう」
姉上はベルスタを護衛にと言いつつ、床に臥せているルーメン教授を見舞う役目を与えた。ベルスタがいなければ私一人に行かせるつもりだったのか、王宮内の書庫で返り討ちにしてからの様子が気にはなってはいたが、口にしたことはないのに、本当に姉上は恐ろしい。
「緊張するな、シュルッセル様の恩師殿か」
「ろくでもないジジイだ。魔術省も老害がおとなしくて清々しているだろう」
「そんな言い方はないだろう」
どれだけ被害を被ったか知らないからそんなことが言えるのだ。私はベルスタの肩を離れ空へ舞い上がった。
「あっ、勝手なことをするな」
ベルスタの声を無視して上昇する。せっかく鷹になっているのだから全てを見下ろしてやろう。王宮はこれでもかというくらい華美で豪奢だった。結界によって魔物が王国に入ってくることがなくなったため国の人口は増え続け、それに比例して王都はいびつに拡大し続けていた。
何度か旋回しているうちに、ベルスタがルーメン教授の邸宅へ近づいているのが見えた。風をきって飛ぶことはとても気持ちよかったが、そろそろ戻ったほうがいいだろう。
下降をはじめるとベルスタがこちらに気付いて手を振る。止まり木のように差し出された腕に止まると、「害鳥だと思われて撃たれても知らないぞ」と言われた。
◇◇◇
両親が亡くなったとき、私も姉上もまだ子どもで物事の分別も判断もおぼつかなかった。本来なら長男が領主となるのだろうが、魔力が強いと判断された私は魔術師となるべく王都へ、そして姉上は婿養子をとることになった。
ベルスタが家令とあたりさわりのない会話をしいる間、私は肩にとまって剥製のごとくおとなしくしていた。
ルーメン教授がマクスウェルから奪っていた魔力は私が王宮内の書庫でそぎ落とした。本来、こうして目が落ちくぼみ横たわるしかない状態なのだ。眠っているルーメン教授は先ほど見たいびつに拡大する王都を思わせた。
姉上からの見舞いの品を渡すと、家令は「こちらからもお渡しするものがございます」と言ってしばし室内から離れた。私はベルスタの耳元にくちばしを寄せ、「見舞いの客はいるかと聞いてくれ」とささやく。
やがて家令が戻って来くると、ベルスタはさりげなく会話を続けた。
「お見舞いに来られる方は多いのですか?」
「王宮魔術師の方は来られていたのですが、主がもう来なくてよいと言ったようで最近は誰も」
「目を覚まされることもあるのですね」
「ええ、一日に数回は…病状がかなり回復していたのでこのままお元気になられるかと思ったのですが寿命には抗えませんね」
ベルスタは出されているカップに口をつける。
家令はベルスタがカップを置くのを待ってから、テーブルの上に書状のようなものを置いた。
「体調が悪化したあと、主から見知らぬ来客があれば渡してほしいと預かったものです。どういうことだろうと不思議だったのですが、今回の見舞いのお話しをいただいたときにこのことを予見していたのかと思いました」
突然の話にベルスタは戸惑っているようだった。
「見知らぬ来客が私だと?」
「ええ」
「一体なにが書かれているのでしょうか?」
「内容までは聞いておりません」
訝しみながらもベルスタは書状を手に取り、「中を確認させていただても?」と尋ねる。
「もちろんです」
書状の封がとかれるのを肩から見守った。見覚えのあるルーメン教授の文字が、シュルッセル宛であることを示していた。ベルスタがちらりとこちらを見るので私はまばたきで返事をした。
「ルーメン教授はやはり偉大な魔術師ですね」
「受け取っていただけますか」
「私宛ではありませんが、必ずお渡しするとお伝えください」
家令は肩の荷がおりたように「安心しました」と静かに言った。
魔導書によるとドラゴンは肉体が滅びても過去の記憶をもって生まれ変わるらしい。召還したあとのドラゴンは魔物の王となるべく飛び立つと記されていたが、ノクトにはその気配がない。召還してしまえばあとは勝手にしてくれればよいと思っていたのに、ノクトには王たる自覚がないようだった。魔導書には残されていないが召還と王の復活は別物なのだろうか。
「なんにしても」と姉上は先ほどの弱気が嘘のように不敵に微笑む。
「自白の術をかけられないよう準備しておかなくてはね」
「そういえば、私は明日どういう立場で同行するのですか」
さすがに犬は連れて行けないだろう。護衛を一人増やすのだろうか。
「ふふっ明日のお楽しみ」
楽しそうな姉上の気分を害さぬよう、「どうぞお手柔らかに」と力なく微笑み返した。
◇◇◇
敢えてなのか聞くのも怖いが、話し合いの場で退屈であることを隠そうともしない姉上は悪役がお似合いだと思う。
参加者の表情から話がまとまっていないことは想像できた。結界を一度解除するのは危険すぎるが、綻びたままというのも不安なのだろう。
そういう無意味な会議の様子を私はベルスタの肩のうえで見ていた。
姉上によって私はいま鷹に姿を変えられている。鷹の視力をもてば、建物の外から室内の様子を確認するのは容易いことだった。
「見えるのか?」
「うむ」
「キュリー様はすごいな」
「姿変えの術が得意なのだ」
「セルシウスを人間にするつもりだったと言っていたな」
「お前が来なければ人間になれたのに」
「人間になりたいのか?」
「…時と場合によるが、今日は鷹でよかった。もう十分だ、見舞いに行こう」
姉上はベルスタを護衛にと言いつつ、床に臥せているルーメン教授を見舞う役目を与えた。ベルスタがいなければ私一人に行かせるつもりだったのか、王宮内の書庫で返り討ちにしてからの様子が気にはなってはいたが、口にしたことはないのに、本当に姉上は恐ろしい。
「緊張するな、シュルッセル様の恩師殿か」
「ろくでもないジジイだ。魔術省も老害がおとなしくて清々しているだろう」
「そんな言い方はないだろう」
どれだけ被害を被ったか知らないからそんなことが言えるのだ。私はベルスタの肩を離れ空へ舞い上がった。
「あっ、勝手なことをするな」
ベルスタの声を無視して上昇する。せっかく鷹になっているのだから全てを見下ろしてやろう。王宮はこれでもかというくらい華美で豪奢だった。結界によって魔物が王国に入ってくることがなくなったため国の人口は増え続け、それに比例して王都はいびつに拡大し続けていた。
何度か旋回しているうちに、ベルスタがルーメン教授の邸宅へ近づいているのが見えた。風をきって飛ぶことはとても気持ちよかったが、そろそろ戻ったほうがいいだろう。
下降をはじめるとベルスタがこちらに気付いて手を振る。止まり木のように差し出された腕に止まると、「害鳥だと思われて撃たれても知らないぞ」と言われた。
◇◇◇
両親が亡くなったとき、私も姉上もまだ子どもで物事の分別も判断もおぼつかなかった。本来なら長男が領主となるのだろうが、魔力が強いと判断された私は魔術師となるべく王都へ、そして姉上は婿養子をとることになった。
ベルスタが家令とあたりさわりのない会話をしいる間、私は肩にとまって剥製のごとくおとなしくしていた。
ルーメン教授がマクスウェルから奪っていた魔力は私が王宮内の書庫でそぎ落とした。本来、こうして目が落ちくぼみ横たわるしかない状態なのだ。眠っているルーメン教授は先ほど見たいびつに拡大する王都を思わせた。
姉上からの見舞いの品を渡すと、家令は「こちらからもお渡しするものがございます」と言ってしばし室内から離れた。私はベルスタの耳元にくちばしを寄せ、「見舞いの客はいるかと聞いてくれ」とささやく。
やがて家令が戻って来くると、ベルスタはさりげなく会話を続けた。
「お見舞いに来られる方は多いのですか?」
「王宮魔術師の方は来られていたのですが、主がもう来なくてよいと言ったようで最近は誰も」
「目を覚まされることもあるのですね」
「ええ、一日に数回は…病状がかなり回復していたのでこのままお元気になられるかと思ったのですが寿命には抗えませんね」
ベルスタは出されているカップに口をつける。
家令はベルスタがカップを置くのを待ってから、テーブルの上に書状のようなものを置いた。
「体調が悪化したあと、主から見知らぬ来客があれば渡してほしいと預かったものです。どういうことだろうと不思議だったのですが、今回の見舞いのお話しをいただいたときにこのことを予見していたのかと思いました」
突然の話にベルスタは戸惑っているようだった。
「見知らぬ来客が私だと?」
「ええ」
「一体なにが書かれているのでしょうか?」
「内容までは聞いておりません」
訝しみながらもベルスタは書状を手に取り、「中を確認させていただても?」と尋ねる。
「もちろんです」
書状の封がとかれるのを肩から見守った。見覚えのあるルーメン教授の文字が、シュルッセル宛であることを示していた。ベルスタがちらりとこちらを見るので私はまばたきで返事をした。
「ルーメン教授はやはり偉大な魔術師ですね」
「受け取っていただけますか」
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