23 / 38
第2部
12 | 卵と月の魔術 - ベルスタ②
しおりを挟む
「古代の文字が読めるなんて偉いな、たった三日で魔導書を解読するなんてさすがだ」
「なんだその棒読みは、やめろ」
セルシウスは体を引いてぶるりと身震いをした。照れているのだろうか。犬のくせに素直じゃない。
◇◇◇
セルシウスは賢い。しかし人間の理屈が通らず身分の概念が理解できていないところをみるとやはり犬だと実感する。
「さあ、ドラゴンの卵を召喚をしよう」
その夜、セルシウスの姿が見えないと思ったらシュルッセル様が訪ねてきた。理由は一つしかない。
「わざわざ来ていただいて申し訳ございません、止めたんですが力及ばず…」
「謝る必要はない、私も早くドラゴンを見たいんだ」
「本当に召喚させるんですね」
「ああ、今から出かけられるか?」
心なしか顔がほころんでおられる。シュルッセル様も楽しみにしているなら、変に気を回す必要はなかったのか。
「羊飼いの杖を持ってついてきてくれ」
魔術師殿に続き山小屋を出ようとして元凶の牧羊犬が見当たらないことに気づいた。
「あの、セルシウスは?」
「ん?」
「セルシウスは一緒ではないのですか?」
シュルッセル様は立ち止まり、「…今は私がセルシウスだ」と言った。それまだ続けるんですね。
「セルシウスが二人いてはややこしいだろう」
リリスのような存在もいる手前、不用意に名前を呼ぶのはよくないと分かるが、それなら別の名前にすればいいのに、と思っても口には出せなかった。
「そう、ですね」
「優秀な牧羊犬には別の用件をお願いしている。さあ、我々はカルデラ湖へ向かうぞ」
気を取り直すかのように肩をたたかれた。
◇◇◇
ゆるくウェーブした黒髪が、風になびく。魔術師殿の手にあるランプの明かりが俺たちの行き先を照らす。静かな夜だ。
「私はまだ魔力を使いたくないから、召喚はベルスタが行ってくれ」
「えっ! 俺にできますか」
まともに魔術を使ったことがないのに。
「ペンタクルを描くだけだ。それに月の魔術を使うからベルスタの魔力でも問題ないだろう」
そのペンタクルを描くのが問題なのだが、稀代の魔術師がそう言うなら信じるほかない。
カルデラ湖のほとりに到着した頃には、満月から数日分欠けた月がちょうど頭上にきていた。
シュルッセル様は良き場所を探し当てるとランプを足元に置いた。それから魔導書を取り出し、その場にしゃがみこんでぱらぱらとめくる。お目当てのページが見つかると、落ちてきた髪をかきあげながら顔を上げた。
「よし、はじめるか」
自信に満ちあふれた不敵な表情に魔術師の貫禄を感じる。かっこいい。と、見惚れている場合ではない。
「ここに円を描いてくれ」
召喚するのは俺なのだ。この方の期待に応えられるだろうか。
「大きさはどれくらいですか」
質問すると両手が広げられる。
「これくらい」
「承知しました」
羊飼いの杖を使って柔らかな土にあたりをつけてからけずっていく。
「円の中には三角形を。一つの角は湖を向くように描いてくれ」
ペンを使って描くよりも歪みが少ない。シュルッセル様も「上出来だ」と褒めてくれる。
「次は円と三角形の頂点が作る隙間に枝を置いていく」
「枝、ですか」
「月の魔術では万物に宿る魔力を借りるようだ。まずは底辺の外にブラックソーン、二極に調和をもたらす木」
手渡された枝を言われたとおり描きかけのペンタクルへ置く。
「つぎは右側にヴァイン、復活。最後に左側へバーチ、はじまりと浄化だ」
ペンタクルはしんと鎮まったまま。
「置きましたが…すぐに変化が起こるわけではないんですね」
「作りかけで発動するわけないだろう」
「なるほど」
前触れのようなものもないのか。
「…ベルスタはドラゴンが怖いんじゃないのか、このまま召喚していいのか」
聞かれている意味がすぐにわからず反応が遅れた。
「えっと、ああ…そうですね。セルシウス、様? がいらっしゃるならどうにかなるかと思っています」
俺と牧羊犬だけでは不安だが、シュルッセル様がいるなら安心だ。
「私は魔力を使う気はないぞ、あてにするな。ほら、依り代の水晶だ」
「え? わっ」
投げられた水晶を慌てて掴む。
「湖の水で濡らした水晶を持ってペンタクルの三角形の中に立ち、魔力を込めろ。召喚の呪文は『ノクト』」
「ノ…?」
「『ノクト』、顕在せよという意味の古代語だ。簡単だろう」
ノクト、ノクト、と心の中で繰り返す。
「卵、なんですよね?」
「ん?」
「今から召喚するのはドラゴンの卵ですよね、いきなり巨大なドラゴンが現れるわけではないですよね」
「たぶんな」という返事が遅れたのに深い意味はないと思いたい。
「あてにしてますからね!」
承諾はないが大丈夫だ。いざとなったら助けてくださる、はずだ。
「集中しろよ」
「言われなくても」
水晶を湖に浸す。ペンタクルの中央に立ち、魔力を込める。少し離れた場所でシュルッセル様がこちらを見ている。大丈夫だ。俺の中にもシュルッセル様の魔力はある。
先ほどまでは冷たかった水晶が熱を帯びる。周囲の空気が微かに震え、ペンタクルに魔力が満ちたことがわかる。心臓の鼓動が早い。一度深く息を吸い込み、震えるくちびるで、『ノクト』とつぶやいた。
しかし、辺りはしんっと静まり返っている。声が小さすぎただろうかと不安になっているとバリバリっと稲妻の走るような音がする。上を見上げた次の瞬間にはドンッと衝撃を受けていた。
なにが起こったのかわからないが、両手の中には水晶の代わりに顔の大きさほどの赤銅色をした塊が、あった。召喚は成功したらしい。
「なんだその棒読みは、やめろ」
セルシウスは体を引いてぶるりと身震いをした。照れているのだろうか。犬のくせに素直じゃない。
◇◇◇
セルシウスは賢い。しかし人間の理屈が通らず身分の概念が理解できていないところをみるとやはり犬だと実感する。
「さあ、ドラゴンの卵を召喚をしよう」
その夜、セルシウスの姿が見えないと思ったらシュルッセル様が訪ねてきた。理由は一つしかない。
「わざわざ来ていただいて申し訳ございません、止めたんですが力及ばず…」
「謝る必要はない、私も早くドラゴンを見たいんだ」
「本当に召喚させるんですね」
「ああ、今から出かけられるか?」
心なしか顔がほころんでおられる。シュルッセル様も楽しみにしているなら、変に気を回す必要はなかったのか。
「羊飼いの杖を持ってついてきてくれ」
魔術師殿に続き山小屋を出ようとして元凶の牧羊犬が見当たらないことに気づいた。
「あの、セルシウスは?」
「ん?」
「セルシウスは一緒ではないのですか?」
シュルッセル様は立ち止まり、「…今は私がセルシウスだ」と言った。それまだ続けるんですね。
「セルシウスが二人いてはややこしいだろう」
リリスのような存在もいる手前、不用意に名前を呼ぶのはよくないと分かるが、それなら別の名前にすればいいのに、と思っても口には出せなかった。
「そう、ですね」
「優秀な牧羊犬には別の用件をお願いしている。さあ、我々はカルデラ湖へ向かうぞ」
気を取り直すかのように肩をたたかれた。
◇◇◇
ゆるくウェーブした黒髪が、風になびく。魔術師殿の手にあるランプの明かりが俺たちの行き先を照らす。静かな夜だ。
「私はまだ魔力を使いたくないから、召喚はベルスタが行ってくれ」
「えっ! 俺にできますか」
まともに魔術を使ったことがないのに。
「ペンタクルを描くだけだ。それに月の魔術を使うからベルスタの魔力でも問題ないだろう」
そのペンタクルを描くのが問題なのだが、稀代の魔術師がそう言うなら信じるほかない。
カルデラ湖のほとりに到着した頃には、満月から数日分欠けた月がちょうど頭上にきていた。
シュルッセル様は良き場所を探し当てるとランプを足元に置いた。それから魔導書を取り出し、その場にしゃがみこんでぱらぱらとめくる。お目当てのページが見つかると、落ちてきた髪をかきあげながら顔を上げた。
「よし、はじめるか」
自信に満ちあふれた不敵な表情に魔術師の貫禄を感じる。かっこいい。と、見惚れている場合ではない。
「ここに円を描いてくれ」
召喚するのは俺なのだ。この方の期待に応えられるだろうか。
「大きさはどれくらいですか」
質問すると両手が広げられる。
「これくらい」
「承知しました」
羊飼いの杖を使って柔らかな土にあたりをつけてからけずっていく。
「円の中には三角形を。一つの角は湖を向くように描いてくれ」
ペンを使って描くよりも歪みが少ない。シュルッセル様も「上出来だ」と褒めてくれる。
「次は円と三角形の頂点が作る隙間に枝を置いていく」
「枝、ですか」
「月の魔術では万物に宿る魔力を借りるようだ。まずは底辺の外にブラックソーン、二極に調和をもたらす木」
手渡された枝を言われたとおり描きかけのペンタクルへ置く。
「つぎは右側にヴァイン、復活。最後に左側へバーチ、はじまりと浄化だ」
ペンタクルはしんと鎮まったまま。
「置きましたが…すぐに変化が起こるわけではないんですね」
「作りかけで発動するわけないだろう」
「なるほど」
前触れのようなものもないのか。
「…ベルスタはドラゴンが怖いんじゃないのか、このまま召喚していいのか」
聞かれている意味がすぐにわからず反応が遅れた。
「えっと、ああ…そうですね。セルシウス、様? がいらっしゃるならどうにかなるかと思っています」
俺と牧羊犬だけでは不安だが、シュルッセル様がいるなら安心だ。
「私は魔力を使う気はないぞ、あてにするな。ほら、依り代の水晶だ」
「え? わっ」
投げられた水晶を慌てて掴む。
「湖の水で濡らした水晶を持ってペンタクルの三角形の中に立ち、魔力を込めろ。召喚の呪文は『ノクト』」
「ノ…?」
「『ノクト』、顕在せよという意味の古代語だ。簡単だろう」
ノクト、ノクト、と心の中で繰り返す。
「卵、なんですよね?」
「ん?」
「今から召喚するのはドラゴンの卵ですよね、いきなり巨大なドラゴンが現れるわけではないですよね」
「たぶんな」という返事が遅れたのに深い意味はないと思いたい。
「あてにしてますからね!」
承諾はないが大丈夫だ。いざとなったら助けてくださる、はずだ。
「集中しろよ」
「言われなくても」
水晶を湖に浸す。ペンタクルの中央に立ち、魔力を込める。少し離れた場所でシュルッセル様がこちらを見ている。大丈夫だ。俺の中にもシュルッセル様の魔力はある。
先ほどまでは冷たかった水晶が熱を帯びる。周囲の空気が微かに震え、ペンタクルに魔力が満ちたことがわかる。心臓の鼓動が早い。一度深く息を吸い込み、震えるくちびるで、『ノクト』とつぶやいた。
しかし、辺りはしんっと静まり返っている。声が小さすぎただろうかと不安になっているとバリバリっと稲妻の走るような音がする。上を見上げた次の瞬間にはドンッと衝撃を受けていた。
なにが起こったのかわからないが、両手の中には水晶の代わりに顔の大きさほどの赤銅色をした塊が、あった。召喚は成功したらしい。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる