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第2部

13 | ドラゴンの仔 - セルシウス②

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 ベルスタと、それからベルスタの膝の上にいるノクトもこちらを見上げていた。

「キュ?」

「…思わぬ弊害だ」

 ノクトの存在は、今後の課題だな。

「残念だが、このまま帰ることにするよ」


   ◇◇◇


 魔術師の姿で山小屋を去り、アレッポという針状の葉をもつ樹木が広がる一帯まで移動する。人の気配などない場所ではあるが、念には念を入れ、姉上に頼んで私以外が立ち入れないよう結界を施してもらった。結界の中には、姿変えの術を張ってもらっている。

 ベルスタと魔力の交換はしているがまだ量が不十分で、今の状況で魔力を使えば私の仕業だとわかってしまう。

 ルーメン教授は力を失い、兄弟子であるマクスウェルには私と再会した日の出来事を忘れてもらった。ラザフォード家としても私に対する根も葉もない噂話を放置してはいなかったし、私が王宮に置いてきた偽の魔導書はその内容が無害だとわかったのだろう。あれから新聞にシュルッセルの名前が載ることはなくなった。

 それでも油断はできない。本物の魔導書の封印は、来たるべき時を迎えて解けたのだ。

 魔導書を読めば、ドラゴンの召喚はラザフォード家にとって必然であるとわかる。

 召喚されるべくして召喚したのだから、ドラゴンの力さえ抑えることができていれば騒ぎは起きないと思っていた。

 しかし、牧羊犬の姿で山小屋へ戻り戸口に人影があるのを見て、私の読みは浅かったと知る。

 王宮魔術師の白いケープを着た後ろ姿が二つ。近寄るべきではないとわかっているがベルスタ一人で相手をさせるわけにもいかない。客人の背後から犬らしく「ウォフ」と声をかける。振り向いた顔を見上げれば、片方は見知った顔だった。兄弟子のマクスウェルだ。

「なんだ、犬?」

「うちの牧羊犬です。おかえり、セルシウス」

 じっとりとした疑いの眼差しを向けられるがばれてはいないはずだ。マクスウェルは誰にでもそういう態度だった。怯むほうが怪しまれる。

 私は三人の脇をすり抜けて山小屋の中へ入った。室内にノクトの姿は見えない。ベッドへ上がりそのままま伏せて様子を窺うことにした。

「今夜、変わったことはなかったか」

「そうですね、雷が落ちたような音がしました。それで羊たちが騒いで落ち着かせるのが大変でした」

「念のため室内をあらためさせてもらうぞ」

 魔術師たちは返事を待たなかった。部下と思しき魔術師が遠慮なく室内を歩き回り、鍋の蓋を開け、水瓶を覗きこみ、屋根裏のはしごを登る。その様子をマクスウェルが戸口で見張っていた。

 ベルスタはベッドに腰掛け、私の背に手を置く。その様子もマクスウェルは見ている、はずだ。

 ドラゴンの存在も月の魔術が書かれた魔導書も見つかると厄介だが、取り乱したところで状況は良くならない。

「羊飼いなのに魔力が発現しているとは珍しいな」

「魔術はろくに使えませんが」

「だれに解放してもらったのだ」

「…近年におけるこの地の魔術師は、お一方だけです」

「奴が? それもまた珍しい話だな」

 魔術師から嫌疑をかけられているときには真実を答えるほかない。嘘はすぐにばれてしまう。そういう魔術があるのことをベルスタも知っている。

 部下の魔術師が屋根裏からおりてきて、「異常ありません」と言う。

 なにを探しているのか知らないが、探索能力が低くくて助かった。

「なにか異変があれば魔術省へ知らせるように」

 漠然としすぎている。一介の羊飼いに余計な情報は不要ということなのか。それとも、異変は察知したが、それがなにかまではわかっていないのか。

 ベルスタは「承知しました」と簡潔に応える。なんとかしのげたか、と気を抜こうとしたところで、「じゃーん」と場違いな明るい声が響いた。

「なんっ…ぎゃ!」

 突然現れたリリスは、すぐに最悪のタイミングであることに気づいて消えた。しかし、マクスウェルの呪文ですぐに呼び戻される。

「マクスウェル様、これは…魔物、ですか?」

「僕の使い魔のようなものだ」

 いつものごとくラザフォード家のお仕着せ姿のリリスは、「なんでこんなとこに?」と渋い顔をする。

「それは僕が聞きたいことだ」

「アタシは、スゴイ気配がしたし、なんかあったかなーって、思っただけ」

「顔見知りだったとは驚きだな。しかも、魔物であることを隠してもいないとは」

「ア、アンタがグリモワールの鍵を探せなんて無茶言うからでしょ! こんな辺境に追いやって、そりゃ顔も広くなるわよ」

「まあいい。気配の詳細について聞かせてもらおうか、ついてこい」

「イヤよ!」

「拒否権がないのに無駄な抵抗をするな」

「羊飼いさんっワンちゃんっ助けて!」

 私としてはなんの義理もなかったし、ベルスタもリリスを助けるほどお人好しではなかった。

「俺にはどうすることもできない」

「なによ薄情者ッ」

 二人の魔術師は別れの挨拶も、夜分に家捜しした非礼もわびず、リリスを連れて出て行った。

 三人の気配が消えるとベルスタは深いため息をつき、私の隣に寝転んだ。

「焦った…」

「上出来だ」

「ふっ、あの方みたいだ」

 伏せられた名前が気になって、「あの方、とは?」と聞くと、「お前の飼い主」と答えが返ってきた。シュルッセルに飼われていると思われているのか。

「そうだ、召喚がうまくいったんだ。悪いが俺が勝手に名前をつけさせてもらったぞ」

 ベルスタは立ち上がり、机に置かれたランプを手に取る。

「ノクト、出ておいで」

 炎が大きく揺らめき、小さなドラゴンが現れた。ノクトは体とほぼ同じ大きさの魔導書も持っていた。

「彼はセルシウス。仕事仲間の牧羊犬だよ」

「キュ」

 ベルスタが私を紹介すると、偉大なドラゴンは首をかしげた。姿変えなどばれているのかもしれない。ノクトが言葉を話さなくてよかったと思った。
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